第88話

「…………な、なんてことだ!!」


 レイナルドとカルロスが捕まってしまったのを、離れて見ていた者がいた。

 島に残って共に戦うことにした人間の一人で、普段は主に農業をしているイバンだ。

 ちゃんと訓練はしていたが、今回の場合後方支援をメインにしてもらっていたが、他の人間が怪我をしたので、動き回れるイバンがレイナルドたちの様子を見に来たのだ。

 そして、最悪な状況を目撃してしまったのだ。


「ケイ殿!! ケイ殿!!」


「おぉっ! イバン、遅かったな……」


 レイナルドとカルロスを助けに行きたいところだが、自分の戦闘力はちゃんと理解している。

 普通の人族兵なら3、4人相手にしてもそうにかなりそうだが、2人を捕まえるような相手に向かって行ったところで、あっさり返り討ちにあうのは明白だ。

 あの敵2人相手に戦うなら、ケイしか適任者はいない。

 そう判断したイバンは、ケイに報告をするため慌てて集合場所へと駆け戻った。

 そして、拠点まであと少しと言う所で、目当てのケイを発見して慌てて声をかけた。

 敵が拠点に接近してきていないか、少し離れて探っていたらしい。


「レイナルド殿とカルロス殿が……」


「何っ!? 捕まっただと!?」


 イバンから息子2人が捕獲されたとの報告を受け、ケイは目を見開く。

 敵兵の動きや様子を見る限り、レイナルドたちが苦戦するような人間はいないと思っていた。

 その考えが少し甘かったようだ。

 こんなことなら、自分がモイセスたちを救いに行った方が良かったかもしれない。

 そう思うケイだが、怪我をした獣人たちの手当てに奔走していたので、結局は無理だっただろう。


「動ける者だけでも連れて助けに行かないと……」


「……それは無理だ」


 ケイに行ってもらうのは当然としても、敵がいる拠点は西海岸だろう。

 そこまで進むには、敵の邪魔が入る事は間違いない。

 イバンは、ケイが邪魔を受けずにレイナルドたちのもとへ向かえるように、一緒に行く露払い役を募ろうと拠点に戻ろうとした。 

 それにケイが待ったをかける。


「どうしてですか!?」


「ほとんどの人間が怪我を負っている。まともに戦えるのは僅かしかいない」


 イバンは当然の疑問をケイに投げかける。

 それに対して返って来たのは、絶望的な言葉だった。


「じゃ、じゃあ、俺が行きます」


「駄目だ。隠しているつもりなのかもしれないが、お前も足を痛めているだろ?」


「うっ!?」


 後方支援役とは言っても、イバンも仲間を守るために人族兵と戦った時に足を少し痛めている。

 それを、ケイはイバンの足運びで気付いた。

 まだまだ多くいる人族兵に突っ込んで行くのに、それではあっという間に殺られてしまいかねない。

 そのため、ケイは連れて行くことを許可しなかった。 


「イバン…………レイたちのことはみんなに黙っていてくれないか?」


「何故っ!? 2人を助けに行くのでは……!?」


 怪我をしているとは言っても、動ける人間はまだいるはず。

 この程度の足の痛みなんかまだ我慢できる。

 少しの思案の後にケイが発した言葉を、イバンは全く理解できなかった。


「これからみんなをカンタルボスへ送る。2人は俺が1人で助けに行く」


「そ、それは、無理です!! 奴らはまだ多くの兵がいます。ケイ殿だけでは……」


 魔物の縄張りへ誘い込んだりと罠に嵌めてきたが、減らせた敵兵は多く見積もっても恐らく総数の半分くらい。

 そんな数を相手に、いくらケイでもレイナルドたちを救えるとは思えない。

 1人で行こうとするのは無謀だ。


「奴らは分散して東へ向かって来ている。全員相手にしてたらたしかに俺でもきつい。しかし、気配を消して近付けば、敵はレイたちを捕まえた奴らと少しの兵だけになるはずだ」


「……みんなをカンタルボスへ送るのは?」


 ケイの強さはイバンには計り切れない。

 そんなケイなら、もしかしたらそんなことができるかもしれない。

 しかし、そうなると魔力を温存したいはず。

 それなのに、魔力を使ってみんなをカンタルボスへ送る理由が分からない。


「……俺がみんなの安否を気にする事無く行動できるからだ」


「なるほど……」


 怪我をしている島民と駐留兵たちを置いてレイナルドたちを救出に向かうと、ここまで到達した敵兵に皆殺しにされかねない。

 かと言って、人族を全部倒してレイナルドたちの所へ向かうには、ケイの身がもたない。

 ならば、魔力を使っても彼らを安全な場所へ送って、1人で行動した方が動きやすい。

 悪く言えば、今の彼らは足手纏いだ。


「2人を救うためにも頼む!! みんなには黙っていてくれ……」


「……分かりました。あなたに従います」


 2人を助けられるのはケイだけだ。

 彼がそれが一番いい方法だと導き出したのなら、イバンとしては彼に従うしかない。

 そのため、イバンは渋々ケイの指示に頷いた。






「イバンが戻って来たぞ!!」


 ケイがイバンを連れて拠点に戻ると、島民と駐留兵たちは怪我で痛む体に鞭打ち集まる。

 無事なものはどこにもおらず、みんな痛々しい。


「レイナルド殿たちは、ちょっとしぶといのがいてもう少しかかりそうだ」


「そうか……」


 レイナルドとカルロスのことを聞いてくる者も当然おり、イバンはケイとの約束通りみんなには言わないようにした。

 嘘をついて申し訳ないが、イバンはケイにかけたのだ。

 そのため、イバンは迷うことなく彼らへ嘘の報告をしたのだった。


「怪我人が多いし、治療は早い方が良い。先にみんなだけカンタルボスに行ってもらおうと思う」


「レインルド殿たちを待たなくていいのですか?」


 無事なものが全くおらず、重傷者も何人かいる。

 カンタルボスへ行けば、先に行った美花たちが国王のリカルドに救助を求めているはずだ。

 回復師も用意してくれているかもしれない。

 ケイの言葉に納得するものがほとんどだったが、当然レイナルドたちのことを気にする者もいた。


「あの二人なら大丈夫。俺が責任もって連れて行くから安心してくれ」


「……分かりました。」


 そういった者たちに、ケイがいつもと変わらない表情で話す。

 この中で怪我をしていないのはケイだけで、彼が言うのであれば納得するしかない。

 そうなれば行動は早い方が良い。


「ハッ!!」


 ケイは早々に転移の扉を出現させたのだった。

 まずは重傷者を乗せたタンカを比較的怪我が軽い者たちが運び、そのあとぞろぞろとみんな扉をくぐって移動していった。


「……ケイ殿」


「任せておけ! イバン!」


 イバンは意図的に最後になった。

 ケイとレイナルドとカルロス。

 3人を置いていく心配が消えず、不安で仕方がないといった表情だ。

 しかし、ケイは自信満々に微笑むので、言葉が出てこなくなる。


「ご無事を……」


「あぁ……」


 短いがイバンなりのエールだろう。

 ありがたく感じながら、ケイは返事をする。

 そうしてイバンの姿も消え、ケイは転移の扉を消した。


「さてっ! 行くか!」


 両手で顔を叩き、ケイは気合いを入れる。

 そして、捕らわれたわれた息子2人の救出すべく、ケイは西へと向かって行ったのだった。






◆◆◆◆◆


「全く……ハーフとはいえエルフがここまで強いなんてな?」


「あぁ……、予想外だった」


 拠点にしている西の海岸に着き、セレドニオは紅茶を飲んで休憩し、ライムンドは怪我の回復を終えてのんびりとしていた。


「おいおい! 貴重な研究材料だ。あまり痛めつけるなよ」


「へへ、分かってますよ」


“バキッ!!”“ドカッ!!”


「がっ!?」「うっ!?」


 そこには磔になった状態のレイナルドとカルロスがいた。

 そして、数人の男たちが代わる代わるサンドバックにして楽しんでいた。

 ハーフとはいえ幻のともいえるエルフだが、ほどほどなら良いだろうと仲間を殺られた憂さ晴らしのために、ライムンドが許可を出したのだ。

 島の大半を侵略し、東の端の侵略を残すのみになり余裕が生まれたからか、貴重な回復師を使っているため、2人へのリンチはなかなか終わることがない。

 届いた情報によると、東には住居があるらしく、そこに獣人たちが隠れているだろうという話だ。

 これまでの戦闘で分かったのは、獣人は多くて60人前後、魔人族の男も1人見受けられたらしい。

 結局、エルフはダンジョン内では発見されなかったが、少数の兵が東へ向かう姿を見たといっていたため、まだかすかに望みはあるようだ。


「エルフが見つかると良いな……」


「あぁ、獣人と一緒にいたのだろ?」


 少し離れた場所で、レイナルドたちが殴られる音をBGMにしながら、2人はエルフの捕獲と獣人の抹殺完了の報告が来るのを待つことにしたのだった。


「「っ!?」」


 のんびりしているからと言って、警戒を完全に解いたわけではない。

 突如異変を感じた2人は、慌てて休憩用のテントから飛び出した。


「「「「「?」」」」」


 レイナルドたちをリンチしていた兵たちは、2人が急に動いた理由が分からず、殴る手を止めて首を傾げるしかなかった。

 何があったかは分からないが、上官2人の反応が気になり、レイナルドたちをそのままにして、ぞろぞろとテントの外へ向かった。


「やけに周りが静かだと思ったら……」


「魔力を消すのが上手いようだな……」


 ハーフエルフを殴るのは順番性にしていたので、殴った者や順番がまだな者は、念のため外で警戒の仕事をしてもらっていた。

 しかし、いつの間にか外から何の音もしなくなっていた。

 そのことでセレドニオとライムンドは気付いたのだが、外の状態を見て冷や汗が流れた。

 外にいた兵たちは、いつの間にか全員が横たわっており、誰も動かなくなっており、ただ1人立って居たのは容姿端麗な耳の長い人間がいるだけだった。


「2人を返してもらおうか?」


 みんなを転移させ、何の憂いもなくなったケイは、気配を消して人族兵に見つからないように移動してきた。

 この世で1番島を熟知しているケイは、敵に見つからないように移動できるルートくらいは用意しておいた。

 簡単に言えば、崖に足場を作っておいただけなのだが。

 多くの敵兵は住居のある東側へ集まっていたのもあり、西の海岸近くまでは見つからずに接近できた。

 しかし、拠点とするテントが並ぶ周辺には、多くの敵兵が警戒をしているのが見えた。

 そのため、静かに一人一人殺り、ほとんどの兵を仕留めたケイは、テントから出てきたセレドニオたちを睨みつけた。


「エ、エルフ……」


「ほ、本当に居たんだ……」


 セレドニオとライムンドの2人は、ケイの姿に言葉が詰まる。

 耳の長さから、ハーフなどではない完全なる純血エルフが現実に存在していたからだ。

 書物上の人物が本当に居たと分かり、2人は嬉しそうな笑みを浮かべている。


「自分から来てくれるなんて手間が省けたな……」


「大人しく捕まってくれるか?」


 分析してみるが、ハーフエルフの2人よりも脅威を感じないため、2人は完全にケイをレイナルドたちより下だと判断した。

 純血ならばハーフと違ってエルフの禁忌を守っているのかと思ったが、彼の側で倒れている人族兵は、首の動脈を斬られて事切れているように見える。

 そうなると、捕まえたハーフエルフたち並の強さはあるのかもしれない。


“フッ!!”


「っ!?」


 特に、油断の見えるライムンドの方が隙が多い。

 それを読み取ったケイは地を蹴り、一瞬のうちにライムンドの懐に入り込む。

 あまりの速度に一瞬ケイを見失ったライムンドを、ケイはそのまま短刀で下から斜め上へ振り、首を刈りにいった。


“チッ!!”


「あっぶねえ……!!」


 ケイのその攻撃に、ライムンドは何とか躱そうと反応する。

 ギリギリ首を斬られるのを回避したが、切っ先が僅かに掠り、ライムンドは頬から血を流した。  


「こいつっ!!」


 それを見たセレドニオは、魔法の指輪から片手剣を出し、ライムンドへの追撃をさせまいとケイに斬りかかった。

 その思惑通り、ケイにバックステップで距離を取らせた。


「痛てて……」


「気を付けろ! ハーフの奴と同じくらいの動きだ」


「あぁ!」


 動きを見る限り、このエルフの動きはレイナルドとかいうハーフエルフと同等に見えた。

 そのため、セレドニオは警戒心を高めライムンドへ注意を促す。

 血を見て意識を変えたのか、返事をしたライムンドは魔法の指輪から槍を取り出し構えた。


「お前ら!! できる限り兵を連れ戻してこい!」


「「「「「りょ、了解しました!!」」」」」


 周囲の兵が殺られ、相手をしなくてはならなくなったセレドニオは、さっきまでレイナルドたちを殴っていた者たちに対し、兵をかき集めて来るように指示を出した。

 レイナルドの時と同じように戦えば捕まえられるかもしれないが、集団で囲ってしまった方が自分たちは怪我をせずに済むと判断したからだ。

 指示を受けた者たちは、捕獲したハーフエルフの見張りを数人残して周囲へ散開して行った。


“パパパパパンッ!!”


 ケイとしては、それをすんなり行かせるわけにはいかない。

 数を集められたら不利なのはこちらだからだ。

 そのため、ケイは散開して走り出した兵たちに向けて、腰のホルスターから抜いた2丁の銃を連射した。


「伏せろ!!」


「がっ!?」「ぐえっ!?」「ギャッ!?」「べっ!?」「ヒッ……!?」


 撃った弾は人族兵たちの頭を撃ち抜き、バタバタと倒して行く。

 ほとんどが殺られたが、ライムンドの声にすぐさま反応した者は辛うじて銃撃されずに済み、顔を青くした。


「この野郎!!」


 これ以上仲間を減らされるわけにはいかない。

 ライムンドは仲間を集めに行く者を狙わせないようにするために、ケイに接近して槍での攻撃を放った。


「俺たちに任せていけ!!」


「「はっ、はい!!」」


 ライムンドに合わせて、セレドニオもケイへの攻撃を開始した。

 そして、仲間の収集へ向かうように、生き残ったものたちへ指示を出した。


「ヤッ!!」「ハッ!!」


 穂先の左右が湾曲した刃が伸びる三叉の槍、コルセスカと呼ばれる武器で攻めるライムンド。

 両刃の片手剣で刺突よりも斬撃を重視した片手剣。

 いわゆるブロードソードと呼ばれる剣で、斬りかかるセレドニオ。

 仲間の取集へ向かった兵たちが見えなくなくなるまで、2人の攻撃は続き、その間ケイは冷静に攻撃を躱し続けた。

 そして、兵たちがいなくなるとセレドニオたちはケイから距離を取る。


「レイナルドとかいう奴より速いか?」


「そのようだな……」


 まだ本気ではないとは言っても、2人同時の攻撃が全く当たる気配がない。

 そのことから判断した2人だが、その考えはすぐに間違いだと気付くことになる。


「さっさと本気で来い!! 時間の無駄だ!!」


「「っ!?」」


 ケイの纏っていた魔力が一段と膨れ上がり、濃密な殺気を放ってきたからだ。

 それを見て唾を飲み込む2人に対し、ケイは両手の拳銃を向けたのだった。



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