第113話
「「どっちですか?」」
ヴァーリャ王国の格闘技であるティラーの勝負をおこなっていたケイと、この国の王であるハイメ。
膝から上を先に地に着けた方が負けになるルールで戦い、ほぼ同時に2人とも倒れ込んだ。
勝敗はギリギリだったため、戦っていた本人たちにはどちらが勝ったかは判断できなかった。
そのため、2人は審判であるリカルドに声を合わせるように問いかけた。
「…………同着!」
審判をしていたリカルドの目には、2人の体が同時に着いたようにしか見えなかった。
ギリギリまではケイの勝ちに見えたのだが、最後の最後にハイメの行動によって完全に勝敗は分からなくなった。
「引き分け!」
同時に土に接触したようにしか思えない。
なので、リカルドが下した判定は引き分けだった。
この世界には、映像を録画すると言ったような技術がないため、VTRによる判定という訳にはいかない。
そうなると、勝敗を決めるのは審判の判断となるため、引き分けが決定した。
「同着……か……」
「引き……分け?」
両者とも、もしかしたら自分が勝ったのではという思いがあったため、その判定に納得と残念な気持ちが混ざったような感情になった。
ケイとしては、ハイメが自分に対してまだ油断をしている時に勝っておきたかった。
この格闘技に関しては、プロとアマに近いくらいに技術差があるはず、もう一度やることになれば、その差が顕著に出てくるはずだ。
そうなったら、勝ちを手に入れるのはかなり厳しい。
「もう一勝負と行こうか?」
「えっ?」
好戦的な人間が多い獣人。
やはり、このまま引き分けで終わりとはいかないようだ。
そうなると、さっきも思ったように、もうケイの技が通用するか分からない。
「あっ……ケイ、左腕……」
「んっ?」
次やったら高確率で負けるイメージしか浮かんでこないため、ケイは再戦を受けようか悩んだ。
だが、ケイが答えを出す前に、美花が声をかけてきた。
何のことかと思って、ケイが美花に言われた通りに自分の左腕を見てみると、何だかブラブラしていた。
「あれっ? イタタタ……」
何でこんなことになっているのか分からず、ちょっとブラブラする左腕を動かしてみる。
すると、少しずつ痛みが出てきた。
気付かなかったのは、さっきまではアドレナリンが出ていたからかもしれない。
「肩が外れた! ……んがっ!」
どうやら肩が外れたらしい。
ケイは痛いのを我慢して自分で肩をはめ込む。
肩には入ったが痛みが続くので、回復魔法をかけて治そうとする。
恐らく、地面に着いた時に肩から落ちた時に外れてしまったのだろう。
原因はそれしか考えられない。
「…………やはり、今日はここでやめておこう」
怪我をしたケイを見て、ハイメは再戦の提案を取り下げてきた。
ケイたちは、今ドワーフ王国へ向かっている最中。
いくら怪我をして行くのが遅れたと言っても、ドワーフ王の機嫌を損ねる可能性がある。
釣り大会に参加した1日は、移動時の休憩を少な目にしたことで取り戻しはできた。
しかし、ここからは時間を取り戻すようなことはできそうにない。
無駄な怪我をさせて、ケイの印象を悪くさせてしまうことになっては申し訳ない。
そんな思いからの取り下げのようだ。
「う~む……怪我をして日程が遅れるようなことになったら困るからな」
ハイメの考えと同じことを思ったリカルドも、ケイにこれ以上の戦いをさせることに気が引けた。
ケイならば、今のように回復魔法を使ってすぐに治せるとは思うが、念のため止めることにした。
ただ、その2人とも決着がついていないことに、何だかモヤッとした思いが残っているのかもしれない。
表情を読み取るとそう見えるからだ。
「……何なら、帰りにでもまたやったら?」
そこに美花が入って来た。
転移魔法が使えるケイなら、帰りは転移してカンタルボスへひとっ飛びすればいい。
しかし、転移魔法を使えることは、あまり多くの人間に知られない方が良いとリカルドに忠告されていたので、怪しまれないために帰りもヴァーリャへ寄ってから帰ることになる。
多少怪我をしても問題がないため、再戦するならその時の方が良いのではないかと提案したのだ。
「「なるほど……」」
美花の提案に、リカルドとハイメは納得の声をあげた。
それなら何の問題もない。
「そうしましょう!」
ハイメとしたら、決着がつけられるなら何の文句もない。
なので、その提案に乗ることにしたのだった。
「では、またのお越しをお持ちしている」
「ありがとうございました」
城で1泊した翌日、ケイたちはハイメの見送りを受けて、ドワーフ王国へ向けて出発をすることにした。
ケイが口を挟むことなくいたら、いつの間にか再戦をすることに決まっていた。
負けても別に死ぬわけでもないのだが、ケイだってただ負けるのは嫌だ。
なので、またここに来るときまでに、何かしらの策を考えておく必要ができたが、なんとなく気が重くて仕方ない。
「では、また……」
「また、お会いしましょう」
リカルドと美花もハイメに頭を下げて挨拶をした後、そのまま北北西へと向かって馬を走らせたのだった。
◆◆◆◆◆
「何なんだ!? この魔物の数は……」
こちらへ向かって接近してくる魔物に対し、1人のドワーフが愚痴をこぼす。
多くの兵が戦っているが、倒して減らしたのと同じ数だけ増えていっていると錯覚してしまいそうだ。
そのように見えるくらい、魔物の集団が王国へ向かって迫ってきている。
「怯むな! なんとしても倒すんだ!」
多くの魔物を相手にしているのだから、腰が引けてしまう者が出てくるのも無理はない。
しかし、そんなことではむしろ危険でしかない。
そのため、隊長を任されているこの男は、味方を鼓舞するように大きな声をあげる。
ここで逃げては、多くの市民が魔物の餌食になってしまう。
そんなことは、絶対にさせる訳にはいかない。
ドワーフの兵たちは、懸命に魔物相手に戦い続けたのだった。
「くっ! A地点まで引け!」
「「「「「了解!!」」」」」
ドワーフの兵たちが使用している武器は巨大なハンマーで、敵を叩き潰したり吹き飛ばしたりして敵を減らしているのだが、なかなか魔物の数が減っていかない。
元々、敵の魔物の数を見た時、何かしらの作戦が必要になることは分かっていた。
なので、この隊長格の男は、部下に対してあらかじめ作戦を施していた。
どんなに倒しても減っていかない魔物に対し、このドワーフの男はその作戦の予定地点に向けて、ジワジワと後退を部下たちに指示する。
「隊長! 準備OKです!」
指示通り後退をした場所へは、数人のドワーフが潜んでおり、後退してきた男に対して言われていた準備の完了を告げた。
彼らの役割は、上司から受けた指示によって、ここに魔物に対しての対抗策を設置することだ。
「今だっ! やれっ!!」
引いてきた兵たちは、そのまま掘られていた塹壕に身を隠す。
仲間が全員身を隠したのを確認した隊長格の男は、作戦の遂行を指示する。
「ハイ!!」
“ズドン!!”
隊長の男の指示を受け、1人の男がボタンのようなスイッチを押すと、迫り来る魔物たちの地面が大爆発を起こして吹き飛んだのだった。
魔物の大量発生に対しておこなった殲滅作戦である。
魔道具開発の得意なドワーフたちは、今回のような敵の大軍勢に対する方法を思案してきたが、それを今回実行することに急遽なった。
魔法陣の開発をドワーフは常におこなっており、その研究成果を利用した範囲指定の地雷爆撃だ。
規模や威力などを考えると、長期間これを設置しておけることはできないが、そんなことはそれほど関係ない。
今は魔物を大量に倒せればいいだけの話だからだ。
「どうだ……?」
大爆発によって舞い上がる煙により、どれほどの魔物を倒せたのか分からない。
しかし、これだけの威力の攻撃を受けたのならば、半分近くを倒せたのではという手ごたえがある。
隊長の男が塹壕から僅かに頭を出し、魔物たちが向かって来る方角に目を向けると、次第に晴れてきた隙間から様子が見えて来た。
たしかに大量の魔物を倒すことができたのだが、あまり数が減っているように見えない。
「くそっ!! どこから沸いているんだ!?」
大量に減らした分、どこからかまた魔物が増えているみたいだ。
それがどこからおこなわれているのか分からず、ドワーフたちはただジリ貧の状態になる姿が想像されただけだった。
◆◆◆◆◆
「あれですか?」
対岸の港町から見える島を指さし、ケイはリカルドへと問いかける。
ここから少しの時間船に乗らなければならないとなると、このような質問は今のうちにしておく必要がある。
「あぁ! あれがドワーフ島だ」
ケイの問いにリカルドは答える。
ヴァーリャの王都から順調に進み、一行はドワーフ族の住む島に一番近い港町にたどり着いた。
あとは船に乗って渡るだけだ。
これからケイというエルフを連れて行くと、ドワーフの王へ向けた手紙を付けた鳥をリカルドが放ち、一行は船へと乗り込んだ。
「……大きい島ですね」
昔のトラウマが完全には解消されていないため、ケイと美花はしばらく黙ることになった。
2人は客室から動けず、気のせいか顔色も良くない。
しかし、全く改善されていない訳でもなく、何とかデッキに出てドワーフ島を眺めて感想を述べる程度には余裕がある。
「恐らく、ケイ殿の所の島より少し大きいくらいか?」
ケイの呟きを聞いたリカルドは、確かにと無言で頷く。
離れているし、まだその地に足を踏み入れたわけではないが、見えている場所だけでもかなりの規模の島だということがケイには理解できる。
島を眺めながら、ケイはドワーフ王国がどのような国なのかという興味が湧いてきたのだった。
「んっ?」
島を眺めていたケイだったが、建物が幾つも建っている所から少し離れた森に、煙が上がっているように見えた。
「あ~……、もしかして焼き物の窯か何かですかね? 流石だな……」
ドワーフ王国は、魔道具開発に力を入れていることで有名だが、当然それだけをおこなっている訳ではない。
手先が器用な人間が多いため、他にも工芸品を作っている者や、鍛冶に力を入れている者も多い。
そのため、窯が色々な所に作られており、その窯の煙が上がっているのだとケイは判断した。
あんな森のような場所で焼くなんて、焼くための木にまでもこだわっているのだろうかと、ケイはそのこだわりに感心したような呟きをこぼした。
「……いや、あっちの方向に窯なんてあったかな?」
たしかにドワーフ王国には窯が色々な所に存在しているが、わざわざ森の中に作るようなことはしない。
売る時など持ち運びする手間を考えたら、町に近いところで作った方が良い。
ただの趣味のために作ったにしても、町からは離れ過ぎているように思える。
おかしな場所に上がる煙に、リカルドの方は首を傾げたのだった。
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