第119話

「長い間お世話になりました」


「いいえ、こちらこそ長いことお世話になりました」


 魔法の指輪をもらった代わりに魔道具開発の協力をすることになったケイだったが、協力していると少しずつ楽しくなり、いつの間にか長居してしまった。

 こんなに長いこといるつもりはなかったのに、いつの間にか1週間経ってしまっていた。


「それにしても、ケイ殿のアドバイスには開発班が驚いておりました」


「そうですか……」


 魔道具の開発をおこなっているスペシャリストたちの中にいきなりポンと入れられ、最初のうちケイは何をすればいいか分からなかった。

 しかし、作っていた魔道具はケイが前世で見たことあるような物と酷似していたため、色々と思いつくことができた。

 その思いつきが開発班のメンバーには思ってもみいないことだったらしく、かなり感謝された。

 それ以降は他の魔道具のことを相談されたりして、開発に加わっている感があって、魔道具開発所に行くのが楽しくなっていった。

 その間にケイも色々と魔道具開発のことも学べたので、ウィンウィンの関係だったように思える。


「リカルド殿もすいませんでした」


「いや、こちらも武器の強化をして貰っていたので、お互い様です」


 ケイが魔道具開発を手伝っている間に、リカルドはリカルドで忙しくしていたようだ。

 鍛冶の得意なセベリノと一緒に、武器の強化を図っていたらしい。

 リカルドの握力はとんでもなく、柄の部分を強化しておかないとどんな武器もすぐに使えなくなってしまう。

 セベリノが作り、リカルドに譲ったハンマーはかなり強固に作り上げてはいるが、念には念を入れて強化しておくことになった。

 その時調子に乗って装飾もしようという話になり、強化よりもその装飾の方が時間がかかっていたように思える。


「どうですかな?」


「……前衛的かつ革新的なデザインをしていますね」


 出来上がった柄の部分に満足しているのか、リカルドはケイに完成したハンマーの柄の部分をどや顔で見せてきた。

 それを見て、ケイはなんて言っていいか迷った。

 どうやらリカルドはスカル系が好きなようだ。

 柄の部分には所々ドクロの金属が装飾されており、持っているリカルドが何だかイタイ人に見えてしまう。

 なので、ケイは褒めているのか貶しているのか分からないような言葉で誤魔化すことにした。


「………………」


 美花はそのデザインを見て、何も言えないでいる。

 そのどこか遠くを見るような目は、ケイ同様リカルドの武器の装飾に関わらないようにしているのかもしれない。

 ケイたちが好き勝手やっている間、美花は城の女性たちから編み物の技術を学んでいた。

 この世界のドワーフ女性は、体型は男性同様ずんぐりむっくりした感じをしており、髭は生えていない。

 パッと見はポッチャリ系の女性といった感じかもしれない。

 ドワーフ族は女性も器用で、服飾に関しては女性がおこなうのが常識になっている。

 そんな彼女たちと仲良くなった美花は、編み物に目がいった。

 動物の毛皮の服が多いのに、アンヘル島では毛糸による服などは少ない。

 作ろうとなると錬金術による作製となるため、ケイやレイナルドたちに頼むしかない。

 カンタルボスとの交易で、羊を手に入れようかという話が上がっているのだが、毛が取れるなら服にもできる。

 ただ、毛糸は作れても、島には編み物ができる人間がいなかった。

 そこに来て、服飾の技術の高いドワーフ女性に会え、美花はすぐに教わることにしたのだった。


「美花さん! またお会いしましょう!」


「はい! カンデラさんもお元気で!」


 美花と話しているカンデラとは、セベリノの奥さんの名前だ。

 編み物の指導を一番してくれたのも、このカンデラだ。

 一緒にいる時間が長かったせいか、美花とはかなり仲良くなっていた。

 美花からすると、編み物の師匠と言ってもいい。


「このまま皆様をお見送りしたいところなのですが……」


「んっ?」


「どうしました?」


 ケイたちがセベリノに会いに来たのは、これから自分たちの国へ帰ることを言いに来たのが理由だ。

 この後、また船に乗って対岸に渡り、来た道を戻りながら途中で転移でもしてしまおうかと考えている。

 だが、どうやらセベリノの方にはまだ何か用がある感じだ。

 それに対して、リカルドとケイは首を傾げた。


「父の容態が良くなってきており、わざわざ来てもらった2人に挨拶だけでもしたいと言っておりまして……」


「えっ?」


「大丈夫なのですか?」 


 ケイの言う通り、セベリノの父であり、この国の国王であるマカリオの健康状態が気になる。

 元々、マカリオがエルフの生き残りであるケイに会いたがったというのが、ケイたちがドワーフ王国へ訪問する事の発端といってもいい。

 しかし、高齢からくる体調不良で会えなくなってしまったが、その分セベリノと仲を深めることができたので文句はない。

 容体が良くなってきているとは言っても、完治していない状態で会ってくれるというのは思ってもいなかった。

 弱っている姿を、仲が良い国の王とはいえ見せるのはどうかと思うが、ケイとしてもどんな人間かも会ってみたい。


「じゃあ、挨拶だけでもさせてもらおうか……」


「そうですね……」


 ケイとは違い、リカルドはマカリオに何度もあったことがある。

 ちょっと頑固なところがあるのが困った所だが、仲はいいため健康状態が良くないというのを最初に聞いた時は、結構気にしていた。

 長話は良くないが、せっかくここに来たのだから挨拶くらいはしておきたい。

 そう思い、セベリノの案内によってケイとリカルドは、マカリオの寝室へ向かって行った。






「リカルド、呼んどいてこの様ですまんかったな」


「マカリオ殿、元気そうで何よりだ!」


 寝室に入ると、マカリオはベッドの上で上半身を起こした状態でいた。

 一国の王を呼び捨ては少々良くないようにも思えるが、マカリオはリカルドの祖父の時代からカンタルボスと関わってきた。

 リカルドも友人の孫という所から、どこか自分の孫のようにも思う所がある。

 それが分かっているので、誰もそのことを突っ込まないでいる。

 マカリオの顔色が良いので、リカルドも安心したように握手を交わす。


「そなたがエルフ族の方か?」


「初めまして、ケイと申します。こちらは妻の美花です」


「どうぞお見知りおきを」


 マカリオの問いに対し、ケイは挨拶をして美花を紹介した。

 何が気になったのか分からないが、マカリオはなんとなく2人をじっと見たような気がする。


「日向……」


 どうやら美花の容姿が気になったようだ。

 遠く離れた日向の人間を見たことがなかったのかもしれない。


「…………セベリノ!」


「ハイ!」


 美花が気になっていたと思ったら、マカリオはケイの顔をじっと見始めた。

 そして、急にセベリノのことを呼んだ。


「すまんが、ケイ殿と2人にしてくれないか?」


「「えっ?」」


 マカリオの言葉に、セベリノだけでなくケイも不思議に思う。

 流石に病み上がりの人間と、初対面の人間を2人きりにするのはどっちにとっても良くない気がする。


「……分かりました」


 ケイがマカリオに危害を加えるとは思えないが、病がケイに移らないかの方が気になる。

 だが、ケイも了承したので、セベリノは少し渋りながらも他の者たちと共に部屋の外へと出て行ったのだった。


「……何か聞きたいことでもあるのですか?」


「えぇ……」


 みんなが出たのを確認して、ケイはマカリオに尋ねる。

 そして、マカリオはまたケイをじっと見た。


『お前、もしかして転生者か?』


「っ!! ………………」


 目の前の年老いたドワーフから発せられた言葉に、ケイは声を出せずに固まる。

 鳩が豆鉄砲を食ったような表情とはこの事だろう。

 信じられないと言ったように目を見開き、ドワーフの王であるマカリオの顔を見つめる。


『あれっ!? 違ったか?』


 固まっているケイに、マカリオは自分の予想が間違っているのかと思い始める。

 この1週間、魔道具の研究班から進捗状況は聞いていたし、ケイの助言によって新しい魔道具ができたと聞いた。

 出来上がった魔道具を見せてもらって、引っかかるものを感じたマカリオは、ケイと直接会うことを望んだのだ。


「何で……」


『んっ?』


 反応がないため、マカリオが勘違いだったと息子のセベリノたちを呼ぼうとしたところで、ケイがようやく口を開いた。


『何で転生者だと……?』


『…………やっぱり、そうか……』


 驚いて声も出なかったのは、老いたドワーフのマカリオが美花も知らないケイの秘密を話して来たからだ。

 久々に日本語を聞き、ケイも同じ言葉で返すと、マカリオは納得したような表情をして頷いた。

 この世界には、美花の両親の出身地である日向という国がある。

 聞いた情報からだと、昔の日本と同じような文化を形成しているらしい。

 そして、日向語という日本語と同じ言葉を使うことが、美花から聞いて分かっている。

 このドワーフももしかしたら日向語を話しているという可能性もあるが、転生者なんて言葉が出てくるところを見ると、日向語というより日本語を使っているとケイは考えた。


『炊飯器なんか考えたら、そりゃ気付くよ』


 この1週間で、魔道具研究所の研究員たちとケイが完成させたのが炊飯器だった。

 男性が調理をするとなると、酒のつまみしか作らないため、どうしても女性が料理をする機会が多い。

 ドワーフ女性は手先が器用だから、料理も上手な人間が多い。

 しかし、服飾などの仕事が忙しいと、料理に使う時間が短くなってしまい、いくら彼女たちでも手抜き料理をしたくなる。

 そこで、そういった女性のために、料理を作る魔道具の開発をということになったのだが、研究所の人間は料理をしない者ばかりで、何を作っていいか分からなかった。

 こういう時に国王で天才のマカリオがいれば、何かしらのアドバイスをもらえるのだが、病でそういう訳にもいかない。

 そこでケイが提案したのは、炊飯器だった。

 ドワーフ王国も米は食べる。

 ただ、パンとの比率が半々なのだそうだ。

 朝と昼がパンが多く、夜が御飯という家庭が多いそうで、そうなると作るのに困るのは夜の飯炊きではないだろうかと思ったのだ。

 コンロの魔道具もあるそうだが、まだ普及していないらしく、竈の家が多いとなると飯炊きの鍋から目が離せないし、時間がかかる。

 せめて御飯が簡単にできれば、おかずの調理だけに専念出来て良いのではとケイが言うと、研究員たちは目を輝かせた。

 そうして炊飯器を作ることに決定したのだが、マカリオからすると、すぐに炊飯器を思いつくなんてあからさまに怪しく感じたのだそうだ。

 それを聞いて、ケイもなるほどと思わず感心してしまった。


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