第8章
第109話
人族の襲撃事件が起きてから数年経つ。
騒動を起こしたリシケサ王国は、混乱が続いた。
王族はいなくなり、高位貴族たちが自分が王になると言い出し内乱がはじまった。
リシケサ王国には、王族の下に候爵家が3つあり、その侯爵家同士が争い出したのだが、三家にはそれぞれ隣国が後ろ盾に付き、代理戦争のような状況になった。
結局、どこの家も潰れてしまい国内は崩壊。
隣国が3等分に分けて統治することになった。
「豊作だ!」
1国の崩壊に直接的にも間接的にもかかわったというのに、ケイはもう全く興味が無くなっていた。
平和な島で、今日ものんびり畑仕事に精を出していた。
人族によって一度は壊滅した島の畑だったが、ケイの魔法で土壌の改良などをおこない、畑を回復させることができた。
種などは保存しておいたので、襲撃に遭った年だけ我慢すれば良いだけのことだった。
獣人の国であるカンタルボス王国で売っている種も植えたりし始め、島の食材は更に豊富になっている。
特に茄子は予想外で、いくつもいくつも実がなり、ほぼ毎日のように食べないと追いつかない状態だ。
「ケイ!」
「んっ?」
今日も茄子の収穫をし、マーボーナスにでもしようかと考えていると、妻の美花がケイを呼びに畑に来た。
「おぉ、リカルド殿」
顔を上げて美花の方に目を向けると、美花の隣にはカンタルボス王国の王であるリカルドが立っていた。
最近は仕事のほとんどを息子のエリアスに任せており、時折この島を尋ねてくることがある。
来るときは大体は遊びで、王妃のアレシアも一緒に来ているのだが、今日は話があるということだった。
「ラウルがお連れしたのか?」
「うん」
レイナルドの次男であるラウル。
つまりはケイの孫だ。
以前リカルドは自分の娘のルシアとラウルを婚約させないかという提案をしていたが、ケイは冗談のように思っていた。
しかし、冗談ではなかったらしく、ラウルはちょくちょくルシアへ会いに行っているらしい。
ケイの血が入っているとは言っても、獣人の血が濃いラウルは尻尾が生えている以外は普通の人族に近い。
人族とは仲が悪いのに、ラウルの姿を見たカンタルボスの住人たちは何とも思わないのだろうか。
しかも、王女の婚約者になるとなると、反発する者まで出てくることが考えられる。
そんなことになるのはケイとしても好まないので、婚約を断ろうと思ったのだが、当事者同士が仲が良いので止められないでいるというのが本音だ。
今日もラウルの姿が見えないと思ったら、転移魔法でカンタルボスへ行っていたようだ。
熱心に転移魔法を練習していると思ったら、ルシアに会いに行くためだったようだ。
だが、それもカンタルボスとの情報交換が密にできるということもあり、メリットの部分ももたらしていた。
「どうかしたのですか?」
「今日はちょっと話があってな……」
居住区に戻り、応接室でお茶と菓子を出してもてなすと、いつもこの島に来ると狩りに釣りにと陽気なのリカルドが、今日は真面目な顔で話し始めた。
「ドワーフ王国のことを覚えておるか?」
「ええ……」
ドワーフ王国とは、その名の通りドワーフ族が住む国であり、鍛冶や家具などの物作りが得意で、特に魔道具開発が有名な種族である。
獣人大陸の近くに島があるそうで、昔から面倒な思いをさせられたことから、現在許可のない人族の進入は御法度になっている。
獣人の国々とは良好な関係を結んでおり、人族から守ってもらう見返りに、獣人には専用の魔道具を開発するなどの相互関係が成り立っている。
そのことはリカルドから聞いていたので、ケイも覚えている。
「最近ドワーフの王に会うことがあってな、ケイ殿のことを話したら興味を持ったらしい」
「ドワーフの国王が私に?」
人族大陸生まれで、このアンヘル島で育ったケイはドワーフには今まで会ったことなど無い。
そのため、興味を持たれる要素に心当たりがないので、ケイは首を傾げるしかなかった。
「絶滅したと聞いたエルフの生き残りに会ってみたいというのと、エルフならどの系統の魔法でも高レベルで使えるというのもあるのでは?」
魔道具の開発には、魔法陣の作成と膨大な魔力を必要とするらしく、物に魔法を付与する場合、物自体の高品質性と、付与する魔法の系統を高レベルで使いこなせることが成功確率を上げるらしい。
そういった意味で、エルフはドワーフのものづくりにとって最高のパートナーになりえる存在だ。
会ってみたいと思うのも当然かもしれない。
「一度会ってみてはどうだろうか?」
「……いいですよ」
獣人の国々はドワーフの魔道具にはかなり助けられている部分がある。
そのため、ドワーフ王には感謝しており、彼が望むことは無茶な要求でもない限り聞き入れたいところだ。
ただ、リカルドとしてはケイとも仲が良いので、あまり強要したくはない。
そんな感情がケイにも読み取れたが、今回はそんなこと気にする必要などない。
ケイ自身も、ドワーフがどんな姿をしているのか見てみたいという気持ちがあったので、会うことは全然構わない。
むしろ、楽しみだ。
「おぉ、そうか!」
ケイの了承を得たことで、リカルドはいつもの明るい表情に変わった。
何でそんなことで悩むようなことがあるのか分からないが、いつものリカルドの方がケイとしても気が楽だ。
「ドワーフ王国までは遠いのですか?」
「カンタルボスから船でここに来るよりかは近いな」
カンタルボスから船でこの島に来ようとするには、海流の関係で遠回りしなければならない。
それに比べれば、真っすぐ向かって行けば着くドワーフ王国はかなり近い。
のんびり行っても1週間で行けるとのことだった。
「では、来週出発でドワーフ王国へ案内しよう」
「はい!」
細かいことはまた後で詰めるとして、ケイは約束代わりにリカルドと握手を交わす。
こうしてリカルドに誘われたケイは、ドワーフ王国行きを決めた。
「美花が一緒でも大丈夫でしょうか?」
ドワーフ王国へ行くことになったケイは、移動開始日に美花と共にカンタルボスへ転移し、リカルドに会いに王城へ向かった。
美花も一緒に来たのは、ケイがドワーフに会いに行くと言ったら、自分も行きたいと言ったからだ。
美花に言われたら、ケイとしては断れない。
連れていくのは良いとして、人族が嫌いだというドワーフの国に美花を連れて行っていいものか分からないため、ケイはリカルドに聞いてみることにした。
「…………着く前に連絡しておけば恐らく大丈夫でしょう」
ドワーフの王には、生き残ったエルフは人族の女性と結婚したということは伝えてある。
それを言った時、ドワーフ王は一瞬不快そうな顔をしたが、その女性が日向の女性だと言ったらちょっとだけ和らいだようにも見えたので、もしかしたら大丈夫かもしれない。
なので、リカルドは美花の同行を了承した。
「ドワーフ王国まではどういった行程になるのですか?」
ドワーフ王国がある場所は大体聞いていたが、どうやって行くのかはケイには分からない。
そういったことは、全部リカルドが手配してくれるということだったので任せたが、とりあえず聞いておくことにした。
「カンタルボスから真っすぐ北西へ進み隣国のヴァーリャを通り、船を借りて海を渡る予定だ」
「「船……」」
カンタルボスから北西の方角にドワーフ王国はある。
獣人大陸を横断するようなものだ。
カンタルボスからだと約1800kmといったところだろう。
ドワーフ王国は離島なので、船でないと入国することはできないそうだ。
ただ、ケイと美花はいまだに海が苦手だ。
分かってはいても、船に乗らなければならないと思うと、今から身構えてしまう。
「半日もしないから我慢してほしい……」
ケイたちが海が苦手だということは聞いているし、島に遊びに行った時も泳いだりしているのを見たことはないので分かっている。
カンタルボスに初めて来たときも、2人ともかなり青い顔をしていたとファウストから聞いている。
今回はそんな長時間船に乗っているということにはならないので、リカルドはケイたちに安心するように告げた。
「馬ですか?」
「あぁ、一気に行こうと思ってな」
リカルドに連れられて城を出ると、ドワーフ王国へ向かう者の人数分の馬が用意されていた。
どうやら、これに乗って移動する移動をするようだ。
ケイと美花、リカルドとその護衛の者たち10人による行動になるのだが、
「馬に乗ったことがないのですが……」
「えっ?」
どうやら、リカルドはケイが馬に乗れるかどうか聞くのを忘れていたらしい。
ケイの告白に、リカルドは困惑の表情に変わる。
「走った方が早いのでは?」
「相当な距離だからきついぞ?」
魔闘術を使ったケイなら馬より早く走ることができる。
リカルドも同様に馬よりも速く走れるが、距離が距離だけにかなり疲れる。
ケイとリカルドだけならまだしも、美花や護衛の者たちが付いてこれるとは思えない。
だから馬を用意したのだ。
「練習しながら向かえば良いんじゃない?」
ケイは器用なので、大体のことはすぐに出来てしまう。
美花はそれを見越しての提案をした。
それに、多少の落馬でも、魔闘術を発動すれば大怪我をすることもないだろう。
「美花は馬に乗れんのか?」
「まぁね。昔取った杵柄って所かしら」
小さい頃は日向の追っ手から逃げるために、馬に乗れるようになっておいた方が良いと父から乗馬の訓練を教わっていた。
今となってはだいぶ古い話だが、その感覚は体が覚えている。
「じゃあ、ケイ殿が乗馬に慣れるまで少しゆっくりと向かうことにしよう」
「お手数かけます……」
自分のせいで余計な時間がかかってしまうことになり、ケイはなんとなく申し訳なくなる。
こうして出だしから躓きつつ、ケイたちの移動は始まった。
「ところで……」
「んっ?」
城から出発すると、ケイは取りあえず歩くだけなら少しの時間でできるようになれた。
少しずつなれてくると、話すだけの余裕ができてきた。
そのため、ケイは疑問に思っていたことを尋ねることにした。
「どうしてリカルド殿が案内してくれるのですか?」
案内だけなら、リカルドの息子のファウストの任せてもいい。
国のトップがわざわざ案内してくれるなんて、何か理由でもあるのだろうか。
「私が行かないと会ってくれるかわからないのでな……」
「……気難しい人なのですか?」
何だか聞いていると、リカルドはドワーフ王を苦手にしているなように見える。
もしかしたら、性格に難があるのかと勘繰りたくなる。
「頭が固く、偏屈な所がある方で……」
「そうですか……」
ファンタジー物だとドワーフは頑固な者が多いということがある。
リカルドの口振りだと、もしかしたらこの世界のドワーフもそのような傾向にあるのかもしれない。
「年齢が年齢のため、王位をそろそろ息子に譲るとつもりらしいが、今の王が魔道具を発展させたといわれているから、どうなることか……」
聞いた話によると、今の王はかなりの老齢であり、そろそろ王太子に王位を譲るつもりらしい。
魔道具開発に力を入れているのは昔からのことなのだが、今の王が特に多くの魔道具を世に広めて獣人を助けたという話で、ドワーフ国内では歴史に名を残すことが確実な天才なのだそうだ。
「……どんな方なのか楽しみです」
ケイとしては、ドワーフという種族がどういう姿をしているのか見てみたかっただけなのだが、魔道具開発の天才と聞くと更に興味が湧いてきた。
リカルドから色々聞いて、ケイは今からドワーフ王に会うことが楽しみになった。
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