第127話

「ここら辺でいいだろ……」


 いつまでも付いてこられるのは不愉快なので、追跡者と一度接触してみることにしてケイ。

 出来れば荒事になりたくないが、もしもの場合のことを考えて、村から離れた草原へと連れ立ってやってきた。


「とりあえず、名前は?」


「アウレリオだ」


「そうか……、俺はケイという」


「ケイ……」


 簡単な自己紹介をし、ケイはすぐさま本題に入る。


「俺たちを追って来る理由を聞こうか?」


 向かい合った状況で、ケイは男に尾行をしてくる理由を問いかける。

 追跡される理由はいくつか思いつくが、今一番有力なのはキュウの件だ。

 キュウを捕獲するために手配書が出回り、マスクを着けて行動する前まではしょっちゅう冒険者がちょっかいをかけてきた。

 マスクをしてからはそれもなくなったのだが、このアウレリオという男だけは違うようで、この村まで付いてきた。

 手配書の件である可能性が高いが、他の件の場合もある。

 ケイとしては、もしもキュウを寄越せと言うのなら断るが、何か他の理由があるなら聞いてやらなくもない。

 そのための問いかけだ。


「ケセランパサランに異常に反応している金持ちがいてな……」


「それと俺に何の関係がある?」


 どうやらこのアウレリオという男も、これまでの冒険者たちと同じだった。

 今のケイはマスクをしているので、手配書に描かれた顔とは違っているはず。

 そのため、ケイには関係ないことだという言い訳ができる。


「……どうやら人違いのようだ」


 マスクを作ったのは正解だったと、今回も思う。

 前にケイたちにちょっかいをかけてきた冒険者たちが持っていたのと同じ手配書を出し、アウレリオはマスクをしたケイと見比べるが、当然ながら似ていない。


「そうか……ならばもうついてくるなよ」


 これでもう、ついてくることはないだろう。

 そう思って、ケイはアウレリオの前から立ち去ろうとする。


「ちょっと待ってくれ!」


「んっ? 何だ?」


 立ち去ろうとするケイの前に、アウレリオは待ったをかける。

 手配書の件は人違いで済んだはずだ。

 これ以上関わり合う理由がない。

 さっさと戻って、キュウたちを愛でてのんびりしたいところだ。

 進行方向を立ち塞がれたケイは、ちょっと不機嫌そうに首を傾げる。


「勝手なことで悪いのだが、ちょっと手合わせしてもらえるか?」


「…………はっ? 何で俺が?」


 本当に勝手なことだ。

 頭の中で変換するのに少し時間がかかり、ケイは聞き返すのに一瞬間が空いてしまった。

 もう関係ない赤の他人なのだから、はっきり言って関わらないでほしい。

 何でそんなことを言って来るのか訳が分からないため、断りとも取れる言葉と共に、ケイはまたも村へと足を進める。


「ちょ、ちょっとだけ俺の話を聞いてくれ……」


「え~……、もういいだろ?」


 相手にしてくれないケイに、アウレリオは足を止めてもらおうと、またも前に立ち塞がり理由を話そうとしてくる。

 ちょっと手合わせしたら、もしかしたらアウレリオがどうやって自分を追跡できたのか分かるかもしれない。

 しかし、無駄に疲れるだけで、はっきり言って面倒くさい。


「実は、俺には妻がいてな……」


「いや、お前の家庭話なんて……」


 もう関係のない相手の家庭話なんて全く興味が無い。

 許可をしてもいないのに話し始めるアウレリオを、ケイは無視するようにまたも足を進め始める。


「不治の病にかかっているんだ!」


「…………それで?」


 アウレリオの言葉に、ケイは何でだか足が止まってしまった。

 そして、アウレリオが話が何故か気になり、思わず話の続きを聞きかえしてしまった。


「……という訳で、彼女の病を治すためにも、この手配書の男を探し出したいんだ!」


『目の前にいるけどな……』


 アウレリオの話を最後まで聞いて、何だか可哀想に思ってしまった。

 話のリアリティーから、彼の語ったことは嘘や作り話と言ったようには思えない。

 ここでアウレリオと別れれば、もうケイを追ってくることはなくなり、二度と会うこともなくなるだろう。

 そうなると、彼の奥さんの病は治らずじまいになってしまう。

 「関係ない!」で済ませたいところだが、ケイも亡くなった妻の美花を救おうと悩みに悩んだ経験がある。

 まるでその時の自分を見ているような気がしてならない。

 妻を救うことができるなら、したくもない仕事だろうと、何だろうとやってやると言う気合いがアウレリオからにじみ出ている。

 その妻を救う情報を手に入れるためにも、ケセランパサランを捕まえたいというのは分かった。

 しかし、キュウを渡すわけにはいかない。

 手配書に描かれている男が自分だと言うに言えない状況に、ケイは悩ましい表情で固まる。


「ここに来るまでに体を動かして確認したが、俺には冒険者としてのブランクがまだある。あんたほどではないと思うが、手配書の男も結構な使い手だと考えている。せめてブランクがなくなるまで、協力してもらえないだろうか?」


『いや、それ俺だし……』


 冒険者をあっさり返り討ちにしていたことで、余計に警戒されてしまったのだろうか。

 手配書の男の相手をする時の事を考えて、アウレリオのブランク解消を手伝うように頼まれてしまった。

 手配書の男も自分だし、何だかおかしなことになってきた。

 奥さんの話を聞いてしまった以上、関係ないで済ませるのはまともな人間ではありえない。

 ブランクを解消する手伝いだけなら、別にバレないようにできる。

 しかし、そうすると彼は奥さんを救う手立てを手に入れられない。

 正体がバレても、バレなくても、どっちも面倒くさいことになってしまった。


「べ、別にいいぞ……」


 結局ケイは、こう言うしかなくなってしまった。


「手合わせをすればいいのか?」


「あぁ、頼む」


 下手にアウレリオの話を聞いてしまったことで、ケイは感情移入してしまい、彼の頼みを断ることができなってしまった。

 そのため、早速彼のブランク解消を手伝うために、手合わせを行なうことになった。

 ケイも、アウレリオの実力が気になっていたことから、少しばかり試してみたいと思っていたため、都合がいいと言えばいい。


「じゃあ、始めよう!」


 とりあえずお互い距離を取り、武器を構える。

 ケイはいつものようにホルスターから抜いた2丁拳銃スタイル。

 それに対して、アウレリオは背中にかけていた、片手でも両手でも使える両刃の、バスタードソードと呼ばれる剣だ。

 構え等を見るかぎり、ケイより少し背が高く、筋肉も付いていることから、力と技巧の割合が7対3といったところだろうか。


「そらそうだよな……」


 ただ普通に見るように、ケイが冷静にアウレリオを見ていると、アウレリオは全身に魔力を纏い始める。

 普通に歩く足運びやたたずまいから、相当な使い手だとは思っていたので、魔闘術を使えるのは容易に想像できた。

 そして、ケイもそれに合わせるように魔力を全身に纏う。


『……なんて魔力だ』


 アウレリオの纏う魔力と比べて、ケイの方が明らかに魔力の量が多い。

 魔闘術の発動速度と合わせても、魔力の扱いが今の自分とは比べ物にならないことをアウレリオは悟る。

 魔力の扱いが戦闘に影響を与えるとは言っても、それで戦いの全てが決まる訳ではない。

 このままだと手合わせする前に動けなくなりそうなので、アウレリオは気合いを入れて地面を蹴った。


「っと!?」


 これほどの魔力を平気で使いこなすケイなのだから、本気で言っても大丈夫だろうと、アウレリオは思いっきり剣を振り下ろした。

 それをケイはバックステップで躱す。


『珍しい武器だな……。携帯型の銃か?」


 躱されることを予想していたアウレリオは、ケイの持つ武器に目を向ける。

 冒険者時代では、あまり見ることがなかった武器だ。

 この世界にも銃はあるが、遠距離攻撃をしたいというなら魔法や魔力を使った弓の攻撃の方が勝手が良い。

 銃は殺傷力が高いので、魔法や魔力の扱いが苦手な者や、戦闘を主としない一般人が使うような武器という位置づけになっている。

 そのため、あまり進化しておらず、ライフルなどの銃が一般的といった感じなため、ケイが持っているような軽量化された銃はあまり見ることがない。


“パンッ!!”


「っ!? 速い!」


 後方に飛んだケイを追おうとするアウレリオに、ケイが一発銃の引き金を引く。

 飛び出した弾の速度に驚き、アウレリオは少し慌てたように横へと飛ぶ。


「なるほど……、魔力を使って加速と威力上昇をおこなっているのか?」


「正解!」


 魔力を使いこなす者ならば、見ればたいていこの原理を理解できる。

 なので、ケイは動揺した様子なくアウレリオの問いに答える。

 遠距離で戦うのが得意な人間にしたら、これは良い武器の選択だと、アウレリオは感心する。


『接近戦が苦手ということなのか?』


 遠距離に釘付けにしたいということは、接近戦による戦闘が苦手ということが予想できる。

 ケイが向けてくる銃口から逃げるように動き回りつつ、アウレリオは接近戦を試みる。


「ハッ!!」


 接近すると、アウレリオは剣で突きを放つ。

 しかし、ケイは躱してアウレリオの懐にはいる。


「ぐっ!?」


 かなりの速度の突きを躱したケイは、そのまま肘をアウレリオの腹に打ち込む。

 躱すと同時にスムーズに攻撃をしてくる動作を見るに、とても接近戦が苦手な人間には思えない。


「この武器だから接近が苦手だと思ったか?」


 そう思うのも分からなくはないが、それだとちょっと考えが甘い。


「チッ!」


 肘を腹に食らったアウレリオだが、食らうと同時に自ら後方へ飛ぶことで威力を減らし、舌打ちと共にすぐさま体制を整える。


“パンッ!”“パンッ!”“パンッ!”


「っ!?」


「……避けるのが上手い。感覚が鋭いタイプか……」


 アウレリオが体勢を整え、自分に目を向ける前にケイは容赦なく銃を連射する。

 それを、アウレリオはギリギリで横に飛ぶことで躱す。

 さっきの肘打ちを受けた時と言い、反応が鋭い。

 手を抜いているとは言っても、こっちをを見る前に放ったちょっと厳しい攻撃だったのにもかかわらず、掠りもしないとは結構すごい。

 冷静に見て行動を起こすというより、直感を重視した動きのようだ。


「野性味か……、リカルド殿を思いだすな」


 実力や動きは全然違うが、なんとなくリカルドのことを思い出してしまう。

 息子たちや島のみんなへもそうだが、仲の良いリカルドへも挨拶せずに出てきてしまった。

 今更ながらそのことを思いだし、少し反省する。

 帰ったらきっと文句を言われることはたしかだろう。


「それくらいは我慢するか……」


 リカルドならば自分も行きたかったと長いこと言われるだろうが、それも仕方がない。

 帰った時はそれを受け入れよう。


「似てる気もするけど……」


 他に気を向けているよりも、今はとりあえずアウレリオの相手だ。

 リカルドを思い起こさせる部分があるが、要はそれを使っても反応できない攻撃をすれば良いだけのことだ。


「っ!? なっ!?」


 魔闘術をしている足の部分に、ちょっと魔力を上乗せする。

 それだけで、ケイの移動速度が上がる。

 咄嗟のことに驚きつつも、アウレリオは直感に従って剣を振り下ろす。

 しかし、その攻撃を、ケイは左手に持つ銃のフレーム部分で弾いて反らし、そのままアウレリオの懐に入り込む。


「ここまでだな?」


「……あぁ」


 懐に入ったケイが右手の銃口をアウレリオの目前に向ける。

 そのまま発射していれば、アウレリオは攻撃を躱すことはできないだろう。

 それが分かったのか、アウレリオはケイの終了の問いかけに頷きを返す。


「最後にちょっと体の反応が鈍かったな……」


「直感は良いが、体が鈍っているということか……」


 ケイが銃をホルスターへ収めながら、さっきの攻防のことを話し、アウレリオは剣を背中の鞘に収めながら納得する。

 直感は鈍っていないが、体が鈍っているようで、戦っているとそのズレが顕著になる。

 それがブランクによる所だろう。


「じゃあな……」


「あぁ、また明日頼む」


「………………あ、あぁ」


 この一戦で終わりかと思っていたケイとは違い、アウレリオは数日相手をしてもらう気満々のようだ。

 ブランクの解消を手伝うと言ったため、今さら断ることができず、ケイはまた明日もここで会う約束をしてしまったのだった。


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