第108話

「奴だ!」「奴を殺せ!」


 多くの兵が魔物をかき分け突き進んでいく。

 どうやら東に駐留していた軍の兵たちは鍛練を欠かさなかったのか、かなりの実力の持ち主が揃っているようだが、大量の魔物にジワジワと追い込まれていた。

 しかし、ネズミとカエルの魔物が何故だか急に、仲間だったはずの虫の魔物に襲いかかり始めた。

 それをきっかけに流れが変わった。

 虫の魔物の増加は続くが、リシケサの軍の方が魔物を倒す速度の方が上回ってきたのだ。

 国王の危機ということから、周囲の町から兵も集まり、魔物の集団を挟み打ちできるようになった。

 そうなると、魔物を倒す速度はさらに上がり、とうとう魔物を呼び寄せている魔族の男の姿を目にできる距離にまで迫りつつあった。


「ギャッ!?」「ゲウッ!!」


「ぐっ!? おのれ……」


 ネズミとカエルの魔族が加わった時には、このまま次の国の制圧まで考えていたのだが、遠くにいる耳の長い人間がちょっかいをかけて来てから一気に不利になり始めた。

 虫が殺される音まで聞こえてくるほど敵が迫り始め、虫を操る魔族の男もかなり焦り出した。


「くそっ!!」


「逃がすな!!」


 こうなったら一時退却し、魔族も魔物も補充してくるしかない。

 そう判断した虫の魔族は、逃走を開始しようとした。

 リシケサの兵たちも、魔族が逃げようとしているのが目に入り、必死に魔物を蹴散らして近付く。


“ガンッ!!”


「ガッ!?」


 魔物を集めるのに魔力を使い過ぎたのか、虫の魔族は戦う力がたいして残っていないようで、集中力を途切れた。

 魔族の男にどこからか攻撃が飛来し、逃走しようとする魔族の男の足を止めた。


「神は我らに味方した!」


 リシケサの兵で先頭を走っていた男は、その隙を見逃さなかった。

 倒した魔物を土台にして一気に跳び上がると、上空から手に持つ剣で魔族に斬りかかった。


「ぐあっ!?」


 虫の魔族の6本ある足の内の左前足が斬り飛ばされ、斬られたところからは、緑色をした液体が噴き出した。

 どうやら血液のようだ。


「ハアァー!!」


「ギャッ!?」


 斬られても魔族の男は逃走を続けようとする。

 そうはさせまいと、今度はリシケサの魔導士の1人が電撃の魔法を放ち、魔族の男を痺れさせる。


「これで止め……」「死ねー……」


「おのれ……、オノレ……!!」


 もう自分を守らせる従魔の虫たちはいなくなっていた。

 我先にと、魔族の男に斬りかかるリシケサの兵たちが殺到した。

 もう魔族の男が逃げることはできそうにない。

 それが分かっているのか、魔族の男も死を覚悟したようで、怨嗟の念を呟く。


「このまま負けてなるものか!!」


 多くの兵が斬りかかって来るのを見ながら、魔族の男は決意を固め、残り少ない魔力を体内で練り込み始める。


「ガアァァーー!!」


「「「「「っ!?」」」」」


“ドンッ!!”


 体内で練り込んだ魔力が、弾けるように周辺を巻き込んで爆発を起こす。

 ここまで接近した兵たちはかなりの実力の者たちだったが、斬りかかる勢いを止めることができず、その爆発に巻き込まれた。

 その爆発が治まると、そこには魔族も襲いかかろうとしていた兵たちの姿もない。

 どうやら跡形もなく吹き飛んでしまったようだ。







「サンダリオ様! やりました! 勝利いたしましたぞ!」


 まだ虫の魔物と戦っている者はいるが、何とか勝利を収めることができた。

 駐留軍の基地で、怯えるように謁見室に閉じこもっていたサンダリオの下へ、ここの地域を任せていた貴族の男が勝利の報告をしに駆け込んで来た。


「本当か!? や、やった! やったぞ! 勝利だ!」


 ここの基地の中に兵はいない。

 全員が出動して魔族と魔物の退治に出ているからだ。

 そんな中、サンダリオは報告に来た貴族の男と共に喜びの声をあげる。

 しかし、その声は無人の基地に虚しく響くだけだった。

 だいぶ押されていたこともあり、負けることも考えていたからか、この勝利が相当嬉しかったのだろう。

 サンダリオは軍の被害状況などを全く気にした様子がない。


“パチパチパチ……!!”


「んっ?」


「おめでとう! リシケサ王!」


 基地内には誰もいないはずだった。

 しかし、喜んでいたサンダリオの所に深くフードを被ったでかい人間が、拍手をしながら近づいてきた。

 声質から言って、男だと言うことだけは分かる。


「……き、貴様何者だ?」


 知らない人間の接近に、貴族の男が腰に下げていた剣を抜いてサンダリオの前に立ち塞がる。

 しかし、戦いに参加していないことで分かるように、この貴族の男も戦いの実力も才能も無いような人間である。

 腹もだらしなく膨らんでおり、抜いた剣を構える様はとても弱そうに見える。

 

「なかなか面白い戦いを見させてもらった。お前に逃げられた時は腹が立ったが、この状況になった今はそれもいいスパイスといったところだったぞ」


 話の口ぶりから、このフードの男はこの戦いを見ていたようだ。


「……な、何者だ!? フードを取れ!!」


「おっと、そうだな……」


 フードの男に危険を感じたのか、サンダリオはようやくこの基地には太った名前も思い出せない貴族と自分しかいないことに気付いた。

 これまでのように逃げ出したいところだが、唯一の出口がフードの男に抑えられている。

 逃走方法を模索する時間を稼ごうと、サンダリオは男にフードを取るように声を荒らげた。

 言われたフードの人間は、素直に顔を隠していたフードを脱ぎ出した。


「自分を殺す人間が誰だかは知りたいもんな?」


「き、貴様は……」


 フードを取ったその姿に、サンダリオは後退りながら口を振るわせる。


「さて、そろそろ死んでもらおうか?」


 そういって歩を進めた男によって、サンダリオは人知れずこの世から去った。


「……脆いな」


 フードの男はリカルドだ。

 強めに殴ったらあっさり動かなくなったサンダリオに、リカルドは思わず声を漏らす。

 少しくらい抵抗するかと思っていたのだが、これでは全く話にならない。


「ヒッ、ヒィ~!!」


 一緒にいた太った貴族の男は、王であるサンダリオが殴られて動かなくなる所を見ており、リカルドを相手に戦おうとする意志は完全に消え失せていた。

 涙・鼻水・涎を流しながら、みっともなく腰を抜かしている。


「……終わっちゃいましたね」


「申し訳ないケイ殿。あまりにも弱いので殺ってしまった」


 長身のリカルドの背後に立っていたためか、サンダリオと太った貴族の男はケイの存在に気付いていなかった。

 しかも、リカルドの拳1発で終わってしまったので、話すこともできないうちに終わってしまった。

 ケイも1発くらい殴りたかったところを、自分だけで終わらせてしまったため、リカルドはちょっと申し訳なさそうにしていた。


「気にしないでいいですよ。リカルド殿」


 ケイは元々日本人。

 別に人殺しが楽しいとは思ったことはない。

 ただ、家族や仲間を守るためには戦わなければならないと思っているし、やられたらやり返すという気持ちを持っているだけだ。

 半沢〇樹じゃないが、今回のように倍返しするのは当然だと思っている。

 最終的にこの国をめちゃくちゃにできればそれで満足なので、別にサンダリオを誰が殺そうが関係ない。

 それがリカルドでも、隣国の手によってでも全然構わなかった。


「エ、エルフ……?」


 リカルドが話しかけたことによって、ケイの存在に気付いた太った貴族の男は、その耳を見て小さく呟く。

 この貴族の男はその場を見ていないが、このエルフが先代の王であるベルトランを殺したというエルフだとすぐに察した。

 生きる人形でしかなかったエルフが、人を殺すようになったということを聞いているので、自分も殺されるのではないかと怯えたままでいる。


「この豚はどうするべきか……」


「そうですね……」


 怯えて壁際まで逃げていた貴族の男を指さし、リカルドはケイに相談する。

 サンダリオを始末することだけを目的に基地内に進入したので、それが済んだ今、この太った男には用がない。

 このまま放っておいても何の支障もないのだが、装備を見る限り魔族との戦いに参加しに来ているのだろう。

 体型を見る限り、完全に運動不足のように思える。

 きらびやかな細工が施されている装備を見ると、もしかしたら貴族なのかもしれないとケイは判断した。

 貴族なら多少は使い道があるかもしれないと、ケイはちょっとしたことを思いついた。


「おいっ!」


「ヒ、ヒィ~……」


 こいつにはちょっと動いてもらおうと近付くと、太った貴族はみっともない声をあげる。

 装備が一丁前のくせに、あまりにも見苦しい態度に、ケイは何だかイラついてきた。

 こういった連中に、昔のエルフの一族が好き勝手に扱われていたのかと思うと、何だか殴りたくなる。


“パンッ!!”


「あうっ!」


 思った時には思わず手が出ていた。

 そんなに強くビンタしたわけではないのに、貴族の男の口が切れ切れ血が流れていた。

 魔力を纏っていないとは言っても、長い年月魔物を相手にしてきたことで、生身でも手加減しないとこの男を殺してしまいそうだ。


「話を聞け!」


「は、はい……」


 いい大人が涙や涎を流していることに内心引くが、こんな奴に無駄に時間を取られるのが嫌なので、ケイは少し語気を強めて大人しくさせる。

 貴族の男も無駄に刺激すれば命がないと思ったのか、震えつつも素直に返事をしてきた。


「名前は?」


「アレホ・デ・カルバル……です」


 どうせすぐに忘れるだろうが、ケイは一応この貴族の男の名前だけでも聞いておくことにした。

 貴族の男改めアレホが言うには、ここら辺の地方のことをカルバルというらしく、そこを治めているのがこのアレホなのだそうだ。

 爵位としては、この弱さで辺境伯らしい。

 いつ隣国が攻めて来るかも分からないようなこの地を受け持つのだから、実力などの面を考えるとこんなので良いのかと、ケイは関係ないながらも心配な気がする。

 本人曰く、ここの軍の隊長の男にほとんどの仕事を任せ、成果だけ自分のものとしていたそうだ。


「サンダリオが誰に殺されたか、できる限り広めろ」


「そ、そんなことで……」


 ケイが出した条件のようなものに、貴族の男は意外な表情をする。

 たったそれだけのことで命が助かるのならお安いことだ。


「こっちはそれが重要なんだよ」


 ケイの狙いとしては、この男に先代ベルトランだけでなく現王のサンダリオまでもがエルフと獣人に殺されたと言いふらしてもらうのが狙いだ。

 王都の城内から突如消えるようにいなくなり、その行方が分かっていないエルフと獣人がまたも現れたと聞かされれば、疑心暗鬼を生むことができる。

 それがこの国だけでなく周辺の国にまで広がってくれれば、島にちょっかいを出そうとする者たちへの抑止力になるかもしれない。


「じゃあ、行きましょうか?」


「そうですな」


 エルフと獣人に手を出すと恐ろしい報復が待っていると広めた所で、またケイたちの島に近寄ってくる者はいるかもしれない。

 しかし、何もしないよりはマシだろう。

 これでもう本当にやることもなくなったので、ケイとリカルドは帰ることにした。


「しっかり広めろよ!」


「は、はい!」


 エルフのケイだけだと、もしかしたらしっかり広めるか分からなかったため、リカルドも一旦足を止めてアレホに向かって念を押す。

 ケイ以上に恐ろしいリカルドに睨まれ、アレホはまたも顔を青くして首を縦に何度も振った。


「…………………やっぱり、いない……」


 ケイとリカルドが謁見室からいなくなると、アレホは安堵し、すぐに気が付く。

 もしかしたら、ケイたちが前回のように姿を消す所が見れるのではないかと。

 そして恐る恐る謁見室から廊下に出てみると、案の定2人の姿は消え失せていた。


「おっす、終わったぞ」


「お帰り」


 サンダリオを始末し、基地内から転移したケイたちは、レイナルドのいる山へと来ていた。

 そこから見下ろすと、虫の魔族によって呼び寄せられた魔物の生き残りを、リシケサの兵たちが始末しているのが見える。

 まさか、そうしている間に自分たちの王が殺されているとは思ってもいないだろう。


「リカルド殿があっさりと済ませてくれたよ」


「ハッハッハ……、殴ったら一発だったわ」


 どういう風にサンダリオを始末したのかをレイナルドへ話そうとしたら、リカルドが笑いながら説明した。

 おかげで、ケイが説明する手間が省けた。


「父さんたちが殺ったって分かるの?」


 リカルドならサンダリオをあっさり殺ってしまっても仕方ない。

 なので、そこには何も思わないが、殺した人間がエルフや獣人だと広まらないと抑止力に繋がらないと、レイナルドは心配になった。


「豚みたいな貴族の男がいたから、そいつ脅して広めるように言ってきた」


 レイナルドの質問に、ケイは答えを返す。

 サンダリオの側にはアレホとか言う太った貴族がいたので、ケイたちが脅してきたことを告げる。

 ケイに対しても恐怖を抱いている様にも見えたが、リカルドに念を押されたら保護には出来ないため、恐らく言われた通りに広めてくれるだろう。


「そいつで大丈夫なの?」


「豚でも辺境伯らしいから大丈夫だろ?」


 脅したからと言って、そいつの言うことを信じる者がいるか分からないため、レイナルドは不安そうに尋ねる。

 たしかに、アレホの奴しか目撃者がいないのでは、信用してもらうことができるかどうか分からない。

 むしろ、犯人として捕まるかもしれない。

 それでも辺境伯の地位にいるような男なら、きっと何とかしてくれるだろう。


「あっ!?」


「んっ?」「ムッ?」


 ケイたちが話していると、基地の方で何か動きがあった。 

 先程ケイたちが言ったような特徴を持った太った男が、基地から出て来て何か騒ぎ始めていた。

 それを、ケイとレイナルドは望遠の魔法で、魔法が苦手なリカルドは、望遠の魔道具を使ってそれを眺める。

 

「もしかして、自分が見つけた時にはサンダリオが死んでいたという風に説明しているのかな?」


「……かもな」


 基地から出てきたアレホは、身振り手振りで他の兵たちに説明をしているようだ。

 アレホのいうことを確認するためだろうか、近くにいた兵たちはすぐさま基地内へと走り始めた。

  

「もしかしたら、犯人はまだ基地内にいると言っているのかもしれないぞ」


「なるほど……」


 ケイとリカルドは基地内から転移してきたため、近くにいた兵たちは基地から出てきた者はいないと分かっているはず。

 アレホも、廊下を見たらケイたちの姿が消えたようにいなくなったと思ったはずだ。

 王都の城を攻め込んだエルフと獣人は、大量の兵に包囲された状態から姿を消したと広まっている。

 それを利用して、ケイたちが今回の犯人だということを広めるつもりなのかもしれない。


「あいつ、なんだかこれで撃ちたくなるな……」


 レイナルドの言うこれ・・とは、遠距離狙撃用のライフルのことだ。

 逃走を計ろうとした虫の魔族の邪魔したのは、実はレイナルドだった。

 逃げられて魔族の仲間を増やされでもしたら、自分が相手するときかなり面倒なことになる。

 人よりかは対処しやすいという思いがあったとしても、数が多ければ魔力が最後までもつか不安になる。

 人族の連中は好かないが、ここで始末しておいた方が良いと判断し、ケイから預かったライフルを使って逃走阻止をしたのだ。


 アレホが騒いだことで、段々と兵が基地に集まってくる。

 魔物の次は、王を殺したエルフと獣人の相手をすることになった兵たちは、疲労しながらも気合を入れた表情で基地内へと入って行く。

 それを見て、アレホはどことなくどや顔をしているように見える。

 その顔が気に入らないのか、レイナルドは物騒なことを言い出す。


「やめとけよ。あんなのでも役に立つんだから」


「分かってるよ」


 ちょっと本気で言っているように聞こえたので、ケイはレイナルドに注意をする。

 レイナルドも本気で言ったつもりはないので、ちゃんと否定する。


「仕事があることだし、そろそろ帰ろうか?」


「そうですね」


 今回リカルドは、国内での書類仕事をしなければならなかいため、見に来ることができないでいた。

 しかし、やっぱりリシケサの王都襲撃で仕留め損ねたサンダリオの始末を見届けたいだろうと、ケイはリカルドの息子のエリアスに頼んで連れてくることに成功した。

 ただし、絶対に今日のうちに帰ってくるように念を押された。

 それをしないと、王妃のアレシアが何をするかわからないと脅しがあったため、リカルドは顔を青くして頷いていた。

 ケイからするとアレシアはそんなに怖いようには思えないが、リカルドが怯えるほどなのだから、それはきっちり守ることを約束した。

 リカルド1人だけなら長距離転移もそれほど苦ではない。

 目的のサンダリオの始末も済んだことだし、約束通りリカルドをカンタルボスの国に送り届けるため、ケイは転移魔法を発動させたのだった。


 人族の襲撃から始まった今回の出来事は、こうして静かに終わりを迎えたのだった。


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