第67話

「ここがカンタルボスの港町エンツか……」


「……やっぱり人が多いわね」


 船内での暗い表情から久しぶりに大地に降り立ち、いつもの顔色に戻ったケイは周囲を見渡して呆け、隣で同じく顔色が元に戻った美花も、人の多さに感心している。 

 2人とも久々にこれだけの人数を見たからだろうか、完全にお上りさんのようだ。


「ケイ殿のおかげで、大分短縮されましたね」

 

 キョロキョロしているケイたちに、ファウストが話しかける。

 ファウストが言うように、天候次第では1週間以上かかる船旅が、ケイの魔法によって5日ほどでこの町へ到着した。

 ケイたちの島から西に行くと、かなり強力な海流が流れている。

 しかし、その海流と平行に北へ向かうにつれて勢いは弱まっていく。

 弱まった所を横切り、あとは南西に向かって船を進めるという道のりだ。

 強力な海流を抜けさえすれば危険は去り、そこからは帆船なため風次第で船の速度が変わる。

 そこで、ケイは魔法で帆に風を送り、船の速度を上げることを提案した。


「構いませんが、よろしいのですか?」


「疲れることより、早く着くことの方がありがたいので大丈夫です!」


 前世で溺れて死んだ記憶と、アンヘルの記憶が相まってか、海上は全然落ち着かない。

 これだけの船を動かすとなると強めに風を操る必要があるが、ケイの魔力なら問題ない。

 一定の時間魔法を放ち、少し休んでまた魔法を放つを繰り返した。

 天気が荒れることも無かったので、それによってかなり時間を短縮することができた。


「帰りはもう少し魔法を使う時間を増やしても大丈夫そうだな……」


 島が見える頃には帆に風をどう送ればいいかも分かって来たし、魔力量的にも余裕がある。

 これなら次船に乗った時は、風を送る時間を増やしてもっと時間を短縮することもできるだろう。


「この町はわが国で一番大きな港町になっています。王都からも近く、海産物が豊富なのでかなり発展しております」


 海上にいる時間が更に短縮できると喜んでいるケイに、ファウストはこの町の説明を始めた。

 説明の通り、少し離れたな所には多くの漁船がビットにロープを巻いて停泊している。

 船を建築・修理するためのドックや、大きな市場もその近くにあり、いかつい顔した男性たちが活気よく動きまわっている。


「近くには海鮮料理を出す店が多く並んでいます。少し早いですが、昼食に寄って行かれますか?」


「いいですね。この国の海鮮料理がどういうものか試したいですね」


「私も楽しみ」


 前世は日本人のケイと、日本に似た文化の国である日向の両親を持つ美花。

 2人とも魚介類が好きで毎日のように食べている。

 だが、料理をする方のケイは、最近ネタ切れになりつつある。

 そのため、もっと色々な料理を覚えたいと思っていたのもあり、ケイはファウストの提案に乗ることにした。





「どうでしたか?」


「美味しかったです!」


「私も!」


 ファウストが連れて行ってくれた料理店は、王族が通うくらいなだけに確かに美味しかった。

 ケイと美花が言ったように確かにどれも良かったが、白身魚の料理が多かった。

 ただ、焼いたり煮たりと色々と調理法を変えてはいるが、基本は塩ベースの味付けで、特別新しい感覚は受けなかった。

 タンパクで癖がないからか、この国では白身魚の方が国民には好まれているらしい。

 それと、ただ単純に取れる魚が白身魚ばかりなのだそうだ。

 ケイたちの住んでいる島の近くも白身の魚が多いが、赤身の魚も釣れる。

 と言っても、基本鯵ばかりではあるが。

 

「それでは、馬車を用意しましたのでお乗りください」


「馬車ですか?」


 話によると、この港町から1、2日ほど馬車で北西に向かったところに、カンタルボスの王都であるマノガにたどり着くらしい。

 ケイと美花の荷物は、ケイの魔法の指輪に収納しているので、ほぼ手ぶらの状態だ。

 ならば、馬車で向かうよりも、少しでも早く着くために走っていった方がいいのではないかと思った。

 そのことはファウストも分かっているはずなので、ケイは思わず聞き返した。


「お二人はこの国の要人になりますので……」


「あっ、なるほど……」


 ケイたちの島を一応国として認めるということは、ケイと美花はその国の代表ということになる。

 ファウストの2人への扱いを見せることで、カンタルボスの国民にも遠回しに理解させることが狙いである。

 なので、ひとっ走りして王都という訳にはいかないようだ。 


「お二人は島のことが気になるでしょうから、真っすぐ王都へ向かうのでご容赦ください」


「分かりました」


 ファウストも、というかカンタルボス王国も、ケイたちの島が人族に攻め込まれるのは好ましくない。

 戦闘力の高いケイが島に戻りたい気持ちは分かる。

 丁重にもてなしつつも、時間が短縮できるところは短縮しようと配慮した形だ。




「……ルイスたちのいた村というのは遠いのですか?」


 馬車で外の景色を見るのに飽きたケイは、一緒に乗るファウストにふと思ったことを尋ねた。

 島に流れ着いたルイスたちは、元はカンタルボスの国の住人だった。

 魔物のスタンピードで滅びたと聞いたが、遠いのだろうか。


「エンツから南へ馬で2、3日行ったところですかね。情報が王都へ届くころにはもう間に合わなかったそうです」


 事件は20年以上前のこと、ファウストはその時は生まれてもいなかった。

 しかし、王国の助けが間に合わなかったことに、申し訳なさそうな表情をしていた。


「……王都に向かう途中に小さな町があるのですが、そちらに村の生存者の方々が住んでいるはずです。……寄っていかれますか?」


「えぇ!」


「お願いします!」


 ケイよりも美花の方が返事が早かった。

 ルイスたちに頼まれたということはないが、2人ともこの国に来るときに気になっていたからだ。


「見えてきました。あそこの町ですね」


「あそこですか……」


 ケイと共に島で暮らすルイスたちが住んでいたというエンツリオの村は、魔物のスタンピードで壊滅した。

 ルイスたち以外に生き残れた者はいないとい思われたが、ファウストたちの来訪で僅かながら生存していたことを知ることができた。

 その知らせを聞いて、ルイスたちは大層喜んでいた。

 島に流れ着いた頃は、親や仲間を多く亡くし、気を張って生きているように思えたが、何十年も経った今では子や孫に囲まれ幸せに暮らしている。

 しかし、この国に生き残った者たちはそうでもないようだ。

 危険な魔物に追いかけられたトラウマからか、いまだにPTSD(心的外傷後ストレス障害)に苛まれているとのことだ。

 この世界では心療内科や精神科なんて存在していないだろうから、特に治療なんてされてはいないだろう。

 ケイには前世の記憶があると言っても、治療法なんて分かるはずがない。

 だから、せめてルイスたちの今を知って、元気になって貰えたらと思っている。




「お待ちしておりました。ファウスト殿下」


「出迎え感謝する。ビニシオ殿」


 町の中でも一際ひときわ大きな邸の前に馬車が着き、ケイたちはファウストに促されて馬車から降りる。

 すると、そこには一人の獣人が立っていた。

 ファウストの紹介によると、このブエノカエルの町の領主らしい。

 特徴としては、頭に角が生えている。

 ウシ科の獣人なのだそうだ。

 ケイと美花も紹介してもらい握手を交わした。


「部下が説明したと思うが……」


「はい。邸の一室に集まってもらっております」


 どうやら、ケイたちが元エンツリオの村の者たちに会いたいということを、ファウストが部下を使って先にビニシオに伝えておいてくれたらしい。

 着いてから集めたのでは、国の要人を無駄に待たせることになるからか、ビニシオはもう彼らを領主邸に集めていたようだ。




「初めまして、ケイ様、美花様。我々が元エンツリオの村の住人たちと、その家族になります」


「どうも……」


「よろしく……」


 ケイたちが一国の代表だということを伝えられていたらしく、彼らは恐縮しているようだ。

 丁寧な挨拶をされて、ケイたちの方も少し表情が硬くなってしまう。

 エンツリオの村は狼人族が大半で、他の種族はごく少数だとルイスから聞いていた。

 その言葉通り、目の前にはルイスたちと同じ特徴をした者たちばかりだ。

 中にはビニシオと同じような角の生えた者や、他の獣人の特徴をした者たちも数人ほどいる。

 そういった者たちは比較的若者が多く、どうやら配偶者や子供なのだそうだ。

 エンツリオ村の生存者は30人だったが、4人が病などで亡くなり、現在は26人。

 その家族も集まって40人近くになっている。


「ルイス兄が生きていると聞きました。本当なのでしょうか?」


「えぇ、彼は私たちの島で暮らしています」


 見た感じ年齢が一番上の男性が、代表して尋ねてきた。

 「ルイス兄」、今でもイバンがルイスのことを同じように呼んでいる。

 ルイスは面倒見の良い奴だ。

 村でも年下の子たちの遊び相手をしていたらしい。

 もしかしたら、この彼もその一人なのかもしれない。

 彼の質問に、ケイが答えると、狼人の男性たちの半分は喜んでいた。

 よっぽどルイスは顔が広かったのだろう。


「良かった……」


 聞いてきた彼は安堵したように呟く。

 相当嬉しかったらしく、涙ぐんでいるようにも見える。


「魔物が村に襲い掛かって来たとき、大人たちは我々子供だけでも逃がそうと集め、馬車数台で逃げました」


 涙を拭き、遠い目をした彼は、当時のことを話し始めた。


「大人たちは身を挺して馬車を魔物から守ろうとしてくれましたが、数が尋常ではありませんでした。あっという間に大人たちはやられ、馬車も何台も潰されました」


 話している男性以外のみんなも、その時のことを思いだしているのか表情が暗い。


「なんとか魔物の追跡を振り切って他の町へ着いたのですが、生き残ってから何度もその時の悪夢が押し寄せてきました。いまだに夢に見て起こされる時があります」


 26人の狼人たちは、みんな顔色が良くない。

 彼だけでなく、他の者たちも同じように悪夢に悩まされている日々が続いているのかもしれない。

 代表の彼でも、イバンと同じくらいの年齢に見える。

 つまりは30代前半くらい。

 20年近く前のことだから、当時は10歳前後。

 彼が一番上だとすると、他のみんなは一桁だったはず。

 幼少期に家族や仲間が目の前で殺される姿を見せられては、心に傷を負ってしまうのも仕方がないことだ。


「その悪夢のせいで体調が優れない時が多く、どの仕事をしても迷惑をかけることになり、生き残った意味があるのかいつも悩まされています」


「そうですか……」


 当初は王都で保護されていたらしいが、現在はみんなこの町で暮らしている。

 だが、この町でも役に立てず、苦しい思いをしているようだ。

 重い話だが、ケイは彼らの話を真剣に耳を傾けていた。




「それでは……」


「またのお越しをお待ちしております」


 元エンツリオの村人たちと話した翌日、ケイたちはファウストと共に王都への移動の続きを行なうことにした。

 見送りのビニシオに一言告げ、馬車へと乗り込んだ。


「……みんないまだに苦しんでいるんだな」


「そうね……」


 馬車を走らせている中、ケイと美花は昨日のことを思い返していた。

 元気を取り戻してほしいと思っての会合だったが、半分近くの時間は重苦しい空気のままだった。


「やっぱり、ルイスたち本人と会わせられないかな?」


「……でも、全員はちょっと難しいわよ」


 ケイたちの島には人が少ない。

 その大半がルイスたち獣人の血を引く者たちだ。

 ケイの孫たちもそうだ。

 ルイスたちも海上にトラウマを持つ身だ。

 長い船旅を耐えられるか分からないため、全員を会わせることはできないだろう。


「まぁ、最後の方はみんな少しは元気になったようだから、とりあえずは良しとしとくか……」


「うん……」


 ルイスたち一人一人の今をケイと美花が話していくと、重かった空気も次第に和らぎ、みんなの表情も和んでいった。

 子や孫に囲まれて幸せに暮らしていると伝えると、うれし泣きしている者までいたくらいだ。

 彼らに元気になってほしいというケイの願いは、少しは叶えられたのかもしれない。


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