第129話

「エスペラスか……」


【エスペラス?】


「ZZZ……」


 宿屋の部屋で椅子に座り、キュウとクウを撫でてのんびりしていたケイだが、アウレリオから聞いた話を思いだしていた。

 彼の妻の病気に関してはよく分からないが、治せる可能性のある実の名前は分かっている。

 しかも、ケイが知っている植物の実だ。

 その植物のことを思うと、呟きと共に思わずため息が漏れる。

 ケイに撫でられて気持ちよさそうにしていたキュウも、その呟きに反応するが、クウの方は気持ち良さで眠ってしまったようだ。



「そう。エスペラスだ」


【あまりおいしくないやつだ!】


 ケイといつも一緒にいるキュウも、島の植物は良く知っている。

 特にケイが食べられると言った物は、たいてい口にしていた。


「……小さい頃よく食べてたけど、不味かったのか?」


【うん!】


 最近では食べなくなったが、確かに子供の頃キュウはちょくちょくエスペラスの実を食べていたような気がする。

 てっきり味が気に入っているのかと思っていたのだが、そうではなかったようだ。


「じゃあ、何で食ってたんだ?」


【おなかいっぱいになりたかったから!】


 キュウは魔物の餌とまで呼ばれるほど弱小のケセランパサランのため、食べられる物を知っておくことは生き延びるためには重要なことだ。

 味は2の次、3の次といったところなのだろう。

 ケイが釣った魚をよく食べていたが、それだけでは物足りない時に摘まんでいたそうだ。


「……そうか。悪かったな……」


【きにしないで】


 その頃キュウは念話なんて出来なかったので、意志の疎通がうまくいっていなかった。

 まさか、空腹を満たすために食べていたとは思わなかった。

 そんな思いをさせていたとは思わなかったので、なんとなく申し訳なく思ったケイはキュウに謝る。

 謝られたキュウはというと、なんてことないように軽い口調で返す。


「そのエスペラスが、この大陸にはあまり生えていないらしい……」


【しまだったらいっぱいはえてるのにね?】


「そうなんだよな……」


 アウレリオの妻がかかっているドロレス病。

 その治療に最も有効な治療薬と思われるエスペラスの実。

 人族が住む大陸ではなかなか自生していないらしく、手に入れることが困難になっているそうだ。

 キュウの言うように、アンヘル島ならばそこかしこに生えているようなものだ。


「探すか……」


【さがす?】


 本当は、島に戻って取ってくるのが手っ取り早いが、家出中とも言うべき状態のケイはなんとなく戻りづらい。

 この大陸で見つからないと言っても、多少の情報ぐらいあるはず。

 その情報があれば、ケイなら見つけてくることも出来るかもしれない。


「近くにあるならの話だがな」


【キュウもさがす!】


 自分の妻が苦しむのを見ているのが辛いということは、ケイも身をもって知っている。

 アウレリオのためにそんなことをしてあげなければならないほど、別に仲が良くなった訳ではないが、何故だかその苦しむ奥さんのことを助けてやりたいと思う。


「…………そうか」


【ん? なに?】


「いや……、何でもない」


 それが本当に何故だか分からず、ケイはその理由を考える。

 すると、その理由に気付いた。


「要は自分のためなのか……」


 理由が分かったケイは、1人で納得した。

 アウレリオの奥さんを助けたい理由。

 それは、美花を救えなかった自分が関係してくる。

 妻の美花を救える事が出来ず、自分の無力さを痛感たケイ。

 アウレリオの奥さんを救うことで、自分は美花の命を救った気になりたいのかもしれない。

 だから、結局アウレリオのために動こうとしているのではないだろうか。


「ハハ……」


【?】


「ZZZ……」


 それが分かると、何だか自分が小さい男のように思えてくる。

 そのため、ケイは自嘲気味に小さく笑った。

 主人のその笑いの意味が分からずキュウは首を傾げ、クウはずっと眠ったままだった。






◆◆◆◆◆


「あそこの山らしいな……」


【エスペラスあるかな?】「ワンッ!」


 翌日、エスペラスを探しに行くことに決めたケイは、アウレリオとの手合わせを午前中に済ませると、村の住人からエスペラスの情報を得て、その実の採取に行くことにした。

 貴重だと言うので全く期待していなかったのだが、このキョエルタの村から南の方角にある山のどこかに自生しているという噂レベルの話が出てきた。

 はっきり言って、普通の冒険者なら行くのに速くて2日はかかる工程を、ケイたちは1時間でたどり着いた。

 明日もアウレリオと会う約束をしているので、今日中にキョエルタの村に戻らなければならない。

 なので、エスペラスを見つけるにしても、あまり多くの時間を費やすわけにはいかない。


「クウ! 今回はお前の鼻が頼りだ!」


【がんばれ!】


「ワンッ!」


 ケイとキュウからの期待の言葉に、クウは任せろと言うように返事をする。

 クウもアンヘル島に住んでいたので、エスペラスのことは知っている。

 エスペラスの樹や実に人では匂いを感じないが、柴犬そっくりの魔物のクウなら鼻が利く。

 エスペラスの樹や実の匂いを感じ取れるかもしれないため、ケイはクウに捜索をさせることにしたのだ。

 周囲に人がいないので、猫のマスクも外している。

 邪魔な物がないので、鼻も万全だろう。


「…………結局、見つからなかったか」


「……ク~ン」


【ゲンキだせ!】


 ケイの呟きが聞こえ、クウはシュンとしている。

 そのクウを、キュウが慰めている。

 日が暮れて村に戻ってきた一行は、いつもの宿屋の部屋へ戻った。

 ケイが呟いた通り、クウの鼻を使っての捜索は空振りに終わった。


「本当に貴重なのか、それともあそこに存在しないのか……」


 クウの鼻が悪いわけではない。

 そのことが分かっているので、ケイもクウの頭を撫でて慰めてあげる。

 どうやら、今日探した周囲には存在していなかったのだろう。

 最悪は、あの山に存在していないという可能性もあるが、それを考えたら虚しいので考えない。


「明日も探しに行こう」


【うん!】「ワンッ!」


 今日は村人からの情報収集という時間がかかったために短い捜索しかできなかったが、明日はそれがない分短縮できる。

 今日以上に捜索範囲を広げれば、もしかしたら見つけられえるかもしれない。

 明日に期待し、ケイたちは眠りについた。






「…………見つかんないな」


【そうだね……】「ワウ~……」


 エスペラスを探すことを始めたケイたちだったが、3日経っても見つからずにいた。

 見つからないことに若干つまらなそうに呟くケイ。

 そして、ケイの呟きに従魔のキュウとクウも同意する。

 島ではよく見る植物のため、ケイたちはなんだかんだ言っても見つけられると思っていた。

 しかし、蓋を開ければ全然見つかる気配がない。

 キュウを見た魔物が獲物と思って襲い掛かって来て、肉の塊が増えるだけだった。

 アンデッド化しないように焼却する時間がかかり、とても面倒くさい。


「本当に貴重なんだな……」


【しまだったらすぐみつかるのにね】


 キュウが言うように、ケイたちが住むアンヘル島には多く自生している。

 しかし、アウレリオの話だと、人族大陸ではどういう訳だかエスペラスの樹がなかなか成長しないらしいが、これだけ見つからないということは本当に貴重な植物になっているようだ。


「………………」


【どうしたの?】「ワウッ?」


 キュウの言葉を聞いた後、ケイは急に足を止めて無言で考え込む。

 急に動かなくなったケイに、キュウたちは不思議そうに問いかける。


「…………島だったら?」


 クウの鼻を頼りにしつつ探していたケイたちだったが、元々そんなに匂いがしない樹と実。

 生えていたとしても近くでないと、クウは反応しないだろう。

 探すにしても、何かしらのヒントがないかと考えてはいたのだが、キュウの先ほどの言葉でなんか引っかかった。

 何度も言うように、エスペラスはアンヘル島には良く生えている。

 ここの山にも生えているという話だが、道が険しく取りに行けないそうだ。

 貴重というと、採取して売り捌こうとする者も現れると思うが、ドロレス病には使えるが他の病には使い道がないため、無理して手に入れようとするのは、ドロレス病患者へ高額を吹っ掛けようと企んでいる者ぐらいだろう。

 命を懸けて手に入れるような代物ではない。

 生えているのは分かっていても、放置されているはずだ。

 そこを探すなら、アンヘル島でエスペラスが生えているところの特徴を思いだすことが、見つける近道なのではないかとケイは考えたのだった。

 

「…………たしか、火山の近くの方が多く生えていたような?」


【そういえばそうだね!】


 島の北部には以前噴火した山がある。

 今では硫化ガスもある程度納まり、島の人間には時折訪れる温泉地帯というイメージが強いかもしれない。

 特に、その火山の麓にエスペラスの樹が自生していたように思える。

 そのことをケイが思い出すと、キュウも同じような景色を思い浮かべていた。


「この山って火山なのか?」


 エスペラスが島に生えている状況を思い出して、同じ状況の場所がないか探し始めたケイたちだが、そもそもここが火山なのかという疑問が湧く。

 違うとなったら、エスペラスが生えている可能性がグッと下がる気がする。


「ワンッ!」


【そうだって!】


 独り言のように呟いたケイの疑問に、クウが反応を示す。

 その吠えた言葉を、キュウが通訳してくれた。

 それによって、ここが火山で間違いないようだ。


「ワウッ、ワウッ!」


【へんなにおいがするって!】


 続いて、キュウはクウの言葉を訳してくれる。


「変な臭いって……硫黄の臭いか?」


「ワウッ!」


【そうだって!】


 人間のケイには何も感じないが、あの卵の腐ったような独特の匂いを、クウは僅かに感じ取っているらしい。

 火山の変な臭いというと、温泉地でよく嗅ぐような硫黄の臭いが頭に浮かぶ。

 そのことかと尋ねると、クウは頷きで返した。


「土壌? 地熱? 硫化水素? 何かが樹の成長に関係しているのか?」


 火山付近に自生しているということは、ケイでも考えられることは色々ある。

 この世界だと植物も特殊な物があったりするので、何が成長の要因になっているか分からない。

 単純に考えるならば、火山灰の積もった土壌が関係しているのではないだろうか。

 他には地熱も考えられる。

 地下茎が伸びるのに熱が関係しているのかもしれない。

 あと、植物どころか人にもあまり良くない硫化水素も考えられる。


「…………山頂へ行ってみよう! 火口付近ならもしかしたら生えているんじゃないか?」


【うん!】「ワンッ!」


 火山の匂いが僅かということは、もしかしたら火山と言っても活動はしていない、もしくは弱い活動しかしていないのかもしれない。

 ケイたちが今いる中腹より、火口付近の方が先程考えた条件に近くなるはず。

 そのため、ケイたちは火口付近に行ってみることにしたのだった。






「っ!?」


「あっ!? クウ?」


 険しい山道を魔物の相手をしながらも進んで行き、ケイたちは火口に近付いていった。

 山頂らしき場所が遠くに見えて来た時、クウが急に走り出した。

 クウもかなりの戦闘力に鍛えているので、この山に出てくる魔物なんかは相手になっていないが、どんな魔物が潜んでいるか分からない。

 一匹で勝手に行動すると、いきなり攻撃を受けてしまう可能性があるため、ケイは走り出したクウを追いかける。


「ワンッ!」


「どうした? 急に走り出してって……」


 ある程度走り、ようやく立ち止まったクウの下に近付くと、周辺を見て言葉が詰まった。


「あった!!」


【あった!】「ワンッ!」


 山頂には小さいながら火口があり、その付近にはケイたちが目的にしていたエスペラスの樹が生えていた。

 ようやくの発見に、ケイたちは喜びの声をあげる。


「でも少ない! 小さい!」


 しかし、すぐにテンションが落ちる。

 発見したエスペラスの樹は、たった二株生えているだけしかなかった。

 170cmほどの身長をしているケイ。

 島では肩の付近まで伸びる樹のはずなのだが、ここに生えている樹はどちらも腰の当たりまでしか成長していない。

 島の樹のイメージが強いため、ケイにはここの樹が何だか弱々しく感じてしまう。


「実も全然生っていないな……」


「ない!」「ワフッ!」


 その小さい樹に肝心の実が生っていないかを見ると、数粒くらいしか発見できなかった。

 成長していないからなのかもしれない。

 せっかく見つけたのに実が全然生っていないため、キュウとクウもシュンとしている。


「とりあえず取って帰るか……」


【うんっ!】「ワンッ!」


 もう空は暗くなってきている。

 落ち込んでてもしょうがないので、ケイたちは生っている全部の実を取って村に帰ることにした。


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