第103話

「フッ……、馬鹿で助かった」


 時間は遡り、父であるベルトランを城から出さないように仕向けたサンダリオは、王族用の脱出路から何の妨害もなく城の外へと抜け出した。

 そして、自分の嘘をまんまと信じたベルトランのことを、蔑むように呟いた。

 サンダリオが出た場所は、城のすぐ近くにある墓地。

 その中でも、端の方にある古びた墓の下が通路に繋がっていたのだ。


「これで完璧だな」


 外に出たばかりのサンダリオは、すぐにその墓を破壊し、その瓦礫で通路の出口を塞ぐ。

 地下へと向かった父はともかく、城内に入った敵もこの通路のことをすぐに発見するだろう。

 追いかけて来られたら迷惑なので、とりあえず破壊しておいた。

 もしかしたら父のベルトランも逃げてくるかもしれない。

 それが分かっているのに、平気で通路を塞いだのは、完全に父を外へ出させないつもりだ。


「さて、行くか……」


 追っ手の可能性を潰したサンダリオは、安心して次の行動に移ったのだった。






「サンダリオ様!?」


「皆、集結ご苦労!」


 城の門付近には、王都内に散らばっていた兵たちが1ヵ所に集結していた。

 そこに、城内にいたはずのサンダリオが姿を現した。

 集まっていた隊長格の者たちは、膝をついて頭を下げる。

 それに対し、サンダリオは手を上げて応える。


「よくぞご無事で……」


 サンダリオの服は返り血を浴び、埃と土で汚れている。

 折角の豪華な服装がもったいない気もするが、それを見ただけで城内では激しい争いが起きているのだと兵たちは理解した。

 そんな中から出てきたサンダリオに対し、懐疑的な思いをしている者がほとんどだ。


「父が自ら囮になって隠し通路から逃がしてくれた。私だけでも逃げろと……」


 兵たちのその思いは理解できる。

 女遊びにばかりかまけ、これまで兵たちとの交流はほとんどない。

 そんなサンダリオを、王太子としてどうなのかと思っている者は多い。

 そして、そう思われているということもサンダリオ自身理解している。

 なので、平気で嘘をつく。

 自分で囮にしておいて、勝手にベルトランが囮を買って出たということにした。

 その方が、脱出できた理由としてすんなり理解されると思ったからだ。

 それをさも本当のように、そして悔しそうに話した。


「これより私は父の代理として指示を行う! しかし、私は荒事に関しては無知だ。意見を頼む」


「了解しました!」


 どうやら、サンダリオはペテン師としての才があるようだ。

 このように言えば、脳筋が多い兵たちは上手く乗ってくれるだろうと、自分を卑下して協力を求める。

 救ってくれた父のために、今までの行いを反省した王太子と言う姿を見せた方が、彼らは都合よく動いてくれると思っての発言だ。

 その考えは上手くいき、兵たちはベルトランの救出の指示権をサンダリオに任せることにした。


『これであの狸を終わらせる……』


 内心、サンダリオは父のベルトランを救う気はない。

 自分の好き勝手に国を動かしたいと思っているサンダリオは、ずっと父を亡き者にするチャンスを窺っていた。

 父が自分を見る目で期待していないことは理解していた。

 そのため、他に子をもうけようとしていることを察知し、実は密かに暗躍していた。

 王妃だった母はなくなっており、子ができるとしたら側室たちになる。

 警備が厳しく王に毒を仕込むことはできないが、側室たちに弱い毒を仕込む事ぐらいは可能だ。

 定期的に飲ませていたことが功を奏し、これまでが子ができることはなかった。

 実は、サンダリオは叔父の死にも関係している。

 子ができないことに焦りを覚えたのか、父は叔父に結婚を進めていた。

 その頃はまだクズの判定はされていなかったが、仲は完全に冷えきっていた。

 サンダリオが王になるには、叔父はきっと邪魔になる

 そう思ったサンダリオは、暗殺者を使って、叔父を密かに暗殺するように仕向けた。

 金を積んだだけあり、彼らは上手いこと叔父を体調悪化による死と父に思わせることに成功した。

 これで邪魔なのは父だけ。

 この機会は逃せない。

 その思いを表に出さず、サンダリオは兵たちに指示を出し始めた。


「セブリアン! 城内へ攻め込む前に、誰も出させないようにもっと周囲を包囲しろ!」


「はい!」


 はっきり言って、もう攻め込むには十分の包囲はできている。

 しかし、サンダリオは無駄に時間を使って突入時間を遅らせようとする。

 その方がベルトランが殺される確率が上がるという考えからだ。


「んっ? あれは!?」


 時間稼ぎは上手くいったようだ。

 周囲の包囲が強化されたと同時に、城のバルコニーにベルトランを連れた獣人が姿を現した。

 その横には、容姿が整った耳の長い男が立っている。

 あれが噂のエルフだろう。

 男に興味のないサンダリオは、エルフが高価値があろうとも興味が無い。

 繁殖の研究をしたいという思いはなくはないが、時間と金をかけて繁殖に成功し、女のエルフを手に入れられたとしても、自分が楽しむときにはもう男として不能の状態では何も面白くない。

 なので、エルフの捕獲なんてする気はない。


「おのれっ!!」『よしっ!』


〔薄汚い獣どもよ! 我が父上を解放しろ! 今なら命までは許してやってもいい!〕


 心の中では、父を捕まえた獣人とエルフを褒めつつ、周りの兵の目を気にして悔しそうに呟く。

 そして、すぐさま拡声の魔法で父の解放を求めるように叫ぶ。

 あの2人も、この状況では逃げることはできないと分かっている。

 父を殺害し、自分たちも自害するのが奴らの考えだろう。


〔これより獣人王国カンダルボスが同盟国、エルフの国アンヘル王国への侵略行為をおこなったリシケサ王国のトップであるベルトラン・デ・リシケサの処刑をおこなう!!〕


 なので、獣人たちがサンダリオの言葉を無視してきたのは予想通りだ。

 しかし、疑問が浮かぶ。

 自害覚悟にしては、攻め込んだ人間の地位が高い。

 王自ら攻め込むなんて、なんて馬鹿なことをしているのだろうか。

 この国と違い、ちゃんとした後継者がいるのだろうか。

 という思いが湧いてくるが、


「エルフの国……?」


 この言葉が気になる。

 父が攻め込ませて失敗した島は、もう国として成り立っているのかと思うのと同時に、わざわざ研究しなくても、そのうちエルフは数が増えるということだろう。

 わざわざ捕獲に行く意味なんてなかったのではないだろうか。

 それどころか、良好な関係を築いて密かに攫って来た方が楽なのではないだろうか。


『馬鹿親父が……、完全に失敗したな』


 父の策略の失敗によって、未来の儲けがなくなった。

 そのことについては、とりあえず置いておいて、


〔そんなことをしてみろ! この包囲された状況で逃げ切れると思うなよ!〕


 一応言い返すが、予定通りさっさと父を殺してもらいたい。

 この状況で脅すなんて、交渉としては最悪なのは分かっているが、サンダリオとしては当然の誘導だ。


〔我はエルフの国、アンヘル王国国王ケイ・デ・アンヘルだ! この場にてリシケサ国王ベルトランを処刑を執行する!〕


“パンッ!!”


『よしっ!』


 エルフが殺せるのかという思いがあったが、見たこともない武器でベルトランの脳天を撃ち抜いた。

 それを見て、父が死んだというのに、サンダリオは内心ガッツポーズする。


「おのれ生き人形に獣どもめ……、父上の弔い合戦だ!! 奴らを一人残らず殺せ!!」


「「「「「オォォーー!!」」」」」


 どうせあとは自害した獣人たちの始末くらい。

 そう思って、サンダリオは兵たちを煽って城へ突入させた。






「サ、サンダリオ様……」


「んっ? おぁ、セブリアン早いな……」


 サンダリオが敵の制圧完了の報告を待っていると、突入していったはずのセブリアンが早々に戻ってくる。

 しかし、思っていた以上に早い。

 もしかしたら、全員自害していたのかもしれない。


「敵が……、ぜ、全員……」


「あぁ……」


 サンダリオは、言い淀むセブリアンから「全員自害していました」という言葉が続くと思っていた。

 しかし、続いた言葉は違った。


「全員いなくなってます」


「………………はっ?」


 予想外の報告に、一瞬理解が追い付かない。


「馬鹿な……」


 そして、自分の目で確認をしに城内へと向かうと、報告通りの光景しかなかった。

 どこを探しても、獣人とエルフの姿は見えない。

 あるのはベルトランと城内を警備していた兵の亡骸のみだ。

 周辺にはいまだに兵たちが囲んでいるため、逃走経路はどこにもないはず。

 まるで霞のように敵が消えたことが信じられず、サンダリオはただ立ち尽くした。






「何故だ!?」


 玉座の前をうろつくサンダリオ。

 エルフと獣人による王都襲撃から数日、この出来事は王都内だけでなくリシケサ王国内に広まりつつある。

 同盟関係にある南のパテル王国はともかく、北と東にある国にこの事が広まるのは時間の問題だ。

 しかし、それはどうしようもないことなので気にしてはいないが、それよりもまんまと逃げられたことの方が問題だ。

 奴らが消えた方法が分からないが、逃げる方法があるというのであれば、また同じように強襲をしかけてくる可能性があるということだ。


「奴らはどうやって消えたというのだ!?」


「申し訳ありません。いまだ解明されておりません」


 目の前で報告をおこなっているセブリアンに対し、サンダリオはどうしても語気が荒くなってしまう。

 事件以降、兵たちは昼夜問わずエルフと獣人の行方と、使った逃走経路を捜索している。

 だが、何の手掛かりも見つけられず、セブリアンは頭を下げることしかできないでいる。


「捜索範囲を、城内から王都中へと移行しております。ですが、いまだ怪しい集団の発見はされておりません」


「クソッ! 何が起きたというんだ!? 全員姿がなくなるなんてありえないだろ!!」


 消えた方法も、あれだけの数の人間がどこに行ったのかということも分からない。

 折角王になったというのに、これでは心配で夜も眠れない。

 サンダリオは玉座に座り、何も分からないことにイラ立つことしかできなかった。






◆◆◆◆◆


「予定通りに行きましたな?」


「そうですね」


 少し時間は戻り、ベルトランの暗殺に成功したケイとリカルドたちは、リシケサ王国の王都から三日ほどの距離にある森の中に作った地下室で、体を休めつつ話をしていた。

 話の通り、王城を取り囲まれて、どこからも逃げ出せなくなったケイたちが転移魔法で脱出する。

 ケイたちを殲滅しようと城内に入った時には、もうそこはもぬけの殻。

 これで明日、明後日と、人数を分けてアンヘル島に帰れば作戦終了となる。


「できれば、我々がいなくなって慌てふためいているリシケサの奴らの顔を見たかったですね?」 


「ハハハ……、それもそうですな」


 ケイの言う通り、離れた場所に転移してしまっては、敵の驚く顔を見ることができない。

 さも、みっともない顔をしている所だろう。

 城に入ったリシケサ兵たちのみっともない姿を想像し、リカルドは笑いが込み上げてきた。


「しかし……、サンダリオに逃げられたのは失敗しでしたな……」


 リカルドの言う通り、今回の作戦の1番の目標は、ベルトランとサンダリオの殺害だった。

 大がかりな作戦に失敗はつきものとは言っても、そのサンダリオに逃げられたのは残念としか言えない。


「調査の期間が短かったことを考えれば、仕方がないのでは?」


 リカルドの言いたいことも分かるが、ケイが言ったように調査期間が短かった。

 その短い時間で、城の間取りなどの情報を集めた諜報員のハコボたちは、よくやったと思う。


「うむ……、そうですな」


 リカルドも、短い期間ながらにかなりの情報を得てきたハコボたちを認めている。

 しかし、それでも失敗は失敗。

 やっぱり、成功させておきたかったところだ。






「島に戻ってしまえばもう追っ手を気にする必要もない」


 翌日、翌々日に人を分け、ケイたちは島へと戻って来た。

 帰りは休憩日を入れずに戻るので、ケイたち転移魔法を使う者には結構負担がかかり、島に着くとかなりの疲労感が襲ってきた。


「ケイ殿、島の探検でもしにいこうか?」


「……すいませんが、疲労がきついので、今日はお相手するのには無理です」


 久々のアンヘル島に、リカルドは浮かれ気味だ。

 以前あげた釣竿も、こんなこともあろうかと持ってきていたらしい。

 随分用意周到だが、ケイは疲労で動きたくない。

 なので、ケイは丁重に断りの返事をした。


「失礼!」


「おぉ、美花殿」


 ケイとリカルドが話し合っていると、ケイの妻の美花が2人の下へ戻って来たのだった

 今回の作戦に不参加の状態の美花に、何か用事だろうかと考えていた。


「アレシア様から、仕事があるのでリカルド様たちはすぐに戻してほしいと言われております」


「えっ?」


 寝耳に水だ。

 久々にアンヘル島で遊ぶ予定が、一気に崩れ落ちて行ったのだった。 


「申し訳ありませんが、送らさせていただきます」


「そんな……」


「さすが母上……」「準備がいい……」


 どうやらリカルドの行動を読んでいたのかもしれない。

 今回の作戦に関わるのも少し否定的だったアレシアだが、さすがに1日くらいは勘弁してほしかった。

 そのがっかりを感じながらリカルド、エリアス、ファウストは王妃アレシアの意見に従い、がっかりしながら帰っていった。








「レイ! ちょっといいか?」


「んっ? 何だい?」


 作戦から数日後、ケイたちはまた平和の生活が戻って来た。

 島に乗り込んで来た敵のせいで、畑は潰されて食料の問題はある。

 しかし、ケイがカンタルボスの国で購入してくるという最終手段があるため、食料問題はどうにでもなる。

 それは一先ず置いておいて、ケイはレイナルドに声をかける。


「これからリシケサに向かおうと思う。転移魔法でちょっと送ってほしいんだ」


「えっ!? 何でまた?」


 王と王城内の兵たちを殺しただけでは、エルフが脅威だと思わせるのは難しいだろう。

 しかし、それはいいとして、ケイは思っていた事がある


「サンダリオを仕留めそこなったのが気に入らなくてな、ちょっとやってみたい事があるんだ」


 それはサンダリオの処刑である。

 かと言ってまたリカルドやカンタルボスの兵を使う訳にはいかない。

 ケイとレイナルドだけでは、どうにもできないのではないだろう。

 しかし、ケイには考えがある。

 その考えを、レイナルドに説明した。


「……なるほど、それならこっちが何もしなくてもリシケサ国内は大混乱だね」


 ケイの考えを聞いたレイナルドは、ちょっと面白そうなのでその作戦に乗っかることにし、転移の扉を出現させたのだった。


「じゃあ、ちょっと行って来るか」


「あぁ……」


 まるで近所に散歩にでも出かけるように、ケイとレイナルドは数日振りにリシケサへと転移していったのだった。


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