第84話

「こ、こいつまともじゃないぞ!」


 殴られた腹を抑えながら、エウリコは仲間に話しかける。

 ハーフとはいえ、弱いはずのエルフの1撃が思いのほか体に響く。

 こんな攻撃を数発食らえば、あっという間に動けなくるだろう。

 それに気付き、これまでの舐めた態度を改めた。


「そのようだな……」


 右腕を斬り飛ばされたパウリノの手を回復魔法でくっつけながら、エウリコとの戦いを見ていたカルリトは、エウリコのその忠告に納得の相槌を打った。

 こんなのを相手にするのに、バカの腕の回復に結構な魔力を使ってしまい、額に汗を掻いている。


「…………殺す!!」


 カルリトによって腕が治ったパウリノは、痛みと屈辱で完全に我を忘れているようだ。

 自慢の大剣を手に取ると、すぐさまカルロスに向かって行こうとした。


「バカ! 腹を立てるな!」


「また腕を斬り落とされるぞ!」


 そんなパウリノを、エウリコとカルリトは慌てて諫めた。

 腹を立てたまま向かって行っては、さっきと同じような結果になるのは明白だ。

 そうなると、カルリトの魔力が減るだけでこちらが不利になるばかりだ。


「くっ!!」


 先ほどまでの痛みを思いだしたのか、2人の言葉が届いたパウリノはその足を止める。

 そして、冷静さを取り戻すべく深呼吸を繰り返した。


「連携していくぞ!」


「あぁ!」「分かった!」


 深呼吸の効果か、パウリノは仲間の2人に対して連携して戦うことを自ら提案した。

 魔闘部隊のうち、一人一人の強さは他の方角に向かった3人に少し及ばないが、連携を取って戦うのであれば、いい勝負ができるほどこの3人の組み合わせはいい。

 大剣による近接戦闘の火力の高いパウリノに、オールラウンダーのエウリコ。

 魔法による遠距離攻撃と回復魔法が得意なカルリト。

 普通に分析すれば、パーティーの組み合わせとしては申し分ない。


「エルフごときが俺を傷つけたことを後悔させてやる!!」


 3人がカルロスに対しての戦い方の打ち合わせをしている間、カルロスはポケットに手を入れてゴソゴソと何かをしていた。

 話し合っている時間を邪魔してこないその態度が自分たちを舐めているように感じ、パウリノはまたもこめかみに青筋を立てた。


「だから、腹を立てるなって……」


「分かってる!!」


 セレドニオの指示によって生け捕りが絶対条件だが、目の前のハーフエルフは手を抜いて戦えばこちらがただでは済まない。

 少しやり過ぎくらいの怪我を負わせて、捕まえるしかない。

 そうなると、ギリギリ痛めつけるには集中力が必要となる。

 冷静な状態の時のパウリノならできるだろうが、頭に血が上っていては殺してしまう可能性もある。

 少しでもその状態に戻すように、エウリコはまたもパウリノに注意をした。

 その注意も、パウリノにはいまいち効果がなかったようだ。


「行くぞ!!」


「「おう!!」」


 話し合いが終わり、パウリノの掛け声とともに3人は行動を開始した。

 勢いよく先頭を走り出したのはパウリノ。

 怒りで一直線に進むのではなく、軽くフェイントを混ぜながらカルロスへと迫っていく。


「っと!? 元気のいいチビッコだ」


 さっきまでと違い、大剣の振りにキレがある。

 縦に横にとパウリノが振り回す大剣を、カルロスはフットワークを使って躱していく。

 他の2人がいつ襲って来るか分からないので、横目できちんと様子を探っている。

 何か狙っているようだが、他にも多くの敵兵を相手にしなければならない身としては、時間をかけて無駄に体力を失いたくはない。

 そのためには、この大剣の男を煽るのが手っ取り早いとカルロスは判断し、またもパウリノが腹を立てる言葉を言い放った。


「貴様!!」


“バキッ!!”


 案の定、頭に血が上ったパウリノの攻撃は雑になる。

 とは言っても、最初の時と違いその差は僅かだ。

 そのため、刀で斬りつけることはできず、カルロスは顔面に拳を打ち込む。


「……この!」


“ドカッ!!”


 怯んだのは一瞬。

 パウリノはすぐに体勢を立て直し、またも斬りかかって来る。

 カルロスはその攻撃を刀で捌き、隙ができた脇腹へミドルキックを食らわせる。


「頑張れ! チビッコ!」


「てめ……」


“ドンッ!!”


 感触的には深く入っているが、パウリノは顔を歪めながらもすぐに体勢を立て直して向かって来る。

 打撃の耐久力が高いのかもしれない。

 こうなったら急所に良いのを一撃入れようと、カルロスはまた煽る。

 学習しないのか、パウリノはまたその言葉に引っかかり、鳩尾を狙ったカルロスの一撃を食らって吹き飛んだ。


「ぐっ!?」


 地面に何度か弾んだ後、しばらく転がってようやく止まったパウリノは、ボロボロになりながらも立ち上がる。


「「ナイスだ! パウリノ!」」


 攻撃を受けたことで、カルロスとの距離が離れたパウリノに対し、魔力を手に集めていたエウリコとカルリトは準備が整った。

 パウリノが相手にしている間に、高威力の魔法を放つ準備だ。

 カルロスが横目でその様子を見ていたように、パウリノもきちんと仲間の様子を見ていた。

 そのため、2人の準備が整ったと分かったタイミングでカルロスの挑発にわざと乗り、攻撃を食らうことで距離を取ったのだ。

 急所に強力な攻撃を受けたが、食らうと分かっていれば何とか耐えられる。

 思い通りの結果になり、パウリノは内心ほくそ笑んだ。


「っ!?」


「「ハーッ!!」」


 強力な魔力の集中に、カルロスは2人に目を向けた。

 すると、魔法の発射準備が完了していた2人は、カルロスに向かって強力な魔法を放ったのだった。

 エウリコの放ったのは、全てを燃やし尽くすような高火力の炎。

 カルリトの放ったのは、何もかも巻き込み、切り刻む竜巻。

 それがカルロスへと猛スピードで接近する。


「……チッ!!」


 強力な魔法に、カルロスは舌打ちする。

 すぐに腹を立てるパウリノに、カルロスの方がまんまと誘導されていたようだ。

 しかもこの方角。

 躱されるという、もしもの事も考えていたのだろう。

 カルロスの背後は、モイセスたちが逃げて行った方角だ。

 躱せば彼らに被害が及ぶかもしれない。

 そのため、躱すことができないと判断したカルロスは、2人の魔法を防ごうと魔力を高める。


「くたばれ! バ~カ!」


 カルロスが集めた魔力の量を見て、パウリノは笑みを浮かべて呟いた。

 その魔力量で、2人のこの魔法を止めようなんて甘く見過ぎだ。

 この魔法をまともに食らえば、大怪我で済まないだろう。

 運が悪ければ死ぬかもしれない。

 どちらにしても、これでこのエルフがズタボロになることを考えると、パウリノのこれまでの怒りも少しは治まるというものだ。

 とはいっても、全て治まるという訳ではないので、拘束した後でカルリトに回復させて憂さ晴らしをさせてもらうつもりだ。


「っ!?」


 パウリノの呟きが聞こえた時に、2人の魔法に変化があった。

 カルロスにぶつかる直前、2つの魔法がぶつかった。

 そして、そのまま合わさり、炎の竜巻と化してカルロスへ襲い掛かったのだった。


“ズドンッ!!”


「ハハ……」


「……やったか?」


 エウリコが立てた作戦通り、カルロスを見事にハメることに成功した。

 僅かな衝突で、カルロスの脅威を感じ取ったエウリコは、単純な攻撃ではダメージを与えることが難しいと悟った。

 ならば、これまでのやり取りを利用して、奴が攻撃を躱せない状況を作ることを考えた。

 そしてパウリノには悪いが、少々踊ってもらうことにした。

 作戦の成功に、エウリコは思わず笑いが漏れ、カルリトは結果を探る言葉を呟いた。

 だが、カルリトの言葉は戦いの最中に言わない方が良い言葉の代表のようなものだ。


「熱つつっ……」


「えっ?」「はっ?」「なっ?」


 強力な魔法によって大火傷と、風の刃により至る所を斬り刻まれた状態のカルロスが倒れていると思っていた3人だったが、カルロスは確かに火傷と切り傷を受けていたが、致命傷になる程ではなかった。

 その結果が信じられず、3人は呆けたような声が漏れた。


「駄目だな……」


「「「……?」」」


 たいして怪我を負わなかったにもかかわらず、反省したような言葉を漏らしたカルロスに、3人は訳が分からなかった。


「父さんや兄さんにいつも言われてたっけ……」


「「「………………………」」」


 魔法を食らってボロボロになってしまった上半身の服を脱ぎ棄て、カルロスは呟く。

 高威力の魔法を受けたはずなのに、カルロスが大怪我を負っていないことに驚き、敵の3人は何も言わず呆けている。

 そんな3人のことを、カルロスは全然気にする様子はない。


「勝てる相手に様子見なんかしてんなって……」


「……なっ!? この……」


 呆けながらも聞いていたカルロスの独り言に、少し間をおいてパウリノが反応する。

 自分たちは本気で戦っているのに、カルロスにとっては様子見程度の実力しか出していないということだったからだ。

 高ランク冒険者になってからだいぶ経つが、ここまで手が出ないと思ったのは、セレドニオとライムンド以来初めてだ。

 手を抜かれていると思うとまたも腹が立つが、実力差があるのは事実なので仕方がない。


「化け物が!!」


 だからと言って負けるとは限らない。

 大怪我とは言わなくても、カルロスには怪我と火傷を負わせている。

 決して、自分たちの攻撃が通用しないという訳ではないのだ。

 そう思ったパウリノは、立ち上がると共にカルロスへ向かって行ったのだった。


「失礼な奴だな……」


 カルロスからしたら、化け物呼ばわりとは心外だ。

 父と兄に比べれば、自分はまだその領域に達しているつもりはない。

 この3人は相当強いようだが、この島以外の世界をたいして知らないカルロスからしたら、別にどうという程でもない。

 他にも敵はまだまだいるので、この3人に手こずっている訳にはいかない。

 カルロスは腰の刀を抜いて、本気を出すことにしたのだった。


「一人じゃ無理だ! 俺も行く!」


 パウリノが走り出したのを見たエウリコは、すぐに諫める言葉を叫ぶ。

 しかし、魔法攻撃となると、さっきのように誘導することはできそうにない。

 時間を稼ごうとするなら、2人がかりで攻めるべきだ。

 短い言葉でそれを伝えると、エウリコはパウリノとは違う方向から片手剣で攻めかかっていった。


「カルリト! 用意ができたらぶっ放せ!!」


「分かった!」


 近接戦闘が苦手で、完全に遠距離攻撃タイプのカルリトは、2人を囮にして、また魔法を放つべく魔力を集中し始めた。


「2人がかりか? そう言えばあまり訓練したことないな……」


 カルロスの最近の訓練相手は、父や兄だ。

 いつもあしらわれているが、この2人に比べればエウリコとパウリノの2人がかりなんて、恐ろしさなど感じない。

 そのせいか、カルロスはまだ若干のんびりしたように呟いている。

 そして、交互に剣を振って来る2人の攻撃を、柳のように刀で受け流した。


「こいつ……」


「何でエルフが……」


 攻撃している2人は、剣を振っているのにもかかわらず全く当たる気配がしない。

 全力で戦っているこちらとは違い、カルロスの方は焦っている様子はない。

 それが分かり、2人は納得できない表情になっていく。

 生きる人形と言われるような弱いはずのエルフが、どうしたらここまで強くなれるのか理解できないからだ。


「ムンッ!!」


“ボカッ!!”


「ぐっ!?」


 2人がかりになると、手数が増える分こちらから攻撃するタイミングが難しい。

 守り一辺倒のカルロスだったが、パウリノの攻撃を受け流し体勢を崩させる。

 その僅かな隙を逃さず、パウリノの頬に拳を打ち込む。


「このっ!?」


「………………」


“ドッ!!”


「がっ!?」


 パウリノを殴ったことで、カルロスは一瞬無防備になった。

 その背中側から、エウリコは剣を振りかぶる。

 一撃で大怪我させようとしたその力みが、エウリコの胴をがら空きにする。

 戦闘中でも魔力探知ができるカルロスには、その瞬間を見なくても分かる。

 そのため、カルロスはエウリコへ顔を向けることなく、肘を腹へめり込ませた。

 反撃を予想していなかったエウリコは、その攻撃を見事に受けてしまう。 


「そろそろ終わりにしようか?」


 痛みで蹲る2人を仕留めようと、カルロスは刀を向けた。


“バッ!!”


「っ!?」


 先にパウリノに止めを刺しに近付いて行ったカルロスだったが、離れた場所で魔力を高めていたはずのカルリトが、音と気配を消していつの間にかカルロスの背後へと迫っていた。

 その手に集められた魔力は、さっきの火炎竜巻よりも込められているようだ。

 さっきの魔法は、2人の魔法を合成することで魔力を消費するのを抑えていた。

 しかし、今回のは2人分以上の魔法攻撃のようだ。

 こんなの撃ったら、魔力が残るのかギリギリといったところだろう。


「くらえ!!」


 失敗したら終わりといってもいい攻撃を、外したり避けられたりするわけにはいかない。

 なので、カルリトは至近距離で撃つために近付いたのだろう。

 これなら味方にも当てることがないので、容赦なく撃てる。

 カルリトは、高めた魔力を電撃に変え、カルロスへ向けてぶっ放したのだった。


「当たれ!!」


 カルリトから放たれた電撃は、超高速でカルロスへ迫っていった。

 至近距離からの電撃を、躱すことなど今更無理だ。

 黒こげになるカルロスの姿を想像し、パウリノは当たると確信した。


“ゴゴッ!!”“バチッ!!”


「「「…………なっ!?」」」


 当たると思ったカルリトの電撃は、カルロスの目の前に現れた壁によって弾かれた。

 父の血を引き、全属性の魔法が高威力で使えるレイナルドとカルロスの兄弟だが、その中でも得意な属性がある。

 以前も言ったように、カルロスは水と土。

 水に濡れた土壁を作りだし、向かってきた電撃をそのまま地面へと放電することに成功したのだ。


「そんな……これを防ぐなんて……」


 信じられない者を見るような目でカルリトは呟く。

 それもそのはず、わざわざ危険を冒して接近したというのに、カルロスには全く通用しなかったのだから。


「なかなかの魔法だが、食らう訳にはいかないんでな」


「ぐっ!? この……」


 気配を消したつもりかもしれないが、エウリコに攻撃した時のように、カルロスは探知の魔法が使える。

 常時発動しているので、カルリトが近付いて来ていたのは分かっていた。

 分かっていれば当然対策を考えておく。

 カルリトが魔法を放つ瞬間、魔力を電撃に変えるのを見たカルロスは、元々防衛のために出現させる予定だった土壁に、水魔法をミックスすることで、さらに万全の対応をすることにしたのだ。

 電撃は厄介なことに、食らうと少しの間痺れてまともに動けなくなる。

 無防備な状況で攻撃を受けたなら、いくら強くても大怪我するか、お陀仏だ。

 ほとんどの魔力を込めた魔法を防がれ、魔力切れ一歩手前のカルリトは、足元がおぼつかない状態で手に持つ杖を振り回し、カルロスへと向かって来た。


「ハッ!!」


「ごっ!?」


 敵に容赦は無用。

 小さい頃からそう教わって来たカルロスは、魔闘術すらギリギリのカルリトへ水球を放った。

 薄く張っただけの魔闘術では、当然威力を抑えることなんてできなく、自ら接近したことも悪手となったカルリトは、水球の直撃を受けて吹き飛んで行った。

 そして、地面にたたきつけられたカルリトは、気絶したのかもしくは死んだのか、うつ伏せのまま動かなくなった。


「何て威力だ!?」


「な……何なんだ!? エルフが何でこんなに強いんだ?」


 至近距離だからと言って、あれほどの強力な魔法を一瞬で放てるなんてどう考えてもおかしい。

 エルフだか、ハーフだか知らないが、目の前の男は異常だ。

 2人は何とか立ち上がるが、ほとんど戦意を喪失して腰が引けていた。


「魔法にはちょっと自信があってな……」


 どうやら2人は自分の魔法に驚いてくれているようだ。

 なので、カルロスは更に疑心暗鬼に追い込むように、わざとらしく謙遜するような言葉を放ったのだった。


「「………………」」


 それが成功したのか、もう2人は戦意を失ったのか抵抗もしそうになかった。

 なので、カルロスは苦しめることなく、一刀の下に2人を斬り殺した。

 魔法で飛んでったカルリトを念のため確認したら、息をしていなかった。

 直撃した魔法によって内臓が破裂していたようだ。


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