第106話

「あの魔物使いに近寄って見るか……」


 これから先どうするか悩んでいたケイは、独り言のように呟く。

 このままあの魔物使いを放って置けば、恐らく東にある軍の駐留地で軍によって仕留めれるか、周辺都市から集まった大規模兵団によって仕留められるかになって来るだろう。

 王都を壊滅させたことだけでもあの魔物使いを復活させた意味がある所だが、ケイに処刑されたベルトランに変わって現国王となったサンダリオの殺害ができていないのが心残りだ。

 魔物使いの相手をしている隙に仕留めるという策も思いつくが、そんなチャンスが来る前に魔物使いが殺られてしまう可能性もある。

 そのチャンスを作るためにも、少しだけあの魔物使いに接近してみるのもいいかもしれない。


「えっ!? 危なくないか?」


 一緒に来たレイナルドからすると、そんな火中の栗を拾うようなことをするのは遠慮したい。

 ケイならば相手にできるかもしれないが、それでも多くの魔物に近付くなんて危険すぎる気がする。


「お前はここにいてくれ。俺が接近する」


 そもそも、他の誰にも何も伝えずに来ている2人。

 レイナルドに怪我されたら、後で美花に何を言われるか分かったものではない。

 なので、ケイはレイナルドを置いて一人で接近してみることにした。


「……分かった」


 もしかしたら、足手まといになるかもしれない。

 ケイにそう判断されたのだろうと、レイナルドは若干表情を曇らせる。

 しかし、それも仕方ないことかもしれない。

 まだ自分がケイやカンタルボス王国のリカルドに実力的に及んでいないことは分かっている。

 なので、レイナルドはケイの指示に従うことにした。


「じゃあ、行って来る」


 そう一言告げると、ケイはレイナルドの側から動き出したのだった。







『いたっ!』


 離れた場所から気配を殺して少しずつ接近したケイは、魔物使いの男を発見した。

 この周辺で集めた魔物はたいした魔物ではないからか、ケイの存在に気付いていないようだ。

 ケイにとっては好都合だ。


「グウゥゥ……!!」


『……会話ができそうにないな』


 木の陰に隠れつつ男のことを観察してみると、目がいっちゃってる感じで言葉なんて通じなさそうに思える。

 話ができるなら接触を試みる所だが、どうやらそれも無理そうだ。


『正気を失ってるのか? だったら……』


“パシュ!!”


 自分を封印したリシケサの兵のことだけは分かっているのか、魔物を兵に向けてけしかけている。

 正気を失っているのなら、もしかしたら衝撃を与えれば治るかもしれない。

 そう考えたケイは、小さめの魔力の球を作って魔物使いへと放り投げた。


「ガッ!?」


 ケイが放った魔力の球は、衝撃的には大したことない。

 しかし、目を覚ますには十分だったのか、魔力の球が頭に当たった魔物使いの男は、周囲をキョロキョロと見渡し始めた。


「…………あれっ!? 俺は……」


 衝撃によって正気に戻ったのか、これまで呻るだけだった男が、まともな言葉を話し出した。

 どうやら、何故ここにいるのか分かっていないように見える。


『おっ? 結構あっさり戻った……か?』


 その様子を見たケイは、密かに笑みを浮かべた。

 会話ができるなら男とのコンタクトを取ろうかと考えていると、魔物使いの様子がまたすぐに変化した。


「あ、あの国旗は……」


『なんだっ!?』


 国旗を見てまた怒りが込み上げてきたのか、魔物の男の表情が変化していった。

 すると、男の姿までも変化しだした。

 頭に触覚、虫特有の足が4本、肉体も見た感じ堅い表皮に変わっていく。

 何の虫かは分からないが、人間の姿からいくつかの虫の容姿を組み合わせたような姿へと変化した。


「ぶっ殺す!!」


『何だよあれ!?』


 魔物使いは、虫の姿をしていながら言語を放つ。

 その異様な姿に、ケイは内心焦りを覚えた。

 肉体が変化したことによって、どうやら男の戦闘力も上昇したようで、魔力は格段に増えたように見える。


「………………」


『っ!?』


 ジッとその様子を見ていたケイだったが、その観察をすぐに中止して逃げ出す羽目になった。

 肉体が変化したことによって、魔物使いの男の察知能力も上昇したのか、男の目がいきなり自分に向いたのだ。

 変化した男の能力は、察知以外も上昇しているかもしれない。

 戦力が分からないので、戦ったらケイでもどうなるか読めない。

 そうなると、隠れているだけでは危険と判断したケイは、逃走の一択しか思いつかなかった。 






「父さん!? 何だよあれっ!?」


 慌てたように戻って来たケイを見て、レイナルドの声も若干高くなる。

 それもそのはず、遠くから見ていたレイナルドにも、魔物使いの姿が変化したのが見えたからだ。


「知るかよ!」


 聞かれたケイも、初めての出来事だったため言葉がきつくなる。

 額には嫌な汗が一筋流れた。


「魔力の流れが変に見えたのは、普通の人間じゃなかったってことみたいだ……」

 

 よく考えてみたら、もっと早く分かっていたことかもしれない。

 そもそも、大昔に封印されて生きているということ自体がおかしい。

 人間の寿命は優に超えているだけで、まともじゃないのが分かる。

 昔、自分を封印した人間が付けていた国旗と同じものを、封印が解かれてすぐ側にいた人間も付けていたということに、もしかしたらケイは救われたのかもしれない。

 魔物使いの男改め、虫男はケイのことは相手にせず、リシケサの兵がいる方へと進んで行った。


「……気に入らねえな」


「……父さん?」


 まるで自分のことは眼中にないと言われたような虫男の態度に、ケイは内心怒りが湧いてきた。

 何だか舐められた気がしたからだ。

 血管を浮き上がらせているケイに、レイナルドは首を傾げる。

 そんなことで腹を立てるなんて、自分の父は結構短気なのだろうか。


「大丈夫だ。腹は立つが、仕掛ける気はねえよ」


 このまま進めば、虫男は大量の兵と戦うことになる。

 いくら虫男の戦闘力が上昇したとは言っても、たいした魔物を補充していない状態では殺されるのがオチだ。

 自分の感情に任せて危険な目に遭う必要なんてない。

 虫男がこのまま進むなら放って置けばいいのだ。

 もしかしたら、ケイがサンダリオを討つチャンスを作ってくれるかもしれない。


「このまま放置だ」


「了解」


 東の軍の駐留地まではまだ距離的に遠い。

 なので、そのチャンスもすぐにはやって来ないだろう。

 ここにいてもやることがなくなったケイとレイナルドは、虫男をそのまま放置して、また島へと帰ることにしたのだった。






◆◆◆◆◆


「ケイ殿、何か楽しそうなことをしているみたいだな?」


「やはり、そう思いますか?」


 虫に変化した男を見たケイは、その日のうちにカンタルボス王国のリカルドに会いに飛んだ。

 リシケサ王国の地下にあった魔法陣の封印を解いてやったこと伝えに来たのだが、リカルドはケイが思っていた通りの反応を示した。

 最近思うのだが、リカルドと仲が良くなってから、ケイもどこか好戦的な部分が見え隠れしている気がする。

 リシケサ王国の前王のベルトランの処刑だけでは、2人ともどこか消化不良な気がしていた。

 それが、地下の封印を解くだけで王都崩壊に追い込むことができたのだから、なんとも愉快な話である。


「私も見に行きたいところだが、いかんせん遠いからな……」


 ケイが思い付きでおこなったことだったが、リシケサの国が壊されていく様はリカルドも一緒に見たかったようだ。

 だが、リカルドは王としての仕事が忙しく、気分で出かけるなんてことができない状況にある。

 それに、連れて行くにもカンタルボスからリシケサまでは遠いうえに、ケイたちの魔力をかなり消費することになる。

 ケイの息子のレイナルドとカルロスに協力を得れば、アンヘル島経由で連れていけるが、連れ出してこの国に迷惑をかける訳にはいかない。

 なので、リカルドには報告だけで我慢してもらうしかない。


「ところで、あの封印されていた男は何者なのか分かりますか? 封印から出てきた時は人間の姿をしていたにもかかわらず、急に魔物のような姿へと変化したのですが……」


 ケイがリカルドの所に来たのは、リシケサを混乱に陥れたことと、封印を解いて現れた男のことだ。

 見た目は普通の人族のようだが、突然虫の姿に変化した。

 しかも、その変化をした後は戦闘力などが上がったように思える。

 そのようなことができる種族が、この世界にいるのだろうか。

 ケイにはアンヘルの知識があるが、所詮は5歳までの知識でしかなく、この世界のことに関してはかなり疎い。

 それと比べて、リカルドは一国の王として世界のことを知っているはず。

 もしかしたら、あの男のような生物のことも分かるかもしれない。


「恐らく魔族と呼ばれる人種だろう」


「魔族……?」


 何ともゲームチックな響きだとケイは思った。

 前世のファンタジー物で見たような言葉だが、この世界の魔族がいまいちどのような存在なのか分からないため、ケイは首を傾げた。


「この世界には人族、獣人族、魔人族などがいるが、それらは動物が進化して今に至っているという風に言われている」


 そこは地球の説と同じなようだ。

 人族と魔人族は元々同じ種族で、サルから進化したという話だ。

 そして、獣人族はサル以外の動物が進化したと言われている。

 そのため、獣人族からすれば動物から進化したという意味では同じなのだから、人族も魔人族も獣人の一種でしかないというスタンスに立っている。

 獣人でも色々な種族がいるが、サルの姿が残った獣人がいないのが証拠だと考えている。


「ケイ殿のエルフ族、ドワーフ族は解明されてはいないが、人族が進化途中で分かれた種族という説と、サルはサルでも人族とは違う種類のサルから進化したという説がある」


「なるほど……」


 それを聞くと、この世界の人間は大きな括りで言うと全部獣人だというのは、全く間違いではないようにも思える。

 前世の知識のあるケイからしたら、別に人間は人間なのだから関係ないとは思っているが、それぞれの種族はそうは思っていないのかもしれない。

 その考えがあるから、それぞれの仲が良くない原因なのだろう。


「そして、魔族とは魔物から進化したから種族だと言われている」


「魔物が進化?」


 魔物の進化と聞くと、スライムがポイズンスライムに変わると言うようなことをイメージしたが、これまでの説明から考えると、魔物が人に変化するようなことのようだ。


「魔族の特性として、魔物の使役が得意らしい」


「魔物の使役……」


 その特性から言って、ケイが解き放ったのは魔族で間違いないようだ。


「ただ、魔族にも量派と、質派に分かれると言う所がある。ケイ殿が解放したのは量派だな」


 魔族になったからと言って、全てが強い戦闘力を有している訳ではない。

 戦闘力が低ければ、魔物を使役する能力に長けていても、素直に従うとも限らない。

 そうなれば、自分の身を守れないくなるので、弱い魔物でも数を揃えるという考えになるらしい。 


「私としては質派の方が面倒かもな……」


 リカルドの言うことは納得できる。

 もしもドラゴンを使役する者など現れようものなら、国によってはあっという間に潰されるかもしれないからだ。


「しかし、量派でもその男は危険だな。スタンピード並の数で迫られたら、こちらも相応の数を揃えないとならないからな」


 封印から解かれたのは虫系の魔族だったが、飛行能力を有している様には見えなかった。

 なので、他の大陸に移ってくるとは思わないが、もしも相手にすることになった時のことを考えると少々厄介だ。

 特に獣人族は魔法が得意ではないため、肉弾戦になりがちだ。

 そうなると、魔物の数に合わせるくらいの数の兵がいないと、町や市民を守り切るのは難しくなる。


「人と違って魔物は魔法には弱い傾向にありますから、広範囲の魔法で一気に、というのが効果的かもしれないですね」


 リカルドたち獣人だと、魔法をあまり使わない分、多くの魔物の退治は大変らしい。

 魔物は人間と違い、魔法攻撃に対して魔力障壁で防ぐということはしない。

 属性によっては効かない魔法もあるが、全属性が得意なエルフにとってそれは大した問題ではない。

 なので、魔物よりも魔法を防御する人間の方が面倒かもしれない。


「その時はケイ殿たちに協力を頼んでも良いだろうか?」


「当然構いませんよ。我々も島を攻め込まれた時に助けられたのですから」


 エルフと獣人は、お互いの短所を埋め合う関係にあるのかもしれない。

 リカルドに協力を求められ、ケイはすぐに受け入れた。

 人族に攻められた時に、ケイたちが助かったのはリカルドの参戦というのが大きかった。

 それがなかったら、もしかしたらケイたちの命はなくなっていたかもしれない。

 その恩を考えれば、断るという選択肢はなかった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る