第101話
「……お前たちは、何故こんなことをするんだ?」
「……あっ? 何だと?」
仲間をやられ、4人そろって攻撃をしかけてくると思ったリカルドだったが、敵の1人が言ったこの一言に反応した。
まるで自分たちが被害者だとでも言うような感じがして、何だかイラっと来る。
「我々が貴様らに何をしたと言う?」
「……チョッカイかけてきたのはテメエらだろが!?」
まるで、ではなかった。
言葉に出して被害ヅラしてきたことに、それまで冷静だったリカルドは一気に怒りが湧いた。
何の交渉もせずに攻め込んでくるようなことをして、返り討ちにあって同じことをされれば被害者ヅラ。
とてもまともな思考の持ち主に思えない。
「何千人も殺しておいて、よく報復なんてできるな……」
「……テメエ、なめてんのか?」
あまりにも怒りが込み上げ、リカルドは口調は静かながら表情は完全に怒っている。
今にも飛び掛かりそうだ。
腹を立たせて、リカルドの攻撃が単調になることを期待しているのだろうか。
「リカルド殿! 奴らの狙いは時間稼ぎだ!」
手は出さないが口は出す。
ケイは奴らの狙いに気が付いた。
何かの封印を解くとか言っていたが、まだ何の脅威も感じない。
もしかしたら、その封印を解く時間を稼いでいるのかもしれない。
そう考えれば、被害者ヅラしておかしな言い合いをしかけてくる理由になる。
「なるほど……小賢しい」
ケイの言葉を聞いて、同じ考えに至ったリカルドは冷静に戻った。
単調な攻撃だろうとも、敵たちがリカルドの攻撃を躱せるとは思わないが、不安要素は取り除いておいた方が良い。
これでケイは安心して見ていられる。
「チッ!」
時間稼ぎを見破られたため、無駄な話し合いをしていた男は舌打ちをする。
随分とくだらないことをしてくるものだ。
「ハッ!!」
“ボンッ!!”
「煙幕?」
話し合いが時間稼ぎだとバレたと思ったら、今度は他の男が懐から筒のような物を取り出し地面へと放り投げてきた。
すると、その筒から一気に煙が噴き出し、辺り一帯は白い煙に覆われ、ここにいる全員の視界が遮られた。
最初煙に何か毒でも仕掛けてあるのではないかと警戒したが、リカルドより先に筒を投げた者たちが煙に覆われて行ったのを見て、その心配はないと分かった。
どうやらこれはただの煙らしい。
「これで姿は見えまい!」
「……愚かな」
自分たちも見えなくなっているのに、テンションの高い声をあげている敵に、リカルドは溜息を吐く。
たしかに、リカルドの周囲360度は白い煙に覆われている。
腕を真っ直ぐに伸ばしたら、自分の手すらぼやけるほどに濃い。
“フッ!!”
「なっ……!?」
何の躊躇もなく床を蹴ると、リカルドは筒を投げた男の目の前で足を止める。
さすがに至近距離まで近付けば姿は見える。
何も見えていないはずのリカルドの姿が現れ、驚いた次の瞬間には拳が顔面に迫っていた。
「うがっ!?」
見えなくても嗅覚で分かるリカルドと違い、敵たちは何も見えていないようだ。
見えなくなってどうするつもりだったのか分からないが、これではただ自分たちの首を絞めたようなものだ。
リカルドの拳が顔面にクリーンヒットし、殴られた男はピンボールのように床を跳ねてうつ伏せに倒れた。
「なんだっ!?」「誰かやられたのか?」
「視界を遮られようとも、俺なら匂いで分かるんだよ!」
自分の側の煙が動いたと思ったら、仲間の呻き声のようなものが聞こえた。
床にからの音も合わせると、敵に何かやられたのだろう。
そして、敵兵たちはリカルドが呟いた言葉で絶望した。
煙が出続けるのはせいぜい2分ほど。
その間、敵も自分たちも攻撃できない状況にして、時間が稼げるなら構わないと思い、煙の筒を使ったというのに、これでは自分たちを不利にしただけではないか。
どうやら彼らは、自分たちが戦っているのが、同じ種族でないということを考慮していなかったようだ。
『探知できないのにこんなことするなんて、かなり馬鹿だな……』
別に獣人でなくても、敵がどこにいるかを察知することはできる。
ケイたちのように探知魔術をすればいい。
それもできないのにもかかわらず、煙で視界を塞ぐなんて、本当に近衛兵なのかと思ってしまう。
実際の所、彼らも魔闘術が使える程なのだから、探知も使えることはできる。
しかし、戦いながらは使えないのだろう。
ケイたちのように、戦っている最中でも使えるくらいになるには、相当な魔力コントロール技術を所持していないと普通はできない。
自分たちが特別だと思ったことがないケイたちは、そのことが分からなかった。
「…………ぐっ……」
“ブワッ!!”
リカルドに殴られた男は、このままでは仲間が何もできずに攻撃を受けてしまうと思い、絞り出すように風魔法を放った。
「おぉ、晴れた……」
その風魔法によって、まだ煙を出し続けている筒と、この周辺の煙が階段の上へと飛ばされたため、ケイやリカルドたちの周りの煙は消え去った。
身の安全のために周囲に魔力を張って、近距離探知を行っていたケイとその息子2人だったが、煙がなくなったことで周囲が見えるようになったため、探知を解いた。
これで僅かとはいえ魔力を使わないで良くなり、ケイは少し嬉しそうに呟いた。
「…………ぐふっ!」
これで仲間の近衛兵たちが戦える。
それに安心したのか、倒れたまま風魔法を放った男は、そのまま気を失った。
「っ!?」
“ガシッ!!”
煙が消えたことに気を取られていたため、リカルドには隙ができていた。
それをいち早く察したのは、最初にリカルドに殴られた男だ。
ダメージで震える足に喝を入れ、タックルをするようにリカルドにしがみついた。
「い、今……だ!! 俺…ごと……貫け!!」
「クッ!!」
残った力を総動員した男のしがみつきに、リカルドはなかなか外せない。
弱った自分は、戦力としては役に立たない。
ならば、せめて相打ちをしてやると考えたのだろう。
男は自分ごとリカルドを屠ることを選んだ。
「……すまん!! ハァー!!」「オラーッ!!」
仲間を殺すなんてしたくないが、この状況では仕方がない。
元々、王のために命を捨てるという決意のもと近衛兵になったのだから、それを今実行するだけだ。
無傷の2人は槍を手に、仲間が抑え込んでいるリカルドに向かって突撃していった。
「放せー!! …………なんてな?」
「っ?」
強力な攻撃を放つ両手を捕まえている。
なので、この獣人が自分を引きはがす事などできないと、しがみついている男は思っていた。
しかし、リカルドの余裕のようなセリフに、どこか違和感を感じた。
「ムンッ!!」
「ごふっ!?」
しがみついている男に手を掴まれている。
ならば足を使えばいい。
ということで、リカルドはサッカーのシュートをするように男を蹴りを入れる。
その蹴りが腹に入ると掴んでいた男の手があっさり外れ、そのまま迫って来ていた2人に向かって飛んで行った。
そもそも、わざとしがみつかれる隙を作ったのだ。
たしかにこの男は、怪我をしている割には強くリカルドを掴んでいるが、この程度の力でリカルドを抑え込むことなど不可能。
他の2人に逃げ回られて無駄に時間を使わせないために、自分たちから近付かせるのが速いと思い、リカルドは一芝居うったのだ。
「うわっ!?」「なっ!?」
敵は何もできないと思い込んでリカルドに迫ったら、いきなり仲間の男が自分たちに向かって飛んできた。
予想外のことに、2人は思わず飛んできた仲間を避けてしまった。
「吹き飛べ!!」
「「っ!?」」
“ドゴッ!!”
仲間を避けて安心した2人に隙ができる。
それを待っていたリカルドは、足の止まった2人に高速接近ラリアットをぶちかます。
まるで車が衝突したような音を上げると、その2人は白目を剥いて飛んで行った。
「終わりだな」
結局、5分ほどの時間を使ってしまった。
ちょっと無駄話をしたのが良くなかったかもしれない。
そんなことを思いながら、リカルドは見事に4体の人の山を見て呟く。
「先に向かおう。ケイ殿!」
「はい!」
終わったのを確認したリカルドは、ケイを呼んで廊下の先にある扉へと近付いて行った。
「封印がどうとか言っていたので、注意してください。リカルド殿」
「了解した」
ケイの注意に頷き、リカルドは慎重に扉を開いた。
「んっ? ベルトランはどこだ?」
「「「「「っ!?」」」」」
王のベルトランがいると思われる扉を開けて、リカルドがケイたちを引き連れて室内に入る。
しかし、中には魔導士たちが8人いるだけで、ベルトランの姿が見えない。
床に描かれている模様を中心にして魔力を放出している所を見ると、あれが何かを封印している魔法陣のようだ。
室内に入って来たリカルドたちを見て、魔導士たちは驚きを隠せないでいるが、その手を止めようとしない。
「みんなは続けろ!」
その魔導士たちのうち、リカルドたちに近い位置にいた2人が、魔力注入を他の者に任せてリカルドとケイたちに対峙した。
封印を解くのにまだ時間がかかるのだろう。
どうやらさっきの兵たちと同じく、時間稼ぎをするつもりだ。
「ハッ!!」「ハッ!!」
その2人の魔導士たちは、すぐさま魔力を溜めてリカルドへ魔法を放つ。
「フンッ!」
火魔法による火球と、水魔法による水球がリカルドに迫る。
しかし、リカルドはそれを難なく手で弾く。
「なっ!?」「手で弾くなんて……」
この結果に魔導士の2人は目を見開く。
リシケサ国内で、国に雇われるほどの魔導士たちだ。
決して実力は低くない。
そんな自分たちの魔法が、あっさりと弾かれるなんて思っていなかったようだ。
「……どうやら封印はとけそうにないですね」
時間も魔力量もまだまだ足りないのか、ケイがパッと見た感じ、魔法陣は半分しか反応していない。
これではまだ時間はかかるだろう。
「無駄に時間をかけて封印が解けたり、王都内の兵が城内に進入してきても面倒です。こいつらを締め上げてベルトランの居場所を吐かせましょう!」
「……そうですな」
ケイの提案に、リカルドも賛成する。
しかし、リカルドはちょっと残念そうだ。
何が封印されているか分からないが、強力な戦闘力を持つ何かということは聞いている。
リカルドとしては、強い者と戦ってみたいという気持ちがあるため、心のどこかで封印が解けるのを期待していたのだろう。
だが、今はその好奇心を満たしてあげている暇はない。
「ぐふっ!?」
“ドサッ!!”
「……速っ」「……早ッ!」
リカルドによって、あっという間に8人の魔導士たちが倒される。
ちょっとくらいケイたちも手伝いたいところだが、魔力の温存が重要なこの作戦では戦うことは控えるように言われているので、ただ見ているだけしかできない。
ケイと共に魔力温存のレイナルドとカルロスは、リカルドの戦いっぷりに同じことを言いながら違う所に着目していた。
近衛兵と魔導士たちの戦いの両方が、あまりに速く、あまりに早かったのだから、その反応は正しい。
レイナルドとカルロスは、リカルドが強いのは初見で分かっていたが、戦闘姿を見たのは初めてだ。
ここまでの戦いでその実力の一端だけ見えたのだが、それだけでとんでもない強さだということは理解した。
「……っで? 王のベルトランはどこだ?」
意識を失わないでいる魔導士の体を無理やり起こし、リカルドはベルトランの場所を聞きただそうとする。
「だ、誰が……教えるか……」
聞かれた魔導士は、当然正直に応えるつもりはない。
「……あそこか?」
「なっ!?」
しかし、ケイがある方向を指さすと、明らかに狼狽えた。
ケイが何故そう思ったかというと、魔導士たちが、それぞれほんの一瞬だけ同じ方向の壁に目を向けていたのだ。
その視線の先が気になったため、当てずっぽで試してみたのだが、どうやら上手くいったようだ。
「……ここの音が違う。隠し部屋でもあるのか?」
「フンッ! こそこそしやがって……」
魔導士たちの視線の先にはただの壁しかない。
しかし、軽く叩いて確認してみると他の壁と違う音が反響する。
そのことから、この周囲に隠し扉があるのかと探し始めたのだが、
“ドゴッ!!”
「ヒッ!? ヒィィ……!!」
扉を探すのが面倒だったのか、リカルドは拳で壁に穴を開けた。
手っ取り早いとは言っても、ちょっと乱暴な開け方だ。
しかし、それが上手くいき、豪華な服を着たベルトランらしき男が驚きと共に悲鳴を上げ、隠し部屋の隅へと逃げていった。
「この野郎!!」
“バキッ!!”
近衛の兵が1人だけ残っていたらしく、隠し部屋に入って来たリカルドにすぐさま襲い掛かった。
しかし、1人ではリカルドの相手にはならず、1撃腹に攻撃を食らうと、そのまま気を失った。
「お前がベルトランだな? さぁ、こっちこいや!」
ようやく目当ての者を見つけ、手間をかけられたリカルドは、不機嫌そうな表情でベルトランへと近寄る。
同じ国王と言っても、武闘派のリカルドと、ただの血筋で即位したベルトランではかなり対照的だ。
筋骨隆々のリカルドと中年太りしたベルトラン。
種族が違うだけで、これだけ違うのかと考えさせられたケイだった。
「ヒッ! や、やめろ! 獣風情が私に触れるな!!」
「あ゛っ?」
人族はよく獣人のことをこういう風に言う傾向がある。
しかし、会話のできない獣と一緒くたにされるのを獣人は嫌う。
その言葉を面と向かって言われたリカルドは、こめかみに血管を浮かばせた。
“パンッ!!”
「がっ!?」
リカルドが力を込めたら、ベルトランの頭は簡単に吹き飛ぶだろう。
腹を立ててもそれをちゃんと理解しているのか、リカルドはビンタを食らわすだけで済ませた。
しかし、そのたった1発でベルトランの頬は真っ赤に染まり、口の中が切れたのか、ベルトランは唇から血が流れている。
「黙ってろ! これからお前の公開処刑だ!」
「……………っ……」
見苦しく暴れるベルトランも、生まれてはじめてに近い痛みを受けて、完全に怯え切っている。
大人しくなったのなら扱いやすい。
ベルトランの両腕を後に組ませ、ケイの魔法の指輪から取り出したロープで縛り上げる。
その状態になったベルトランに前を歩かせ、地下室から出て行こうとした。
「な、何故私がこんなことに……」
部屋から出る直前、ビンタで頬が腫れたベルトランが呟く。
その様子は、この日までこんなことが起こるとは思ってもいなかったような口ぶりだ。
それはそうだろう。
攻め込んでいるリカルド自身、こんな風に自分の国の王都を何の前触れもなく攻め込まれるなんてことは考えられない。
ケイが転移魔法を使えると言い出すまでは……。
だから、ベルトランの気持ちも分からなくはなかった。
「うちの島にちょっかいかけたのがいけなかったんだ」
「1回で諦めていれば許していたかもな……」
その言葉に反応したのはレイナルドとカルロスだった。
たしかに、彼らが言うように、この強襲作戦は島に迷惑を受けた仕返しだ。
最初に何の交渉もなく攻め込んで来ただけでも不愉快なのに、2度目、3度目ともなると報復したくなるのも当然だろう。
「エルフに殺られるなんて……」
生きた人形と呼ばれ、何の抵抗もできないはずのエルフ。
それが常識だったのに、そのエルフに殺されると知ったベルトランは、自分の惨めさに言葉が出てこなくなった。
「行け!!」
そんなベルトランを押して、リカルドは地下室から出ていく。
「……………………」
最後に地下室を出たのはケイだった。
地下室からでる直前、魔導士たちが解こうとしていた封印の魔法陣が視界に映る。
魔法陣はいまだに半分だけ光ったままだ。
何故かその光が気になったが、どうせそのうち放出した魔力も拡散して、光も消えてしまうだろう。
なので、ケイは何も言わずにリカルドの後を追ったのだった。
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