第7章

第95話

 人族に攻め込まれたが、何とか追い返すことができたケイたち。

 それから1か月経ち、一応前のように平和な島に戻ったことを伝えに、ケイはカンタルボス王国のリカルド王に会いに来た。


「えっ? 今なんと?」


 報告をしたケイに対し、リカルドは思わぬ提案をしてきた。

 それを聞いたケイは、自分の耳を疑うようにリカルドへ聞き返した。


「ケイ殿たちの島に攻め込んで来た、たしか……リシケサ王国と言っただろうか?」


「はい……」


 3度の襲来で、島のみんなも嫌でも覚えてしまった。

 そのため、リカルドの問いに対し、ケイはすぐに返事をする。


「奴らに報復をしておこうと思ってな……」


「…………………」


 やはり、聞きなおしても同じ内容だった。

 ケイはリカルドの言っている意味が分からず、返す言葉が見つからなかった。

 もちろん、言っている意味は分かっている。

 意味というより、理由が分からなかった。


「我々にそのつもりは無いのですが?」


 ケイが言うように、こちらから攻め込むということは考えたこともなかった。

 もしもまた攻め込まれるようなことがあった場合、ケイ自身の考えとしては、敵の数次第では島の放棄をすることに躊躇しないと思っている。

 たしかに、転生してから何十年もこの島で過ごしてきたので、愛着のようなものはある。

 だが、島のみんなの命に比べれば、たいしてこだわるような事ではない。

 簡単に攻め込むと言うが、そもそもそんな兵が島にはいない。

 カンタルボスから来ている駐留兵は、数はたいした人数ではないし、以前のように戻ったと言っても、食料等のことからまだ増やせる状況でもない。

 攻め込めるという発想が、ケイの中で浮かばないのは当然である。


「それは駄目だ。また攻めてくる可能性がある」


 素直に自分の思いを告げたケイに対し、リカルドは難色を示す。

 人族はしつこい国が多い。

 獣人大陸にもちょこちょこ面倒事を持ち込んでくるので、一度ガツンとやらないと、再度ここへ攻め込んでくる恐れがある。

 今回はなんとかなったが、次は滅ぼされるかもしれない。


「それに、完全にケイ殿たちエルフがいるとバレたのだ。リシケサだけでなくて他の国も狙ってくるかもしれないぞ」


 リシケサだけがエルフを狙っているのではない。

 人族大陸の東側はともかく、西側に位置する国はどこも狙ってくる可能性がある。

 そんなのいちいち相手にしていたら、カンタルボス王国でも身がもたない。


「これを期に、エルフはエルフでも昔とは違うと知らしめた方が良いのではないか?」


「なるほど……」


 たしかに、人族の国はリシケサだけではない。

 リシケサが、追い返されたという恥を他国へ知られないようにするとは思うが、人の口に戸は立てられない。

 きっとそのうち、他の国に知られることになるだろう。

 もしかしたら、もう知られている可能性もあるかもしれない。

 そう考えると、リカルドの言うことも正しい。


「軍はうちが出す。ケイ殿とレイナルド殿とカルロス殿には恐怖を与える象徴として参戦してもらいたい」


「……分かりました。帰って相談した後、また訪問させていただきます」


 あまり気ノリしないが、いつ、どこの国が攻めて来るかもしれないと怯えて暮らすより、一発キメて2度と関わりたくないと思わせる方が得策だろう。

 軍もカンタルボスが出してくれるようだし、取りあえず、島に帰ってこのことを相談して決めた方が良いだろう。

 そう思い、ケイはこの話を持ち帰ることにした。


「出来れば早めに決めてもらえるとありがたい」


「分かりました」


 リシケサの撤退という恥が他国へ知れっ渡っていけば、今度は自分たちがと思う国が準備を始めるだろう。

 その準備には時間がかかるとは言っても、国の経済力によってどれだけの期間でできるか分からない。

 そう考えると、準備を始める前や、大量投資をして後戻りできなくなると言うようなことになる前に攻め入るのがいい。

 リカルドの言うように、速く決断した方がいいことだ。

 ケイもそのことが分かっているので、すぐに了承した。


“バンッ!!”


 話はひとまず終わり、次はいつケイたちの島に遊びに行けるだろうかとボヤくリカルドをなだめたりと、たわいもない話をした後、ケイがそろそろお暇しようとした。

 そこへ、ケイたちがいる執務室の扉を勢いよく開けて、1人入室してくる者がが現れた。


「ケイ様!!」


「おやっ? どうもルシア嬢」


 入室者はリカルドの娘のルシア王女だった。

 ルシアの目当てはケイだったようで、パタパタとケイの近くへ駆け寄って来た。

 リカルドとの仲がまた良くなったからか、彼の子供たちもケイと話す事が増えてきた。

 それは彼女も同じだ。


「コラッ! ノックもせずに入ってくるとは失礼だろ!」


「ひっ!? すいませんケイ様、お父様」


 ケイなら探知で気付くし、仲良くなったこの国で強襲されるようなことはないと信頼している。

 しかし、ノックも無しに入って来たのは、王女としてたしかに良くない。

 ちょっときつめにリカルドに怒られたことで、ルシアは体を縮こまらせた。


「まぁまぁ、リカルド殿、私は気にしませんから……」


 こんな可愛い入室者なら、ノックなんて気にしない。

 子供が好きなケイは、穏便に済ませようとリカルドをなだめた。

 だからと言って、ケイはロリコンではない。


「ったく……」


 客人であるケイが許しているので、リカルドとしてはそれ以上ルシアを叱れなくなる。

 軽く不満げな顔のまま、リカルドはルシアから目をそらした。


「私に何か?」


「今日はラウルは来てないのですか?」


 リカルドの怒りも一応治まったので、改めてルシアに入室の理由を尋ねると、帰ってきた答えはケイの思った通りだった。

 カンタルボスに避難している間に、美花はレイナルドの息子のラウルをリカルドたちに紹介していた。

 エルフのクウォーターのラウルは、特徴の長耳はなく、人族と同じ耳をしている。

 しかし、獣人のハーフなので、母の特徴である尻尾が生えている。

 ただ、エルフの特徴が全くないという訳ではない。

 幼いながらに容姿は端麗だ。

 それが要因という訳ではないとは思うが、年齢の近いルシアはラウルのことが気に入ったようで、短い間だがよく一緒にいたらしい。


「……すいません。今日は連れてきておりません」


「そうですか……」


 ケイの返答に、ルシアはあからさまに落ち込む。

 随分とラウルのことを気に入ってくれているようだ。

 そんなに落ち込まれると、ケイはなんとなく申し訳なくなる。


「次来るときには連れてきますよ。よろしいですか? リカルド殿」


「う、うむ。ケイ殿がよろしければ……」


 娘がこれ以上失礼なことをしないか心配なのだろうか、リカルドは急に口数が減っていた。

 ケイの問いに対して、慌てたように返事をした。


「ありがとうございます! ケイ様! お父様!」


「あっ! コラッ! 走るな!」


 聞きたいことが聞けて嬉しくなったのだろう。

 ルシアは嬉しそうに礼を言うと、部屋から出て行ったのだった。

 そこでも室内を走るという失礼なことをし、リカルドはルシアへ声をあげる。


「ケイ殿……」


「はい?」


 子供は元気なのが一番。

 ちょっとお転婆そうだが、そのうちルシアもマナーができるようになるだろう。

 ケイは走っていくルシアをそのまま見送った。

 すると、リカルドがケイに真剣な顔で話しかけてきた。

 何か良くないことでもあったのかと、ケイは首を傾げた。


「ラウル坊にうちのルシアはどうかだろうか?」


「…………………」


 突然の言葉に、ケイは本日の2度目の思考停止に陥った。


「えっ? 今なんと?」


 たしかに、ルシアはラウルを好いている様ではあるが、まだ子供の恋心でしかない。

 もしかしたら、すぐに心変わりするかもしれない。

 そのため、ケイは聞いていなかったように、またも2度聞きをすることになったのだった。








「やった! 兄さんに勝ったぞ!」


「くそっ!」


 居住区の海岸で、カルロスは喜び、レイが悔しがる。

 何が起きたかというと、カルロスがレイナルドより先に転移魔法を使えるようになったのだ。


「手がまだ直ってないから、操作の感覚が微妙にズレるんだよ!」


 転移の魔法は、距離によって難易度が変わる。

 乗り込んで来た人族との戦いで、レイナルドは片手を失った。

 再生魔法で治療中なのだが、肘から先が無くなっていた腕も、今は後は手首から先だけにまで回復している。

 完治まであと少しといったところだ。


「レイはもうちょい手を治さないとな……」


 ケイも側にいたのだが、レイナルドの言っていることは良い訳ではない。

 たしかに手がなくなり、細かい魔力の制御が微妙にずれている。

 レイナルドは、ケイと美花に戦闘の英才教育を受けてきたため、ここまでの大怪我をした事がない。

 そのため、微妙にコントロールが上手くいっていない感じだ。


「カルロスにも手伝ってもらおうか?」


 島のみんなに、リカルドから報復の提案を受けたことを伝えたら、みんなあっさり賛成をしていた。

 カンタルボスの軍がほぼ動いて、ケイたち側は3人だけでみんなは普段と変わらず島で過ごすだけなので、参戦する3人のことを心配はしても、自分たちのことは特に気にしていないようだ。

 その報復の下準備を、カンタルボスのリカルドと話し合うのだが、転移もできるようになった事だし、カルロスもかかわらせるかとケイは美花に相談した。


「あの子まだまだだからダメ!」


 ケイの相談に、美花はピシャリと反対した。

 ちょっとカルロスが可哀想だ。

 しかし、それも仕方がない。

 今回の戦いで、簡単に捕まったのは事実なのだから。


「安全なことでなら使ってもいいけど……」


 下準備には危険な役割もある。

 カルロスにそれを任せるには色々と心許ない。

 しかし、転移が使えるなら何か役があるだろう。

 安全なことだったら、カルロスを使うのもありかもしれない。


 




「まずはリシケサに侵入しないといかんな……」


 ラウルのルシアの結婚の話は一先ず置いて置き、ケイたちの島へ攻め込んで来たリシケサ王国への報復作戦が、カンタルボスの王城で話し合われていた。

 同盟国とはいえ、ケイたちの島が攻め込まれて来た報復を、カンタルボスが手伝う意味はそれ程ない。

 カンタルボス国王のリカルドが、ケイたちの島が気にいっているというのもあるが、そこを乗っ取られて人族側の拠点にされることが面倒だ。

 獣人族大陸へちょこちょこ問題を吹っ掛けてくる人族たちにとって、ケイたちの島はちょうどいい中継地点になる。

 乗っ取られたら獣人族たちには面倒極まりない。

 そうならないためと言うのと、人族へ報復するちゃんとした理由ができるチャンスを待っていたというのもある。

 数が多いだけに、人族はやたらしつこい。

 だから、一度分からせてやりたいという思いがあった。

 今回は絶好のチャンスだ。 


 報復するにも準備が必要。

 そのためには、ケイたちが重要になって来る。

 そもそも、報復をしようと思ったのも、ケイたちの転移魔法があるから思いついたことでもあるからだ。

 まずは敵国を調べることから始める必要がある。


「じゃあ、俺と美花の2人で行って来よう」


 人族大陸の記憶があるのはアンヘルで、ケイの記憶と言うのとはなんか違う気がするが、今回はその記憶が役に立つ。

 と思ったが、


「じゃあ、私が送るわ。王都はないけどリシケサには行ったことがあるから……」


 ケイの転移でリシケサへ行くとなると、アンヘルの記憶を利用して、まずパテル王国に行ってから北のリシケサ王国へと入る事になる。

 しかし、それだと入国の審査があった場合、ケイがエルフとバレて捕まる可能性がある。

 ならばと聞いたら、美花はリシケサに行ったことがるらしい。

 どういう国なの詳しく聞きたいところだけど、美花も人族大陸でのいい思い出がないらしく、あまり言いたくないような表情をしていたので、ケイは聞かないことにした。

 どんな国なのかということは、転移してから自分の目で見ればいい。

 なので、美花の転移で向かうことになった。


「お願いする。くれぐれも安全に注意を……」


「分かりました」


 美花が転移できる場所は、王都からかなり離れた場所になるらしい。

 そうなると、王都近くまで行くには徒歩になる。

 距離がどれくらいだか分からないので、もしかしたら数日かかるかもしれない。

 その間、ケイがエルフだとバレないように行動しなければならない。

 十分に注意が必要だ。


「ケイ殿! 彼らが一緒に行く諜報部隊の者だ」


 リシケサに行くのはケイと美花だけではない。

 王都内を調べるために、諜報に長けた者も一緒に連れて行くことになっている。

 リカルドはその諜報員を紹介してくれた。

 一緒に行くのは精鋭の5人。

 彼らはみんな黒装束で身を隠しているので、どんな種族なのかも分からない。


「あぁ、あなたはいつもリカルド殿の側にいる人ですね」


「っ!?」


 ケイの何気ない言葉に、指を差された一人は目を見開く。

 目だけは隠しようなくケイにも見られているので、諜報の者が感情を出すのは良くない。

 すぐにそれを思いだしたのか、指差された彼もすぐに感情を殺した。


「……やはり、ケイ殿は気付いていたか……」


 初めて会った時、玉座の間の中はリカルド家族とケイたちしかいなかった。

 だが、さすがに警戒していたケイの探知に僅かに反応があった。

 彼の隠形はなかなかのもので、ケイも注意しないと見逃すところだった。

 結局、彼は何もして来ないようだったため、王族の護衛をしているだけだったようだ。

 リカルドも、ケイ程の実力ならもしかしたら気付いているのかもしれないと思っていたが、やはりそうだったことに溜息を洩らした。


「しかし、やはり魔力探知に対しての技術がもう少しかも知れないですね……」


「ケイ殿並みに探知が出来るものがそんなにいるか?」


「たぶんいないから大丈夫よ」


 ケイの探知に引っかかるということは、もしかしたらリシケサに侵入した時にバレる可能性がある。

 そんなことになったら、ケイたちもバレるかもしれない。

 しかし、ケイの探知ははっきり言って普通じゃない。

 ケイを基準にしていたら、諜報員なんてこの世に存在していない。

 リカルドのもっともな意見に、美花は呆れたようにツッコんだ。 


「もしもの時は、我々は自害も辞さないつもりで……」


「そんなの駄目だ!」


 彼らが捕まった時には、掴んだ情報を敵に知られないように自害する覚悟もできている。

 それがこの国に忠誠を誓った者の常識だ。

 しかし、あっさりと死を口にしようとした彼に、ケイは少し大きめの声で否定する。


「あなたたちも同じ人間だ。ギリギリまで生きることを諦めてはいけない」


「……分かりました。最後まで足掻くように致します」


 たしかに情報を敵に知られるわけにはいかない。

 だからと言って、自害してしまうのはケイとしては納得いかない。

 死んででも仲間のことを守る。

 それが、アンヘルを生き延びさせてくれた父と叔父のことを思いださせ、胸が苦しくなる。

 彼らが命を落とすとこを、ケイは見たくない。

 そのため、ケイは思わず大きな声を出してしまった。


 彼らも決して無駄に死ぬつもりはない。

 この仕事は命を落とす可能性が高いため、その覚悟が必要というだけだ。

 しかし、ケイが自分たちのことを心配しての言葉だと分かるので、素直に受け入れたのだった。


「条件はリシケサ王都の近郊で一軍が隠せてバレにくいというところの探索。それと王都内の情報収集だ」


「「「「「了解しました」」」」」


 狙いとしては、王都付近で軍を隠し、一気に攻め出て王城を制圧。

 その後、王の首を刈るというのが理想だ。

 そのための拠点と情報収集。それをするために彼らはケイたちと転移することにしたのだった。



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