第126話
「結構早く会うことになったな……」
ピトゴルペスに着いた翌日、宿屋でゆっくりとしたケイたちは、旅の資金を稼ごうと依頼を探しにグレミオに来たのだったが、建物の中に入る前でケイは足を止めた。
昨日町の中ですれ違った男が、グレミオ内にいることを探知したからだ。
何を考えているか分からないというのは結構不気味なことなので、ケイとしてもその男には関わりたくないと思っている。
【どうするの?】「ニャッ?」
足を止めて呟いたケイに、キュウとクウは不安になって問いかける。
主人であるケイに気を付けるように言われている2匹も関わりたくないが、旅を続けるにも旅の資金が必要になる。
野宿という手もあるが、宿屋で雨風凌いでゆっくり眠れる方が当然気分がいい。
そうなると、ここで依頼をこなして稼ぐのが手っ取り早いのだが、ここでグレミオ内に入ると何だか面倒臭くなりそうなので、どうしたものかと悩ましい。
「確か、ここ少し行ったところに村があったはずだ。そっちでも魔石を買ってもらえるだろうから、そっちへ行こう」
資金を稼ぐには、冒険者組合であるグレミオで依頼をこなし、その報酬として手に入れる方法と、倒した魔物の魔石を取り扱っている店に売る方法がある。
目の前に現れた魔物はあっという間に倒してしまうので、ケイの魔法の指輪の中には多くの魔石が入っている。
ただ、ケイたちの強さを本能的に察知するのか、強い魔物は姿を現さないため、良い値段になりそうな魔物の魔石が手に入らない。
そうなると薄利多売をするしかなくなるのだが、小さい魔石はたいした値段にならず、大金を手に入れようとなると、周辺の魔物を狩りつくす勢いで倒さなければならなくなる。
そんなことしたら、弱い魔物がいなくなり、強い魔物の相手をしなければならなくなった他の冒険者にしわ寄せが行き、多くの人間が命を落としかねない。
他の人間がどうなろうとはっきり言って関係ないのだが、自分のせいで死人が増えるのは気分が悪い。
なので、ほどほどにしているのだが、小さい村とかだとそれがより顕著になる。
稼ぐのには適してはいないが、急ぐ旅でもないので面倒なことになるよりかはいいだろう。
そう思ったケイは、近くの村に移動することを提案したのだった。
【わかった!】「ニャ~!」
ケイがそうすると言うなら、2匹は別に反対する理由がない。
なので、すぐにケイの提案に頷く。
「っ!? クウ!」
「フニャッ!?」
そうと決まれば、早々にこの場から離れようとしたケイだったが、すぐに表情に変化が起きる。
そして、すぐさまクウを捕まえて移動した。
周囲には、猫を捕まえて急に走り出したように見えただろう。
「おかしいな……」
先程までケイたちがいた場所に、グレミオの中から出てきた男が立ち止まる。
ケイが警戒していたアウレリオが、何だか違和感を感じて建物内から出てきたのだが、出た直後にその違和感が消えた。
周囲を見渡すが、昨日と同じくそこにはもう何も感じなくなっている。
そのことにアウレリオは首を傾げる。
「何かいたと思ったんだが……」
昨日の反応は、もしかしたら冒険者としてのブランクから来る間違いだったのかもしれない。
そう思って、アウレリオはとりあえずもう一日、この町中に手配書の者たちがいないかと探すことにした。
町から町へ移動を繰り返している所を見ると、グレミオで仕事をこなしているのではないかと思って探しに来てみたのだが、やはり直感には何の反応もない。
そのため、他の町へ移動しようかと考えていたところに、またも昨日と同じような感覚に襲われた。
しかし、またも空振り。
「…………もしかして」
またも自分の勘違いかとも考えたのだが、もう一つの可能性が頭に浮かんできた。
「まさか…………動きが把握されている?」
その浮かんできた考えとはこれだった。
昨日もそうだったが、アウレリオが反応してから周囲を探し始めるまでは少しのタイムラグがある。
その僅かな時間で反応が消えているということが間違いでないと仮定するならば、その僅かな時間でアウレリオから遠ざかっているということになる。
こっちの動きに気付いていないと、こんな芸当ができるとは思えない。
「そうなると、厄介だな……」
自分のことを避けている人間がいるという可能性があるというのは分かった。
そして、自分から逃げるような人間なんて、今追っている手配書の人間くらいしか思いつかない。
低い可能性として、冒険者として以前関わった人間ということもあり得るが、そんな才能のある人間に心当たりがない。
人間の成長や変化なんて、完璧に分かるなんてことはあり得ないが、確率からいってもやはりそうだ。
手配書の人間がこの町から東へ向かっているのはベラスコの情報から分かっているが、目的地がどこだか分かっていない。
どこかに行くつもりなのかもしれないし、ただ旅をしているだけかもしれない。
そうなると、追いかけるにしても間違えたらもう情報がなくなってしまう。
アウレリオの妻であるベアトリスを少しでも早く治してあげるためにも、行方を見失う訳にはいかない。
「キョエルタの村で確実に見つける!」
自分のことを避けているということは、2度のニアミスをしてこの町にいつまでもいるとは思えない。
恐らく、今日か明日にはこの町を離れるかもしれない。
東に向かっているということを考えると、ここから東南にキョエルタという村しかない。
西へUターンということもあり得るが、その場合はベラスコが送っている諜報員が発見してくれるはず。
アウレリオが取るべき選択は、キョエルタの村一択だ。
そうと決まれば善は急げ、アウレリオはすぐさま移動を開始したのだった。
「面倒だな……」
【?】「?」
ピトゴルペスの町の近くにあるキョエルタの村に来たケイたち。
田舎と言えば田舎だが、商店街には村で作られたであろう新鮮な野菜が多く、中々賑わっている。
しかし、村なので宿屋は少なく、3つしかないとのことだった。
そして、ケイたちはその3つの内の1つに泊まることにしたのだが、与えられた部屋でキュウとクウがくつろいでいる中、ケイは少しイラ立ったような声を急に上げた。
その声に、キュウとクウは首を傾げる。
「あいつ明らかについてきてる」
【しつこい!】「ワンッ!」
村を一通り見て回っている時、ケイたちがこの村に来ることになった原因となる男が視界に入った。
探知に反応したのではなく、たまたま目に入っただけなのだが、そのお陰か離れたままで宿屋に入る事が出来た。
何を根拠にケイたちの行方を察知しているのか分からないが、もしかしたら自分が気付かないうちに奴の探知に引っかかっているのではないかと深読みしてしまう。
しかし、そうなると接触してこないというのが引っかかる。
接触してこないということは、まだ顔はバレていないということになり、どんな探知をしているのか訳が分からない。
どちらにしても、付いてきているのは確かだと感じる。
それを呟くと、キュウとクウもケイと同じように嫌そうな顔をする。
「一度痛めつけておいた方が良いかな?」
まだ旅も続く。
このまま付いてこられると、日向に面倒事を持ち込むようで、何だか亡くなった妻の美花にも悪い気がする。
ならば、今のうちに追跡を解消しておきたい。
そのため、ケイはちょっと物騒なことを考えてしまう。
【キュウがやる?】
「駄目だ。前も言ったが、キュウだと危険だ。というか、もしかしたらお前を狙っているのかもしれない」
主人であるケイの手を煩わせるのも良くないので、キュウが男と戦うことに立候補する。
しかし、ケイはそれをすぐに却下する。
付いてきている男はかなりの実力者に思える。
ほとんど魔法特化の戦闘しかできないキュウだと、恐らく厳しい相手だろう。
ケイたちを追ってくる人間となると、キュウを手に入れようとしている連中が思いつくため、この男ももしかしたらそれと同じという可能性もある。
キュウが負けて捕まったりしたら、ケイはとても困る。
いや、捕まるだけならまだ取り返しに向かうことができる分マシだが、殺されでもしたらケイは怒りでどうなるか分からない。
「お前たちは宿屋でおとなしく待っていてくれるか?」
【ブ~!】
「ワンッ!」
与えられた部屋の中なので、猫のマスクを外しているクウは、ケイの指示に素直に頷いた。
しかし、ケイの役に立ちたいキュウからしたら、待っているだけなんて我慢できない。
そのため、キュウはケイに念話で不服そうな声をあげてむくれる。
「すまんが我慢してくれ」
【……うん。分かった!】
キュウの性格だとむくれる気持ちも分からなくはないが、危険と分かっている相手に送り出すことはできない。
丸いキュウがむくれているのはなんとなく面白いが、おとなしくしていてもらわないと、今度はケイの方が戦いに集中できなくて危険になってくるかもしれない。
なので、機嫌を直して納得してもらおうと、ケイはキュウのことを優しく撫でる。
キュウはケイに撫でられると気分が良くなり、大体のことはどうでもよくなる。
そのため、すぐに気が変わったキュウは、ケイの言うことを聞くことにした。
「じゃあ、行って来るな。俺が帰るまでカギは閉めておけよ」
【うん! 気を付けてね!】「ワンッ!」
2匹とも納得したようなので、ケイは早速追跡者の相手をしに行くことにした。
他にケイたちに付いてきている人間は感じられないので、部屋に置いて行けば大丈夫だろう。
キュウたちもなかなか強いので、捕獲しようと部屋に入ってきても撃退できるだろうが、穏便に済ませるためにも鍵を閉めて待っていてもらう。
「さてと……」
部屋の扉を閉めると、ケイの指示通り鍵が閉まる音がした。
これでキュウたちはとりあえず安全になったので、ケイは安心して宿屋から出て行った。
「っ!?」
キョエルタの村に来たのは良いものの、アウレリオの直感には何も引っかかって来ない。
もしかしたら、ピトゴルペスの町で反応した者は、この村に寄らずに次の町へ行ってしまったのかもしれない。
そのような悪い考えが浮かんで来始めていたアウレリオだったが、突如背筋に電気のような物が走った。
冒険者時代、この反応があった時は危険が迫っている時の合図だった。
しかし、それがあるのはダンジョン内や魔物の多くいる生息地だったりと、逃走も当然視野に入れた状態で感じた合図だ。
村とは言え、人が住んでいる中で感じるなんて生まれて初めてかもしれない。
場所の違いはともかく、この感覚を感じたら警戒心をMAXにしないとただでは済まない。
そう思って、背後に目を向けて警戒心を高めると、目の前から嫌な予感がどんどんと近付いてきた。
そして、その嫌な予感を自分に放ってきているのが人間で、手配書に描かれていた男ではないかという可能性にアウレリオは気付く。
「付いてこい!」
「…………」
男が自分の目の前に来て、一言呟く。
アウレリオは、それに素直に従うことにした。
『もしかしたら、これは手を出すべきではなかったかもな……』
男の指示に従って付いて行っていると、どうやら村の外へ向かっているようだ。
そして、その背を黙って見ていながら、どうにか逃げることができないかという算段ばかりを考えている自分にアウレリオは気付く。
つまり、戦闘技術が鈍った自分では相手にするのは荷が重いと、感覚的に思っているということになる。
内心、今更ながらに後悔しているアウレリオだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます