第110話

「ヴァーリャという国はどんなところなのですか?」


 落ちてもそれ程の痛みを感じないというのはかなり有利に働き、1日乗り続けたケイは、馬を速足で走らせる程度には馴れた。

 ケイに合わせて進んで来たが、目標のヴァーリャの国の国境にはもう少しで着けそうだ。

 今日中に国境を越え、ルイオレジャいう町に着けるとのことだが、そうとなるとヴァーリャという国に興味が湧く。

 なので、ケイはリカルドにヴァーリャ王国のことを尋ねた。


「牛人族の王が統治する国で、綺麗な湖がある国ですぞ」


 リカルドの説明によると、牛人族とは牛から進化したと言われている人種で、小さい角が頭に生えているのが特徴の種族なのだそうだ。

 ベジタリアンが多いため、色々な野菜を育てているとのことなので、ケイはどんなものが育てられているのか興味がある。


「湖ですか?」


 ケイと美花は、船が転覆して死にかけた経験がいまだに拭えないのか、なんとなく表情が曇る。

 海ほどではないが、湖も少し苦手に感じる。


「ツピエデラという町にあるシーマ湖と言う所で、釣りが楽しめることで有名だ」


「……それは面白そうですね」


 水が苦手ではあるが、ケイも美花も釣りは好きだ。

 アンヘル島では娯楽が少ないので、しょっちゅう釣りをして食料確保と暇つぶしをしている。

 船が苦手なケイと美花は、基本が磯釣りになるのだが、島生まれの子供たちは船や海にトラウマなんてないため、素潜りで銛突きをしたり、船で沖に出て釣りをしたりする者もいる。

 シーマという湖ではどんな魚が釣れるのか楽しみになケイは、自然と馬の速度を上げた。

 話しているうちに、普通に走らせることができるようになったようだ。

 ケイが速度を出せるようになれば、他の者たちも進むのは早くなるため、ケイたちは夕暮れ時にルイオレジャの町へたどり着けたのだった。






「大会? 釣りの?」


 ケイが馬を走らせることが出来るようになり、翌日から一行は順調に進むことができるようになった。

 そのまま進み続けると、リカルドから聞いていたツピエデラという町に着き、シーマ湖を見に散歩に向かった。

 すると、町の掲示板らしきところに大きなポスターが張られていることに気が付き見てみると、魚を釣り上げる人間の絵が描かれたポスターが貼られ、シーマ湖での釣り大会が明日から開催されるとの文章が書かれていた。


「釣り大会があるようですな……」


 リカルドもこれは知らなかったらしく、ポスターに目が釘付けになっている。

 アンヘル島に来てから目覚めたらしく、釣りはリカルドの趣味の一つになっている。


「「これは……」」


 ケイとリカルドは声をそろえて小声で呟く。

 釣り好きとしては、これは見過ごせないところだ。

 そのため、


「参加するしかないでしょう!」


「だな!」「ですな!」


 美花の参加決定の言葉に、ケイとリカルドも賛成した。

 前日エントリーが通るか分からずに大会事務局へ向かうと、リカルドがカンタルボスの王だと知っていた者がおり、すんなり参加の許可が下りたのだった。




《え~、ただいまより毎年恒例釣り大会をおこないたいと思います!》


 翌日、ケイたちはそれぞれ自分の釣竿を持って大会会場へ向かった。

 多くの参加者たちの中で少しの間待っていると、拡声器の魔道具を使って大会開催者が話を始めた。

 ケイはともかく、リカルドのことを考えたら特別待遇をしたいところだろうが、リカルド自身が他の参加者同様の扱いで良いという風に言っていたため、そのように扱うことになっている。


《今日の勝者は一番大きい魚を釣った方です!》


 今日、明日と、2日続くこの釣り大会。

 日ごとに勝敗の判定が違うらしく、釣った魚の大きさと重さで勝者を決めるらしい。

 そして、今日の判定方法は大きさ(長さ)での勝負だそうだ。

 ルールとしては、他の釣り人への妨害行為の禁止。

 使う釣竿は特別制限はないが、先ほど言ったように他者の妨害になる場合は失格処分になる可能性があるとのことだった。

 大会では船で湖内に入る事は禁止で、全員が岸から釣るように定められている。

 それ以外は特に禁止事項がない、結構自由な感じの大会のようだ。


《それでは! よーい!》


 元々、ケイと美花は船に乗っての釣りはしたくないので、この大会のルールはありがたい。

 カンタルボスからここまで一緒に来た護衛たちのことを考えると、ケイたちもそれほど離れる訳にはいかず、ケイ・美花・リカルドは近場での釣りをするしか仕方がない。

 護衛のメンバーを3つに分けるという案もあったのだが、離れて連携が取れなくなるのは危険なので3人近場で釣ることになった。

 地元民ではないケイたちは、どこで何が釣れるとかは分からないため、自然と他の参加者がいない所で陣取ることになった。


《始め!!》


 場所が決まった時、ちょうど開始の合図が聞こえて来たため、ケイたちは糸を投げて釣りを始めた。


「ところで……」


「んっ?」


 釣りを始め、魚がかかるまでの間を埋めるため、ケイはある疑問をリカルドに尋ねることにした。


「この国は牛人族が多いというのは道中で分かりました」


 ヴァーリャ王国では牛人が多いと聞いていたが、昨日泊まったルイオレジャの町もこのツピエデラの町もたしかに牛人の人たちが多い。

 他の種族ももちろんいるのだが、やはり多いのは牛人だ。

 そうなると、気になることがある。


「ベジタリアンの牛人が多いのに、魚釣りが好きな人が多いですね……」


 この大会の参加者も、牛人の人たちが多かった。

 食べる訳でもないのに釣りが好きなんて、なんとなく疑問に思う所がある。


「釣った魚は大体他国に売るためらしい」


「なるほど……」


 他の国も海に面しているので、魚介類には困ることは無い。

 しかし、ここの湖の魚は他では取れないらしく、しかも美味いから人気があるらしい。

 カンタルボスへも輸出しているそうだ。


「楽しみね!」


「そうだな!」


 美味いと聞くと、釣る楽しみが増える。

 リカルドの話を聞いて、ケイと美花の浮きを見る目がさらに真剣になったのは言うまでもない。


「おっ! 掛かった!」


 大会が開始し、早い参加者はもう何匹か釣り始めている。

 それを横目にしながら、ケイたちは引きが来るのを待った。

 15分くらい経ち、ようやくケイの釣竿に最初のヒットが来た。

 道具に規制がないので、ケイたちはケイ特製のリールを使った竿を使っている。

 リール付きの竿はこの世界では珍しがられるかと思ったが、この周辺では数年前に新しくできた釣り道具として有名らしく、別段珍しがられなかった。

 だが、ケイたちがリールを使っている姿に、他の参加者たちは驚くことになった。


“ウィーン!”


「えっ!?」「なっ!?」


 掛かった魚を釣り上げようとケイがリールを動かすと、近場にいた参加者たちが目を見開いた。

 この町の周囲はたしかにリールは珍しくないものになって来てはいるが、自動巻き上げリールはまだ存在していない。

 他の参加者が使っているリールは、全て手動。

 それでも最新の方だというのに、まさかの自動式のリールが存在しているなんて思ってもいなかったからだ。


「やった! 釣れた!」


 自動リールを使って釣り上げた魚は、30cmくらいありそうな魚だった。

 ケイが見た感じだと、鮎を大きくしたような魚だった。


「それはヴィシオンという魚だな」


 ここの魚は、ケイよりもリカルドの方が知っている。

 釣れた魚をリカルドに見せると、魚の名前を教えてくれた。


「しかし、それは小さめな方ですな」


「えっ? これで……」


 この大きさの魚なら、かなりの食べ応えがありそうだと思っていたのだが、これでも成魚になったばかりほどの大きさなのだそうだ。

 この大きさで勝てるとは思わないが、釣れずにボウズということにはならないことが確定したので、取りあえずは良しとしよう。


「おっし!」


 ケイが釣った魚をバケツの中に入れていると、リカルドの竿にヒットがあった。

 自国でも趣味で釣りをしているといっていたリカルドは、ケイから貰った自動リールを慣れた手つきで扱っている。

 近くにいる参加者たちの数人は、自動リールに食いついて釣りどころではなくなっている者もいる。


「ムヘナだ!」


 他の参加者の視線はお構いなしに、リカルドは魚を釣り上げた。

 水面から出た綺麗な模様の魚を見て、リカルドは嬉しそうに魚の名前を言った。

 大きさ的には50cm程の魚で山女のような模様をしている。

 しかし、やはりケイが知っている山女に比べるとかなりの大きさだ。

 たしか、山女が大きくなった魚をサクラマスと言うが、そっちに近いのかもしれない。


「おっ!」


 リカルドがムヘナを釣ってから少し経ち、またもケイの竿にヒットした。

 ヴィシオンの時よりも手応えがある。

 大きめの魚がかかったのかもしれない。


「それはロッカードという魚ですな」


「ロッカード……」


 見た目は大きくなった岩魚。

 大きさはリカルドが釣ったムヘナとドッコイドッコイといったところだろうか。


「ムヘナとロッカードの大きいのを釣るのが恐らく上位を狙う方法だな」


 この湖で多く釣れるのは、ケイとリカルドが釣った3種の魚らしい。

 他の参加者も同じような魚ばかり釣れている所を見ると、この湖はこの3種の宝庫らしい。

 どれもたんぱくで脂の乗った味わいらしく、生以外ならどんな調理法でも美味な料理ができるらしい。


「では、大きめが釣れるのを待ちますか……」


「ですな……」


 釣れたことで、機嫌がいいケイとリカルド。

 あとは、上位を目指せるような魚がかかることを祈るのみだ。


「……………………」


 ただ、1人不機嫌な顔をしている者がいた。

 ケイの妻の美花だ。

 彼女の竿にだけ、何故か全然ヒットが来ない。

 ケイとリカルドは、自分たちが釣れて機嫌が良くなっているせいか、美花のことをすっかり忘れていた。


「…………あっ!?」


 この大会の制限時刻は5時間。

 ケイとリカルドは、50cm台の魚が何匹か釣れたが、他の参加者の中には60cmや70cm近い魚を釣っている人がいる。

 数だけなら上位に入れそうだが、それを見ると上位は難しそうだ。

 残り時間が30分になったころ、ケイたちが若干諦めかけていたところで、ようやく美花のことに気が付いた。

 この5時間、美花は20cmのヴィシオン1匹しか釣れておらず、完全にイライラが溜まっていた。

 その表情を見て、ケイは体中に震えが来ていた。

 この状態の美花は、どう対処してもケイにとばっちりがくるのが目に見えている。

 機嫌を直すにもかなりの時間を有しそうだ。


《残り5分です! 時間内にかかった魚以外は全部無効になります! 気を付けてください!》


『マズイ! このままでは美花が暴れる可能性も……』


 流石に他の人間がいる前では暴れるとは思わないが、妻の機嫌取りを考えるとケイは気が重くなる。

 残り時間も僅かで、もう絶望的。

 ケイは一足早く釣りをやめ、今日釣った魚で美花の機嫌が少しでも直るような美味い献立を考えることに専念しだした。


「掛かった!」


「えっ!?」


 残り時間も終り間近に、美花の竿にヒットがあった。

 ギリギリ時間内のヒットなので、審査対象に入る。


「しかし……」


「うむ……」


 ただ、竿のしなりを見る限り、ケイとリカルドはそんなに大きな魚が掛かっていないと判断した。

 恐らく大きくても30cmくらいのヴィシオンの可能性が高い。


「む~……」


 引き上げようとしている美花も、もしかしたらそんな感じだと思っているのか、眉間にシワが寄っている。

 ケイからしたら困った所だ。

 せめて自分たちと同じくらいの魚だったら良かったのにと思いながら、美花の獲物が上がるのを待ったのだった。


「んっ?」


「えっ!?」


「あっ!?」


 釣り上げた魚を見て、3人とも別の反応をしたのだった。

 美花は見たことない魚の種類に、ケイはその魚の長さに、そして、リカルドは知っているその魚の姿にだ。


「アンギラだ!」


 美花が釣り上げた魚を見て、他の参加者も反応した。

 反応を見ると、どうやら珍しい魚なのかもしれない。


「アンギラ……ですか?」


 聞こえた魚の名前に、ケイはリカルドに確認するように問いかけた。

 見た目は、完全に鰻だ。


「この湖に生息しているのは分かっているが、釣れることが滅多にない魚だ!」


「そんなに珍しいのですか?」


 リカルドや他の参加者の反応から、なにやらとんでもない魚を釣り上げてしまったようだ。

 それを、この湖で初釣りの美花が釣ったことにも驚いているようだ。 


「年に10匹釣れればいい方だ」


「……そんなに」


 そこまでレアな魚だとは思わず、ケイはようやく事の重大さに気が付いた。

 しかし、それもすぐに安堵に変わる。


「イェイ!!」


 今日の勝敗は長さ勝負。

 他の参加者で大きかったのは、83cmのロッカードを釣った牛人の男性だった。

 しかし、美花のアンギラは細くても長さがある。

 計ってみたら106cmだった。

 当然今日の1位は美花が取ることになった。

 1位になった美花は、今までのイラ立ちが嘘だったようにかなりの上機嫌になり、長さ部門の勝者へ送るトロフィーを手に、ケイにVサインをしていた。


「ハ、ハハ……」


 美花の機嫌が直ってくれたことに、ケイは安堵と共に乾いた笑いが込み上げてきたのだった。


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