第83話

「おいっ! 魔闘部隊だ……」


「本当だ……」


 エルフの入って行ったダンジョンに集まっていたリシケサ王国の兵は、数人の兵を残してほとんどが中へ入って行ってしまった。

 ダンジョン内の魔物がどれほどの強さかは分からないが、出て来た頃には仲間は疲労しているはず。

 その時、指揮官のセレドニオの所までエルフを連れて行く人間がいた方が良い。

 そのための兵が数人残っているのだが、仲間が戻ってくるまで時間があるため、軽い食事をして休憩していた。

 そこに、魔闘術を使う戦闘自慢の部隊が近付いてきた。

 他の隊が魔物相手に苦戦しながらようやくたどり着いたこの場所に、セレドニオの指示を受けた彼らは、ものの数分で追いついたのだった。


「ここがエルフが入ったってダンジョンか?」


「え、えぇ……」


 魔闘部隊の中の中肉中背で槍を持った男に急に声をかけられ、兵の男は慌てたように返事をしする。

 彼らは普通の隊とは違い、戦争が起きた時や危険な魔物が出た時にしか出動しない。

 そのせいか、関わり合うことが少ないため、どう対応していいのか分からないというのもある。

 ここまでに来る途中で、どうやら魔闘部隊の彼らもこのダンジョンのことを聞いたようだ。


「いいね。攻略したいな……」


「おいおい、俺たちはもう冒険者じゃないんだから……」


 兵の返事を聞いた槍持ちの男は、うずうずしたように洞窟の内部を眺め始めた。

 それを、背中に斧を持った筋肉隆々の男が止めに入る。

 この部隊の者たちはほとんどが冒険者上がりだ。

 魔物を倒したり、町の清掃や薬草探しなど、何でも屋と言った感じの職業である冒険者。

 仕事の中でも、特に魔石や牙や爪などは武器や防具の素材として使われるため、主に魔物の討伐をする者たちの方が多く、高額の魔石や素材を手に入れる一番の近道は、強力な魔物を倒して手に入れることだ。

 つまり、戦闘力が高い方が冒険者としての格が高い。

 彼らはそんな冒険者の中でも、上位のランクに所属していた者たちで、高額な資金と待遇を与えることを条件に、彼らはリシケサ王国に所属することを受け入れたのだ。


「さっさと先へ行こう!」


「分かってるよ。お前はいつも真面目ちゃんだな……」


 2人が話をしている近くで、フードの付いたローブを着て眼鏡をかけた男が注意を入れる。

 彼らの目的は獣人の始末。

 見た目通りの真面目な台詞に、槍の男はやれやれと言った感じで言葉を返した。


「獣人は数人に怪我をさせたらしいが、まだ誰も倒していないらしいな?」


「あぁ、まともに戦ったら手強いらしいぞ」


 意気揚々と多くの兵が森へと向かって行ったが、獣人たちの罠にかかり、多くの兵が魔物にやられて怪我をしたり命を落とした。

 それに引きかえ、圧倒的に数に違いがあるというのに、相手の獣人たちは何人かが怪我を負っただけで、いまだに殺害したという報告が入って来ていない。

 普通の兵たちでは、どうやら倒すのは難しいらしい。


「出現していた場所からいなくなったらしいが?」


「あぁ……」


 報告によると、獣人たちは魔物のいる所へ兵たちを誘導をしていたらしいが、その魔物もほとんど退治したら姿を見せなくなったらしい。

 怪我を負った者もいるのにその者たちも見ないということは、連れて逃げて行ったのだろう。


「西から追い立てているんだから、そうなると……」


「東か……」


 数は減らされているが、島の侵略はジワジワと進んでいっている。

 そうなると、逃げる先は自然と東になって来る。

 それを共通で認識すると、彼らは東へ向けて歩き出した。


「3、3に別れて、どっちが多く獣人を狩るか勝負するか?」


「いいな!」


 今度は、剣と盾を装備した男が思いついたように言い始めた。

 それに槍の男が賛成の声をあげる。

 どうやら彼らからしたら、獣人を倒すことはゲームのように思っているのかもしれない。

 他の兵が怪我を負わせる事が出来る程度の相手なら、たいしたことがないと思っているからだろう。


「おいおい、ふざけてるとセントニオ様にしかられるぞ……」


「……さすがに本人の前では言わねえよ」


 先程の眼鏡の男に注意を受けると、彼らは少し顔を引きつらせつつ答えを返してきた。


「ライムンド様までいるもんな……」


 続いて斧の男が言ったように、魔闘部隊の6人も、あの2人を相手にしたくない。

 もしも彼らが冒険者であったなら、きっと自分たちよりも上のランクに所属していただろう。

 そう思えるほど程あの2人の戦闘力は高い。


「まぁ、指示をこなすのだから、そういったゲーム性があってもいいかな……」


「おぉ、話が分かるな……」


 冒険者上がりだけあって、眼鏡の男以外はやる気の波が激しい。

 こういったゲーム性がないと、すぐに飽きてしまうから扱いづらい。

 内容的にはセレドニオの指示に反しないのだから、眼鏡の男はこれぐらいは良しとすることにした。

 それを聞いて、他の者たちは誰もが気合いが入ったようだった。






 敵の部隊は、何もみんなダンジョンに向かったわけではない。

 数組の隊は、森を抜けて獣人たちの捜索を続けており、モイストたち駐留兵と遭遇して戦闘が行われていた。


“バキッ!!”


「うがっ!?」


 モイストの槍を受け、リシケサの兵がまた1人倒れる。

 槍術が得意なモイストは、所々切り傷を負っているが、仲間と共に多くの敵兵を打ち払っていた。


「数が多くてもこの程度の実力なら大丈夫そうだな……」


「くそっ!! 獣人がこんなに強いとは……」


 仲間がまたも殺られ、どんどん不利になって来たことを感じた人族兵は、苛立たし気に呟いた。

 ここまでの戦いで、兵の数が少し違うくらいならモイストたちの方がまだ優位に運べるようだ。

 やはり、獣人特有の身体能力がかなり優位に働いているのかもしれない。

 駐留しているモイストたちは、日頃の訓練の成果を出して懸命に敵を打ち倒していった。


「くそっ!! せめて1人でも殺してやる!!」


 同数では獣人には勝てない。

 そう感じた敵兵は、モイスト1人を狙って攻撃を開始した。


「ぐあっ!!」


 しかし、1人で掛かっていっても当然返り討ちに遭い、柄の部分で顎をかち上げられた敵兵は、たたらを踏んで後退し、ダメージが足に来てそのまま尻もちをついた。


「止めだ!!」


 その状態ならもう相手にならない。

 モイストはその兵を仕留めようと、槍を向け一歩踏み込んだ。


“バキッ!!”


「がっ!?」


 モイストの槍がその兵に突き刺さる直前、サッカーボール大の魔力の球がモイストに向けて飛んできた。

 魔法に無警戒だったモイストは、その魔力球を右腕に食らい、そのまま吹き飛ばされていった。 


「モイスト隊長!?」


 他の獣人兵たちも、突然の出来事に慌てた。

 いきなり隊長のモイストがやられたからだ。


「ぐ、ぐぅ……!?」


 魔力球の攻撃が直撃したモイストは、右腕を抑えながら立ち上がる。

 かなりの勢いで吹き飛んでいたが、腕が折れただけで済んだようだ。


「直撃したのにしぶといな……」


 モイストが魔力球が飛んできた方角へ目を向けると、杖を持った壮年の男が歩いてきた。

 言葉からして、彼が先程の魔力球を放ってきたのだろう。


「だから言ったでしょ。カルリトさん」


 そのすぐ後ろには眼鏡をかけた青年がおり、呆れたように呟いた。


「獣人はその身体能力によって防御力も人族とは違うって……」


「聞いてなかったのか? おっさん」


 その眼鏡の青年の隣で、大剣を背負っている背の低い男がツッコミを入れた。

 3人とも魔力を纏っており、戦う気満々と言った感じだ。

 モイストたち駐留兵たちは、その状態の人間の強さを毎日の訓練で分からされている。


「みんな、退け!!」


 10人程で行動をしていたが、モイストの腕は折られ、まともに戦える状態ではない。

 他の者たちも細かい傷を所々負っていて、疲弊している。

 人数で勝っていても、魔闘術を使った人間3人相手にするには心許ない。

 咄嗟に判断したモイストは、仲間の獣人たちに一旦引くように指示を出した。


「「「「「は、はい!!」」」」」


「行かせるかよ!!」


 獣人たちがモイストの指示に従い引こうとするが、それを阻止しようと大剣持ちの男が追いかけて、その大剣で斬りかかって来た。


“ガキンッ!!”


「なっ!? ……ハーフエルフ!?」


 逃げる獣人たちに大剣が振り下ろされたが、誰1人斬ることなく1人の男に受け止められた。

 その阻止した人間を見て、大剣の男は驚きの声をあげたのだった。


「「っ!?」」


 突然現れたハーフエルフに、眼鏡の男 (エウリコ)と壮年の男 (カルリト)も慌てる。

 殺さず捕獲が絶対条件の獲物が、自ら姿を現したからだ。

 エルフは見た目が良いだけの生きる人形。

 しかも、戦う力もないことで有名だが、これまでの歴史上ハーフエルフも同じようにエルフの掟に縛られていた者ばかりだった。

 その知識があるからか、無抵抗に生きる人形でしかないハーフエルフが、魔闘部隊の中でも1、2を争う近距離攻撃力の高い男の攻撃をあっさりと止めた。

 それに、このハーフエルフが明らかに魔闘術を使用していることも信じられない。


「おいおい、いきなり飛び出したら危ねえだろ?」


 本気の力で斬りかかった訳ではないが、攻撃を止められた大剣の男 (パウリノ)は剣を引いた。

 何かの偶然なのか、このハーフエルフが特別なのか分からないが、本気で斬りかかっていたらもしかしたら殺してしまう所だった。


「お前らエルフは俺たちが飼ってやるから、おとなしく捕まれ!」


 魔闘術が使えるのは気になるところだが、とりあえず1匹捕獲ができそうだ。

 パウリノは、ハーフエルフに対して高圧的に命令した。


「モイセスさん!!」


「助かりました!! カルロス殿!!」


 モイセスたちを助けに来たハーフエルフはカルロスだ。

 魔闘術を使う者たちの目が、カルロスに向かっているのをいいことに、怪我を負ったり疲労しているモイセスたち獣人は、いつの間にか退却を開始していた。

 強力な魔力の持ち主が、二手に分かれた獣人兵たちの所に向かっているのを感じとったカルロスは、モイセスたちの救出をするためにこちらに向かって来た。

 どうやらそれについては上手くいったようだ。

 もう一組同じような魔力をした連中を感じ取ったが、そっちは兄のレイナルドが向かったので大丈夫だろう。


「あっ!?」


「あいつら!!」


 獣人たちが逃げてしまったことに気付いたカルリトとエウリコは、咄嗟に魔法を放とうとした。


「あんなのほっとけよ。それよりこいつを連れて行こう」


「……そうだな」


 獣人の殺害は指令の1つだが、巻き添えでこのハーフエルフが死んでしまってはかなりの損失だ。

 先にこのハーフエルフをセレドニオの所へ連れて行ってからの方が良いだろう。

 2人は魔法を撃つのをやめて、ハーフエルフの方へ近付いて行った。


「てめえ、カルロスとか言うのか?」


「………………」


 エルフに名前なんてあろうがどうでも良いが、パウリノはとりあえず呼ぶために名前を聞いておくことにした。

 しかし、カルロスの方は何の反応もしないで、パウリノ以外の2人が近付いてくるのを待った。


「おいっ! 無視してんじゃねえぞ!!」


「口うるさいチビッ子だな……」


 カルロスの身長とと同じくらいの長さをした大剣を持っているパウリノだが、カルロスが呟いたように背が低い。

 170cm程度のカルロスより、頭一つ分小さいくらいだ。

 パウリノもそうだが、他の2人もハーフエルフのカルロスが抵抗しないと思っているようで、完全に無防備だ。

 レイナルドとカルロスは、父のケイから昔のエルフ族は無抵抗主義を絶対としていたことを教わっていた。

 父はそれを馬鹿な掟だと思い、守らないことに決めたらしい。

 そんな父に育てられたせいか、掟を守っていたという先祖たちに、カルロスは軽蔑に近い感情を抱いていた。

 しかし、この者たちの口調や態度を見ると、まだ自分たちがこの掟を守っていると思っているようだ。

 これを使わない手はない。

 危険ではあるが、3人が無防備な状態で剣の間合いに入った所で、一刀のもとに斬り殺してやろうと考えた。

 だが、カルロスはまだ若く、我慢がちょっと足りなかった。

 高圧的なパウリノの態度が気に入らず、思わずパウリノの逆鱗に触れる言葉を呟いてしまった。

 そのため、密かに考えていた策は中断せざるを得ないことになった。


「……あっ!?」


「……言ってはならないことを」


 カルロスが呟いた言葉に、カルリトの方は慌てたような反応をし、エウリコは困ったように呟いた。

 あともう少しでカルロスの間合いに入る所だったのに、2人は近付くのをやめて足を止めてしまった。


「……?」


「……………今なんつった?」


 2人が接近するのをやめてしまったのをカルロスが疑問に思っていると、目の前の男は額に血管を浮かび上がらせ、真っ赤な顔でプルプルと震えていた。

 それを見て、カルロスはどうやらまずいことを言ってしまったらしいことに気付いた。


「てめえ!! 俺をチビだとぬかしやがったな!?」


 顔を上げ、カルロスを睨みつけるように見つめたパウリノは、手に持っていた大剣を思いっきり握りしめ、カルロスに向けて振りかぶった。

 この男にとって、身長の話はタブー。

 それがあって、バカにされないほどの強さを手に入れたのだが、怒りで我を忘れるという短所がある。


「死ね!!」


 振りかぶった剣を、パウリノはそのままカルロスに振り下ろそうとした。

 言葉の通り殺す気満々だ。


「よせっ! パウリノ! セレドニオ様は捕まえろって言っただろ!!」


「うるせえ!! 知るかよ!!」


 エウリコが言ったセレドニオの名前を聞いてパウリノは一瞬反応するが、怒りで聞く耳を持たない。

 パウリノはそのまま止まることなく大剣をカルロスに振り下ろした。


“ズバッ!!”


「ぐあっ!?」


「「っ!?」」


 大剣が振り下ろされたが、斬られたのはパウリノの方だった。

 怒りに任せた単純な剣筋に、カルロスが斬られるはずがない。

 わざとギリギリまで引き付けて大剣を躱すと同時に、カルロスは腰の刀を抜刀してパウリノの右腕を斬り飛ばしたのだった。 

 大剣を持ったままの右腕の肘から先が無くなり、パウリノは痛みで悲鳴を上げて蹲る。

 他の2人もこのような結果になるとは思わず、目を見開いて固まる。


「ば、馬鹿な……」


 右腕から大量の血を噴き出しながら、パウリノは信じられない者を見るようにカルロスを見上げた。

 ハーフとはいえ、エルフに人の腕を斬り飛ばすような剣の技術と力があるとは想像もしていなかった。

 その結果、今自分は大怪我を負うハメになっている。

 完全に油断したとパウリノは歯噛みした。


「………………」


 跪いたままのパウリノは、自慢の大剣もなく無防備。

 カルロスはそのまま無言で止めを刺そうとした。


「クッ!!」


「っ!?」


 3人の中で、こういったトラブルに対する反応が一番早かったのはエウリコだった。

 止めを刺そうとしているカルロスに向けて咄嗟に魔力球を放った。 

 横から飛んできたその魔法を、カルロスはバックステップをして躱す。


「……間違いない。こいつは普通のエルフじゃない!!」


「そのようだな……」


 距離を取ったカルロスを睨み、カルリトはパウリノの治療に入る。

 そして、エウリコは左手に付けていた指輪から片手剣を取り出した。

 どうやら魔法の指輪を装着していたらしい。


「エウリコ! 少しの間奴の相手してくれ。俺はこいつの傷だけでも塞ぐ」


「……分かった」


 この世界では手や足を欠損しても、再生する魔法が存在している。

 とは言っても、一瞬に治せるという訳にはいかない。

 ジワジワと再生して行くことで、最終的には元に戻すことができるというレベルだ。

 パウリノの腕を再生することはできないが、斬られた腕は残っている、

 今、この場合だと治すことは可能だ。

 斬られた部分をくっ付けて、回復魔法をかければ治せるからだ。

 カルリトは大剣についたままのパウリノの手を持ってきて、回復魔法をかけ始めた。


「行くぞっ!!」


「……っ」


 魔法の指輪から取り出した片手剣を手に、エウリコはカルロスに襲い掛かった。

 その剣筋は素人ではない。

 ローブに眼鏡だから、てっきり魔法重視の戦闘タイプだと思っていたがそうでもないらしい。


「いい剣筋だ……」


「何を上からっ!?」


 剣を振り回しカルロスに攻撃をするエウリコだが、殺してはならないという指示が頭にあるせいか、精彩を欠きカルロスには通用しない。

 とは言え、なかなかの剣筋をしているため、カルロスは感心したように呟いた。

 その上からの物言いが気に入らず、エウリコには苛立たし気に声をあげる。

 感情に任せた攻撃の一瞬できた隙を見逃さず、カルロスはエウリコの剣をかちあげる。


“ドムッ!!”


「ウッ!?」


 剣をかち上げられて無防備になったエウリコの腹へ、カルロスは左拳を打ち込む。

 エウリコも、自分から後方に飛ぶことでその攻撃によるダメージを軽減させようとしたが、僅かに遅く結構深く攻撃を受けた。

 攻撃を受けて数歩後退したエウリコは、かなりの痛みを負って額から嫌な汗が流れた。


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