第125話

「アウレリオいるか?」


「ベラスコか……、何の用だ?」


 キャタルピルの町の少し外れにある小さな家に、ある男が尋ねる。

 ケイたちを追っている商会の会長の秘書をしている、ベラスコという男だ。

 ノックをして家の中を入っていくと、すぐにベラスコの目的の相手に会うことができた。

 この家の主人のアウレリオだ。

 ベッドに横になっている女性に、水を与えていたところのようだ。


「すまんが、うちの会長の依頼を受けてほしくてな……」


「……場所を変えよう」


 会長の命令を受けて高ランクの冒険者へ依頼をするとなった時、ベラスコの頭に浮かんだのがこのアウレリオだ。

 今は冒険者としての依頼はこなさず、近隣の魔物を狩って資金を得るだけの生活になっている。

 ここで仕事の話をするのは、アウレリオにとって都合が悪い。

 なので、外で話をするように促した。


「……分かった」


 ベラスコもアウレリオの状況が分かっていて来たので、その指示に素直に従った。




「……お前も分かっているだろ? 俺の状況を」


「あぁ……」


 近くのカフェに入り、改めて仕事の話を始めると、アウレリオは遠回しにベラスコに断りの言葉を言ってきた。

 アウレリオが冒険者としての仕事をしなくなった、というより出来なくなったのは、彼の奥さんのことが関係している。

 そのことと、断られるのが分かった上で、ベラスコは今回アウレリオに頼むことにしたのだ。

 今の商会に入ってすぐの頃、ベラスコとアウレリオは出会った。

 下っ端の下っ端として働いていたベラスコが仕事で他の町へと商品を運んだ帰り、魔物に襲われている所を救ってもらったというのが出会いだ。

 それ以降も何度か護衛の仕事を頼んだりしたこともあり仲良くなったが、アウレリオはあっという間にランクが上がっていったため、それ以降は仕事を頼むことはなくなっていった。

 ベラスコにとっては命の恩人という思いがまだあり、その恩を返していないとずっと心に残っていた。

 アウレリオが結婚して、冒険者として更に高みに登っていくと思っていたのだが、その奥さんが突如病にかかった。

 足先から壊死していく原因不明の病で、両足を切断することになってしまい、現在は寝たきりの状態だ。

 それ以降、SS(ダブル)ランクまで上り詰めていた仕事をやめ、アウレリオは奥さんの看病をするために遠出をしなくなった。

 この世界には欠損した四肢を再生する魔法があり、奥さんの足も再生しようと思えばできる。

 教会に行けば再生魔法をしてもらえるが、かなりの金額を要求される。

 冒険者として高ランクにまでいったアウレリオなら、資金集めはそれ程苦にならないため、再生してもらうことはできる。

 しかし、医者に診てもらったが、奥さんの病気は原因がいまだによく分かっておらず、完治はしていない。

 病気が治っていないため、魔法で再生したとしてもまた壊死して切断をするということの繰り返しになる。

 その苦痛に耐えられず、奥さんはかなり精神的に参ってしまい、最近はアウレリオとも話さなくなりつつある。

 看病をしているアウレリオはこの病気の完治を目指しているが、その為の薬が手に入らないと分かり、もうどうしていいか分からなくなっている。

 なんとか奥さんの看病をしているが、いつアウレリオの心が折れてもおかしくない状況だとベラスコは見ている。


「お前の状況を分かっていて依頼をする」


「無理だ!」


 アウレリオの状況が分かった上で、ベラスコは依頼しようとするが、アウレリオは眉間にしわを寄せて再度断る。

 苦しみと怒りが混じっているような表情だ。


「話を聞け! お前にとってもいい話だ!」


「…………どういうことだ?」


 これ以上下手に頼むと殴られかねない雰囲気だが、ベラスコもちゃんと依頼を受けてもらうための理由を用意している。

 そのため、拳を握りしめているアウレリオに、怒りを抑えるようなジェスチャーをする。


「依頼を受けてくれれば、俺がお前からの条件として、奥さんの病気を治すための情報を探してもらうように会長に頼んでやる」


「グレミオの情報網でも見つからないのに、商会の情報網なんて当てになるかよ!」


 冒険者組合であるグレミオは、人族大陸全土に支店が置かれている。

 もしもの時には、協力し合って解決にあたるため、色々な情報の共有がされている。

 その中には病気などの情報もあり、アウレリオは奥さんの足を治すための情報を求めた。

 しかし、帰って来たのは、完治のための薬がないとのことだった。

 大陸全土のグレミオでも駄目だったことなのに、その大陸の南の部分に多くの支店を置いているだけの商会では、薬の情報を得ることなど不可能のようアウレリオには思えた。


「商会だからこその情報網がある。病気とは違うが、以前もグレミオでは入手できなかった素材を、会長がどこからか手に入れたということがある。もしかしたら、会長なら病気の原因や薬の情報が手に入れられるかもしれない。可能性は低いが、ゼロではないと思う」


「…………分かった。まずはその手配書をくれ」


 ベラスコは熱くアウレリオを説得する。

 正直ベラスコは、この仕事を利用して昔の恩を返せるかもしれないと思っていた。

 しかし、ここまでアウレリオが追い込まれているとは思ってもいなかったため、今では本気で会長に頼むつもりだ。

 その熱意が伝わったのか、アウレリオはとりあえず話を聞いてくれることになった。


「何だこれ? お前んとこの会長はケセランパサランなんかにこだわっているのか?」


「……俺も何でそこまでとは思うが、会長が狙って外したことはない。きっと何かの結果をもたらすはずだ」


 アウレリオが言うように、ベラスコも正直ケセランパサランなんてペットにする以外何の価値もない魔物にしか思えない。

 会長の目利きも、今回は外れるのではないかという思いもある。

 しかし、それ以上に会長の凄さを側で目の当たりにしてきているため、その思いも僅かにしか浮かんでいない。

 説得力としては弱いが、ベラスコも商人としては少々有名になりつつある。

 アウレリオもそんなベラスコが言うのであればと、渋々納得した。


「Aランクを何組か送ったが、あっさり失敗している」


「そんなのできるような人間なんてある程度いるだろ?」


 ベラスコは、これまでこの依頼を失敗した人間たちを説明する。

 どのような人間を送って、分かっている範囲の情報で敵のことを少しでも分かってもらう為だ。

 しかし、帰ってきた質問は、ズレたものだった。


「……お前のように天才ならそう思うかもしれないが、まともな人間はSSランクまで行くまでにどれだけの鍛錬が必要なのか分からないだろ?」


「そうなのか?」


 S以上のランクになるには、まともな訓練じゃ慣れないのが一般常識だ。

 しかし、一気にランクアップしていっただけあって、天才のアウレリオは一般人のことが理解できない。


「受けてくれるか?」


「ケセランパサランの奪取だけで良いんだろ? だったら、受けるさ!」


 僅かな可能性でも、妻の病を治すための情報が得られるのならアウレリオとしてはやるしかない。

 色々な説明後のベラスコからの承諾確認に、頷きを返したのだった。


「全ての手配は俺に任せろ!」


「あぁ、頼んだ!」


 SSS(トリプル)ランク取得も目前まで行っていた程の実力を持つアウレリオなら大丈夫だと、ベラスコは安堵した。

 そして、すぐにアウレリオが依頼へ向けて動き出せるように、奥さんの看病をしてくれる人間の手配などを開始した。

 諸々の話し合いをし、翌々日にはアウレリオはベラスコの依頼達成のために出発したのだった。






◆◆◆◆◆


「さてと、次の町に行くか?」


 変装をするようになってから邪魔する者も来なくなり、早々に移動資金もたまったケイたちは、次の町へと向かうことにした。

 目指しているのは日向の国。

 ケイの前世である日本と同じ言葉と、似た文化を受け継いでいる島国という話だ。

 美花も生前一度は両親の生まれ故郷である日向に行きたいと言っていたが、叶わずじまいになってしまった。

 代わりと言っては何だが、ケイは彼女の形見である刀と共に移動している。


「次の町は国が変わるんだぞ」


 次の町は国が変わり、日向への船が出ている国だ。

 ケイは、そのことをキュウとクウに教えてあげる。


【うみ?】


「そうだな……でもまだ遠いな」


 ずっと海の側で生まれ育ったせいか、海に面した国だと前に教えたら、キュウはそればかり気にするようになっていた。

 もう随分海を見てないからなのか、恋しくなっているのかもしれない。


【ちょっとざんねん……】 


 たしかに海に面した国ではあるが、その中でもまだ内陸部にある町だ。

 今までのようにのんびりしたペースで行くとなると、まだしばらくかかることを伝えると、キュウは少ししょんぼりした。


「国が変われば、そろそろこの仮面も必要なくなるかな?」


「ニャッ!?」


 話を切り替えようと、ケイが付けている仮面のことを話し出すと、今度はクウが反応した。


「クウもマスク嫌だよな?」


「ニャー!」


 クウにも変声機能付きの猫マスクを付けさせているのだが、やっぱり何も付けていない方が良いのだろう。

 マスクを付けなくて済むかもしれないと聞いて、クウは嬉しそうに鳴き声をあげた。





「入国っと……」


 小さな川が流れており、小さな橋が架かっている。

 それが一応国境線になっていて、ケイたちはすんなりと国境越えを果たす。


「さて、宿屋を探すか……」


 ピトゴルペスの町へ入り、ケイたちはその日は宿屋でゆっくり休むことにした。

 そうして町中を歩いていた時、


「っ!?」


 これまで普通に町中を歩いていたケイの足が僅かに鈍る。


【しゅじん?】「ニャッ?」


「お前たち、少しの間声を出すな!」


 ケイの様子が少し変わったことに気付いたキュウとクウは、ケイに問いかけてきた。

 しかし、そのことにすぐに反応するように、ケイは2匹に小声で指示を出した。

 そして、そのまま通りを抜けて道を曲がると、足早にその通りから距離を取ろうとする。


「………………大丈夫か?」


 先程の通りから少し離れると、ケイは周囲に探知を広げる。

 そうして周囲のことを把握すると、軽く安心したような息を吐いた。


【しゅじん! どうしたの?】「ニャッ?」


 ケイが安心したことで、もう大丈夫なのだろうと思い、キュウとケイは話しかける。

 様子のおかしいかったケイに、キュウとクウが首を傾げる。

 こんなことは見たことがなかったからだ。


「何か変な魔力した奴が前から通り過ぎたんでな……」


【へんなまりょく?】


 どういう意味だか分からず、キュウはケイに聞き返す。

 ケイは常に探知の魔力を広げている。

 しかし、それはかなり薄めで、一般人には気付く者などいないだろう。

 冒険者の中でも、気付ける者はなかなかいないかもしれない。

 その探知の魔力に触れると、ものすごくざっとだがその人間の感情が分かる。

 イラ立っているとか、喜んでいるとかがその人間の魔力でなんとなく分かる程度なのだが、探知に触れたにもかかわらずその魔力には何の感情も感じられなかった。

 そういった意味で変な魔力と言ったのだ。

 

「関わると面倒そうだったから距離を取ったんだ」


 これまでどんな相手だろうとこんなことがなかったため、ケイ自身もちょっと戸惑っている。

 何をするか分からない人間ほど、何故か不気味に思えてしまう。

 そのため、ケイは距離を取ることにしたのだった。


【つよいそう?】


「ん~……、強そうではあったかな?」


 すれ違う時、顔はチラッと確認しておいた。

 そこで探知を強くすれば、何だか反応してきそうな感じだったので、そのまま気付かれないようにしてやり過ごした。

 探知したわけではないのでなんとなくなのだが、見ただけの感覚で言うと、只者ではないようではあった。


「キュウだと危ないかもな……」


 ただのケセランパサランではあるが、ケイの育成のお陰もあってか、魔法特化とは言っても結構な強さにまで成長しているキュウ。

 しかし、さっき通り過ぎた男の強さは、キュウでは勝てないように思えた。 


「何だか気持ちが悪いから関わらないほうがいいだろ。お前たちも注意しろよ」


【は~い!】「ニャ~!」


 さっきの男も、所詮はたまたますれ違っただけの、大多数の一人でしかない。

 ケイからは関わるつもりはないので、もう会うこともないだろう。

 従魔の2匹とも、ケイとは離れることはないので大丈夫だとは思うが、この世の中は何があるか分からない。

 念のため、ケイは2匹に注意を促しておいたのだった。






◆◆◆◆◆


「ベラスコの奴、情報が間違ってるんじゃないか?」


 珍しい魔物であるケセランパサランの捕獲を頼まれたアウレリオ。

 その魔物を従魔にしているという男が、このピトゴルペスという町に来ている可能性があると聞き、昔の冒険者時代の道具を大急ぎで用意し、先回りするべく馬を走らせたのだが、町中をくまなく探し回っても、手配書に描かれているような者たちは見つからなかった。

 これだけ見つからないとなると、手配書の者たちはもうここを離れた可能性も浮上してきた。

 とりあえず今日も探して、自分の直感に誰も何の反応も示さないようなら、東にある町や村に向かう方が良いかもしれない。


「……やっぱいないか?」


 色々町中の人間を見て回るのだが、どこにも自分の直感に触れる者がいない。

 あとは大きな通りを見て、何もないようなら次へ行こうとアウレリオは決めた。


「……………………」


 ただ無言で通りを歩くアウレリオ。

 彼の捜索は直感という本当に大雑把な方法だ。

 それで見つけられるなんて、他の高ランク冒険者からしたら鼻で笑うことだろう。

 ただ、これが結構馬鹿にでいないと本人は信じている。

 他の冒険者がまともに探しても見つからない時、この直感に反応した所を探して捜索物を探し当てたことが何度もあった。

 冒険者としてのブランクがあるが、この直感まで鈍っていないと信じている。


「…………?」


 この通りを歩いていたと途中、アウレリオの直感に、本当に微かだが反応した気がした。

 とりあえず振り返り、通りにいる人間を見てみるが、さっきの直感が何に反応したのか分からない。

 人なのか物なのか分からず、もう一度引き返して見て回るが、今度は何も反応を示さなかった。


「……何だったんだ?」


 実はこの時、手配書の人間とすれ違ったということをアウレリオは気付いていなかったのだった。


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