第120話

「普通にこっちの世界の言葉でいいか?」


「えぇ……」


 マカリオもケイも、この世界で生きた年月の方が長いので、もう日本語よりもこの世界の言葉の方が使い慣れている。

 そのため、マカリオはこの世界の言葉で会話することを提案し、ケイもその提案に賛成する。


「あんたも元日本人だろ? 実は俺もそうなんだ」


「そうですか……」


 さっきの会話で思っていた疑問が解消され、マカリオは嬉しそうに話を始めた。

 前世の記憶を持っていることもそうだが、元日本人が異世界で出会うなんてどれほどの奇跡なのだろうか。

 ただ、ケイとマカリオは、この可能性があるかもしれないということは、僅かに想像していた。

 自分のように前世の記憶を大なり小なり受け継いでいる人間は、この世界にはもしかしたら何人かいて、それが自分と同じ日本人であるということもあるかもしれないと。

 何故なら、自分がそうだからだ。

 自分という証明がある以上、同じような人間がいないと決めつける方がおかしいと思っていた。

 ただ、その可能性は本当に極々僅かで、いたとしても会うことができるとは思ってもいなかった。

 なので、ケイはマカリオの告白に心底驚いたのだ。


「前世の記憶といっても、小学校5年の冬までだが……」


「俺は高校3年の夏に……」


 お互い前世が日本人だった2人は、自分が前世でどうだったかを簡単に説明し始めた。

 マカリオは、小5の冬に弟を助けて車に轢かれ、命を落としたそうだ。

 それを聞き、ケイも海で子供を助けて溺れたことを話した。


「それにしても、日向の女性に会えるなんて羨ましいな……」


「そうですか?」


 先程、美花のことを見ていたのは、文献通り日本人と同じ特徴だということが確認できたからだそうだ。


「そっちと違って、こっちはドワーフ女性だからな……」


 愚痴のようにマカリオは言い出した。

 死んだと思ったらドワーフに転生したことは、全然何とも思っていない。

 何せ王子なのだから。

 食事や生活で不便な思いをしたことはなく、自由に生きてこられた。

 前世の知識があるので、魔道具開発を色々していたら天才とまで言われるようになってしまった。

 ただ、問題があったとしたら、結婚相手だ。

 父や大臣たちが王子である自分に薦めてくるのは、ポッチャリ体系の女性たちばかりだったそうだ。

 前世の記憶があるせいか、マカリオはスマートな女性が好みだった。

 一時は獣人の女性ととも考えたが、いくら仲が良くても一国に肩入れするのは好ましくないと言われて諦めることになった。


「中でもスマートなあいつを選んだんだが、セベリノを産んだらすぐに太ってしまって……」


「そんなこと言ったら怒られますよ」


 王妃であるフェリシタスは、数年前にもう亡くなっている。

 壁にかけられている絵を見る限り、とても優しそうな女性に見える。

 そして、ドワーフ女性らしくポッチャリした体型をしている。

 その絵を見たら、ケイもちょっとマカリオの言いたいことも分からなくもない。

 しかし、亡くなった方のことを言うのは気が引ける。


「……聞かなかったことにしてくれ」


 ケイがマカリオに対して軽めに注意をすると、フェリシタスとの昔のことを思い出したのか、マカリオは寂しそうに呟いたのだった。


「話は一先ずこの辺にしておくか……、これ以上長くなると皆に心配されるからな」


「えぇ」


 本当はもっと色々と話したいところだが、マカリオは病み上がりだ。

 そんな人間と長話しして、また体調が悪くなりでもしたらセベリノたちに申し訳ない。

 そのため、名残惜しいが、この辺で話を終わらせることにした。


「同じ日本人の転生者仲間だ。困った事があったらちょっとは手を貸してやるよ」


「本当ですか?」


 カンタルボスという後ろ盾は一応あるが、獣人国家全てに一目置かれているドワーフ王国もとなると、国同士が離れていても仲良くできるもはかなりありがたい。

 欲しい魔道具を作ってもらおうと思った時には、頼らせてもらうつもりだ。


「まぁ、そんな長いこと生きるとは思えないがな」


「笑えないですよ」


 言葉遣いは若いが、年齢的にはかなりの高齢。

 顏のシワや白い髭を見ると、マカリオの言っていることが冗談に聞こえない。


「では……」


「あぁ、またな」


 このままだと本当に長くなってしまいそうなので、ケイはマカリオへ一礼してドアの方へと進みだした。

 そのケイの後姿に向かって、マカリオは軽く手を振って見送った。


「どうしたの?」


 マカリオの寝室を出ると、みんなケイが出てくるのを待っていた。

 そして、ケイが神妙な顔をしていることに、長い付き合いから妻の美花がすぐに反応した。


「……いや、何でもない」


 別に前世の記憶があることを美花に話しても良いのだが、今までなんとなく言うタイミングを逃してきた。

 言っても信じてもらえるか分からないし、信じてもらえたとしても別に悩んでいることでもない。

 変な奴だと思われるのもなんか嫌なので、今更伝えるつもりはない。

 なので、ケイは首を横に振って美花へ返答した。


「父に何か言われましたか?」


「いえ、楽しく話させてもらいました」


 美花の言葉で気になったのか、次にセベリノがケイに問いかけてきた。

 その口ぶりは、まるでマカリオがケイへ困ったことでも言ったのだろうと思っているようだ。

 ケイとしては返した言葉通り、マカリオと話せて楽しかった。

 自分と同じ境遇の人間がいると知り、どこか気持ちが楽になったというのが本音だろうか。

 それにしても、先程の言葉からするに、セベリノのマカリオへ対する態度には僅かな溝があるようにも思える。

 それも分からない訳ではないが、年齢が年齢なだけに、マカリオに優しくしてやってほしいところだ。


「……実は、マカリオ殿は時折我々では付いて行けない発想をするお方なのでな」


「リカルド殿も……ですか?」


 もう一人マカリオが苦手にしているような人間がいた。

 聞いた話だと、マカリオはカンタルボス王国の先々代の頃から関係があるそうだ。

 つまりは、リカルドの祖父の時代からになる。

 生まれてから今までの自分のことを知られているというのは、結構面倒なことだ。

 良いところも悪いところも全部知られているため、交渉がとてもやりにくい。

 武では恐れ知らずなリカルドでも、交渉の場面ではとてもマカリオを打ち負かせる気がしないそうだ。


「……良い人だと思いますが?」


「……そう……ですか?」


「マカリオ殿のお眼鏡に適ったようだな……」


 ケイの言葉に、セベリノとリカルドの見る目が変わったように思える。

 なんとなく嬉しそうだ。

 その後の話によると、マカリオに気に入れれるかどうかで、魔道具の依頼時の対応が違うらしい。

 リカルドのことは赤ん坊のころから知っているのでちゃんと対応してくれているが、大昔に横柄な態度でマカリオに接した者は、酷い目に遭ったという話だ。

 昔のある国に、力が全てといった脳筋の王が就くことがあった。

 その王は、当時ドワーフ王国の王になったばかりのマカリオに対して、


「我が国がこの国を守ってやる。だから我が国の依頼を優先してもらおう」


「…………」


 明らかに新米国王であるマカリオを舐めた態度だった。

 ただ、マカリオはそれを黙って聞いていた。

 その後、その舐めた態度を取った王のいる国は、周辺国に睨まれ、圧倒的武力によって国自体がなくなるといったところまで追い込まれたそうだ。


「それのどこにマカリオ殿が関わっているのですか?」


 リカルドとセベリノが話す昔話。

 獣人大陸の歴史の一部として聞いている分には、なかなか面白い。

 だが、マカリオに睨まれたら困ることになるという説明にしては、メインで出て来ていない気がする。


「その周辺国が使用した武器が問題だったのだ」


「…………まさか?」


 リカルドのその話の流れで、ケイはなんとなく嫌な予感が脳裏をよぎった。

 

「その周辺国に武器を渡したのが父でした」


「やはり……」


 思った通りの答えがセベリノから話された。

 リカルドたちは知らないが、マカリオは転生者だ。

 小5までとは言っても、日本で見たことがある武器を作ろうとすれば、かなりの武器を作り出せるはずだ。

 しかも、この世界には魔法がある。

 しっかりしたイメージがあれば、程度に差はあれ結果を得られる。

 あとは、それをしっかりとした魔道具という形に作り上げる研究をするだけだ。


「その時出来たのが大砲ですね」


「……そうですか」


 いきなり大砲作ろうなんて、同じ転生者のケイからしたら何故と聞きたくなる。

 銃とかの武器の方が簡単に思いつきそうな気がするが……。

 ケイもリシケサ王国の侵攻に対して利用させてもらったが、もしも、見たことも聞いたこともない状態で砲撃を食らえば対処法が分からず、あっという間に壊滅に追い込まれても仕方がない。


「その脳筋の国王はどうなったのですか?」


 一応、その脳筋も国を手に入れるだけの実力の持ち主。

 多少の抵抗くらいはしたはずだ。


「孤軍奮闘も虚しく、至近距離から砲撃が直撃し吹き飛んでしまいました」


「…………そうですか」


 いくら強くて頑丈だろうが、至近距離で砲撃を食らって耐えられるとは思えない。

 化け物染みた強さを誇るリカルドでも、吹き飛びはしなくても、内臓が無事で済むことはないだろう。

 全魔力を集めた状態で放たれたのなら、ケイなら一発くらいはどうにかできるかもしれないが、いつ撃つかも分からない大砲を至近距離で止めるなんて、防御が間に合わずミンチのようになるだろう。


「大砲を与えられた国々もそれがあったからか、父と敵対はなるべくしないように対応するようになりましたね……」


 余程でない限り、この時のようなことをマカリオはすることはない。

 しかし、その時王になりたてのマカリオのひととなりを知る者はおらず、大砲を使いながらも、明日は我が身という気持ちが湧いてきた他国が疑心暗鬼を生じるのも当然かもしれない。


「まぁ、今では他の国の方々も父のことを知っているので大丈夫ですが、一時はドワーフ王国を潰してしまおうかと考えていた国もあったらしい」


 強力な武器を作り出されては、自分たちの国に攻め込んでくるかもしれない。

 ならば、いっそのこと今のうちに総攻撃をかましてしまおうと考えた国があるそうだ。

 強すぎる力は余計な軋轢を生みだす素になるということを、マカリオは考えなかったのだろうか。


「まぁ、気に入られたようだから何の心配もないだろう」


 ケイは礼儀をちゃんとするイメージがあったので心配はしていなかったが、マカリオが2人きりになりたがったことに、リカルドはケイが何か気に障ることでもしたのかと考えてしまった。

 しかし、それも取り越し苦労のようだったことに、リカルドは一安心した。


「マカリオ殿にも挨拶できたし、そろそろ帰るとしようか?」


「えぇ、そうですね」


 マカリオに会えるのは厳しいと思っていたが、元々今日帰る予定だった。

 あまり長いこと国を空けておくと、リシケサ王国の時のように人族が攻め込んで来ていた場合、レイナルドたちだけでは相当きついことになる。

 リカルドも仕事を息子たちに任せたままにしていては、王妃のアレシアにまた叱られるかもしれない。

 そうならないためにも、ケイたちは自分たちの国へ帰ることにした。


「皆さんお気をつけて!」


「「「ありがとうございます!」」」


 セベリノはわざわざ港まで見送りに来てくれ、ケイたちの乗った船を送り出してくれた。

 ケイと美花、それとリカルドは、セベリノに感謝の言葉と共に軽く頭を下げる。

 その後、セベリノが小さくなるまでケイたちは船から手を振り続けたのだった。


 帰りは、来るとき約束通りヴァーリャ王国の王都バルニドに寄って、国王のハイメとティラーの勝負をして、アレシアに叱られたくないリカルドのためにケイは転移魔法を使うことになった。

 ティラー勝負は、思っていた通り玄人にはケイの小技は通じず、ハイメの勝利で終わった。

 また来たときに勝負しようと言われ、ケイも社交辞令のつもりで受けていたが、あの様子では本気かもしれない。

 転移することにしたケイたちは、バルニドの町からから人気のない所に移動してから転移していった。

 バルニド付近から転移したので、急にいなくなった一行がカンタルボスに戻っていたということになったら、気付く人間もいるかもしれないと、ケイは思ったのだが、転移なんてそうそう思いつく人間なんていないとリカルドは楽観的だった。

 魔法をあまり使わない獣人だから、なおさらそんな魔法があるなんて考えないとのことだ。

 それに人を使って噂を流せばバレることはないそうだ。

 転移でリカルドと護衛兵たちをカンタルボスに送り届けると、ケイたちはアレシアやエリアスたちに挨拶をしてすぐにアンヘル島へと転移していった。


「やっぱりここが一番落ち着くな」


「そうね」


 いつも見た景色に戻ってきて、ケイたちは思わずホッとしたように呟く。

 もうここが自分たちの帰る場所なのだと思っているからなのだろう。


「あっ!? 2人とも今帰って来たのか!?」


 村の近くで狩りをしていたらしく、息子のレイナルドがケイたちの姿を見て驚く。


「「ただいま!」」


「おかえり」


 ちょっとした旅行になったケイたちのドワーフ王国への旅も、この一言を受けようやく終わったのだと感じたのだった。


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