第90話

「ハッ!」


「くっ!?」


 セレドニオの剣がケイの肩を掠める。

 遠距離戦をしていては無駄に時間がかかるため、接近戦を選んだのはケイの方だ。

 だが、圧倒的に有利という訳ではない。

 2人の攻撃が僅かにだがケイに掠り、傷の数を増やしている。


「がっ!?」


 剣を振って体制が崩れたセレドニオに対し、ケイは反撃に出る。

 セレドニオの顔面に蹴りを叩きこもうと、左足を上げる。

 すると、セレドニオは左腕を上げてその蹴りを受け止める。

 そのままケイが銃口を向けると、セレドニオはバックステップして距離をとった。

 蹴った感触からすると、恐らく防いだ左腕はヒビが入ったのではないだろうか。

 その証拠に、セレドニオは左手を体で隠すようにしている。

 ケイの銃撃の方は警戒されているので2人には当たらないでいるが、打撃攻撃の方は躱しきれず直撃しているため、2人は怪我が増えてきている。


「オラッ!!」


「っ!?」


 セレドニオの相手が一旦済んだと思ったら、今度はライムンドが槍を振り下ろし、斬りかかって来た。

 ケイは体を半身にしてそれを避ける。


「ハッ!!」


「くっ!?」


 攻撃を避けてもライムンドの攻撃は続き。体重の乗った拳がケイの顔面に迫る。

 ケイはそれを腕を上げて防ぐ事に成功する。

 しかし、かなりの威力の拳に、防いだ腕が軽い痛みと共に痺れる。


「くらえやっ!!」


 腕が痺れて手の動きが鈍い。

 それがバレていたのか、ライムンドはそのまま槍で突きを放ってきた。


「ぐっ!?」


 体を回転させて躱そうとするが、ケイは躱しきれず三叉の槍の残ったていた横の刃で横っ腹を浅く斬られる。


「このっ!!」


「うごっ!?」


 避ける時の回転の力を利用して、ケイは回し蹴りを放つ。

 それがライムンドの腹に入り、吹き飛ばした。


「くぅ……」


 2人と距離がとれたことで、ケイは斬られた横っ腹を抑えて顔を歪める。

 傷は浅いとは言っても、2人相手に体中を少しずつ怪我を負わされ、ケイの服は赤く染まってきている。

 ケイの攻撃も当たっているので、2人も弱ってきてはいるが、ケイの動きの方がどんどんと鈍くなってきているように思える。


『くそっ!! 魔力が足りない。やっぱり考えが甘かったな……』


 魔法が得意なエルフの一族。

 距離を取って強力な魔法を放って敵を討つのがセオリーなのだが、現在のケイは魔力がかなり減っている。

 60人程の人間を長距離転移したことで、いつもの10分の1もない状態だ。

 できる限り省エネモードで戦っているが、この2人相手にこれではさすがに無理があったのかもしれない。


『何か、いい方法がないか……』


 このままでは、2人に勝てるかどうかは微妙だ。

 例え勝てたとしても、すんなり他の兵たちが引いてくれるかは分からない。

 魔力が尽きれば、ケイは普通の兵の1人と同等程度の戦力しかなくなる。

 その状態で囲まれれば、あっという間に捕まるか殺されるだろう。

 できる限り魔力をつかわず、今の戦力を維持できないかと、ケイは頭をフル回転させていた。


「ハッ!!」「ダリャッ!!」


「……ったく、考える時間を寄越せっての!」


 交互に向かって来ていたセレドニオとレイナルドだが、アイコンタクトでもしたのだろうか、2人同時にケイへと接近してきた。


「ハッ!!」


「っ!?」


 迫り来る途中、ライムンドは魔法を放った。

 ただの魔力球のため、ケイはその攻撃を不思議に思う。

 その程度の魔力球が効くとでも思ったのだろうか。

 しかし、魔力球はケイの足下の地面にぶつかり、土煙を舞わせた。


「ハーッ!!」「くらえっ!!」


 狙いは土煙で視界を遮っての攻撃かと思ったが、それは通用しないことは分かっているはず。

 何をする気なのかとケイ思っていると、途中で足を止めた2人は魔力を合わせて魔法を放ってきた。

 無数の氷の棘のような物を作り出し、それをケイに向かって放出してきた。

 ケイと息子たちには簡単にできる魔法だが、人族が氷魔法を使うのは結構難しいらしい。

 2人が出したこの魔法も、ライムンドが水を出して、それをセレドニオが冷やすといった、2人の連携があっての魔法のようだ。


「ぐあぁっ!?」


 躱そうにも、今のケイの魔力では躱せるほどの速度が出せない。

 それでも魔力を多く出して、懸命に防御を高める。


「ハハハ……」


「その両手では自慢の武器も使えまい?」


 魔法攻撃の結果を見て、ライムンドは笑顔を見せる。

 その後のセレドニオが言ったように、ケイの両手には氷の棘が貫通し、両手がもう使えない状況になっていたからだ。

 メイン武器である銃を落としていないのが不思議なくらいだ。


「万事休す…………か?」


 この状態では足しか使えない。

 魔力も少ないなか、これ以上この2人と戦う術が思いつかない。


「これ以上は戦えまい? 私たちに怪我を負わせたのは許しがたいが、貴様は貴重なエルフだ」


 セレドニオの言いたいことは分かる。

 どうせ国に連れて帰って奴隷なり、実験なりするつもりなのだろう。


「命ばかりは奪わないでやろう。今すぐ魔闘術を解け!」


「まぁ、ちょっと腹いせはさせてもらうがな……」


 セレドニオと違い、ライムンドは何発も殴られたりしたことを許すつもりはない。

 回復師もいることだし、ハーフの2人同様に、いたぶるつもりでいるようだ。


「……………………」


“フッ!!”


 2人の言葉を聞いたケイは、俯いて少し考えた後、痛みで震える腕を動かし銃をホルスターにゆっくり戻すと、纏っていた魔力を解除したのだった。


「……今度こそ諦めたか?」


「分からんぞ。捕まえるまで気を抜くな……」


 ケイが魔闘術を解いたことで、戦うことを諦めたのかと思ったライムンドだが、一度同じように思って痛い目にあったため、セレドニオは注意を促した。

 警戒を解かないために、魔闘術は発動したままケイに近付いて行った。


「…………思い出した」


「「?」」


 俯いたまま無言でいたケイだったが、2人が近くまで寄って来たときに、一言ボソッと呟いた。

 その言葉の意味が分からず、セレドニオたちは顔を合わせて首を傾げる。


「……何を考えている?」


“フッ!!”


 様子がおかしいと感じたセレドニオは、近付く足を速めてケイを捕まえようと手を伸ばす。

 しかし、その手はケイに触れることはできなかった。

 手が届く寸前、ケイが姿を消したからだ。


「っ!?」


「どこ行った!?」


 これには、セレドニオだけでなくライムンドも慌てた。

 ケイが動いたであろうはずなのに、全く反応ができなかったからである。

 周囲を見渡すが、ケイの姿を見つけられない。


「思った通りだ……」


「「っ!?」」


 声がして反応すると、ケイはいつの間にか2人から離れた位置に立っていた。

 見失っていたほんの一瞬に、そこまで距離を取られたとは考えられない。

 しかし、笑みを浮かべて眺めているケイを見て、得たいの知れない恐怖が2人に襲いかかってきた。


「な、何なんだ?」


「奴は何をしたんだ?」


 目の前のエルフが何をしたのか分からない。

 ただでさえ手強かったというのに、これ以上何かしてくるということだろうか。


「お前らは知らなくて良いんだよ!」


「っ!?」


 先程までいた場所からまた消えたと思ったら、ケイはいつの間にかセレドニオのすぐ隣に立っていた。


“バキッ!!”


「がっ!?」


 ケイの声に驚き顔を向けると、その時にはもう蹴り足がセレドニオに迫っていた。

 その蹴りに反応することができず、セレドニオは剣を持つ右腕がへし折れ、剣をその場へ落としてしまった。


「セレドニオ!!」


 仲間をやられてようやく動けたライムンドは、セレドニオの側に立つケイに向かって走り出した。


「遅い!」


「っ!?」


 しかし、ケイは今度はいつの間にかライムンドの懐に入っていた。

 ライムンドが目を見開いて驚くと、セレドニオ同様ケイの動きに反応できなかった。

 

“バキッ!!”“ボキッ!!”


「うがっ!?」


 ケイは左足でライムンドの右腕を蹴り、続いて右足で脇腹に蹴りを入れる。

 どちらの攻撃も当たった瞬間に鈍い音が響く。

 それにより、ライムンドは苦悶の表情へと変わる。


「な、何で……?」


 痛みで蹲りながら、ライムンドはこの不可解な現象をケイに問いかけた。

 魔闘術を使っていた時、このエルフと自分たちはほぼ互角のように戦っていた。

 なのに、魔闘術を解いた今の方が速度も攻撃力も上がっている。

 何故そのようになるのかまるで理解ができない。


「教えるわけないだろ?」


 冥土の土産になんて気持ちはケイには存在しないため、当然ケイは自分が何をしてるのか教えない。

 大怪我を負わされた相手に、情報の1つだって教えてやる義理はないのだ。


「この野郎!!」


「っ!?」


 ライムンドに更なる攻撃を加えようとしたケイへ、左手で落とした剣を拾ったセレドニオが突きを放ってきた。

 両手潰したと思っていたが、セレドニオの左手はヒビが入っていただけで完全には折れていなかった。

 そのため、痛みを我慢して何とか攻撃してきたのだ。

 これにケイは慌てた。

 ある戦闘方法を試して成功したのだが、まだ慣れていないことが仇になった。

 この技術を使うのに、魔力は放出しない状態でいるのが通常だ。

 つまり、探知の魔法も使っていない状態のため、セレドニオの攻撃に反応が遅れた。


「がはっ!?」


 体をひねってセレドニオの攻撃を躱そうとするが、剣はケイの腹に突き刺さった。

 それにより、ケイは口から血を吐いた。


「ごのっヤロウ!!」


“バキッ!!”


「…………っ……」


 セレドニオの左手の骨にヒビの入った状態だったのがせめてもの救いだったらしく、剣先が刺さっただけで済み、即死は免れた。

 だが、刺された場所からは大量の血が噴き出し、大怪我なのは間違いない。

 怪我の腹いせに、ケイは血が出るのも構わずセレドニオの顔面に蹴りを入れた。

 その攻撃によってセレドニオの首の骨が折れたらしく、おかしな方向に顔を向けたまま倒れていった。

 それを見届けると、ケイは出血のし過ぎからか足がふらつき、膝をついた。


「セレドニオォォーー!!」


 首が折れたが、セレドニオはまだ辛うじて生きているようで、ピクピクと痙攣している。

 しかし、完全に虫の息。

 早々に回復師に見せる必要がある。

 ライムンドはセレドニオを助けようと駆け寄る。


“バキッ!!” 


「させねえよ!!」

 

 そんなライムンドの顔面へ、ケイは何の遠慮もなく蹴りを入れる。

 それにより、ライムンドもセレドニオと同様に首が折れ、倒れて動かなくなった。


「ハァ、ハァ……、終わったか?」


 一番手強い2人組を倒せて、ホッとしてしまったからか、ケイは目のかすみと共に座り込んだ。


「血が出過ぎた……か?」


 力が抜け、そのまま横に倒れたケイはポツリと呟く。

 体中の怪我に加え、腹からの出血で貧血になったようだ。

 一刻も早く回復したいところだが、体が思うように動かない。

 魔力も上手くコントロールできなくなってきた。


『マズイ……、このままじゃ死ぬ……』


 目は開いているのに、視界に移る物は全て霧がかかったようにぼやけて見える。

 そして、段々と瞼が重くなってくた。

 自分に死が迫ってくるのを感じつつも、段々と体の力が抜けていくのを止められなかった。


“ザッ!! ザッ!! ザッ!!”


 そんな中、ケイの方へと走ってくる足音が聞こえて来たのだった。


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