第128話
【なんで?】「ワフッ?」
「ほんと何でこんなことになったんだろうな?」
宿屋に戻り、留守番をしていたキュウとクウのに事の経緯を説明すると、2匹の従魔は首を傾げた。
自分たちを尾行してきた人間に、わざわざ距離を縮めるようなことをしたらバレる可能性も高くなる。
何か理由があるのかと思ったのだが、肝心のケイも人ごとのように呟く。
ケイ自身も、人違いだと思わせることができた時、早々に立ち去っていればこんなことにはならなかったのにと、今は少し後悔している。
「奥さんが病気って聞いたらな……」
【…………】「…………」
ケイの呟きに、キュウとクウは少しシュンとして黙り込んだ。
2匹も、ケイの妻だった美花のことを思い出したからだろう。
従魔のキュウはケイと一緒にいることが多かったが、それは同時に美花と一緒にいたということでもある。
主人のケイの側にはいつも美花がいたし、美花といるケイはいつも楽しそうだった。
キュウも美花には良くしてもらったし、亡くなった今でも思い出すと悲しい気持ちになる。
それはクウも同じだ。
元は美花の従魔だったクウは、毎日のように遊んでもらっていた。
美花からしたら、ただ一緒に散歩に行ったりしていただけだろうが、クウには楽しい時間だった。
ケイの従魔になったが、今でも美花といた時のことを思いだす。
“く~……”
「悲しくなっても腹は減るんだよな……」
湿っぽい空気が室内に流れる中、体を動かしてきたからかケイの腹の音が鳴る。
何故かこういう時でも腹は空くものだ。
美花を亡くして、食べることなんて考えていない時でも鳴っていた。
ある意味、これがあるからこそ、ケイは今も生きているという部分がある。
というのも、美花が亡くなって頭が真っ白になった時、腹が鳴ったことで自分が生きているということを思いだした部分がある。
生きている人間は、亡くなった者のためにも生きる義務がある。
いつ聞いた言葉だか分からないが、何故だかその言葉が頭に浮かんできた。
亡くなった者は、生きている者の記憶から消えた時こそが本当の死を意味する。
たしか、そんな意味だった気がする。
亡くなった者のことを他の人に伝え続ければ、記憶から消えることはない。
伝え聞いた者も、それを他の人へ伝えることにより、亡くなった者の本当の意味での死が訪れないようにできる。
そのことを思いだした時、このままでは良くないと思ったケイは、生きることを決意したのだった。
「……飯でも食うか?」
【うん!】「ワンッ!」
腹が減っては戦もできぬ。
アウレリオのことは一旦忘れ、ケイたちは食事をすることにしたのだった。
◆◆◆◆◆
「フ~……」
あまり近くに居過ぎると、警戒されて逃げられる気がして、ケイたちとは違う宿屋に泊まることにしたアウレリオは、ベッドに横になり一息つく。
組み手をしたことで、現在の自分の問題点が理解できた。
ブランクによる持久力の低下と、魔力のコントロールの練習不足。
どっちもすぐには取り戻すという訳にはいかない。
「…………ケイ、あいつ何か隠している気がする」
直感を信じてここまで来たが、その直感に引っかかったのは手配書とは違う顔の人間だった。
そもそも、なんとなく引っかかったから追ってきたので、最初にかかったのが手配書の男だという確証はなかった。
何もかもを見通せるほどこの直感も万能じゃないのは分かっていたが、ハズレを引いた気はしていなかった。
「この手配書の男ではないようだが、……何か引っかかる」
冒険者時代、捕まえた犯罪者の中には、魔力を使って顔を別人に見せるという方法を取っていた者もいた。
だが、それは魔力を上手くコントロールできない者にのみしか通用しない。
どんなに魔力コントロールが上手く、分からないようにしようとしても、誤魔化されるというミスを犯すつもりはない。
ブランクがある今でもそうだ。
ランクが高い冒険者だったアウレリオだが、錬金術に詳しくないため、マスクで顔を変えるという発想がない。
そのため、手配書の男とケイが同一人物だということに気付いていない。
ただ、昔取った杵柄というか、他の人間にはない特殊な感覚を持っているからか、見事に正解を引き当てていたのだ。
「やっぱりブランクのせいか?」
ケイとの組手で自分が鈍っていることを改めて思い知ったからなのか、直感に関しても確証が持てないでいる。
ブランクがあるのは分かっていたし、解消しないといけないのは分かっているが、追っていたのが手配書の男でないと分かった今、他に直感に引っかかる人間がいないか、周辺の町や村を回って探しにいかなければならないのが普通だ。
妻のベアトリスの病気を一刻も早く治すためにもそうするべきなのだが、どうしてもケイが気になる。
「ブランクを解消しよう。それに稽古をしている最中に何か気付くことができるかもしれない」
感覚重視で強くなったアウレリオにとって、それを無視するということはどうもできない。
ケイには、確かに何かを隠しているという思いがあるが、それだけが気になるという訳でもない。
関わっていれば、何かしら良いことが待っている。
そんな気も、何故だかしている。
咄嗟にブランク解消の手伝いを頼んでしまったが、もしかしたらかなりいい作戦だったのかもしれない。
アウレリオは、密かにもう少しケイを探ることを決めた。
「ここまでだな?」
「ぐっ!?」
村の近くの草原で、アウレリオとの組手も3日目。
今日もケイの勝ちで終わりを迎える。
少しずつケイの動きに付いて行っているアウレリオだが、ブランクで鈍っている部分はそう簡単に治るような物ではない。
毎日動きが良くなっているとは言っても、もう少しの間付き合わなくてはならなそうだ。
「ちょっと聞いていいか?」
「ハァ、ハァ、何をだ?」
アウレリオとは早々に分かれるつもりでいたが、ブランク解消までとなるとまだ少し相手をしなければならないようだ。
3日も顔を合わせていれば多少仲は良くなるもので、相手のことに興味が湧く。
息を切らして座り込むアウレリオに、ケイは気になっていたことを尋ねることにした。
「奥さんはどんな病気なんだ?」
「………………」
単刀直入に尋ねられたことで、アウレリオは少し俯いたまま固まる。
眉間にシワが寄っているところを見ると、今にも奥さんの下に戻りたいのではないかと思える。
「言いたくないなら別にいいぞ……」
「……いや、世話になっている身だ。質問に答えよう」
ブランクの解消までとなるとしばらくかかることになるので、ケイは報酬として1日の食事代程度だけ受け取っている。
そもそも、ケイにはブランク改善に付き合う謂れはなく、アウレリオの状況に同情したのが理由でしかない。
食事代だけだと割りに合わないので、質問には答えてもらいたい。
安い金額で付き合ってもらっていることには感謝しているため、アウレリオはケイの質問に答えることにした。
「ドロレス病という名前の病気らしい……」
「ドロレス……?」
前世の知識を合わせても聞いたこともない名前の病気に、ケイは首を傾げる。
もしも知っている名前の病気だったら、力になってやるくらいの思いでいたのだが、知らないのではどうしようもない。
「色々な書物を調べて分かったのだが、この病にかかった女性の名前からとったそうだ」
「なるほど……」
たしかに病気の名前を聞いた時に女性の名前のようだと思ったが、そういうことかとケイは納得する。
それと同時に、奥さんを助けるためにアウレリオも色々調べたのだなとケイは思う。
「その女性も、結局は助かることなく、亡くなったと書かれていた……」
「そうか……」
その後、アウレリオから症状を聞く限り、奥さんのドロレス病の症状は薬で何とか抑えている状況ではあるが、良くなる傾向が見られないでいるそうだ。
「奇跡的に薬で治った人間もいたと、ある文献に小さく書かれていたのだが、それが何を調合したのか分かっていない」
「それは困ったな……」
魔法があるせいか、この世界の医学はなかなか発展しない。
回復魔法が効かないような魔法は、呪いで片付けられることが多いため、そのドロレス病も昔は何かの呪いなのではないかという話だったそうだ。
だが、ある国の医者の娘がドロレス病にかかり、懸命に看病をして症状を抑えることができたため、ようやく病なのだということが分かったらしい。
何にしても、どんな薬で助かるのか分からなくては助けようがない。
『再生魔法をしても何度も病気にかかる……』
アウレリオに聞いた話をもとに、ケイは考え込んだ。
回復魔法が効かないとなると、何かしらのウィルスという可能性が考えられる。
しかし、この世界ではウィルスという概念よりも呪いという方向に考えがちで、説明してもあまり意味がないだろう。
結局、ドロレス病がどんな病気なのかは完全には分からない。
足にウィルスが溜まる病気なのだとしたら切断して済む話なのだが、それが何度も起きるということは、問題は足じゃないと思える。
もしかしたら、どこかの神経系に問題があるのではないだろうか。
とはいっても、医学の知識なんて何もないケイには治療法なんて思いつかないし、発見する方法が思いつかない。
「……どんな薬を使っているんだ?」
対処法がないと言うなら何もできないが、症状を抑えられているということは何かしらの成分が効果を示しているということになる。
単純に考えれば、その成分を多くした薬を処方すれば症状を回復させられるのではないか。
そう思って、ケイはアウレリオに今奥さんが飲んでいる薬のことを尋ねることにした。
「普通の薬草に、エスペスラという貴重な植物の実を煎じた物を使っている」
「エスペラスだと……? あんなのが貴重なのか……?」
エスペラスという言葉に、ケイは小さく呟く。
その実はアンヘル島にも自生している植物の実だ。
殺菌作用があると言って、島でも漢方として風邪予防に飲用してきた。
獣人のみんなが教えてくれた情報だ。
一応食べられるようだったので、ケイは島に着いてすぐの時に一度食べ、すぐに吐き出した思い出がある。
そのため、ただの不味い実という印象が強い。
「そのエスペラスも、栽培が難しいらしく、野生の実を収穫することが難しい。手に入っても品質によっては効果が薄く、進行を止められない場合がある」
『あんなの、島じゃそこかしこに生えていた気がするけど……』
栽培も採取も難しいなんて、ケイは信じられなかった。
アンヘル島ではエスペラスの実は放って置いてもなる物で、無くなって困るようなことはなかった。
それだけ簡単に手に入る物であったので、貴重と言われてもピンとこない。
「エスペラスを多めに使ったことはないのか?」
「使えるわけないだろ? なかなか手に入らないのだから」
「そうか……」
普通の薬草にエスペラスが入っているだけで症状が治まっているというのなら、エスペラスを大量に仕入れ、一気に使用してみるという手もありなのではないだろうか。
あんな不味いの大量に飲めと言うのはかなり可哀想だし、薬でもなんでも過剰に摂取すれば良いという物ではないということも分かる。
しかし、それで治るかもしれないというなら、試す価値があるように思える。
そう思ったケイだが、この人族大陸ではエスペラスが育たない環境のようで、試すことすらできないようだ。
「……帰るわ」
エスペラスの実を手に入れれば、アウレリオとも離れられるのだが、簡単に手に入らない。
手っ取り早いのはアンヘル島に帰ることだが、ケイは半ば家出中の身のため、島には帰りづらい。
エスペラスの実のことは、とりあえず宿屋に帰ってから考えようと、ケイはキョエルタの村に戻ることにした。
「また明日も頼む」
「あぁ……」
話を聞き終わり、ブツブツ独り言を言い出したケイ。
村へと向かうそのケイの背中に対して、アウレリオは明日も稽古の相手をしてもらう約束した。
その言葉は耳に入ったらしく、ケイは軽く手を上げて返事をした。
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