第107話

「……結構やばくないか?」


「……そうだね」


 ケイとレイナルドは、数日ぶりにリシケサ王国に転移した。

 そして、魔物や人の死体を目印に東へ向かって高速移動をしていくこと3、4時間。

 ようやく戦場にたどり着いた。

 その戦場を遠く離れた丘の上から見下ろしてみると、戦いは苛烈を増していた。


「どこから補充してきたんだ?」


 リシケサの兵は近隣の町から集まったのだろうと予想はできるが、虫の方も大量に増えている。

 その大量の魔物が、リシケサの兵たちに襲い掛かっている。


「……まさか、呼び寄せているのか?」


「えっ!?」


 虫男がいる所に今も虫の魔物が列をなして向かって来ている。

 それを見てケイはあることに思い至り呟く。

 そして、ケイのその呟きにレイナルドは反応する。


「従魔にした虫が同族を呼び寄せているようだ」


 虫の魔物は、危険を察知すると同種の魔物を呼び寄せる場合がある。

 恐らく、虫男はその能力を利用して魔物を集めているのかもしれない。


「確かに、うちの島の虫魔物もそういうことする場合があるけど」


 ケイたちの住むアンヘル島には、数種類の虫型の魔物が存在している。

 そういったものの中にも、時折仲間を呼んで攻撃してくる種類の虫がいる。

 そのため、レイナルドはケイが言っていることに納得する。


「だから、弱くても集めていたのかも……」


「どういう意味だ?」


 レイナルドの呟きに、今度はケイが反応する。


「つまり……」


 虫男は随分久しぶりに外の世界に戻った。

 周囲も変わっていれば、魔物の方も昔とは異なっているはず。

 そして、虫同士の呼び寄せは種類によって距離や範囲が異なるため、魔物をできる限り集めて呼び寄せをさせ、無理やり魔物の数を増やしたのかもしれない。

 しかも、虫男が集めた魔物は、広範囲に生息している魔物。

 戦う場所が移って行っても、魔物は変わらず集まってくる。

 そのことを、レイナルドはケイに説明した。


「なるほど、魔物に呼び寄せをさせるだけだから魔力の消費は少ない。しかも、自分は戦わずに休めるから魔力の回復も出来る。魔力が増えればもっと魔物を集められる。ループの完成だな……」


「リシケサからしたら減らしても減らしてもキリがないからきついだろうな」


 魔物を操っている虫男からしたら、ほとんど何もしなくても敵を追いこんで行っている状態で、逆にリシケサの方は、向かってくる魔物を相手にしながら逃走を続けている。

 王のサンダリオの姿が見当たらない所を見ると、兵を置いて先に東の軍の所へ向かっているのかもしれない。


「サンダリオは何をしているんだ? さっさと軍を結集して当たった方がいいんじゃないのか?」


「他国の侵攻を気にしてる場合じゃないのにな……」


 ここまで来たら、あの虫男を倒すには軍を動かした方が良い。

 しかし、指揮官のはずのサンダリオが早々に逃げたのでは、まとまって戦うこともできないではないか。

 虫男にやりたい放題やられているのはどうでも良いのだが、もう少し拮抗した戦いが見てみたいものだ。

 このままではズルズル東に向かって戦線がズレて行くだけなのは見ていてもつまらない。


「サンダリオでは無理か……」


「クズとか言われてたんだっけ?」


 カンタルボス王国の諜報員であるハコボが襲撃前に集めた情報によれば、サンダリオが女好きのクズという報告があった。

 そんな男に国を守る決断ができるようには思えない。


「この国1つで止められるのかな?」


 このままならリシケサは潰れるだろう。

 虫男にかもしれないし、他国による侵攻によってかもしれない。

 ただ、レイナルドが言うように、この国1つが潰れるくらいで済むのか怪しくなってきた。

 それだけ、虫男の魔物収集力が高いからだ。


「他の国が苦戦してるようなら密かに手伝うか?」


「それはないでしょ」


 この国には島に攻め込んで来たという明確な反撃要素があったが、他の国はまだそのようなことはしてきていない。

 なので、助けてやらないこともない。

 助力をしてやるべきかとケイが尋ねるが、レイナルドはすぐにその考えを否定する。

 リシケサに限らず、人族の国々はエルフを滅亡に追い込んだ者たちだ。

 苦しんでいるからと言って助けてやるほど、ケイたちは人間ができていない。


「日向までいきそうだったら考えるけど、他はつぶれるだけつぶれれば良いんじゃない?」


 同じ人族でも日向の国は別。

 ケイの妻でレイナルドの母である美花のルーツとなる国だ。

 美花自身は大陸生まれ大陸育ちだが、美花の父や母のことを考えたら被害にあってほしくないはずだ。


「……………………」


「父さんは違うの?」


 自分の言葉に反応しないケイに、レイナルドは意見が違うのかと思った。

 何か考えているような仕草をしているケイの姿を見たため、そう思ったのかもしれない。


「いや、大筋お前と同じ考えだ。ただちょっと嫌な考えがよぎったんでな……」


「嫌な考え?」


 余裕のある虫男。

 リシケサの兵も逃げているので、もっと速度を上げて追いかけることもできるはず。

 しかし、そうする様子が感じられない。

 じっくり手駒の魔物を増やしていると考えられもするが、他の考えが浮かんできた。

 それも、嫌な予感だ。


「口に出したら本当になりそうだから、言わないでおく」


 何だかフラグになって現実に起きてしまう気がするので、ケイはその予感を口に出すことをためらった。






◆◆◆◆◆


「とんでもなく膨らんでる!」


 また数日経ち、ケイとレイナルドはリシケサ王国の状況を見に転移してきた。

 すると、戦線がとうとう東の軍の駐留地付近にまできていた。

 ケイたちは、山の中に身をひそめながら戦場を見下ろしている。

 流石に魔族の虫男も軍相手では勝てないだろうと思っていたのだが、形勢はリシケサの方が押されているように思える。

 というのも、レイナルドの呟きの通り魔物がまた増えていたからだ。


「嫌な予感が的中したな……」


「どういうこと?」


 ケイの呟きがレイナルドの耳に入る。

 先日見にきた時に言っていた嫌な予感とは、どうやらこのことのようで、虫男の方の魔物が大幅に増えたことの理由が、分かっているような口振りだ。


「魔族が増えてる」


「…………えっ!?」


 小さな島育ちのレイナルドは、魔族なんてものが存在しているのは今回初めて知った。

 いまだに魔族のことはよく分からないが、珍しい生物という印象しかなく、そんな生物が他にも存在しているということに思い至らなかった。

 考えてみれば、確かにあの虫男以外の魔族がこの世界に存在していないと言い切れる確証はない。

 もしかしたら、どこかに潜んでいるということもありえた。

 これだけの大群の魔物が移動していれば、その魔族たちが自分と同じような能力を持つものに気付いてもおかしくない。

 虫男の狙いは、自分を長期間封印していたこの国の者たちへの報復と、この時代の魔族の招集も考えていたのかもしれない。


「集まった魔族は2体」


 望遠と鑑定の複合術で虫男の側を見ると、2体の魔族らしき生物が見つけられた。


「あのネズミとカエルかな?」


「そうだ」


 虫男の下に集まったのは、レイナルドが言ったようにネズミとカエルの魔族。

 増えた魔物も同様にネズミとカエルの魔物たちだ。

 カンタルボスのリカルドに聞いた話だと、魔族は自分と同種の魔物を使役する方が、多くの従魔を従える傾向にあるとのことだった。


「流石に、あの虫男ほどのレベルではないけれど、厄介なのは厄介だ」


 虫男が特別なのだろうか、様々な虫の魔物が多すぎて、ネズミやカエルの魔物はそこまで多くないように見える。

 しかし、小さな村なら潰せるのではないかという程の量の魔物が増えている。

 虫との攻撃法の違いから、戦いの幅が増えたようにも見える。


「それに、移動すれば他の魔族が気付き、また増える。それを繰り返していく気なのかもしれないな」


 ネズミとカエルの魔族がこの周辺にいたように、他の地にも他の魔族が存在している可能性がある。

 たいしたことなくても、相当数の魔物を従えているとなると、魔族が集まれば集まるほど恐ろしいことになっていくことだろう。 


「…………本格的にマズくない?」


「マズいな……」


 この国を潰せれば御の字だと軽い気持ちで復活させてしまったが、魔物の集団が段々と膨らんで行くことを想像すると、2人の額には冷や汗が浮かんできた。

 自分たちがしたことが、とんでもないことになってきたからだ。


「どうする?」


「あの虫男はともかく、他の魔族をどうにかすればまだここで食い止められるんじゃないか?」


 虫の魔族だけなら、リシケサ軍でも何とか相手になるであろう。

 それ以外の魔族を潰し、これ以上魔物が増えないようにすれば、ここから形勢を挽回できるかもしれない。

 つまり、ネズミとカエルの魔族の始末をするしかない。


「どうやって?」


「これだ!」


 そう言ってケイが魔法の指輪から取り出したのは、長距離狙撃をするために作ったライフル型の魔法銃だ。

 魔力を込めた弾丸を長距離飛ばすためには、相当な強度を上げる必要がある。

 そのため、丈夫にしようと工夫をしたら、結構な重量になってしまった。

 とても持ち運んで戦うには向かない武器に仕上がっている。

 しかし、元々長距離狙撃をするために作ったのだから、別に重いくらい大したことではない。

 土魔法で丁度いい土台を作って、そこに銃を乗せた状態で使用すれば、重さなんて意味を成さなくなる。

 ケイは試作品と完成品の2丁を取り出し、照準を合わせやすい完成品の方をレイナルドへ渡す。


「この距離だとギリギリだが、やってみよう」


 ケイたちがいる山からは結構な距離がある。

 魔力で届かせることはできるが、当てるのは少々難しい。

 当たらなかったら、また次の機会にやればいいという程度の軽い気持ちで撃つことにした。


「俺がネズミを殺る。お前はカエルを殺ってくれ」


「分かった!」


 そう言って、2人は銃をそれぞれの標的に向けて標準を定める。

 どちらを狙ってもいいのだが、ネズミの方が速度が速そうなので、ケイがそちらを受け持つことにした。


「同時に撃つぞ?」


「了解!」


 撃つタイミングがズレれば、虫の魔族が銃弾を阻止するかもしれない。

 そのため、阻止されないように同時に撃つようにする。


「3、2、1、GO!!」


““パンッ!!””


「ギャッ!?」「ゴッ!?」


 まるで1発しか撃っていないかのような音と共に、銃弾が発射される。

 高速の弾丸は、見事に標的に炸裂。

 頭を撃ち抜かれたネズミとカエルの魔族は、すぐに物言わぬ骸と化した。


「っ!?」


「気付かれた!?」


 仲間になった魔族がいきなり殺されて、虫の魔族は慌てた。

 ネズミとカエルの魔族が使役していた魔物が、主の死により暴れ出し、周囲にいる虫の魔物に襲い掛かり出す。

 仲間の魔族を撃ち殺した銃弾が飛んできた方向に目を向けた虫の魔族が、状況の変化を眺めていたケイたちへ向いた。


「逃げるぞ!!」


 こちらに虫の魔物を送られたら面倒だ。

 ケイたちは慌てて島へと転移していったのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る