第98話

「行くぞ!」


「「「「「おぉ!」」」」」


 転移によって、カンタルボスの精鋭約300人が、ケイたちが作ったか室内に揃った。

 念のためここで1日過ごし、ケイたちの魔力も回復状態で準備万端だ。

 リシケサ王国の建国祭の今日、国王であるベルトランの挨拶により開始の合図になる予定だ。

 地下室の出口へ向かうと、リカルドが声を潜めつつ一言告げる。

 それだけで、全員が気合いの入った表情で低い返事と共に頷きを返す。

 それを合図に、ここに集まった者たちは地下施設の出口から飛び出し走り始めた。

 体力温存のために馬などの乗り物を用意したいところだが、馬を転移させるのにも魔力を消費する。

 とてもではないが用意できない。

 所詮、リシケサの王都はすぐ側なのだから別に用意する必要はないだろうと、連れてくることはなかった。


「んっ?」「なんだ?」


 馬がいなくても、獣人の彼らの足の速さはかなり俊敏。

 あっという間に王都の入場門に接近していった。

 今日が建国祭だというのもあり、入場しようとする者たちが列を作っている。

 それを捌いていた数人の兵が遠くに目を向けると、一塊の集団がこちらに向かって来ていることに気付いた。


「おいっ!!」「なっ!?」


 しかし、その集団が列を無視して物凄い勢いで門へと向かってくる。

 侵入者だと気付いた兵たちは、慌てて武器を取り迎え撃とうとした。

 門の側にある守衛所内にいた者たちも、向かってくる集団の足音に異変を感じて外へと出てきた。


「獣人!?」「なんでこんなところに!?」「しかもこの人数……」


 人族大陸にいる獣人は、大体が奴隷にされた者たちだ。

 しかし、向かって来る彼らは奴隷の首輪も紋章もあるように見えない。

 そんな者たちがこれほどいることが信じられず、兵たちは焦ったような声を漏らす。


「おいっ!?」「あそこにいるのは……」


 ワイルドな顔立ちが基本の獣人たちの中に、見た目の美しい者たちが紛れている。

 その者たちをよく見てみると、その見た目と共に目を引く場所があった。

 耳が長い。


「エルフだ……、エルフだ!!」


 門を守る守衛たちの一人が、大きな声をあげる。

 幻となったはずの種族の出現に、最初は信じられないように呟いたが、こちらに近付くにつれて核心へと変わった。

 その者の言葉を聞いて、兵たちは色めきだった。

 捕まえれば地位も名誉も思いのままになるという、生きた人形が向かってきている。

 それにより、兵たちは気合いの入った表情でそれぞれ武器を構えた。


「邪魔するものは容赦しない!! 死にたくなければどけ!!」


「がっ!?」「うっ!?」


 まだ離れているが、この距離ならケイたちには問題にならない。

 門なんかで足止めされていたら、計画に支障が出る。

 欲にくらんだ目をしている兵たちへ、ケイはホルスターから抜いた銃を撃ち放つ。

 ここでの容赦は無意味。

 そうリカルドに言われていたため、ケイは立ち塞がる兵たちの頭に容赦なく風穴を開ける。

 ケイの攻撃によって兵たちがあっさりと全滅させられたため、リシケサ王国は王都に獣人たちの侵入を簡単に許してしまったのだった。






「早くしろ! サンダリオ!」


「何だよ? 親父……」


 時間は少しさかのぼり、王城では建国祭の開始の挨拶をする予定である王のベルトランと息子のサンダリオが揉めていた。

 市民が集まっているというのに、今年もサンダリオが寝坊したためだ。

 しかも、どこから連れてきたのか分からないが、城内では見たことも無いような女性との情事による寝坊だ。

 身元のよく分からない女には手を出すなと言い聞かせていたのにもかかわらず、まるで無視するようなことを平気でする息子に、怒りばかりが積み上がってくる。 

 できれば他の者に王位を継がせたいところなのだが、王位継承権がある者がこの愚息しかいないことが更にイラ立たせる。

 ベルトランには王妃と側室は合わせて3人いた。

 サンダリオの母である王妃は、病により命を落とし、側室には子がなかなかできないでいる。

 もしかしたら、ベルトランには子種が少ないのかもしれない。

 ベルトランには弟がいたのだが、いい年こいて独身でいた。

 自由が一番とかいって、ベルトランの推薦する女性をことごとく断っていた。

 こんな息子に継がせるくらいなら、その弟に継がせたいところだったが、その弟も5年前に原因不明の体調悪化によって命を落とした。

 こんなことなら王命と言う力を行使しても、どこぞの娘と結婚させて子を作らせておくべきだった。 


「今日は建国祭で市民の前に顔を出すと言っただろ!」


「ヘイヘイ……」


 毎年のことだというのに、自分が何故起こされたのか分からなかったサンダリオは、不機嫌そうに父について歩いていく。

 その髪は寝ぐせでボサボサ、服もボタンがズレて付けられ、とても王子らしからぬいでたちをしていた。

 建国祭と聞いたサンダリオは、全く興味なさそうに父に返事をした。


「行くぞ?」


「あいよ……」


 市民が王の顔を目にできる数少ない機会なだけに、このベルトランの挨拶は結構人気がある。

 その挨拶をするバルコニーに出る扉の前で、ベルトランは寝ぐせと服装を使用人に直してもらったサンダリオに声をかけた。

 そして見た目だけは王子となったサンダリオの姿を確認したベルトランは、開け開かれた扉を通って、市民が待つバルコニーへと進んで行ったのだった。


「国王陛下!」「万歳!」「サンダリオ様!!」


「おっ? あの女いいな……」


 威風堂々と見せるためか、ゆっくりと手を振りながら足を進めるベルトラン。

 その数歩後ろを同じように手を振りながら付いて行くサンダリオ。

 顔は少し前と違い、王子らしくビシッとした表情をしているが、やはり色ボケは色ボケ。

 サンダリオは市民に聞こえないように女性の査定をして呟いた。

 それもベルトランに一瞬睨まれたことで、サンダリオは大人しくするしかなかった。


「皆の者! 今年も今日という日を迎えられ嬉しく思う」


 ベルトランは去年同様の言葉を話し始める。

 それを何とか作り笑顔で終わるのを待つサンダリオ。

 はっきり言って、あくびを堪えるのがしんどい


「んっ!?」


 ダラダラ話す父のベルトランから視線を遠くに向けると、何やら王都内が騒がしくなっているように思えた。

 祭りだからという考えもできるが、それとはなんとなく違うように思える。

 それがどんどんと近付いてくるのを感じながら、サンダリオはただジッとそちらの様子を見ることにした。


「……何だ!?」


 サンダリオだけでなく、このテラス周辺に集まって来ていた市民や演説をしていたベルトランも、何やら町中が騒がしいことに気付き始めた。

 とは言っても、何が起きているのか分からない。

 ベルトランは演説を中止して、近くの兵に目配せをする。

 それによって一人の兵が動き出し、様子を見に向かって行った。


「獣人だ!!」


 その兵はすぐに戻って来た。

 慌てたように走ってくると、大きな声をあげる。


「獣人が攻めてきたぞ!!」


 まさかの発言に、集まった者たち全員が一瞬固まる。

 それに対して、兵はもう一度何が起きているのかを短く説明した。


「なっ!? 獣人の王都襲撃だと……」


 一瞬固まっていたのは、王のベルトランも同じだ。

 王都襲撃なんて大それたことが、何の兆候も見せずに突然襲いかかって来たのだから仕方がない。


「おいおい……」

 

 なんとなく騒がしい感じがしていると思ったが、まさかの強襲にサンダリオは顔を青くした。

 こんなことをするくらいなのだから、何か目的があるのだろう。

 その目的が何なのかは、色々と考えられるが、一番可能性の高いものが考えつく。

 それは、自分たち王族の暗殺だ。


「こんなとこにいる訳にはいかない……」


 そのため、サンダリオは他のことは気にせず、踵を返してテラスから城内へと向かい出した。

 襲撃が鎮圧されない限り、建国祭などと言っている場合ではない。

 もうここにいるのは敵に狙われるだけなので、市民や父のことなどどうでもいい。

 そんなことより自分の身を守るために、避難を開始したのだ。


「皆のもの避難せよ! 王都の警備兵よ。侵入者を始末せよ!!」


「「「「「ハッ!!」」」」」


 サンダリオがいつの間にかいなくなっていることに気付かず、ベルトランは王らしく指示を出し始めた。

 獣人の集団が海を渡って来たとか、どこかに集まっているとかいう噂なり情報が耳に入っていたならば、そんなのは早々に討伐隊を編成して送っていたはずだ。

 しかし、そんなことは自分の耳には入って来ていない。

 どうやって集まったのかは分からないが、王都には祭りの警備のために多くの兵が配備されている。

 それらが集まれば、獣人の集団であろうと潰せるはずだ。


「城門は閉めろ! 中に獣人の1匹たりとも侵入させるな」


「ハッ!!」


 今日は建国祭ということで入城を許したが、中には獣人のスパイも混じっている可能性もある。

 集まった市民を全て城から追い出し、ベルトランは城に立てこもることにした。

 敵が城内に入れずにいれば、王都の兵たちの集結によってすぐに鎮圧できるはず。

 サンダリオとは違い、腹の座ったようなどっしりした態度で、ベルトランは城内へと入って行った。






「ファウスト殿! 城門が閉まったとのことですが?」


 リシケサの王城を目指して走っていたケイたちとカンタルボス王国兵たちだが、思っていた以上に王都内の兵の集まりが早い。

 とは言っても、一気に大量に、という訳ではなく少しずつ増えているといった感じなため、ケイたち襲撃犯は苦もなく王都兵を倒していく。

 王城へ迫る中、市民たちは家の中へと逃げて行った。

 逃げる者の中には、王城へ逃げようとした者もいたのだが、王城は城門が閉まっているとチラホラ言っていた。

 この可能性は考えられたため、何か策があるのだろうと思っていたケイは、作戦を立てたファウストに問いかけた。


「ハコボたち諜報兵が城内に潜入しています。我々が近付けば彼らが開けてくれることになっています」


「なるほど……」


 襲撃の機会を伺うために、潜入調査をおこなってくれたハコボたち、彼らによって今日が一番決行に適しているということになったのだ。

 彼らの高い隠密性なら、心配する必要はないだろう。


「よっ!」


 ファウストの話を聞いたケイは、ならばと高い建物に上り、ケイたちや獣人たちがいる所に集まって来ている兵がいるか眺めた。

 すると、多くの兵が色々な所からこちらへ向かって来ていた。


「……急ごう!! 思っていた以上に集まりが早い!!」


「「「「「おうっ!!」」」」」


 こんな時なのでいちいち敬語を使っている場合じゃない。

 彼ら獣人はカンタルボスの兵なので、指示を聞く必要はないが、ケイは自国の王であるリカルドと引き分けるほどの戦闘力の持ち主。

 それだけでも一目置かれているのだが、リカルドとの仲が良いということも噂になっている。

 王が認め、実力もある。

 強さを重視しがちな獣人なら、わざわざ反抗するようなことはしない。

 ケイの指示を受けた者たちは、走る速度を上げ、一直線に王城へと向かって行ったのだった。






[我々はエルフの国、アンヘル王国と同盟国カンタルボス王国の者だ!!]


 王城にたどり着くと、ケイはファウストに小さい紙を渡された。

 音量拡大の魔法を使って、その紙に書かれていることを城内の者たちへ届かせてくれと言われ、ケイは素直に従った。


[我々の島へ何の交渉もなく攻め込んだことは許せん!! 今日はその報復に来た!! 大人しく王族の首を差し出せ!!]


 自分たちの狙いは王族だと知らしめ、非戦闘員は相手にしないと遠回しに伝える。

 これで、少しでも向かってくる敵が減ってくれることを願った。


「エルフだと……?」


 玉座の間で椅子に腰かけ、獣人制圧の報を待っていたベルトランだったが、外から聞こえて来た大きな声に耳を疑った。


「エルフがどうやってここまで来たと言うのだ!?」


 エルフには、つい最近煮え湯を飲まされた。

 新島の発見と、そこにエルフがいるという情報は、王都にいる兵には広がっていた。

 それらを手に入れるべく、大船団を用いて動いたにもかかわらず多くの兵が死に、生き残った者たちも逃げ帰って来たということもすぐに広まってしまった。

 箝口令を引いたにもかかわらずそうなったため、ベルトランはその噂を口に出した者を片っ端から捕まえて牢にぶち込んだ。

 それによって、とりあえず鎮圧に向かい出したというのに、まさか逆襲を受けるとは思ってもいなかった。

 これではまた噂が再燃する。

 またもイラつかせることをしてきたエルフに対し、ベルトランは怒りを椅子の肘掛けを殴ることで抑え込もうとする。 

 所詮、城門が開かなければ奴らは兵たちに制圧される。

 そのため、それを高みの見物をして気を晴らそうと思ったのか、ベルトランはすぐに怒りを抑え込んだ。


「へ、陛下……」


「何だ……?」


 このまま黙って待っていれば、制圧の報が届く。

 そう思っておとなしく紅茶を飲んでいたベルトランの前に、一人の兵が走って来た。

 真っ青な顔をして、言葉が詰まり、何が言いたいのか分からずベルトランは首を傾げる。


「城門が開かれました」


「……な、何だと!?」


 ベルトランは、またも一瞬固まった。

 城内に入れなければ、獣人なんてどうにでも出来ると思っていたのに、それがあっさりと覆った。

 侵入されたと分かったら、こんな所でのんびりしていられない。


「くそっ!!」


 ベルトランは、せっかく抑えた怒りが再燃し、そのまま玉座の間から飛び出して行ったのだった。


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