第66話

「どういうことでしょう?」


 ファウストの父であるカンタルボス国王が、自分に関心を持ったと言われ、ケイは何故か嫌な予感しかしないでいた。

 関心を持たれる理由が思い至らず、ケイは率直に尋ねることにした。


「国に戻り、この島のことを説明したのですが、私がケイ殿に負けたと聞き、父と兄が反応しまして……」


「……どのように?」


 まさか子供がやられたからって、報復でもしようというのだろうか。

 獣人は仲間との絆は大切にする傾向が強いとルイスに聞いてはいたが、もしかして親バカとブラコンなのだろうか。

 さすがに失礼になるので口には出さないが、ケイはそんな風に考えていた。


「戦ってみたいと……」


「…………は?」


 やや言いにくそうな表情をしながらファウストが言った言葉に、ケイは思わず素の反応をしてしまった。

 獣人の大陸ではいくら強い者が偉いと言っても、脳筋なだけでは国を導くことなど出来る訳がない。

 そういった国は、昔はいくつもあった。

 しかし、それらの国が戦いの果てに消えていったことは、獣人大陸の歴史が証明している。

 今獣人大陸に残っている国は、その歴史の上に成り立っているので、脳筋の王がいる国はないとルイスから聞いていたのだが、ファウストの言った言葉からすると、カンタルボスの王は今では珍しい脳筋なのかもしれない。


「……断ったり、負けたりしたら、こちらに何かあるのでしょうか?」


 少しの間があり、お互いに気まずい空気が流れた中、ケイはとりあえず思っていたことを聞いてみることにした。

 別に何かメリットが欲しいとか言うつもりはないが、無意味に戦うなんて全然気乗りしない。

 はっきり言って、ケイからしたら、断れるなら断りたいところだ。


「いえ、特にないと思います。父は単純に戦いたいだけかと……」


「…………そう、ですか……」


 ケイの中で、カンタルボスの王は脳筋だと確定した。

 意味なく強い者と戦いたいだなんて、それ以外に言いようがない。

 ファウスト自身、他の獣人とは違い王である立場の父が、簡単に戦いを挑むようなことをして困っている。

 ただ、そもそも自分が負けたことが原因の一つのようなので、止めることもなかなか難しい。


「……失礼ながら、お父君はどれ程強いのでしょうか?」


 この島の支配権のことでファウストと一度戦いケイが勝利をしたが、その時の戦いを思い起こすと、ファウストの実力はかなりのものだった。

 前回ファウストと話をした時、父である国王には何度挑んでも勝てる気がしないと言っていた気がする。

 そんな相手だと、自分もボコボコにされる可能性も出てくる。

 ただボコられるくらいなら、何とか断る理由を考えないといけなくなる。


「……私が手合わせした感想ですが、父の方が上かと……」


「そうですか……」


「……受ければ? 負けても何も無いんだから……」


 身内の贔屓ひいき目を加味しているかもしれないが、両方と戦ったファウストが言うのだからきっとそうなのだろう。

 ケイがどうにかして断れないかと考えていると、これまで隣で黙っていた美花が話に入って来た。


「他人事過ぎない?」


「だって、他人事だもの」


 旦那がボコられても良いと思っているのだろうか。

 美花はかなり軽い感じで言って来る。

 それにケイが文句を言うが、帰って来た答えはまたも軽かった。


「もしかしたら、俺ボコられるかもしれないんだぞ」


「なら、腕一本くらい折ってやりなさいよ!」


 ファウストの前で言うにしてはちょっと不穏当な内容だが、仕方がない。

 獣人の国王がどれほど強いのかは分からないが、美花はケイがただ何もできずに負けることはないと思っているからだ。

 自分が見定めた旦那は、元々この島で納まるような器ではないと美花は思っていた。

 ケイ自身はそれでも構わないようだし、美花もそれで良かった。

 だが、急に他国の人間に認められることになったため、これはもしかしたらいい機会なのではないかと思った。

 美花はケイとファウストが戦うのを見ていないが、カルロスと手合わせをしているのを見たので実力はある程度分かるつもりだ。 

 はっきり言って、ファウストは器用で発想も面白い。

 だが、器用を利用することに逃げたように美花は思える。

 カルロスと実力的にほぼ同等となると、恐らく自分でも勝てるだろう。

 そんな相手が手も足も出ないといったからと言って、カンタルボス王がケイより強いと決まったわけではない。


「……まぁ、断る理由も思いつかないし、仕方ないか……」


 美花が言うように、負けるにしても舐められる訳にはいかない。

 逆に、小さな島のたった20人の集落を国にしたところで、いつでも捻じ伏せられると思われないようにしておきたい。

 

「手合わせの件、受けさせてもらいます」


「……ありがとうございます」


 ケイと美花の話は、目の前なので当然聞こえていた。

 強気な美花に面食らったところがあるが、我が儘を言っているのはこちらなので、文句など言う訳がない。

 ケイには悪いが、自分にはやる気になっている父をどうにもできないので、相手をしてもらうしかない。

 できれば、ケイが父を満足させてもらえるとありがたいところだ。


「それでは、明後日にでも出発しますか?」


「はい」


 元々、ケイたちは調印のためにカンタルボスに向かう用意はしておいた。

 ファウストたちも迎えにきただけなので、船に兵はそれ程乗せて来ていない。

 簡単な話し合いの後に出発の日にちが決まり、数十年ぶりにケイはこの島から出ることになった。






「美花は大丈夫か?」


「まぁ、なんとか……」


 カンタルボス王国へ向かう船旅を余儀なくされたケイは、現在妻の美花と共に船の上にいる。

 出発してしばらくして、2人は船の甲板に出たのだが、出入り口のすぐ側の所でジッと動かず立っていた。

 顔色は悪くなく、船に酔ったとかそういうことでもない。

 単純に、昔のことを思い出してしまうので表情が暗いだけだ。


「ケイ殿、美花殿、こちらにおいででしたか」


 ただ外を眺めているケイと美花の所に、ファウストが寄って来た。

 2人を探していたらしく、見つけて安心した表情をしている。


「いかがですか? 船旅は……」


 ファウストには2人が船の転覆に遭っていることは伝えてある。

 島を出発して船内を案内され、2人で一部屋使わせてもらうことになった。

 その部屋からしばらく動かないでいたため、ファウストには少し心配された。

 そんな2人がいつの間にか部屋を出て甲板にいたので、慣れてきたのかと安心していた。


「ここなら大丈夫ですが、やはり船旅は嫌なことを思いだして気分が滅入ります」


「それは何とも……」


 あれだけ強いにもかかわらず、海上では静かにしているケイに、ファウストは内心おかしかったが、その原因を知っているので、何と答えていいのか困った。


【しゅじん! ふねおおきいよ!】


「っと!」


 2人がジッとしている中、ケイの従魔であるケセランパサランのキュウが元気に飛び込んで来た。

 主人であるケイたちとは違い、生まれて初めて島の外に出たキュウは、好奇心からはしゃいでいる。

 今も船の中を見て回ってきたらしく、嬉しそうにケイに念話で話しかけてきた。


「まだ出発して間もないが、早く島に帰りたい」


「……そうね」


 元気なキュウとは違い、2人は全然テンションが上がらない。

 それどころか、嫌な思い出が何度も頭にチラつき、もう後悔し始めていたのだった。






◆◆◆◆◆


「じゃあみんな、あとのことはよろしく頼む」


「ちょっとの間行って来るね」


 島のみんなに見送られ、ケイと美花が挨拶をする。

 行って帰ってくるだけで2週間ほどの道程だ。


「気を付けてね。父さん、母さん」


 島のみんなを代表して、ケイたちの息子のレイナルドが挨拶する。

 ケイと美花の2人だけでなく、ここの島の人間はみんな海難事故で流れ着いた身。

 戦闘力は強いのに海が苦手な面々ばかりだ。

 逆に、この島で生まれたレイナルドたちはそんなことは経験していないため、ケイたちの船旅を羨ましそうにしている。

 この船旅には少々問題がある。

 ケイと美花が船旅が苦手というのは小さい問題で、一番の問題はこの島の安全だ。


「みんな、人族が来たら分かってるな?」


「「「「「はい」」」」」


 火山の噴火によってカンタルボス王国と関係を持つことになったが、たまたま獣人族側が先だっただけで、人族側からも来る可能性がある。

 これが一番の問題だ。

 金になることが分かっているので、恐らくエルフの姿を見たら、問答無用で襲い掛かってくる可能性が高い。

 2週間近くだが、島の中でも上位の戦闘力を持つケイと美花がいない。

 そういった場合のことを考え、みんなで色々と話し合いの場を設けた。


「女性と子供たちは早々に洞窟内へ、男性陣はカンタルボス兵の戦況次第で戦ってくれ」


「「「「「はい」」」」」


 ファウストと共にやって来たカンタルボス兵の半分近くは、この島に残ることになっている。

 以前の話し合いで、ケイがファウストに手配してもらった。

 王国の客人を招くために作られた大きな邸もそのためだ。

 人族側の船が見えた場合、カンタルボス王国の国旗を掲げ、ここは獣人族側の領地だと知らせ、船を引きかえさせる。

 それでも島に乗り込んできたら、彼らに話し合いを任せ、それでも戦闘になった場合は一緒になって戦うという手はずになっている。


「レイ! もしもの時はお前が判断しろよ」


「うん!」


 ケイの孫たちは、血が薄まりエルフの血を受け継いでいるとは悟られないかもしれないが、レイナルドとカルロスは耳でハーフエルフだと気付かれる可能性が高い。

 なので、もしも人族側と話し合いになったとしたら、ルイスとイバンの獣人コンビに加わってもらい、戦闘になったらレイナルドとカルロスの2人が前面に出る予定だ。

 ケイ程ではないが、レイナルドとカルロスはとんでもない魔力量になっている。

 レイナルドに至っては、美花と同等なレベルの戦闘力を身に着けているため、ケイたちがいない間は、レイナルドに島のみんなの安全を守ってもらうしかない。


「場合によっては、命に代えても……」


 人族側がどれほどの数で来るか分からなく、カンタルボス兵も20人近くしかいない。

 多数で来て勝ち目がない時、レイナルドは自爆をしてでも守るつもりだ。


「それはギリギリまで選択するなよ……」


 息子の決意を誇らしくもあるが、ケイ、というよりアンヘルは、それで父と叔父を失った。

 父たちと違い、ケイは息子たちにくだらないエルフの掟を教えなかった。

 そのため強くはなったが、数には勝てない時もある。

 エルフの血を引く息子には、勝てなければ大人しく捕まってでも生き延びろとも言えない。

 人族側に捕まれば、生きるのも嫌になるくらいの地獄が待ち受けているはずだからだ。

 そんな地獄を味わうくらいなら、身を挺して死んだ方が良いかもしれない。

 ただ、それでもやっぱり大切な息子だから、最後まで抗ってほしいというジレンマが、ケイの言葉に詰まっていた。


【ごしゅじん! キュウにまかせる!】


「「「「コクッ!」」」」


 ケイがレイナルドと話し合っている横で、ケセランパサランたちも別れの挨拶をしていた。

 アル、カル、サル、タルの4匹は、面倒を見ていられないので連れて行くことはできない。

 本当はキュウもおいて行こうと思ったのだが、念のため美花のボディーガードとして連れていくことにした。

 海上で海の魔物と戦うことになった時、トラウマのあるケイと美花は動けないかもしれない。

 その時もキュウに頑張ってもらうつもりだ。


「「行ってきます!」」


 最後に2人は気合いを入れるように強く言い、沖に停泊している帆船にいくまでの小舟ですら緊張した様子で乗り込んでいったのだった。


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