第124話
「おいっ! その従魔を……」
“バキッ!!”
町から町へと向かう途中、街道を歩くケイの前に、またも冒険者たちが立ち塞がる。
数はまちまちだが、今回は5人だ。
回数を重ね、もう話を聞く気までおきない。
話している途中だが、態度と従魔という言葉を聞いた瞬間に、ケイは一気に叩きのめした。
「んっ?」
殴り倒した冒険者たちの近くに、紙が一枚落ちる。
「……こいつらもか?」
その紙を拾い上げ、描かれている絵を見てケイは顔をしかめる。
襲って来る冒険者たちの中には、この紙と同じものを持っている者が何人かいた。
【……ぼくたちのかおだ!】「ワンッ!」
その紙を見たケイの従魔のキュウとクウは、何だか複雑な表情をする。
描かれているのは、ケイとキュウ、そして小さくクウが描かれている。
捕獲対象としてキュウ、始末対象にケイとクウが描かれた手配書のようだ。
キュウは自分が標的になっているということで申し訳なく思っており、クウの方は適当な感じで描かれているため、何だか残念な気がしているというのが本音だろう。
「何でだ?」
以前大量の冒険者に囲まれた時、誰も生きて返さないよう全員仕留めたはずだ。
なのに、完全にケイたちは顔バレしている。
どうしてこのような手配書が回っているのだろうか。
訳も分からず、ケイは少し悩み込む。
「もしかしたら、結構な相手を敵に回したみたいだな……」
この手配書は、冒険者組合であるグレミオから出されたものではない。
グレミオ発行なら、ケイたちには何かしらの話があって然るべきなのだが、そういったことは今のところ来ていない。
そうなると考えられるのは、前に仕留めた3人組が言っていた依頼者が関わっているのだろう。
キュウのことを気に入ったとか言っていたが、ここまで来ると執念深い。
ケセランパサランは、魔物の餌と呼ばれるほど弱い魔物。
それを見つけることも捕まえることも、確かに難しい。
見た目はフワフワした毛玉でしかないこの魔物を捕まえようなんて、金と労力の無駄。
そのため、ペットにするには割に合わないのに、なんでここまでして手に入れようとしているのか、ケイにとっては不思議でしかない。
ケイ場合、キュウがたまたまこの世に出現した瞬間に従魔にしたからそんなに深く考えていないが、普通はそんなこと起こることはあり得ない。
とんでもなく弱く、実態を見ることができないからこそ、今の人族大陸では希少な魔物という評価になっているらしい。
はっきり言って、今ではエルフ並に珍しい魔物になっている。
それにしても、ここまで冒険者たちを動かせるということは、相当な力の持ち主なのかもしれない。
「このままじゃ町に入る事も難しくなるかもしれないな」
リシケサ王国の一部を奪い、パテル王国の統治下になった町であるキャタルピル。
この町を出てからというもの、ずっとこの調子で狙われ続けている。
さすがにこうも続くと、町中でのんびりすることも出来なくなってくる。
ケイたちだけならともかく、赤の他人を巻き添えにされたらと考えると気が引ける。
なので、次の町へと向かう途中で野営をしている時、ケイはあることを思いついた。
「……顔を変えないとだめかな?」
「ワウッ?」
【しゅじん、かおかえるの?】
手配書の顔を見て冒険者たちが狙って来るのなら、手配書とは違う顔になればいい。
そうすれば、この手配書もただの紙。
ケイたちも安心して行動できるようになる。
そう思ってケイが小さく呟くと、クウとキュウは強めに反応した。
従魔の2匹からしても、エルフであるケイの顔は整っていると思っている。
その顔がどのように変わるのかという好奇心と共に、もしも変な顔になってしまったらと思うと、不安にもなって来る。
「変えると言っても、この耳と同じような物だぞ」
「ワフ~……」【よかった! あんしんした!】
ケイは、魔物の素材を使って錬金術で作り上げた耳パッドを指さし答える。
その言葉に2匹は安堵する。
顔を変えると聞いて、2匹は恐らく骨格から変えるのかという恐ろしいことを考えていたようだ。
いくらケイでも、そんなことをするつもりはない。
つまりは、着けるだけのマスクを作ると言った感じだ。
「たしか猿の魔物の皮が……、あった!」
マスクの制作をすることにしたケイは、魔法の指輪から魔物の素材を探し始める。
猿の魔物とは、ある村の農作物が荒らされて、その問題を解決したとき襲ってきた魔物だ。
やはり猿だけあってなかなか知能が高く、集団で連携を取って攻撃してきたのだが、ケイたちにかかれば相手にならず、あっという間に力でねじ伏せた。
その時、何かの役に立つかと思い、皮を手に入れていたはず。
ケイはそれを取り出し、マスクの制作に入った。
「髭や髪型を変えるのはバレるかもしれないからな……」
この猿の毛を使って、着け髭を作るという安易な考えが思いつくが、それは流石に却下だ。
手配書の依頼者がその点を考えないとも思えない。
そんなちょっとした変化よりも、やはり別人に見えた方が安心できるだろう。
「イメージはル〇ンだな」
マスクを作る時のイメージは、有名な某アニメだ。
しかし、何枚も作る訳にもいかないので、取り外しができて、多少動いても取れないものが理想だ。
「これでどうだ?」
色々考え、ケイは錬金術でマスクを作り出す。
何とかイメージ通りのものが出来、それを早速装着してみることにした。
「どうだ? 違う人間に見えるか?」
【しゅじん、すごい!】「ワンッ!」
思いついたのは、耳パッドに付けることで一体化するようなマスクだ。
耳パッドが結構しっかりとしているので、動いただけではなかなか外れない。
そうしてできたのは、やや丸顔の普通の人間といった感じで、手配書の顔とは同じには見えない。
キュウとクウも、顔の変わったケイにビックリしている。
取り外しもできているので、いつでも普段のケイにも戻れる。
【……キュウとクウのは?】
「……あっ!?」
ケイは別人に見えるようになったが、一番の狙いはキュウだ。
このままのキュウを連れている時点で、手配書の主人の顔が変わるだけだ。
そのことを失念していたケイは、キュウとクウの変装手段も考え始めたのだった。
◆◆◆◆◆
「いなくなった?」
「ハイ……」
とある町の豪華な邸内にて、部下の報告を受けたこの邸の主は、イラ立つように部下に問いかける。
部下の方も主人がこうなる事が分かっていたらしく、返事の声が少々小さい。
この主人の男が、ケイからキュウを取り上げようとしている張本人であり、最初は少しの依頼料でかかわりのある冒険者に手配書を渡しちいたのだが、冒険者たちはことごとく失敗している。
最近では成功時にのみ支払うようにし、金額も上げたのだが、いつまで立っても成功の報告が上がって来ない。
この主人の男が、腹が立ってくるのも仕方がないことだろう。
「どういうことだ?」
貴族でもないのにこれほどの豪邸に住んでいるのは、彼の商人としての才がずば抜けていたというのもあるが、ある一つのルールを守ってきたからでもある。
それは怒りのコントロールだ。
怒りは人間にとって必要な感情ではあるが、これをきちんとコントロールできない者は、たいていどこかで失敗を起こす。
失敗が軽度のものであればいいのだが、商売においては軽度のものでも取り返すのに時間がかかる。
その時間は仕方がないことだが、商会を大きくするのには無駄でしかない。
それをなくすためにも、怒りで視野が狭まっている時に何かを決定をすることはしない。
部下への怒りを深呼吸をして抑え込むと、男は冷静な声でターゲットを見失った理由を尋ねた。
「キャタルピルから尾行班を付けているのですが、すぐにバレてしまっています。余程の探知の能力者なのでしょう」
ケイを尾行してきていた3人組が、彼らが最初に依頼した冒険者たちだ。
一度失敗して、彼らが独自に仲間を集め、再度襲撃をして二度と顔を見ることがなくなってからも、ずっと尾行者はつけておいたのだが、結果は芳しくない。
いつもあっさりと尾行がバレてしまうからだ。
「うちのトップの追跡者たちを送っているんだよな?」
「はい」
大陸の南の部分を牛耳っているとも言って良いこの商会には、独自に組織した諜報員たちがいる。
完璧な仕事をする連中なので、かなりの金額を支払っている。
その中でも、上位の連中はこのようなことは一度もなかったため、今回のターゲットの能力の高さが感じられる。
「見失った地点と、東へ向かっているというのを見る所、ピトゴルペスの町の手前付近といったところでしょうか?」
「国を越えるか……」
これまでのペースでこのままターゲットが進んでいっていると考えると、今はそれくらいの地点にいることだろう。
そして、ピトゴルペスからは他国へと変わる。
グルーポ・デントロという王国に変わるのだが、その国に行かれると少し困る。
その国にも支店を出しているが、まだ日が浅い。
ピトゴルペスを軸にしている商会にとって、使える冒険者がまだ集めることができていないからだ。
「これまでけしかけた冒険者たちのランクは?」
「最初はB、Cランクを送っていたのですが、最近はAランクを」
冒険者にはランクがあり、G~SSSの10段階になっている。
その中でも、C以上のランクの持ち主が一端の冒険者として世間は判断している。
Aランクになると、相当な実力の持ち主だ。
「Sランク以上の者で、金次第で動く奴はいないのか?」
Aの上からS、SS、SSSとランクが上がるのだが、Sから先はまともな生き方をしてなれるレベルではなく、冒険者にとっては一流と超一流の大きな壁になっている。
S以上になればある程度強い魔物を狩ることができるので、採取が困難な魔物の素材を売って資金を得れば余裕で生きていけることだろう。
しかし、そんな高ランクの冒険者でも、場合によっては資金不足になることがある。
そういった者を使えれば、ターゲットの捕獲も難しいことではないだろう。
「……SSランクの者が一人だけなら」
「……いるのか?」
まさか高ランクの冒険者で動いてくれそうな人間がいるなんて思わず、商人の男は少し疑うように尋ねた。
「はい。後払いで受けるかは分かりませんが……」
Sランク以上は金で動く人間は少ない。
そのため、使える人間がいるとなると慎重にことを運ばなければならない。
冒険者相手に先払いは、商人からするとあまりしたくない。
協会を通しての依頼なら文句が言えるが、今回は裏の依頼になる。
金だけ受け取ってトンズラされたら、こちらは泣き寝入りするしかなくなってしまう。
「成功報酬はこれまでの倍でも構わん」
「了解しました」
珍しい魔物なだけに、幸運を招くなどと言う噂も流れているが、商人の男もそれを信じているようだ。
とは言っても、ケセランパサラン程度の魔物に高い金を出すのには首を傾げたくなる。
しかし、主の指示ならそれに従うのが部下の務め。
指示を受けた部下の男は、恭しく頭を下げて部屋から出て行ったのだった。
【しゅじん! 変なの来なくなったね?】
「あぁ」
ターゲットになっているケイたちは、依頼者たちの予想通りピトゴルペスの町の手前の町の宿屋でのんびりしていた。
キュウの言う通り、変装をしてからと言うものの、冒険者につけられたり、囲まれたりすることがなくなった。
「魔法で誤魔化すって手もあったんだが、やっぱり変装の方が良かったみたいだな」
他人に顔を見られても手配書の顔と違うようにする方法には、魔力を顔に集めて違う人間に見えるようにする方法もあった。
しかし、継続して魔力をコントロールし続けなくてはならないため、結構面倒くさい。
それに、高ランクの冒険者とかになると、魔力を覆ているとすぐにバレる。
そのため、ケイはマスクを作ることにしたのだが、作戦は成功したようだ。
「ミャー!」
「すまん。マスク外すの忘れてたな……」
キュウはソフトボールほどの大きさなので、ケイの服の中や小さめのバッグに入れてしまえばバレることはない。
しかし、見た目柴犬のクウはどうしたものかとケイは考えた。
そして作ったのは猫のマスク。
しかも変声機付きだ。
体は犬なのに、顏と声が猫だと、他の人間は猫だと信じるようだ。
変装してからこれまでは、疑われるようなことにはなっていない。
現在は宿屋の部屋で他には人もいないため、ケイはこの間だけでもとクウのマスクを外してあげた。
「スムーズに進めているから、もうすぐ海も見えてくるころじゃないか?」
【うみ!】「ワフッ!」
海に囲まれた島で育ったため、キュウもクウも海は好きだ。
最近はずっと内陸部分を移動していたので、久々に海が見れるかもしれないと思い、嬉しそうな声をあげたのだった。
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