第89話
「随分舐めた口をききやがって……」
「武器を増やしたからって調子に乗るなよ!」
たしかに、目の前のエルフの放つ魔力は危険な雰囲気を醸し出しているが、2人が恐れるほどのものでは無い。
その程度で舐めた態度を取られたことに、2人ともカチンと来た。
2人は魔闘術の魔力を上げて、武器を構えた。
“パンッ!!”“パンッ!!”
「速い……」
「しかし、その武器の特性は理解している」
ケイの銃撃によって戦いは始まった。
セレドニオとライムンドは、レイナルドと戦った時のように左右に分かれ、ワイドに動くことでケイの視線を惑わせようとする。
「武器が増えても目は増えないだろう?」
人間の目は2つしかない。
右を見ながら左を見ることなどできない。
それを利用しての戦術だ。
「もらった!!」
武器が増えても、レイナルドの時の戦法は通用する。
案の定2人はジワジワとケイに近付いて行った。
そして、とうとうライムンドがケイの死角に入り、一気に距離を詰めてきた。
“スッ!”
「っ!?」
背後から槍で突きさ氏に向かったライムンドだが、ケイに迫ると違和感を感じた。
ケイの右手の銃口が、左手の脇の下から背後に向けられていた。
つまり、背後を見ずにライムンドへ攻撃できる体勢になっていたのだ。
“パンッ!!”
「がっ!?」
「ライムンド!!」
背後を見ずに撃たれた弾丸は、接近していたライムンドを弾き飛ばした。
それを見て、セレドニオはライムンドが殺られたと思って大声を上げた。
しかし、当のライムンドはごろごろと何回か後転してから起き上がった。
「運の良い奴め……」
起き上がったライムンドを見て、ケイは小声で呟く。
その言葉通り、ケイが放った弾丸は、体の前に出していた槍に当たってライムンドの命を救ったのだった。
三叉の槍の湾曲した左右の刃の内、片方が弾丸を弾いて折れていた。
武器にも魔闘術をしていてその結果となると、直撃した場合でも、ただでは済まないということになる。
それを考えると、2人は寒気がしてきた。
ケイからすれば、視界に頼らなくても探知を使えば問題ない。
小さい頃から、常に使うように心がけてきたことでケイの探知の能力はかなりの高精度だ。
それを使えば背後を見ずに撃つことなど造作もないことだ。
「セレドニオ! 全開で行くぞ」
「あぁ……」
挑発に乗ったという訳でもないが、2人はここまではある程度本気を出していた。
しかし、今の状態でこのエルフと戦っていると、怪我をするかもしれない。
そう思ったライムンドは、セレドニオに全力全開で戦うことを提案した。
セレドニオも分かっていたのか、そりにすぐに返事をした。
「「ハッ!!」」
セレドニオたちはさっきよりも魔力を上げ、更にそれを圧縮するようにして身に纏う。
明らかにこれまでより能力が上がったように感じる。
「行くぞ!!」
「あぁ!!」
魔力が上がっても、戦闘方法は変わらない。
2人は接近戦に誘い込むように、さっきと同じように左右に分かれて移動する。
魔力が上がったからか、2人は先程よりも動きが速い。
「近付かせない!」
“パパパパンッ!!”
「くっ!? この速度で連射できるのか」
「面倒な武器だな……」
レイナルドの時とは違い、銃の威力も速度が高く速い。
それが連射のようになって、自分たちに飛んで来る。
2人はケイに近付こうとするが、銃弾を躱すのに気を使い、なかなか近付くことができない。
「ライムンド無理して近付かなくてもいいぞ」
「? 何でだ?」
交差して左右を入れ替える時、セレドニオはライムンドに小声で呟いた。
このエルフを倒すのに、そんなことをしていて何の意味があるのか分からず、ライムンドは素直に問いかけたのだった。
「時間がかかれば兵が集まってくる」
「なるほど、そうすれば俺たちが無理しなくてもいいてことか」
ケイに撃たれて何人も死んでしまったが、数人は生き残った。
その彼らがそのうち多くの兵を連れて戻ってくるはず。
そうすればケイを囲んで潰せる。
だから、今無理をする必要がないのだ。
「このままではだめそうだな……」
この展開はケイにとっては良くない。
仲間を待つつもりの2人は、なかなか攻めてこなくなった。
このままでは戻ってきた兵によって逃げることも出来なくなる。
そう思ったケイは、銃の連射を止めた。
「……父……さん?」
ケイがセレドニオたちと戦っている時、磔にされたのままのレイナルドは、遠くで繰り広げられているその戦闘がテントの隙間から辛うじて見えることができた。
見張りの兵は、目の前で繰り広げられている戦闘を見ているため、レイナルドたちのことはもう完全に忘れ去られているようだ。
「動きが……鈍い?」
レイナルドは父の動きに違和感を感じる。
あの2人の単体としての実力はレイナルドと同等、もしくは僅かに上かもしれない。
それが2人だからと言って、父ならあっという間に仕留めることができるはずだ。
それがなかなかできないということは、父は何か問題を抱えているとしか思えなかった。
「……ま、まさ…か!?」
いつもなら圧倒的な魔力でねじ伏せるはずなのに、それをしていないことに、レイナルドはあることが思い至った。
自分たちは、島を捨てて脱出する予定だった。
つまり、本来ならもうとっくにカンタルボスに移動している時間帯だ。
もしかしたら、先にみんなだけ送って、捕まった自分たちを助けにここに来たのかもしれない。
そうなると、かなりまずい。
大人数を長距離移動させるのに魔力はかなり削られているはずだ。
そんな状態では、あの2人には勝てないかもしれない。
大声を上げて父に見捨ててくれと言いたいところだが、殴られて顎の骨が折れているのか、顎に力が入らず上手く声が出せそうにない。
そのため、レイナルドはただ願うことしかできなかった。
父だけでも助かってほしいと……。
「んっ? 諦めたのか?」
「これだけ撃っても当たらないのだからそれも仕方ないか?」
2丁拳銃での攻撃を止めたケイに、ライムンドも足を止める。
セレドニオも同じように思ったのか、納得したように話をする。
たしかに銃による攻撃は、2人にはもう通用しないように思える。
このまま続けても、他の兵が集まって来て捕まるのがオチだ。
早々に諦めておとなしくしているのが利口な判断だ。
“フッ!!”
「っ!?」
しかし、ケイが諦めてと思ったとしたらそれは2人の早合点だ。
ケイは消えたように移動して、あっという間にライムンドの懐へと入っていた。
油断をしたつもりはないのに懐に入られたライムンドは、慌てて槍を動かそうとした。
“ドカッ!!”
「うぐっ!!」
「ライムンド!!」
ライムンドの槍がケイに向かって突き出される前に、ケイの肘打ちがライムンドの腹に入る。
それを見たセレドニオは、ライムンドを助けに向かおうとした。
「っ!?」
“パンッ!!”
その姿を見ることなく、ケイは左手の拳銃をセレドニオに向けて発射する。
助けに向かおうとしたセレドニオだったが、その攻撃で近付く事を阻止された。
「てめっ!!」
肘打ちを受けたライムンドは、少しよろけるもすぐに体勢を立て直し、ケイへと攻撃をしようとした。
「っ!?」
その時には目の前に銃口が向いていた。
それが銃口だと気付くまで、ライムンドはまるで一瞬時間が止まったような感覚を覚えた。
「おわっ!?」
“パンッ!!”
弾が発射される直前、ライムンドはギリギリで躱すことに成功する。
いや、完全には躱せてはいなかった。
咄嗟に避けはしたが、左の耳の先が吹き飛んでいた。
「こっ……」
“バキッ!!”
耳を怪我し、ケイを睨みつけようとしたライムンドだったが、ケイは銃撃を避けられると予想していたのか、ライムンドが避けた方向に右ハイキックを放っていた。
それが見事にライムンドの顔面にヒットし、そのままライムンドは吹き飛んで行った。
「貴様!!」
ライムンドの相手をすれば、セレドニオが空いてしまう。
攻撃中には銃撃はできないだろうと、セレドニオはケイとの距離を一気につめ、そのまま片手剣でケイに斬りかかった。
“ガキンッ!!”
「なっ!?」
しかし、セレドニオの剣を、ケイは2丁の拳銃をクロスさせて受け止める。
これほどの武器をそんな雑な扱いすると思っていなかったのか、セレドニオは驚きの声をあげた。
「うっ!?」
武器を止められたセレドニオは、一瞬隙だらけになる。
そこを逃さず、ケイは鳩尾目掛けて蹴りを放つ。
それをくらったセレドニオは、飛ばされはしたがしっかりと着地をして腹を抑えた。
「蹴りが入る直前に後方に飛んだか……」
思ったより、セレドニオへの攻撃が入った感触を感じなかった。
それを不思議に思ったケイだが、思った以上に飛んだセレドニオを見て納得したように呟いた。
ケイが言ったように、セレドニオは攻撃が入る瞬間、自ら後方に飛ぶことで威力を抑えたのだ。
「お、おのれ……」
しかし、セレドニオは自分が思っていたよりも腹へのダメージが重いことに歯噛みした。
休憩中に飲んでいた紅茶を、リバースするかと思うような威力だった。
「接近戦が得意のようだな……」
「……だったら?」
たしかにケイは接近戦を得意だと思っている。
カンタルボス王国のリカルド王のような人間でない限り、そうそう負けるとは思っていない。
何か考えがあるようなセレドニオの言葉に、ケイは挑発的に返す。
「俺たちも得意な方でな!!」
言葉を言い終わると同時に、セレドニオはケイへと接近する。
“パンッ!!”
「なっ!?」
「接近戦
接近戦を挑んで来たのはケイなのにもかかわらず、それに応じたセレドニオへ返って来たのは近付かせないための弾丸だった。
ケイからしたら、得意だからって接近戦ばかりする訳ではない。
敵の心理を読み、遠距離・近距離の攻撃で相手を翻弄する。
リカルドのように接近戦の化け物のような相手の場合は、離れて戦うのが一番だが、この2人相手なら両方生かして戦う方が、自分のペースで戦うことができる。
これでなんとか早く倒せればいいのだが、
「この野郎!!」
セレドニオの相手をすればライムンドが空く。
耳の先を吹き飛ばされ、顔面を蹴られ、耳と口から血を流しながらライムンドはケイへと迫る。
血を流してはいるが、ダメージはそれ程でもないような足取りだ。
「こっちは防御力が高いのか?」
顔面を蹴った時、ケイが思った感想は硬いだった。
まるで石でも蹴ったのかと言うような感触をしていた。
それによって、ケイはライムンドをリカルドのように頑丈な人間だと認識した。
「チッ!!」
リカルドの顔がチラついたからか、ライムンドのことを面倒な相手と認識したケイは、舌打をしつつ2丁の銃を向けて連射した。
「舐めんなよ!!」
「っ!?」
右手に槍を持ったまま近付いて来ていたライムンドだが、飛んで来る弾丸に対して左手を前に出した。
そして弾丸が当たる直前に、左手に付けた魔法の指輪から小さい盾を取り出し、ケイの弾丸を防いだ。
ただ、弾は盾にめり込み、ケイの直前に着くころにはその盾は砕け散った。
「くらえ!!」
自分の間合いまで近付けたライムンドは、槍を構えて力を溜めた。
「連突撃!!」
技の名前なのだろうか、それを叫ぶと同時にライムンドは高速の刺突を連撃してきた。
「くっ!?」
この男は、怒りで我を忘れているようでちゃんと考えているようだ。
手に持つ短い銃では防ぎづらく、ケイは所々小さな傷を負った。
「っ!?」
槍が繰り出される僅かな瞬間を狙って、ケイは銃口をライムンドへ向ける。
それだけでライムンドは攻撃を止め、後方へと退避する。
防御か回避に意識が向いていたため、攻撃をする余裕がなかったが、銃口を向けただけで引いてもらえたのは、ケイにとってラッキーだった。
どうやら銃の威力を見せておいたのは正解だったようだ。
「俺たちの攻撃も通用するようだな……」
「あぁ……」
所々怪我を負ったケイを見て、ライムンドたちは僅かに笑う。
これまで何もさせてもらえなかったが、接近してしまえば通用することが分かったからだ。
「面倒だな……」
たいした怪我ではないが、相手を調子に乗せてしまったのは事実だ。
有利に進めて相手の心を折れれば楽だったのだが、やはりそう思い通りには進まないようだ。
まだそれほど動いていないにもかかわらず汗を掻いたケイは、一言呟いて頬の汗を拭ったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます