第102話

「ハッ!!」


「フンッ!!」


 リカルドが地下で近衛兵たちと戦っている頃、エリアスとファウストの兄弟は、囚人兄弟のトリスタンとハシントと戦っていた。

 兄同士、弟同士で戦っているが、エリアスたちが思っていた以上にトリスタンたちには実力があるようだ。

 ただ、トリスタンたちは武器がなく、使えるのは足に付けられた鉄球くらいのもので、彼らはその鉄球を盾のように使っている。

 その鉄球でエリアスたちの攻撃を防ぎ、パンチやキックで反撃をするスタイルで戦っている。

 剣を使って戦っているエリアスたちが、その攻撃を受けることはなくいまだ無傷なのに対して、トリスタンたちは鉄球だけでは防ぎきる事ができず、ちょこちょこと切り傷を増やしている。


「「「「っ!?」」」」


「んっ? 何だこの煙!?」


 エリアスたち優勢で戦っていると、地下へと続く階段から白い煙がモクモクと沸き上がって来た。

 これにはトリスタンたちだけでなく、エリアスたちも驚いた。

 地下から上がって来たと言う事は、父であるリカルドたちに何かあったのかもしれない。

 そして、煙はドンドンと沸き上がり、ここにいる4人の姿を覆い隠した。

 誰がどこにいるかは、全く見えることができない。


 その状態で動いたのはエリアスたちだった。

 自分たちは獣人のため、鼻を使えばだれがどこにいるかは分かっている。

 しかし、人族のトリスタンたちはそうはいかない。

 何も見えなくなっているうちに仕留めてしまおうと、エリアスとファウストはトリスタンたちに襲い掛かった。


「っ!?」「……っと!?」


““ガキンッ!!””


「「っ!?」」


 煙の中を静かに動き、襲い掛かったエリアスたちの剣を、トリスタンたちは鉄球で防ぐ。

 それは、視界が煙で見えなくなっているのにも関わらず、さっきまでと大差ない動きだ。

 静かに襲い掛かった攻撃に対してそのように反応するということは、ちゃんとエリアスたちのいる場所が分かっているということだ。


「何だ? この状態なら戦えないとでも思ったのか?」


「俺たちはそんな雑魚じゃねえっての……」


 攻撃を止められたことに驚いているエリアスたちの心情を、囚人兄弟は煙で顔を見えないにもかかわらず言い当てた。

 どうやら思った通り、2人はエリアスたちの動きがわかっているようだ。


「でも、エリート騎士は、俺たちみたいに魔物と戦うことが少ないから探知ができないのが多いんじゃなかったっけ?」


「そいえばそうだな……」


 ハシントの言葉にトリスタンは納得する。

 盗賊でつかまった2人だが、そうなる前は冒険者として活動していた。

 警備などで戦う事がある騎士たちの稽古は、対人に対しての稽古が多いため、決まった型を訓練することが多く柔軟な発想ができない。

 視界を遮られた時にどう戦うかなどという訓練なんてやったりしないのではないだろう。

 逆に強い魔物を狩る方が金になる冒険者は、様々な魔物の多様な攻撃に対応するために、どうしてもバリエーション豊富な戦い方が求められる。

 なので、2人も探知が自然と鍛えられたのは必然だった。


「……思っていたより面倒だな」


「兄上には策がありますか?」


 トリスタンの攻撃はパワー重視。

 遅いわけではないが、エリアスには当たらない。

 1撃でも食らえば痛手を負うかもしれないが、武器が鉄球だけでは食らうことはだろう。

 攻防を繰り広げながらふと思うのは、本来の武器を持った状態の彼らと戦いたかったということだが、今はそんな状況ではない。

 一方、ファウストとハシントの戦いは速度勝負のようだが、ファウストの方が全ての能力が僅かばかり上を行っている。

 共通して言えることは、負けないが勝つには時間がかかるということだ。

 どうやって攻撃を当てようか考えているエリアスに対し、ファウストには何か策があるような口ぶりだ。


「あることにはあるが……」


 エリアスにも実践で試してみたい技術が一応ある。

 しかし、まだ練習段階で実践で試したことがない。

 できればもっと完成した段階で試してみたいのだが、2人ほどの実力になると互角の相手などなかなか巡り合うことはないため、今が使いどころだ。


「やってみるか……」


 他に策が見つからないことだし、実戦で試せるのはこの機会しかないかもしれない。

 そう思ったエリアスは、この策を試してみることにした。


「行くぞファウスト!」「了解!」


 攻防を繰り広げている間に、煙も薄くなってきて、視界も少しづつ回復してきている。

 僅かにトリスタンたちの影が見えている状況で、エリアスたちは気合いと共に床を蹴った。


「「っ!?」」


 先ほどまでよりも上がった速度でエリアスたちが動く。

 その速度に、トリスタンたちは驚きで目を見開く。

 残像のように動くエリアスたちの移動に、何とか探知だけは反応するが、体の方が間に合わない。


「がっ!?」「ぐわっ!?」


 トリスタンとハシントが相手に懐に入られたと分かった瞬間、鉄球を投げつけるようにして攻撃をしてきた。

 しかし、そんな攻撃が速度の上がった2人に通じる訳もなく、エリアスたちはあっさりと躱して剣を振った。

 それによって、腹を裂かれたトリスタンとハシントは、大量の出血をして床へと倒れ伏したのだった。


「……兄上も同じことを考えていたのですね?」


「そうみたいだな……」


 エリアスたちがやったことは、父のリカルドがケイと戦った時にやった技術だ。

 ケイもセレドニオとライムンドに追い込まれた時に真似をしたが、必要なとき必要な分の魔力を瞬間的に纏うという魔闘術の1つだ。

 獣人は魔力が少なく、戦う時には使い道がなかった。

 しかし、リカルドはケイが魔力を使いこなすことによって、自分と同等の戦闘力を見に付けたことに感化された。

 少ないとは言っても、魔力を使えば獣人も強化できるのではないか

という思いつきを、いきなり本番でやってしまうのが父であるリカルドのすごいところだ。

 エルフのケイにとっては諸刃の剣だが、獣人にとっては使いこなせた方が良い技術かもしれないと、エリアスたちは思った。

 この技術をケイが使った場合、魔力を纏っていない場所に攻撃を食らえば大ダメージを受ける。

 だが、獣人の彼らからすると、生身が頑丈なため失敗して攻撃を受けても、ダメージによる大怪我をすることは少ない。

 失敗した時のリスクが低いということだ。

 これによって、2人の戦闘の幅が広がったのたが、これはれっきとした魔闘術の一種。

 使いこなすには相当な才能がないとできない。

 天才の子は天才とは限らないのが世の常だが、どうやらエリアスたちはリカルドの才を受け継いだようだ。


「お前も練習してたのか?」


「結構ね……」


 エリアスたちは、お互いが同じように練習しているとは知らなかった。

 ファウストが使えたのは、アンヘル島に行ったときにカルロスに魔闘術を指導してもらったからだ。

 それに対し、エリアスは独学で成功させる所まで持ってきていた。

 誰にも教わることなくここまでの技術を会得していたエリアスに、兄にはやっぱり勝てないなと思ったファウストだった。






「ようっ! こっちも片付いていたか……」


「「父上!?」」


 トリスタンたちを倒し、少し休憩をしていたエリアスたちのところへ、地下へ向かう階段からリカルドたちが上がって来た。

 こんな事なら、少し待ってリカルドに参戦して貰えば簡単に済んでいたかもしれない。

 ちょっと無茶をする必要もなかった。

 まぁ、リカルドが数的優位で敵と戦うということを良しとするかは分からなかったが。


「城下の見晴らしが良いところへこいつを連れ行く。始末が終わったらさっさとずらかるぞ」


「「はい!」」


 紐を結ばれ逃げられない状態のベルトランを指さして、リカルドは今後のことを話し始める。

 当初の予定通りに進んでいるらしく、リカルドの言葉にエリアスたちは返事をする。


「城内に散ったサンダリオを探している兵を集めろ!!」


「「はい!」」


 予定通りではないところとなると、この国の王子のサンダリオの姿が見つからないことだが、もしかしたら城内を探しに行かせた者たちが捕まえているかもしれないし、どこからか脱出してしまったのかもしれない。

 どちらにしても、時間はもうあまりない。

 ベルトランを処刑をした後、転移で逃走するため、カンタルボスの兵たちには集まってもらっていた方が手っ取り早い。

 息子たちに連れてきた兵の招集を任せ、リカルドはケイたちと共に城の上部へと向かって行った。


「リカルド様! 城内を隈なく探したのですが、サンダリオの姿が見つかりません!」


 階段を昇りきったリカルドたちのもとに、兵の一人が報告に向かって来た。

 リカルドが連れてきたカンタルボスの兵は、300人程度。

 城内への入り口を全て固め、外からの侵入と城内からの脱出をさせないようにし、城内にいる敵兵たちを始末して回る。

 数的不利にもかかわらず、数人が軽傷しただけで王城内の制圧が済んだ。

 しかし、いくら探しても標的の1人である王子サンダリオがどこにも見つからないでいた。


「何だって?」


「っ!?」


 部下の報告を受けたリカルドは、驚きの声をあげる。

 彼らカンタルボスの兵は、しっかりと予定通りの行動した。

 逃げられる要素はなかったように思えた。

 そして、その報告が聞こえていたベルトランも、驚きと不思議に頭が支配された。

 逃げ場もなく、城内で獣人を相手にして捕まるか殺されていると思っていたのだが、彼らの話からするとどうやら違うようだ。


「どこから逃げたのでしょう?」


「私どもの調査不足が原因です」


 ケイがリカルドと共に首を傾げていると、ハコボたち諜報部の者たちが来て頭を下げた。


「分かりづらかったのですが、西の塔に脱出通路が隠されておりました」


“ピクッ!” 


 その話を聞いて、ベルトランは密かに反応した。

 王族しか知らない隠し通路が西の塔にはある。

 旧来から仕えている貴族家たちであれば、もしかしたら知っている者もいるかもしれないが、それも極小数。

 王城を襲撃するような大胆なことをする者たちが、潜ませた諜報員が調べていれば、その貴族から隠し通路の情報を入手している可能性がある。

 そう思い、サンダリオが言っていた敵が出口で待ち構えているということを信じたのだが、リカルドたちの話を聞いている限り、その通路のことは知られていなかったらしい。


「恐らくそこから逃げ出したのかと思います」


 ベルトランが1人思考の世界に入っていることに気付かず、ハコボはそのまま報告を続けた。


「ハハ……」


「……何がおかしい?」


 報告が終わると、ベルトランはどことなく乾いた笑い声をあげる。

 それを聞いたリカルドは、自分の息子が上手く逃げたことに喜んでいるのかと思ったが、なんとなく違うようだ。


「ハハハ……」


「な、何だ? 頭でもおかしくなったのか?」


 ベルトランは声を出して笑っているが、目が笑っていない。

 それを見て、ケイは迫る死に狂ったのではないかと思った。

 しかし、ベルトランは違うことで笑っていたのだ。

 サンダリオが嘘をつき、隠し通路から逃げようとするベルトランを止めたということは、父である自分を城から出さないようにして、自分1人そこから逃げ出すためだろう。

 自分が助かるためなら、父の命すらも簡単に利用する。

 息子がここまで腐っているとは思わず、自分の見る目のなさに全身の力が抜けた。

 それによって何もかもが馬鹿らしく思え、空っぽになったベルトランからは笑うことしか出来なかったのである。







「おぉ、随分集まって来ているな……」


 建国祭の開会宣言を行う予定のバルコニーに、ベルトランは数時間ぶりに戻って来た形になる。

 そのバルコニーからは城の周りが良く見える。

 目の前に広がるその景色に、ケイは感嘆の声をあげる。

 そこには、城壁を囲むように大量の兵が配置されていたからだ。

 どうやら王都の兵が集結し、今にも城内へ攻め込める状態のようだ。


〔薄汚い獣どもよ! 我が父上を解放しろ! 今なら命までは許してやってもいい!〕


 ベルトランを連れてバルコニーへ姿を現したリカルドやケイたちを見て、集まった兵を引き連れた豪華な衣装を着た者が拡声の魔法を使って話しかけてきた。

 城を包囲しているからか、逃げ場がないケイやリカルドたちに対して上から物を言って来る。


「あいつがサンダリオか? 上手く逃げやがったな……」


 先程「父上」といったところから、どうやら奴がサンダリオのようだ。

 たいして魔力を使わないため、ケイが望遠の魔法でサンダリオの顔を見ると、真剣な顔をしているように見えて、サンダリオはなんとなくにやけているように見える。


〔これより獣人王国カンダルボスが同盟国、エルフの国アンヘル王国への侵略行為をおこなったリシケサ王国のトップであるベルトラン・デ・リシケサの処刑をおこなう!!〕


「エルフの国……?」


 サンダリオが発した言葉を無視するように、ケイに拡声の魔法をかけてもらったリカルドが話し始める。

 そして、その言葉の内容に、城を囲んでいる大勢の兵たちが疑問の声を呟く。

 エルフの国などという物が、いつの間に出来上がったのか分からなかったからだ。


〔そんなことをしてみろ! この包囲された状況で逃げ切れると思うなよ!〕


 リカルドの言葉に、サンダリオは怒りの声をあげる。

 たしかに、エルフの捕獲に大量の兵を送ったが、こちらはこちらで大量の兵を失った。

 しかも、そのうえ王城の強襲。

 この上、王の殺害までされたとなっては、周辺国からしたらいい笑い話だ。


「ではケイ殿、遠慮なく殺っちゃってください!」


「わかりました……」


 リカルドは完全にサンダリオの言葉を無視する。

 サンダリオが言うように、普通なら逃げ道はないように思えるだろう。

 しかし、ケイたちにはこの状態からでも逃げる手段はある。

 というより、今、レイナルドとカルロスが出した転移魔法によって、獣人たちは移動を開始し始めている。

 簡単に殺せとリカルドは言うが、無抵抗な状態の人間を始末しなければならないというのはケイからしたら初めてで、なんとなく気が引ける。


〔我はエルフの国、アンヘル王国国王ケイ・デ・アンヘルだ! この場にてリシケサ国王ベルトランを処刑を執行する!〕


 事前に打ち合わせしていた台詞を叫び、腰に付けたホルスターから、ケイは銃を抜き高らかに掲げる。

 そして、その銃口を、抜け殻のようになっているベルトランのこめかみへと押し付ける。


“パンッ!!”


「っ!?」「陛下!!」


 気が引けたが、所詮こいつは自分たちを殺せと指示を出した張本人で、生かしておいたらまたいつ兵を仕向けてくるか分からない。

 そう思うとすんなり引き金が引け、ベルトランの処刑をあっさりと執行できた。

 頭を撃ち抜かれ、崩れるように倒れたベルトランを見て、城を包囲している者たちは慌て驚く。

 包囲状態に加え、生き物を殺害できないはずのエルフが執行人。

 多くの者たちがハッタリだと思っていたのだが、本当に執行したことが信じられなかった。


「おのれ生き人形に獣どもめ……、父上の弔い合戦だ!! 奴らを一人残らず殺せ!!」


「「「「「オォォーー!!」」」」」


 父の死を見て、サンダリオが怒りの声をあげる。

 それによって兵たちの士気も上がった。

 そして、出撃の指示を受けた兵たちは、大声を上げて城内へ侵入しようと走り出したのだった。


「さぁ、逃げましょう」


「えぇ」


 処刑が終わればもう用はない。

 これでエルフは昔のように無抵抗な種族ではなく、獣人の国と同盟を結んだ危険な国だと認識されることだろう。

 サンダリオも仕留め、王族の壊滅までできればもっと良かったが、作戦に失敗はつきものだ。

 敵兵が城内に入ってくる前にトンズラさせてもらおう。

 リカルドと短く話し合うと、ケイはすぐに転移の扉を開きカンタルボス兵たちを転移させていく。

 数がまあまあ多いので、全員が扉を抜けるのは少し時間がかかったが、獣人兵たちが速やかに行動してくれたことにより、敵に転移魔法を見られる前に間に合った。

 そして、最後にケイが扉を通り抜けると、城からエルフと獣人の者たちは跡形もなく消え去ったのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る