第112話

「さぁ、出発しよう!」


「はい」


 リカルドの声に、ケイたちを含めたみんなが頷く。

 急遽釣り大会に参加したことで、移動日程が余計にかかってしまったが、ケイやリカルドたちは楽しめたこともあり、気分よくまた今日からドワーフ王国へ向けて出発する。

 釣り大会中も練習をしていたため、ケイの乗馬の技術も成長している。

 そのため、今なら結構な速度で馬を走らせても大丈夫になった。


「速度を出しても平気なようですな……」


 数日のあっという間のケイの上達ぶりに、リカルドは驚きも僅かに含んだ言葉を呟く。

 落ちても怪我する心配がないということが、どうやらここまでの上達に至れた理由かもしれない。

 リカルドに限らず、ここにいるみんなは何度か落馬の経験を味わい、多少の怪我を負いながらも上達して来たものだ。

 そんなことお構いなしとでも言いたげなケイの成長に、羨ましさが募った。


「今日はどこまで向かうのですか?」


 ちょっと駆け足気味の速度で走る一行。

 その中で、ケイが今日の目的地がどこなのかリカルドに尋ねる。

 転移をする時の事を考えると、町の名前とイメージは合わせておいた方がいい。

 もしもの時のために、できる限り多くの国と町に行っておきたいものだ。


「ピソバラの町まで向かいましょう」


「ピソバラの町……ですか?」


 当然聞いたことも無いような町の名前だ。

 そこは草原地帯が多く、馬にはいい環境になっている地域なのだそうだ。

 乗っている馬を練習などで疲れさせているという自覚がけいにはあるため、その町で少し休ませてやるのもいいかもしれない。


「そこまで行けばヴァーリャ王国の王都バルニドが近い」


「王都ですか?」


 昼休憩に入り、リカルドはケイに地図を見せながら説明を行なってくれた。

 ピソバラの町は、たしかにドワーフ王国へ向かうために通るのは分かる。

 他の道は山を越えなければならなかったりと、少々道なりが荒くなりそうだからだ。

 しかし、ピソバラから真っすぐ北へ向かうのが道順としては最短に思えるが、そこから一旦北東にあるバルドニへ向かうのは何故なのだろうと思い、ケイは首を傾げる。


「この国を通るのに、さすがに何の挨拶もなしという訳にはいかないのでな……」


「なるほど……」


 カンタルボスの王であるリカルドが、エルフを連れてドワーフ王国へ向けて移動しているのは、あらかじめ手紙によってヴァーリャの王には伝えてはある。

 しかし、だからと言って隣国の王が王都の側を通るというのに、挨拶すらなしでは嫌な思いをするのは当然だろう。

 ケイとしても、色々な獣人を見てみたいという思いがあるので、牛人の王に会えるのは少々楽しみだ。





「ブルㇽ……」


「よ~し、よし……」


 移動は順調に進み、目的のピソバラの町にたどり着いた。

 聞いていた通り草原が広がり、長閑で心の落ち着く町のようだ。

 ここにたどり着くまでに馬には頑張ってもらったので、それを労う為にも、草原の草をたらふく食べてもらいたい。

 馬は人を見ているというが、最初見た時はどう相手していいか分からず、この馬には不安にさせていたかもしれない。

 しかし、この数日で乗馬技術に自信がついたことで、この馬とは仲良くなれたと思う。

 そのため、嬉しそうに草を食べる馬に、ケイは優しくブラッシングしてあげたのだった。


「お~いケイ殿!」


「はい?」


 毛並みが艶々になった馬はそのまま好きにさせ、ケイは休憩をしていた。

 そこにケイを呼ぶリカルドの声が近付いてきた。

 リカルドの手には、竹で出来ているかごが持たれており、その籠の中には色々な山菜が入っていた。

 この草原の周辺には山菜が豊富に生えているらしく、それが名物の一つになっているらしい。


「ケイ殿は山菜も料理できるだろうか?」


「豊富なバリエーションとは言えませんが、調理はできますよ」


 ケイたち家族が住むアンヘル島でも山菜は取れる。

 島に1人で暮らしていたころ、ケイも食べられそうな物がないかと山菜に手を出した。

 子供の味覚では苦みが強く感じ、食料がない時ぐらいしか手を出すのは躊躇われたものだ。

 しかし、大人になった今はその苦みが何とも言えず、つまみの1品に調理をすることもある。


「もしかして、天ぷら?」


「その通り!」


 山菜を調理すると言ったら、やはり思いつくのは天ぷらだ。

 天ぷらは調理の仕方でだいぶ味が変わる料理だ。

 ケイも調理法は知っていても、所詮は家庭料理レベルでしかない。

 それでも十分山菜を味わえるので、美花も山菜料理は気に入っている。

 聞いた話だと、美花の父も作ってくれたりしていたらしく、日向の料理と言ったら天ぷらがすぐ浮かぶのだそうだ。


「以前、頂いた料理ですな?」


「えぇ」


 リカルドも島に何度か来ている。

 その時に天ぷらを振舞ったことがあった。

 それが思い起こされたのか、リカルドの表情は一気に明るくなった。


「美味しい!」「美味い!」


 ケイが揚げたばかりの山菜の天ぷらを食べ、美花とリカルドは笑みがこぼれた。

 カラッと揚がり食感も良いが、何といっても味が良い。

 ほんのりした苦みが、何とも言えない味わいを醸し出している。


「これを肴に酒を1杯なんて……」


「そういうと思って、冷やしておきましたよ」


「さすがケイ!」


 天ぷらを食べていると、明日も馬に乗るのであまり飲むべきではないが、酒も少し飲みたくなる。

 リカルドでなくても同じような思いが浮かぶ。

 ケイ自身もだ。

 そのため、みんなの分として買っておいたエールを、魔法で作った氷の中に入れてキンキンに冷やしておいた。

 これには、美花とリカルドは喜びを隠せなかった。

 天ぷらとエールを楽しみ、ピソバラの町の夜は更けて行った。






◆◆◆◆◆


「ようこそいらっしゃった! リカルド殿」


「久し振りですな。ハイメ殿」


 握手を交わす2人。

 ヴァーリャ王国の王都バルニドにたどり着いたケイたちは、この国の王城へと向かって行った。

 リカルドが先に手紙で報告していたのもあって、登城したらすんなりと玉座の間へ案内された。

 カンタルボス王国とヴァーリャ王国は、隣国とはいえ王都同士が結構離れている。

 馬を飛ばしても数日かかる距離のため、国内の仕事に手を付けていると、なかなか頻繁に会うということはできない。

 しかし、現在の獣人大陸はどの国も安定しており、関係は良好な状態だ。


「ハイメ殿、彼が以前話したケイ殿、そして奥方の美花殿だ」


「ホ~、あなたが……」


 リカルドの紹介により、この国の王であるハイメの目がケイと美花に移る。

 特にケイへは、見定めるような視線を送っている。 

 牛人のハイメの姿は、他の牛人と同様の姿をしている。

 頭に2本の角と、臀部付近に尻尾がある以外、普通の人間と変わりがない容姿だ。

 ただ、人族と違うのは、牛人族の特徴ぢある上半身の筋肉が発達していることだろう。


「ケイと言います。よろしくお願いします」


「こちらこそ!」


 ケイはハイメの視線に気付いてはいるが、初めて見るエルフだからだろうということにして、挨拶と共に握手を求めた。

 出された方のハイメも、にこやかにそれに応える。

 ケイには、まるで先程の視線を誤魔化している様にも見える。


「ケイの妻の美花です。お見知りおきを」


「よろしく!」


 ハイメは美花とも握手をする。

 人族である美花に何か思う所があったらと思ったが、特に何とも思っていないようで、普通に対応している。

 さっきの視線のことを考えると、美花よりケイの方に関心があるのかもしれない。


「今日は一泊して、このまま北北西へ向かうつもりですか?」


「えぇ」


 目的地は、ここから北北西にある港町から向かうドワーフ王国。

 ここまで走ってきた馬を休ませるのと長旅の休憩のために1泊し、明日からまた馬による移動を開始する予定だ。

 そのため、質問をされたケイは、短い答えと共に頷いた。


「では、時間はありますね?」


「えぇ、大丈夫ですが……」


 先程の質問の答えを聞いて、ハイメの目が少し変わったように思えた。

 その目は以前、どこかで見たような気がする。

 そして、それはあまりいい予感がしない。 

 言葉を返しながらも、ケイはその時のことを思いだそうとした。


「ケイ殿とティラーでもしてみたくなりましてな……」


「……ティラー?」


 聞いたことない単語が出てきた。

 しかし、先程の感覚からして、何故かあまりいい響きに聞こえない。


「この国の格闘技です」


「……えっ?」


 その単語が分からなかったケイに、隣にいたリカルドが意味を教えてくれた。

 だが、それを聞いてまたかと思う。

 嫌な予感の正体が、リカルドの時のことだと思い出したからだ。

 獣人の者たちは、どうしていちいち相手の実力が知りたくなるのだろうか。


「時間はそれほどかからないし、大怪我も滅多にするような競技ではないですから、訓練場へ向かいましょう!」


「えっ? ちょ……」


 ケイはその申し出を断るつもりでいたのだが、そんな間を与えないような感じでハイメに手を引かれ、連れていかれた。

 そして、渡された専用の道着のを渡され、着替えるように言われたケイは、諦めてそのティラーを行なうことにした。


「ティラーは投げ技の戦いです」


 女性用レスリングユニフォームを緩めにしたような道着に身を包み、ケイは連れて来られた競技場でティラーの説明をハイメから受けた。

 ハイメも同じような道着に着替えてきている。

 しかし、筋肉が発達しているからか、ケイとは違いちょっとピッチリしているように見える。


「打撃による攻撃は駄目です」


『相撲と柔道を合わせたみたいなものか?』


 ティラーの説明を受けたケイの感想はこれだった。

 この競技は、魔法と急所への攻撃、それに打撃が禁止。

 あくまでも相手を投げ、膝から上を先に地面につけた方が負けといったルールだそうだ。


「面白そうね!」


 観客席のようなところにいる美花は、ルールを聞いただけで何だか興奮しているように見える。

 日本に似た文化である日向にも、相撲や柔道があるらしいが、大陸で生まれた美花は見たことはない。

 しかし、日向生まれではないとは言っても、体に流れる血が反応しているのか、美花はこの競技に興味津々なようだ。


「ルールはよろしいかな?」


「えぇ……」


 何故だかちゃっかりと審判役を務めるリカルドにルールの理解を問われ、ケイは頷きを返す。

 ここが特等席だと言わんばかりに、リカルドは目が輝いている。


「それでは、よーい!」


 一辺が15mほどの正方形をした競技場で、地面は砂地。

 裸足の足が軽く沈む程度で、動き回るのにはたいして気にはならない。

 お互い競技場の中央から一定距離をとり、軽く構えを取って動きを止める


「始め!」


“バッ!!”


「っ!?」


 リカルドの開始合図を受け、ハイメは地を蹴り一気にケイとの距離を詰める。

 ルールに不慣れな相手に先手必勝なんて、容赦ないように思える。


“フッ!!”


「っ!?」


 しかし、ケイは慌てない。

 ハイメの突進に対し、地を蹴り競技場の広さを生かして横へと移動する。


「速いですな……」


 消えるような速度で移動したケイに、ハイメは感心したように呟く。

 因みに、ケイは魔闘術を発動している。

 魔法は駄目だが、魔力による身体強化は良しとされたからだ。

 それがなければ、恐らくケイは今の突進でつかまっていたことだろう。


「……だが」


 突進を回避されても慌てていない所から、何か考えがあるのかもしれない。

 ハイメは先程と同じように突進を開始した。

 

“フッ!!”


“グッ!!”


「っ!?」


 先程と同じように躱して様子を見ようとしていたケイだが、ハイメはその動きに合わせて手を伸ばしてきた。

 そして、道着の端を僅かに摘まんだハイメは、それだけでケイの動きを止めることに成功した。

 体格は違くても、身長は5cmほどしか違わない。

 そんなケイを3本の指で摘まんだだけで止めてしまうなんて、どんな握力をしているんだと、ケイはツッコミたくなる。


「ヌンッ!」


「おわっ!」


 動きを止めたらすぐに掴みなおし、ハイメは片手で力任せの投げを放つ。

 握力だけでなく腕力もとんでもないらしく、ケイは空中に放り投げられた。


「とっ……」


 しかし、その投げはハイメにとっては手抜き。

 明らかに余裕の表れだと、ケイにもそれが分かる。

 体が地面に着いたら負けなのだから、叩きつけるように投げれば勝利できたはずなのだから。


『舐めてんな……』


 前世が日本人のケイは、相撲や柔道の経験はなくても、目にする機会は幾度もあった。

 なので、技のいくつかは頭にある。

 幼少期から格闘技を訓練しているので、ある程度の型や体の使い方は分かっているつもりだ。

 しかし、ぶっつけ本番となると、まともにやって上手くできるか分からない。

 だが、隙さえ作ればなんとかなるはず。


“バッ!!”


「っ!?」


 考えが決まり、今度はケイの方がハイメに接近する。

 そして、ハイメの顔面めがけて右手を突きだす。

 打撃攻撃は禁止と言っていたにもかかわらず、ケイが違反してきたと思ったハイメは、意外そうに思いながらもその手を躱そうとしない。

 その手が当たれば、ケイはその程度の男だと思うし、当てなければ何か策があってのことだろうと判断したのだろう。

 それこそがケイの狙い。

 ケイの手はハイメの顔の横を抜け、首の後ろ辺りの布を掴むことに成功する。

 柔道で言う所の奥襟を掴んだ。

 

「ハッ!!」


 ハイメの奥襟と右手を掴んだケイは、そのまま技をかけに入る。

 自身の左足で、ハイメの右足の裏を引っ掛けて投げようとする。

 柔道の大外刈りだ。


「ムッ!?」


 このティラーという競技にどんな投げ技があるか分からないが、ケイの大外刈りにハイメは反応する。

 引っ掛けようとしているケイの右足を躱し、体勢を整えようとする。

 しかし、ケイの狙いはここからだ。


「だっ!!」


「なっ!?」


 大外刈りを躱して僅かにバランスを崩したハイメに、そのまま内股を仕掛ける。

 大外刈りから内股。

 それぞれ単発で仕掛けたら通用しないかもしれないが、この連続技ならもしかしたらと思ったのだ。

 案の定、上手く内股が入り、ケイはそのままハイメを地面へと投げようとした。


「ヌアッ!!」


「っ!?」


 体勢的にはケイが有利。

 このまま勝てると思ったケイに対し、ハイメが咄嗟に抵抗をする。

 たまたま片手がケイの道着を掴んでおり、その手に思いっきり力を込める。

 そして、投げられながら力づくでケイを投げようとする。


“ドサッ!!”


 地面に着いた音は一つ。

 つまり、2人は同時に地面に着いたということになる。

 しかし、どちらかが先に地面に着いていたかが勝敗だ。

 どっちが勝ったか分からない2人は、審判のリカルドに同時に目を向け、勝者がどっちなのかの判定を待ったのだった。




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