第111話
長さ勝負の釣り大会1日目が終わり、最後の大逆転で1位を奪取した上機嫌の美花を連れ、ケイはリカルドたちと共に領主邸に足を運んだ。
ケイと美花は別に宿屋でも構わないのだが、カンタルボスの王であるリカルドが宿屋では何かとよろしくない。
そのため、ここの領主が泊まる場所を用意してくれたのだが、領主邸の離れを自由に使って良いと言われた。
「別荘地だからこの離れも豪華なのかな……」
離れと言っても、領主邸とほぼ遜色ないような豪華な構造をしていて、1人1部屋使ってもあまりそうな邸に驚きながらも、ケイはリカルドが言っていた言葉を思い出した。
ここは別荘地。
この国の貴族はもちろんのこと、周辺国からきた要人をもてなすためにも、このような建物があるのが当たり前なのかもしれない。
「申し訳ないのだが、ケイ殿に調理を頼んでも良いだろうか?」
リカルドが連れてきた護衛の中にも、料理ができる者はいる。
だが、ケイの料理の腕に比べると、どうしても物足りなさを感じてしまうらしい。
その護衛たちも、ケイの料理を食べた経験がある者たちなため、出来ればケイの料理にありつきたいらしく、自分たちがやると言ってこない。
「いいですよ」
ケイにとって料理は息抜きの1つ。
何も考えずに料理に集中し、美味くできたらなお嬉しい。
大会で釣った魚は、持ち帰っても放流しても構わないということだったので、ケイたちが釣った魚は全て持ち帰った。
そのため、色々な魚が釣れたことから、料理のしがいがある。
「まずはヴィシオンを使いますか……」
でかい鮎ことヴィシオン。
これはかなりの数が釣れたので、シンプルに料理することにした。
やっぱり鮎なら塩焼きだろうと、串に刺したヴィシオンに塩をまぶし、遠火で焼き始める。
フツフツと脂が出てきているのを見ると、ただの大味になっているようには見えない。
焼くだけで美味そうなので、かぶりつきたい気になってくる。
「次はムヘナとロッカードだけど……」
でかい山女のムヘナ。
でかい岩魚のロッカード。
どっちもヴィシオン同様に塩焼きでも美味いかもしれないが、全部同じでは面白くない。
そうなると、思いつく料理と言ったら甘露煮とフライといったところだろうか。
なので、ケイはムヘナを甘露煮に、ロッカードをフライにしてみた。
身がかなりでかいので、1匹で3人分になりそうな大きさだ。
「最後に美花が釣ったアンギラを使った料理をするか……」
美花が釣り、今日1位を取った長い魚のアンギラ。
普通の鰻のように見えるが、地球ならかなり立派な天然物といったところだ。
白焼きも捨てがたいが、鰻と言ったらやはりかば焼きではないだろうか。
関東と関西で調理法が違うが、ケイは捌き方は関西、調理法は関東というふうに作るようにしている。
ケイたちの住むアンヘル島では、鰻ではないがウツボがたまに取れるため、それをかば焼きにして食した経験がある。
島のみんなにはなかなか好評だったので、その時と同じように作れば大丈夫だろう。
「全員で分けたら随分小さいけれど、かば焼きの完成だ!」
10人の護衛にリカルド、ケイ、美花の3人。
立派な大きさの鰻とはいえ、13人で分ければ仕方がないだろう。
「………………」
「美花のだけは大きめにしたから安心しろ」
ケイがアンギラのかば焼きを切り分けていると、それを美花が無言で見ていた。
ウツボのかば焼きの時も、美花はその味をかなり気に入っていた。
日本人に似ている日向人からすると、舌に合うのかもしれない。
調理の時にケイがかば焼きと言っていたのが耳に入ったのか、いつの間にか美花が調理しているのを見に来ていた。
流石に、釣った本人が他と同じ大きさでは可哀想だ。
なので、ケイは美花の分だけ大きめに切り分けた。
それでも小さいが、茶碗の大きさほどのうな丼はできた。
ケイを含めた他の人は、少量の鰻をまぶした御飯と言ったところだ。
「魚ばっかりになったな……」
どの魚も上手く調理できたと思う。
しかし、どれも魚だけで野菜の料理がない。
魚だけだとどうしても栄養が気になる。
「しょうがない、サラダとみそ汁で誤魔化すか……」
野菜料理を考えようかと思ったが、作っている間にできた魚料理が冷めてはもったいない。
ここはシンプルにサラダにするのと、野菜を色々入れた具沢山味噌汁にするのが手っ取り早い。
そう思ったケイは、手早くその2つを作ってテーブルに並べて行った。
「美味い!!」
食事の挨拶をすると、リカルドはケイが作った料理にがっつき始めた。
魚料理ばかりになってしかったが、そんなことは気にしないと言ったような食いつきだ。
「気に入って貰えてよかった」
対面に座るケイは、喜んでもらえたようで安堵している。
護衛の10人は王のリカルドと一緒に食べる訳にはいかないと、後で使用人室で食べるそうだ。
料理は同じなのだから気にすることはないと思うが、そう言ったことはキチンと区別しないといけないらしいのでしょうがない。
「ハグハグ……」
「慌てなくても、まだあるから落ち着いて食べろよ」
美花もケイの魚料理にハマったのか、一心不乱といった感じで食べ進めていた。
今日釣った魚は結構な量ある。
護衛の者たちが食べる分は取ってあるので、慌てて食べる必要はない。
美花へ言っているが、がっついているリカルドにも聞こえるように注意をする。
「他にも料理を考えておかないとな……」
釣り大会2日目の明日は、重さの勝負になる。
そうなると、今日と同じ魚がまた釣れることになる。
今日の料理は成功だったが、同じ料理を翌日もというのは少々芸がない。
明日は、釣りをしながら料理を考えることにしたケイだった。
《それでは大会2日目を開始します!》
ツピエデラの町の釣り大会に参加しているケイたち一行。
今日はアナウンスの通り大会2日目になる。
「総合優勝を狙うわ!」
昨日思わぬ大逆転劇によって、1位の座についている美花。
今日の勝負で上位に立てば、総合優勝も夢ではない状況だ。
そのため、美花が気合を入れているのも分からなくはない。
しかも、この獣人大陸で人族の参加など滅多にないことなので、初優勝になるかもしれない。
魚の長さ勝負となっていた昨日、人族の美花が1位になったことで多少のざわめきがあったのはそのこともあるのかもしれない。
「昨日は結構釣れたし、今日も同様なら我々ももしかしたら逆転できるかも……」
「ですな!」
昨日の長さ勝負は1cmで1ポイント。
つまり、美花は昨日のポイントは106ポイントになる。
そして、今日の勝負は、釣った魚の全部を計りに乗せた時の重さであり、要するに総重量だ。
1kgが1ポイントとなるので、どんな大きさの魚であろうが、数を釣った方が当然有利になる。
ケイとリカルドも、昨日と同程度の釣果ならば上位に入ることも不可能ではないため、まだやる気は十分ある。
《よ~い! 始め!》
開始の合図と共に3人は糸をキャスティングした。
釣り場所は昨日と同じ場所。
美花に場所をずらすか尋ねたが、昨日の運を信じたいと移動はしないことにした。
「昨日より釣れないですな……」
「ですね……」
始まって1時間。
ケイたち3人は、ヴィシオンを1匹ずつというなんとも残念な状態だ。
昨日ほどの当たりがないことに、リカルドが少し残念そうに言葉を漏らす。
近くのケイも同様なため、ずっと水面を眺めているだけの時間が続いている。
「ん~……、あっちに魚群が行ってるのかもしれないですね」
「かもしれないですな……」
対岸を眺めると、他の大会参加者がムヘナを釣り上げているのが見える。
そのことから、自分たちが釣れないのは魚群が対岸に向かっているせいだと判断した。
同じ光景をみているため、リカルドも同様の感想を持つ。
「待つしかないかな……」
昨日もそうだが、魚群は湖にいくつかある。
その魚群はちょこちょこ移動しているらしく、参加者の誰もが釣れる時間と釣れない時間がやってくる。
その時間が来るのをじっと待つしかないと、ケイは諦めた。
「あっ! 来た!」
「私も!」
開始してから3時間が経過して頃、ケイと美花の竿がほぼ同時にヒットした。
2人ともリールを巻き上げ、何が掛かったか楽しみに待つ。
「ヴィシオン!」
「ロッカードだ!」
釣り上げたのは、ケイがヴィシオン、美花がロッカードだった。
この湖でよく釣れるのはヴィシオン、ムヘナ、ロッカードの3種。
その中でもロッカードが大きく育つ傾向にあるので、これを多く釣ることがポイント獲得に有利に働く。
釣れたのがヴィシオンで、ちょっと残念なケイと、ポイントに有利なロッカードが釣れて喜ぶ美花で反応が分かれた。
「よし! 来た!」
「来た!」
今度はリカルドに当たりが来る。
そして、その少し後にまた美花にも当たりが来た。
「むっ? ヴィシオンか……」
「ムヘナだ!」
リカルドにかかったのはヴィシオン、美花にかかったのはムヘナだった。
しかも、美花のムヘナはかなりの大きさだ。
「しかし、流れが来たかもしれないな……」
「そうですね」
釣れたのがヴィシオンだったとはいえ、当たりが来るようになったのは好機だ。
どうやら、待っていた魚群がこちらに流れてきたのかもしれない。
ここからが追い上げだと、ケイとリカルドは意気揚々にキャスチングした。
「来た!」「ヒット!」
美花とリカルドの竿にまた当たりが来る。
「ロッカード!」「ヴィシオンだ」
釣れたのはまた美花の方が大きい魚。
「「来た!」」
今度はケイと美花に当たりが来る。
「ヴィシオン……」「ムヘナだ!」
またも釣れたのは美花の方が大きい魚。
「……何だか美花にだけ大きいのが掛かってる」
「これでは昨日と逆転してるな……」
ケイとリカルドは少々落ち込み始めた。
釣れていることは釣れているのだが、ヴィシオンばかりでは上位に食い込むことはできそうにない。
しかも、昨日1位の美花が数でも種類でも上に行っている。
どんどん離されて行っている状況では、気落ちするのも仕方がない。
《終~了!!》
5時間の制限時間が終了した。
これによって、今日の重さ部門の確定順位が巨大掲示板に張られていく。
ケイとリカルドは、流れが来てからヴィシオンばかり。
それでも結構な数を釣ったが、昨日の順位からはそうそう変わらず、200人程の中で100位前後。
ケイが104位で、リカルドは92位。
2桁と3桁でだいぶ嬉しさが違い、リカルドはこの順位でもホクホク顔。
ケイはがっくり肩を落としていた。
《皆さんお疲れさまでした! これより総合順位の結果発表を行いたいと思います!》
大会も終わり、重量部門の表彰の後に、総合順位の発表が行われた。
そして、その表彰が終わり、大会の日程は終了したのだった。
「やったね! トロフィーもらっちゃった!」
ケイたちの下に戻ってきた美花は、嬉しそうに魚がてっぺんに付いた小さめのトロフィーを持って来た。
今日の美花の順位は13位。
最初の方に釣れなかった分を残り2時間で挽回したのだが、それでも上には上がいた。
魚を山のように釣った強者がおり、結局総重量部門の1位が今年の優勝者になった。
美花は残念ながら総合3位。
とはいえ、人族では初の快挙に、参加した獣人たちは拍手を送っていた。
その光景を見て、ケイは何とも嬉しい気持ちになった。
獣人と人族は、あまり関係が良くない。
しかし、ケイたちの住むアンヘル島ではみんな仲良く暮らしている。
ここでもそれと同じ光景が見れたから嬉しかったのかもしれない。
「記念になったな……」
「えぇ!」
色々な意味で、美花が取ったトロフィーの感想を言うケイ。
それとは違い、単純に上位になれて嬉しかった美花。
その日の夜はまたも魚料理に舌鼓をうちつつ、美味い酒が飲めた2人だった。
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