第85話

「終わったか?」


「っ!?」


 敵の3人を始末した直後に急に背後から声をかけられた。

 探知には引っかからないような隠形に、まともな相手ではないことが感じられる。

 そのため、カルロスは慌てて刀を抜いて振り返った。


「兄さんかよ!!」


「何だ?」


 カルロスが振り返った目の前には、兄のレイナルドが立っていた。

 その顔を見た瞬間、焦らされたカルロスは思わずツッコミを入れた。

 逆に、レイナルドは何でカルロスが焦っていたのか分からず、首を傾げた。


「まだ敵が隠れていたのかと思ったよ」


 レイナルドが普通に近付いてきたような態度をしているので、カルロスは力が抜けた。

 やっぱり自分はまだまだ兄に及ばないと、思い知らされているかのように思えた。


「いつの間に来たんだ?」


「ついさっきだ」


 レイナルドは、北から東に迫ってきている強い魔力を感じ、そちらに向かったはずだ。

 あちらの方が感覚的には手強そうだったので、レイナルドが向かうことになったのだが、どうやらこちらよりも短時間で仕留めてきたようだ。


「そっちはどうだった?」


「まあまあ強かったぞ」


 その言葉に、意外な感じがした。

 兄はあまり相手を褒めるようなことはしない。

 強くなって、大体相手にならなくなってきたため、楽しめるような相手がいなくなってきたからかもしれない。

 しかし、強くなったとは言っても、上には父のケイや、カンタルボス王国の国王リカルドがいる。

 その2人は、まさに化け物。

 追いつける気配は全然していない。

 自分の相手になりそうな人間はなかなかいないが、かといって上に届く気配はない。

 宙ぶらりんな状態が長いせいか、最近は楽しめることなんてないらしく、訓練にあまり身が入っていないようにも見えた。

 以前褒めた時となると、リカルドの息子で次男のファウストの戦闘スタイルが面白かったと言っていた。

 だが、ファウストがカルロスと手合わせしているのを見て、勝てると判断したのか、特に戦おうとする気配は感じられなかった。

 ただ、最近は父との訓練に力を入れていた。

 カルロスは最初、人族との戦いがあることを想定して訓練していると思ったのだが、どうやら違った。

 結局習得には至っていないが、転移の訓練と顔合わせのためにカンタルボスの城へ行ったのが引き金になったようだ。 

 カルロス同様、リカルドを見て、戦わずして敵う相手ではないと顔を青くしていたレイナルドだが、その後紹介された王太子のエリアスと目が合うと、何か感じ合ったような目をしていた。

 それがあってから訓練に力が入るようになったように思う。

 もしかしたら、強さを目指すうえで似ている境遇にあるとお互い思ったのかもしれない。

 ケイとカルロスに挟まれたレイナルドと、リカルドとファウストに挟まれたエリアス。

 立場は違うが確かに似ているかもしれない。


「あ~ぁ……、お前怪我してんじゃねえか」


「あぁ……、たいしたことないよ」


 魔法を受けて、上半身裸の状態のカルロスに、レイナルドは曇った表情になった。

 その上半身には、所々火傷と切り傷が見受けられたからだ。

 たしかに怪我を負ってはいるが、たいしたことはない。

 回復魔法を使えばすぐに治る程度の怪我だ。


「ったく、また様子見なんかしたんだろ?」


「説教は戦いが終わってからにしてくれ……」


 さすが兄。

 カルロスは図星を突かれた。

 今回は数が多いので、最悪この島を捨てるくらいのつもりでいるように、父であるケイは皆に言っていた。

 こちらに死人を出さないで敵に勝つのが理想だが、さすがに数の違いからそうなることは難しい。

 手こずりそうな敵に遭遇したら、余計なことをさせずに無力化させることが理想的な戦い方だ。

 これを一番守らなそうなのがカルロスで、ケイとレイナルドは注意していたのだが、案の定無駄だったようだ。


「あれ? 珍しいね。兄さんの服が斬られるなんて……」


「まあな……」


 説教が長くなっては困るので、話を紛らわせるためにカルロスはレイナルドの服の破れに話を向けた。

 最近では父との稽古以外で服が汚れるのを見ない。

 それくらいの実力があるレイナルドの服が斬られるなんて、思った通りこっちよりも強かったのかもしれない。






◆◆◆◆◆


 時間は少し戻る。

 カルロスと別れたレイナルドは、カンタルボスの駐留兵が戦っている場所へむかった。

 彼らの側へ近付く、大きな魔力を持った者たちが迫っていたからだ。


「ハァッ!!」


「ぐあっ!?」


 戦場に着くと、カルロスの時とは違い駐留兵たちの方が押されていた。

 死人は出ていないが、重傷者は多数といったところだろうか。

 敵の兵たちが多く、多勢に無勢でジワジワと傷を負っていっている。

 レイナルドが着いたと同時に、一人の獣人が火魔法を受けて大火傷を負ってしまった。 

 速く退避して回復しないと危険なレベルだ。

 とは言っても、ほぼ周囲を囲まれ、怪我を負った仲間を背負って逃げるだけの隙がない。


「くたばれ!!」


 その魔法を食らった獣人に対し、止めとばかりに人族兵たちが迫っていった。


“パンッ!!”


「グヘッ!?」


「なっ!?」


 しかし、火傷を負った獣人へ迫っていた男は、額に穴を開けてそのまま糸が切れた人形のように崩れ落ちた。

 これには敵だけでなく、味方の獣人たちも驚いた。

 もう完全に仲間がやられると思っていたにもかかわらず、急に敵が倒れたためである。


「ここは任せて退避してくれ!」


「レイナルド殿!?」「おぉ!!」「レイ様!!」


 この島に置いて、ケイは島民みんなに尊敬されている。

 幼子の時からたった1人でこの島に暮らし、少しずつだが仲間を増やしてきた。

 そのうえ、カンタルボス王国の国王であるリカルドにまでその実力を認めさせるまでに至ったとなれば、強さを重視する獣人の者たちからすれば当然の結果だろう。

 しかし、レイナルドは違う。

 父のように強くなろうと小さい頃から頑張って来たが、その域に達するビジョンは霞に覆われたようにの見えることができない。

 どれだけ頑張ってもその景色が変わることがなく、一時期は諦めかけたこともある。

 しかし、そんな時、自分と同じように偉大な父に追いつこうと頑張っている男に会った。

 カンタルボス王国王太子エリアス。

 少しだけ話をしたが、彼も同じように思った時があったそうだ。

 それでも自分は王太子。

 国民のことを考えたら諦める選択ができなかったと彼は言っていた。

 それを聞いて、消えていた火がまた点いたような思いがした。

 彼のように大人数ではないが、家族を守るため、仲間を守るために強くならなければならないのは、レイナルドも一緒だ。

 父を抜こうとするのは今はまだいい。

 その代わり、仲間を守るために懸命に稽古に励む。

 そう思って毎日のようにケイにしごかれている姿を見て、獣人たちの中にはレイナルドを認める者たちも出て来ていた。

 それをレイナルド自身は知らないが、今回のことでそう思った者たちは更に増えたことだろう。

 窮地にヒーロー現る。

 ベタだが、死を前にして救ってもらった者を何とも思わない者は、普通の人間じゃない。

 歓喜の声をあげた獣人たちは、怪我を負った仲間を背負ったり、肩を貸して後方へ下がっていった。


「逃がすか!!」


“パンッ!!”


「がっ!?」


 退却を始めた獣人をそのままにしておく訳もなく、敵はレイナルドを無視して追いかけようとした。

 それを、腰のホルスターから抜いた銃の引き金を引き、レイナルドは敵の足を撃ち抜く。

 その結果を見た他の敵たちは、獣人を殺すことに集中していたからか、ようやくレイナルドのことをよく見ることになった。


「……エルフだ!」


「……本当だ!」「ハーフエルフだ!」「高報酬の……?」


 1人の男の呟きが、波のように敵の兵たちに広がっていった。


「……結果オーライかな?」


 敵兵たちは、いきなり現れた人間がハーフエルフだと分かり、さっきまで獣人を殺すことに意識を向けていたのを忘れて、全員がレイナルドに目を向けた。

 ニンジンをぶら下げた馬のように、彼らは血走った目で見つめてくる。

 さっきの呟きを聞くに、自分たちエルフの捕獲には報酬が出ているのかもしれない。

 それはそれでイラッとするが、注意がこちらに向いたのは好都合だ。


「俺がもらった!!」「いや俺だ!!」


 褒美目当てなのだろう、彼らは我先にと手を伸ばしてきた。

 ドンドンと群がってくる。


「愚かだ……」


 褒美に目がくらみ、さきほど仲間が1人殺され、足を撃たれたことを忘れているらしい。

 あまりにも見苦しい者たちに、レイナルドは綺麗な顔を歪めた。

 そして、その表情のまま、レイナルドは銃を連射した。

 すると、レイナルドに向かってきた敵兵たちは、頭に穴を開けてバタバタと倒れて行った。


「「「「「っ!?」」」」」


 レイナルドの捕獲に出遅れた者たちは、この結果に目を見開く。

 さっきまで喜び勇んでいたのにもかかわらず、何が起きたかも分からないまま仲間が死んでいったからだ。


「な、何が起きた……?」「エルフは弱いんじゃなかったのか?」「ハーフだと違うのか?」


 あまりにもあっさりと仲間を殺したレイナルドに、敵兵たちは狼狽える。

 その手際もすごいが、そもそもエルフは生き物を殺すことを禁じていたはず。

 それを、目の前のエルフはあっさりと破っている。 

 ハーフだからあり得ないということなのだろうか。

 そもそも、殺された彼らは曲がりなりにも毎日のように訓練を繰り返してきた者たちだ。

 弱いことでも有名なエルフに、こんなにも簡単に殺されるような者たちではない。

 そのため、この結果が信じられず、人族兵たちは動きが固まった。

 レイナルドにとってその隙はありがたい。


「フッ!!」


 銃を構えて軽く息を吐く。

 そのあと一気に力を込める。

 レイナルドの銃から放たれた弾が、周囲の敵の頭を貫き、物言わぬ骸と化していく。

 頭を撃っても死なない虫型魔物とは違い、人間は頭を破壊すれば反撃してこないので楽だ。

 そんなどうでも良いことを考えながら、レイナルドは更に引き金を引いていく。


「ずいぶん減ったな……」


 かなりの数を撃ち、ちょっと疲れたレイナルドは撃つのをやめて一息ついた。

 100人近い数に囲まれたいたが、さっきので3割は減らせたかもしれない。


「ヒ、ヒィ……」「な、何で……」


 敵兵たちは、数ではまだまだ勝っているにもかかわらず、攻めかかれば一瞬で脳天に風穴を開けられると理解し、恐怖で攻めかかる事出来ず、腰が引けて後退りし始めた。

 中にはもう逃げだしている者までいる。


「ぐへっ!?」


「おいおい! 逃げちゃダメでしょ!?」


 逃げ出した者が来た道を戻っていくと、3人の男たちが現れ、先頭を歩いていた男が逃げ出してきた者の1人の首を、何の躊躇もなく斬り飛ばした。

 それを見たからか、同じ目に遭いたくないと思った者たちは足を止め、回れ右をした。


「……来たか?」


 迫っていた魔力の高い者たちは、どうやら彼たちだろう。

 目当てだった者たちが現れ、レイナルドは少し警戒した。


「……ハーフエルフだ」


「そうだな……」


「褒美がもらえるんだろ?」


 槍を持つ男、斧を持つ男、剣盾を持つ男と順に話す。

 やはり自分たちエルフを捕まえると、褒美がもらえるようだ。


「捕まえられるとは思わないがな……」


「……何だと?」


 レイナルドは独り言として呟いたのだが、どうやら耳が良いらしく槍の男が反応してきた。


「耳が良いな? まぁ、聞かれても構わないがな……」


「……こいつ、エルフのくせに生意気だな?」


 レイナルドは、今度はわざと聞こえるように話す。

 すると、3人とも腹を立てたのか、眉間にシワが寄った。

 そして、やる気になったのか、3人とも魔力を纏い出した。


「誰がいく?」


「コインを持っていないか?」


「今回の旅で使うことはないと思ったから持ってきてないな……」


 3人は余裕なのか、戦う者を決める話し合いをし始めた。

 彼らが戦うような雰囲気になったので、巻き添えを食らう訳にはいかないと、他の兵たちは少し後方へと退避した。


「…………結果は分かってるんだから、3人同時にかかって来いよ」


「「「あ゛っ!?」」」


 レイナルドからしたら、別に1人だろうと3人だろうと変わりはないように思えた。

 そのため、冷めたように呟いたのだが、舐められていると判断した3人は、思いのほか頭に来たらしく、目つき鋭くレイナルドを睨みつけた。


「奴が良いって言ってるんだ、少し痛めつけてやろうぜ!」


「「あぁ……」」


 斧の男が出した案に、他の2人も乗っかった。

 軽く小突くだけで済ましてやろうと思っていたのだが、レイナルドがあまりにも舐めたことを言ったので、骨の2、3本くらい折ってやろうと密かに思った。

 他の2人とも同じように考えているのか、完全にやる気満々の顔をしている。


「行くぞ!?」


「おうっ!!」「あぁっ!!」


 槍の男、ヘルバシオ。

 斧の男、コルデーロ。

 剣と盾の男、ビルヒニオ。

 レイナルドは銃を片手に、この3人に対して構えを取ったのだった。



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