第96話

「たいして時間はかからなかったな……」


「そうね」


 転移魔法によってリシケサ王国の、ある町の近くの草原に移動したケイと美花。

 エルフのケイが聞き回ることもできないため、町で美花に聞いてもらって仕入れた情報をもとに、王都を目指して移動し始めた。

 美花は人族と言っても日向の人間なので少し珍しがられたが、あっさりと受け入れられ、何の苦労もなかった。

 一応、カンタルボスから情報収取のプロを連れてきているのだが、彼らが動かずに分かってしまったので、なんとなく微妙な空気になってしまった。

 だが、そんなことは些細なこと。

 方角が分かってからは、数日で王都までたどり着いた。


「この森なんか良いんじゃないか?」


「そうですね。王都からそれ程離れていないし良いかも知れないですね」


 ケイの提案に諜報員の一人、ハコボが頷きながら返事をする。

 今ケイたちが潜んでいる森は、魔物もたいして強いのがいないうえに、王都が目に見える距離にある。

 ここから一気に門へと向かって行けるので、攻め込むにはちょうどいい距離だ。

 他の者たちも賛成をしたため、ケイはここを拠点にすることに決定した。


「ここからは我々の仕事になりますね……」


「みんな気を付けて行って来てください」


 王都内の情報を収集するのは、ハコボたち諜報員の仕事になっている。

 彼らは変装もできるので、普通に見ただけでは獣人だとバレることはないだろう。

 とは言っても、危険なことには変わりない。

 これからその任務に行こうとするハコボたちに、ケイは注意を促しておいた。


「それでは……」


 ケイが心配してくれているのが分かっているので、彼らは感謝の意味を込めて頭を軽く下げると、リシケサの王都へ向かって行ったのだった。


「さてと……、美花は一旦島に戻って、レイを連れて来てくれるか?」


「了解よ」


 転移の魔法が使えるのはケイと美花とカルロスだけ、レイナルドも手が治ればすぐに使えるようになるとは思う。

 まだ完治には至っていないだろうが、ケイがこれから行う作業を手伝ってもらいたい。

 そのため、美花に連れて来てもらうことにした。


「じゃあ、行って来るね」


「あぁ」


 ケイと軽く挨拶を交わすと、美花は転移していなくなった。


「…………始めるか」


 一先ず1人になったケイが今から始めるのは、地下室づくりだ。

 ここは王都からも近く、出現する魔物も弱い。

 そうなると、初心者冒険者などが依頼を達成するのにちょうどいい場所になる。

 ここに獣人たちを転移させて来るにしても、数が多くては見つかってしまう可能性が高い。

 そのためにも、連れてきた獣人たちを隠すための場所が必要になる。

 それをケイが作ることにしたのだった。


「ここら辺なら大丈夫だろう……」


 少し行った先に水場があり、王都方面だけ少し視界が開けている。

 ここなら冒険者の接近にも気付け、姿を隠すのも容易な場所だと言える。

 そのため、ケイはここに地下室を作ることに決めたのだった。


「ケイ! 連れてきたわよ」


「あぁ、ありがとう」


 ケイがどれほどの大きさの地下にするか考えている所へ、美花がレイナルドを連れて戻って来た。


「美花は戻ってていいぞ」


「そう? じゃあ、そうするわ」


 ここからの作業はケイとレイナルドの担当。

 美花もケイに教わったので土魔法を使えるが、魔力の量がケイたちに比べると少ない。

 そのうえ、転移で魔力を使っているのでちょっと疲れているだろう。

 もしものことを考えると美花が心配なので、ケイはこの報復作戦で戦わせるつもりはない。

 ここから先は、しばらく美花の出番がないので、村に帰って孫たちの相手をしていてもらいたいところだ。

 美花も昔に比べると戦闘に関わろうとはしなくなったので、むしろ孫たちと一緒にいることの方が楽しいようだ。

 そのため、ケイに村へ戻っていいと言われた美花は、あっさりとそれを受け入れ、挨拶もそこそこに転移の扉を閉めたのだった。


「……始めようか?」


「……あぁ」


 あまりにあっさりした美花の態度に、なんだか置いてきぼりを食らったようなケイとレイナルドは、少し間が空いて目を合わせると、地下室づくりを開始したのだった。


「最初にレイが大雑把に穴を掘ってくれるか?」


「あいよ!」


 ケイの指示に、レイナルドは素直に従う。

 そして、左手を地面にかざすと、地面にゆっくりと穴が開いて行ったのだった。

 空いた分の地面の土は、穴の周囲へと積もっていった。

 土が山になった状態であると、関係ない者がここに来た時に不審に思われるので、誤魔化すようにケイは周辺に撒き散らす。

 大雑把と言ってはいたが、エルフの血を引くレイナルドの魔力制御はケイに次ぐ実力だ。

 右手の回復が終わっていないため、微妙にコントロールがズレると言っても、この程度のことならあまり気にしなくても使いこなせる。

 そのため、レイナルドが作った穴は、かなり綺麗な形に整っていて、十分な大きさに出来上がった。


「あとは任せる」


「あぁ」


 ここでバトンタッチし、レイナルドが開けた部分をケイが強化していく。

 これなら地震が起きても崩れることがないだろう。


「よし、完成だ」


 その後、開けた穴の上に天井を作り、簡易的な地下室の完成した。

 ここの魔物はたいして大きいものがいないので、これで平気だ。

 もしも巨大な魔物が現れたとしても、ケイなら襲われる前に対処できるため、これでカンタルボスの獣人たちを連れて来ても大丈夫だろう。


「じゃあ、俺は手の再生してるわ」


「あぁ」


 地下室内の簡単な装飾をしたあとは、何もすることがなくなった。

 そのため、レイナルドは残りは指だけとなった再生をおこなうことにした。

 治ってもらって、転移が使えるようになれば、この作戦にとっても有利になる。

 そのため、ケイはレイナルドの再生に期待し、完成した拠点を確認してもらうために、ファウストを迎えに向かったのだった。






「ここなら大丈夫そうですね……」


 ケイとレイナルドが即席で作った地下施設へ来たファウストは、中の様子を見て感心したように呟いた。

 リシケサの王都へ攻め込むにもちょうどいい距離のため、文句のつけどころがない。

 それに、ファウストはケイたちの行動の速さに内心驚いている。

 獣人の彼らは、その身体能力から魔力をコントロールするということが苦手だ。

 身体能力だけでも十分強いのだから、戦闘面において構わないのだが、魔力のコントロールが苦手ということは、魔法も苦手ということになる。

 なので、ケイたちのように、何もない所に地下室を作ろうとした場合、人海戦術でもかなりの時間を要することになる。

 しかし、魔法が使えるケイたちにかかれば、あっという間にできてしまうというのだから驚きだ。


「ここに何人連れてくるんですか?」


 問題は、攻め込む人数だ。

 できる限り多くの軍勢で攻め込みたいところだが、そうなると問題は撤退時の時だ。

 王都を急襲し、混乱状態のうちに王城へ侵入。

 城内の者を制圧し、王の暗殺をおこなって、近隣の町から敵兵が集結する前に撤退をする。

 それが大まかな作戦だが、数が多い場合、撤退時に逃げるのにも苦労することになる。

 ケイたちの島へ転移して逃げるなら、数には限りがあるからだ。

 取りあえず、ケイは今連れてくる予定の人数を聞いておくことにした。


「そのためにお聞きしたいのですが、転移魔法が使える人間と、人数はどれくらいですか?」


 ケイに尋ねられたファウストだったが、それを答えるために、質問で返してきた。

 作戦を練るために、それらの情報が必要なのだろう。


「ここから島までなら、俺が100人、美花が30人、レイが60人、カルロスが50人ってところですかね……?」


 問われたケイは、転移魔法を使える人間と魔力量を計算した大体の数字をファウストへ教えた。

 正確にはレイナルドはまだ手が回復していないし、転移の魔法も使えないのだが、手が治りさえすればすぐにでも転移魔法を使えるようになると思っている。

 なので、使えるようになったことを前提としての数を計算した。 


「総勢240人ですか……」


「美花は当日参戦しないので、島へ戻るなら210人ですかね……」


 美花の仕事は、リシケサ国内への転移。

 それももう済んだので、これ以上今回の戦いに加わってもらいたくない。

 それが分かっているため、ファウストもケイが言った数で計算することにした。


「……たしか、転移魔法は距離が近ければ魔力の消費も少ないのですよね?」


「えぇ……、そうですけど……」


 ファウストの言う通り、転移魔法は距離や転移させる者(物)の数などによって変化する。

 ケイが先ほど言った人数も、リシケサからケイたちの島までの転移ができる人数だ。

 リシケサからカンタルボスまで直接連れてくるとなると、その半分くらいの人数になるかもしれない。

 何が知りたいのか分からないが、ケイはとりあえず答えを返した。


「ここから2、3日程度の場所に転移した場合、人数は増やせますか?」


「……なるほど」


 ファウストの提案を聞いて、ケイは言いたいことが分かった。

 王都からの撤退時に島に直接帰るとすると、連れていける数は210人にしかならないが、王都から近場へ転移するのならば、数はもっと増やせる。

 転移して、どこに行ったのかも分からないようになってしまえば、追っ手の心配も少なく、数回転移することでみんな撤退できるということだ。

 その場合なら、島への転移に美花の手伝いを借りてもいいかもしれない。


「そうなると、俺が140人、レイが100人、カルロスが90人って所ですかね……」


 ざっと考えて出した数は、総勢330人。

 直接島へ帰るよりも120人多く連れていけることになる。

 王都なので、この人数でも少々不安が残る所だが、カンタルボスの国王のリカルドが参戦すると言っていたことを考えると、恐らくは大丈夫だろう。


「それなら、他にもここと同じような地下室を作りにいかないといけないですね……」


「どこか目星のある場所があるのですか?」


 ここは王都に近いため、攻め込むにはいいかもしれないが、ここに数日隠れていられるか分からない。 見つかったらどうしようもないので、他に転移できる場所を作る必要がある。

 そう考えて、ケイは提案した。

 そのケイの口調が、もうどこに作るか考えているような感じだったため、ファウストは問いかけた。


「美花が最初に転移した町の近くに山があり、そこなんか良いと思いまして……」


 美花によって、この王都の西側にある町の付近への転移し、リシケサ王国に進入したケイ。

 それがここから3日程度の距離だ。

 そこの近くには山があったことをケイは思いだした。


「距離的にもちょうどいいし、まさか王都から離れた山の中に隠れているなんて、気付く者もいないでしょう」


「そうですか。では、そこにここと同じ施設の建設をお願いしてもいいでしょうか?」


 敵からしたらいきなり現れ、いきなりいなくなった者たちを探すのに、離れた場所を探すようなことは考えないだろう。

 それだけ転移の魔法の使い手は希少なのだ。

 使える人間が4人も揃っているケイたちのアンヘル王国が特殊と言って良い。

 

「分かりました」


 ここと同じ地下施設を作ることを頼まれたケイは、レイナルドと共にすぐさま転移をしていなくなった。


「……敵には回したくないですね」


 ケイがいなくなったところで、ファウストは独り言のように呟く。

 そう思っても仕方がない。

 今回の報復作戦は、相手を替えればどこの国を相手にしても通用するかもしれない。

 それこそ、カンタルボス王国が相手だったとしてもだ。

 ケイとリカルドの仲はかなり良好なので、そのようなことにはならないかもしれないが、エルフは長命。

 ファウストの兄であるエリアスが王位を継いだ時、もしものことを考えたら寒気がした。

 兄が王となった場合、支えるつもりでいるファウストは、今後ケイたちとは敵対しないようにしなければと、心の中で密かに考えていたのだった。


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