第97話

「な、何だとっ!? もう一度申せ!!」


 今から1週間ほど前、大量の資金と人員を使って送り出した帆船軍が戻り、兵から受けた報告にリシケサ王国の王ベルトランは驚きをあらわにした。

 小さな島を制圧するには過剰ともいえる戦力を投入したのにもかかわらず、戻ってきた答えが失敗でしたでは話にならない。

 しかも、エルフの捕獲まで失敗したというのだから、更に信じられない。

 何かの聞き違いということもあるため、ベルトランは報告に来た兵に対して、もう一度同じ報告を求めた。


「は、はっ!! 総勢3000のうち2600が、島の獣人や魔物によって命を落としました」


 すごい剣幕でもう一度報告を求められた兵の方は、生きた心地がしない状態で報告を始める。

 数を減らしたのは、はっきりいって魔物に殺られたのがほとんどだ。

 それも島の獣人たちにハメられたというのが原因なのだが、小さな島だと警戒が薄かったのが災いし、見事にその罠によって多大な被害を受けたのは痛かった。


「ぐぅ~……、それもだが、問題はその後だ!」


 それだけの数が殺られるなんて、それだけでも信じがたい。

 リシケサ王国は、他国に比べて魔物による被害が比較的少ないとは言っても、それは国の軍や冒険者によって未然に氾濫を防いでいるからだ。

 魔物と戦う訓練はある程度していたはず。

 それなのにもかかわらず、多くの兵が魔物に殺られたというのも腹が立つ。

 しかし、ベルトランが一番腹を立てているのは次の台詞である。


「セ、セレドニオ様、ライムンド様、共にエルフに敗れ戦死……」


「そんな訳があるか!?」


 その台詞に、ベルトランはすぐさま怒鳴り声を上げた。

 兵の方はというと、ただ聞いてきたことを報告しているだけで、自分が見たわけではない。

 なので、自分に怒りを向けられても困るのだが、ベルトランのあまりの表情に、冷や汗を大量に流しながらその場にとどまる。

 報告に来たこの男も、この話を聞いて信じられない気持ちだった。

 生き人形というイメージの強いエルフは、生物を殺すことを自ら強く律していたはず。

 それもあって、これまで人族たちはたいした苦も無く捕まえられるはずだった。

 昔の話だと、抵抗によって力加減を間違え殺してしまうこともしばしばあったということはセレドニオたちも知っていた。

 それでも間違って殺してしまう可能性はあったとしても、返り討ちにあうと言うようなことは毛ほども考えていなかった。


「セレドニオだけでなく、ライムンドも付けたと言うのに……」


 この国において最強を誇る海軍と陸軍の隊長が、エルフなどに負けるわけがない。

 2度報告されても、ベルトランは全然納得いかない。

 しかも、最悪なことに同盟関係にある南の隣国パテル王国に、ベルトランは絶対にエルフを連れてくると言ってしまっていた。

 それが、蓋を開けたら惨敗してしまいましたなんて、そんな恥、口が裂けても言うことはできない。


「此度の失敗が他国に洩れないようにしろ! 全帰還兵に箝口令をしけ!」


「はっ!!」


 箝口令を敷いたところで、負けて帰って来た事実を隠しきれるわけがない。

 ベルトランは、頭に血が上りそのうちバレるということを考えていないようだ。

 指示を受けた兵は、返事と共に頭を下げ、すぐに謁見の間から出て行ったのだった。


「おのれ! エルフごときが……」


 兵が出て行っていなくなると、ベルトランは苛立たし気に唇を噛み、拳を強く握りしめた。

 周囲にいる大臣たちは、八つ当たりを受けそうな雰囲気に声をつぐみ、ただ遠くを見つめていることしかできなかった。










「と、いうことがあったようです」


「ふ~ん……」


 普通の人族に変装し、王都へ進入をして情報を集めてきたハコボが、ケイが作った地下室に来てファウストへ報告をおこなった。

 ハコボたちの諜報活動は順調らしく、城内の進入まで成功しているようだ。

 王のベルトランに近付くことはできないでいるが、口の軽い兵士と仲良くなっているため情報が駄々洩れの状態だ。


「当然今回の遠征の失敗を隠すことなど不可能。町には噂が広がっており、他国からも馬鹿にされた書状が届いているようです」


「それはさぞかし腸が煮えくり返っているだろうな……」


 リシケサ王国は北と東の国と仲が良くない。

 しかし、川や湖によって隔たれているので、戦争にはならないでいるが、どちらも仕掛ける機会を窺っているのも事実。

 そんな中、リシケサが大惨敗したと聞いたら当然何かしらのちょっかいを出してくるのは当然だ。

 書状で馬鹿にして、喧嘩でも吹っ掛けてくるかどうかを確認でもしているのかもしれない。

 リシケサも隣国との間にきちんと軍を配備しているのだから、早々に戦争ということにはならないだろう。


「同盟国のパテル王国にも呆れられ、最近では隠すことも無駄だと知ったのか、海と陸の軍隊長の後任探しを大っぴらにして、てんやわんやしています」


「……泥船だな」


 同盟国にほぼ見捨てられた状態な上に、敵国は戦争の機会を狙っている。

 それに対抗しようにも、軍団長ができそうな適格者がなかなか決まらない。

 このまま放って置けば、わざわざ報復しなくてもこの国は潰れていきそうな気がしてきた。

 ファウストが言うように、まさに泥船状態だ。


「魔闘術を使えるものは4人しかおりません。しかも、島への遠征の選出から漏れる程度の実力しかないようなので、相手にはならないと思われます。城内は100人程といったところです」


「それならあっという間に占拠できそうだな」


 ケイたちは、その3倍以上の人数で城内に攻め込む予定だ。

 たいして強い者もいない上にその人数では、あっという間に計画完了してしまいそうだ。


「王都内の兵数は?」 


「2000程が分散しています」


 狙いとしては、王の暗殺。

 それが済めば敵の相手などせず撤退の予定だ。

 島に攻めてきた人数に比べれば少ないが、わざわざ相手にして危険な目に遭う必要もない。

 

「その兵が集まる前に撤退を終了しなけらばな……」


 その撤退も、ケイたちの転移があるため、ファウストは全く心配していない。


「他の王族は?」


 王の暗殺が一番の狙いだが、ついでに仕留められるなら他の王族も消してしまいたい。

 戦闘力の高い者がいなくなったうえに、王族までいなくなれば、もう他の国に潰されるだけだ。

 その結果、リシケサ王国はエルフと獣人に滅ぼされたとうわさを広げれば、他の人族の国もアンヘル島へ手を出してくるようなことは控えるはずだ。


「王妃は2年前に亡くなっており、王子が1人だけおります」


「どのような者だ?」


 数が少ないのはいいことだ。

 無駄に時間はかけたくないので、王とその王子を殺せば済む。

 あとはその王子の人となりが問題だ。

 同じ王子ということもあり、ファウストは少しだけそのことが気になった。


「……クズです」


「えっ?」


 尋ねられたハコボから出た言葉は、端的だった。

 端的すぎて、ファウストは思わず聞き返してしまった。


「勉強も剣術もダメで、昼間から女を囲って放蕩三昧。兵の中には馬鹿王子と呼ばれているそうです」


「そ、そうか……」


 ハコボの報告だと、唯一の王位継承権の持ち主であるがゆえに、大分甘やかされて育ったらしい。

 それもあって、傍若無人に振るまっているのだそうだ。

 昼間から酒に女とは、国王のベルトランは本当にそんな者に跡を継がせるつもりなのだろうか。

 もしも、自分の兄のエリアスがそんな人間だったなら、すぐにでも斬って捨てている。

 まぁ、エリアスも真面目過ぎて頭が固いところがあるが、それ以外は自慢の兄なのでそんなことするつもりはないが。


「そんなのでも王族だ。ちゃんと殺しておかなくてはな……」


 生かしてそのクズ王子に跡を継がせても、すぐに潰れるだろうが、見せしめのためにも殺しておいた方が良い。

 ファウストは、王と王子の2人を殺すことに決定した。


「今日から1週間後に建国祭が開かれるそうです。その時が狙い目かと……」


「分かった! 父上やケイ殿たちに伝えておこう」


 そんな祭りとなれば、王や王族が国民の前に出ない訳にはいかない。

 王たちの周りの警護は堅くなるかもしれないが、周辺国とのことを考えると王都に人を集める訳にはいかないだろう。

 数や強さが変わらなければ、多少固めただけの警備なんて父やケイなら簡単に蹴散らせる。

 その日を決行日にすることにしたファウストは、もう1ヵ所地下室づくりに行ったケイが戻るのを待つことにした。






◆◆◆◆◆


「お待たせしました」


「おぉ、ケイ殿……」


 妻の美花と次男のカルロスを連れて転移し、カンタルボスの王城へ来たケイは、王であるリカルドに謁見しに来た。

 リシケサ王都付近に作った地下施設には、ケイの息子であるレイナルドが見張りをしている。

 手が完全でなくても、レイナルドほどの戦闘力なら十分任せられるだろう。

 ケイが他の地点にも地下施設を作り、島に戻る時にファウストも一緒に戻って来た。

 そして、先に城へ送って来たので、作戦の概要はもう伝えられているだろう。

 現れたケイを見ると、リカルドは笑顔で招き入れた。


「準備に手間取ってすいませんでした」


「いやいや、とんでもなく早いですよ!」


 なんとなくリカルドの様子が待ち遠しかったように見えたので、もしかしたら準備が遅かったのだろうかと思ったケイが謝ると、リカルドの息子のエリアスが慌てるように訂正してきた。

 こんな短期間で数百人が身を隠せる施設を2つも作るなんて、普通不可能だ。

 戦闘力においては自信があるが、そういった物を作ることに関しては、獣人ではとてもケイたちに太刀打ちできない。


「彼らが我が国の精鋭だ」


「…………なるほど」


 今回の戦いには、カンタルボスの兵に手を借りておこなう予定になっていたが、集められた兵を紹介されたケイは、彼らを見て納得の言葉を漏らした。

 リカルドが言うように、ケイが密かに彼らを鑑定してみると、誰もが一筋縄ではいかないようなレベルをしているように思える。

 言葉の通り精鋭揃いだ。


「ファウスト殿に聞いているとは思いますが、行きも帰りも2度に分けることになります」


 近場への転移となれば魔力の消費も抑えられ、一度に多くの人数を連れて転移できるかもしれないが、この獣人大陸からケイたちの島までは、東へかなり離れている。

 更に、島からリシケサ王国までは、同じだけの距離東に行った距離にある。

 カンタルボスからリシケサへ、一気に飛んでしまうということもできなくないが、魔力の消費のことを考えると、それは控えた方が良いだろう。 


「今日と明日の2度に分けて転移したいと思います」


「了解した!」


 ケイと美花とカルロスでは、180人程が転移で連れて行ける数だろう。

 そのため、精鋭の彼らは、リカルドの指示によって人数を2組に分け始めた。


「では、今日半分、そして、明日に残り半分をアンヘル島へ送ります」


 翌日に響かず一度で連れていけるのは180人。

 集められたのは300人と少し、手間がかかるが数回に分けて移動することで、多くの兵が潜んでいることがバレる確率は低くなるだろう。


「アンヘル島からも2日かけ、今日から1週間後に王城へと乗り込みます」


「了解した。では……」


 息子のエリアスとファウストと共に計画を練っていたので、リカルドにとってケイの説明は、確認のために聞いているといったところだ。

 ここに集まった者たちも作戦のことは説明を受けているため、用意は整っている。

 説明も終わった事だし、それではアンヘル島へ行こうとリカルドが言おうとした時、


「……あなたたちは駄目よ! 決行当日に直接送っていただくように美花様に頼んであります」


 王妃のアデリアが待ったをかけた。


「いや……」「母上!?」「しかし……」


「書類が溜まっているの。ギリギリまで仕事をしなさい」


 リカルドと2人の息子は、すぐさま反論をしようとした。

 3人とも、ケイの島へ行って少しはのんびりした時間が過ごせるのではないかと、密かに思っていたのだが、それが完全に潰されたからだ。


「……わ、分かった」「……はい」「……分かりました」


 アデリアに言われたらこれ以上の反抗は無駄。

 3人は渋々と言ったような感じで了承をしたのだった。


「…………それじゃあ、皆さん集まってください」


 3人は、近くにいたケイに助けを求めてきているような視線を送って来ていたが、ケイにはどうしようもない。

 申し訳ないがその視線は無かったことにして、連れていく予定の兵たちに話し始めた。


「どうぞ、中に入ってください」


「「「「「はい!!」」」」」


 武器などは魔法の指輪を装着した輸送班が運ぶので、少しの鎧を纏っただけの兵たちがケイたちが開いた扉を通ってアンヘル島へと向かって行く。


「羨ましいな……」


「父上諦めましょう……」


 ケイの島へと行けて、1日はゆっくりできる彼らに、リカルドは小声で呟く。

 自分も一緒に行って、狩りなどして遊びたいところだ。

 しかし、アデリアの言うように仕事が溜まっている。

 本来はリカルドがやる仕事だが、エリアスが結構手伝っている。

 そのエリアスに言われては、さすがにリカルドも諦めるしかなかった。


「……では、また明日」


「……では!」


 半分の兵が扉を通って島へと向かったため、ケイたちもそのまま島へ戻ることにした。

 リカルドはいまだに残念そうな表情をしているが、どうしようもないのでケイは流した。

 そして、挨拶と共に軽く頭を下げ、早々に転移して行ったのだった。







「皆さん、3日後の食事から質素になります。今日は沢山食べてください」


 今日転移して来た者たちが集まった村の食堂で、ケイは彼らの前で話を始めた。

 3日後になればリシケサの王都近くの地下室で過ごし、ほとんど保存食で飢えをしのぐことになる。

 一応輸送班が食事も用意しているそうだが、美味い物をたらふくとはいかないだろう。

 なので、今日はこの島の料理で満足してもらいたい。

 そのため、彼らの前には数種類の料理が豪華に用意されていた。


「……こ、これが噂のアンヘル料理か……?」


「えっ? 噂になっているのですか?」


 一人の兵士が呟いた言葉に、ケイは思わず反応した。

 腕にはまあまあ自信があるが、そんな噂になっているとは思わなかった。


「この島に配属された者は、故郷に帰るのが嫌になると聞いております」


「そんな……」


 王であるリカルドが自慢のように話したのを聞いた者、この島の駐留兵が国に戻った時に話したことを聞いた者。

 耳に入った方法が人によって違うらしいが、この島の料理はかなり良い評判になっているらしい。


「まぁ、喜んでもらえるならいいか……」


 翌日、転移で連れてきた残りの兵も、食事になった時に同じ反応をしていた。

 あまり期待されるとハードルが高くなって困るが、ここの料理を気に入ってくれる者の存在はケイとしても嬉しい。

 食は強力な力を持っているのだなと感じたケイであった。


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