第65話

「どうした? 休んでいないでかかってこい!」


「ハァ、ハァ、くそっ!」


 ファウストたちが国に戻ってからもうすぐ2週間になる。

 人族側から船が来る気配はまだない。

 今日も訓練がてら、ケイは木刀を片手に海岸でカルロスの相手をしていた。

 単純に、ケイ相手にしてカルロスが勝てるわけがない。

 何度も攻撃を繰り出すが、カルロスの木刀はケイに当たらず、空振りを繰り返して息切れする。

 そんなカルロスに、ケイは煽るような言葉を投げかけた。


「ハッ!!」


「うわっ!?」


 息を整えようとしているカルロスに、ケイは一気に近付く。

 そして、その時には木刀から稽古用の槍へと変えていた。

 これはファウストがおこなっていた技術を、ケイが真似したのだ。

 棒の先に布を巻きつけた槍が、カルロスの顔面目掛けて放たれる。

 それを慌てて下がりながら、カルロスは何とか躱した。


「はい! 終わり」


「くっ……」


 躱したカルロスを追いかけるように踏み込み、ケイはまた獲物を木刀に変え、カルロスの頭の上で寸止めした。

 これで勝負ありとなり、ケイはカルロスとの手合わせを終える。


「もうちょい手加減してくれよ」


「今度は剣で勝つんだろ?」


 負けたことが悔しかったのか、カルロスは拗ねたように口を尖らせる。

 しかし、カルロスがファウストと再戦の約束をしているのを知っているので、ケイとしては息子の成長の手伝いをしているだけだ。


「父さん相手じゃ自信がなくなるだけだよ!」


 ファウストの戦い方を真似てくれて確かに練習にはなるが、それ以外が違い過ぎる。

 一撃の威力も速度も、ファウストよりも一段上で向かって来る。

 全然攻撃が通じないので、カルロスは成長しているのか分からなくなる。


「俺に攻撃を当てられれば、勝てるだろ?」


「無茶苦茶な……」


 ファウストより上の実力の相手と戦っていれば、次は勝てるはずだ。

 そんな思いから、ケイは相手していたのだが、カルロスには不評のようだ。


「魔法の指輪で武器を変えるタイミングを見極めることが重要だな」


「それがムズイんだって……」


 ファウストのコロコロ武器を変えている戦術の種明かしをすると、簡単に言えば魔法の指輪である。

 魔法の指輪は、装着者の魔力に反応して物を出し入れできる。

 収納したものを出す時、自分の周囲になら出現させる場所をある程度自由に選択できる。

 それらの機能を利用して、急に武器を変えて相手に動揺を与える戦い方を取っているのだ。


「もしかしたら、次戦う時は両手にしてるかもしれないな……」


「両手に注意しなければならないってこと?」


 ケイがファウストと戦った時、結構早い段階でこの戦法を使っているということに気が付いた。

 魔力の扱いが最強の武器というエルフにとって、敵が魔力を使ったことを察知するのは難しいことではない。

 獣人は魔力が少ないが、魔力が無いわけではない。

 魔力を使って戦うのが苦手なので使わないが、魔法の指輪を使う時の魔力程度なら問題なく使いこなせる。

 訓練によって色々な武器を使えるファウストなら、練習次第で使いこなせるようになるのは当然だろう。 

 しかも、ファウストは手袋をして、指輪をしていることも悟られないようにしていた。

 ケイが感じた感覚からいうと、恐らく右手にしかしていない様子だった。

 カルロスもその技術を分かっていた。

 その上で負け越しているのだが、次戦う時はファウストも対策を練ってくるはずだ。

 片手に気を使って戦うだけでは、また負ける可能性がある。

 それを告げると、カルロスは困った顔をした。


「そんなんなったらどうすりゃいいんだよ!」


「何言ってんだ? 数が増えても手は2本だけだ。得物をしっかり見定めて、対処するしかないだろ?」


 カルロスは泣き言のように呟く。

 半分とは言え、エルフである自分の血を引くのだから、カルロスも探知は得意なはずだ。

 どちらの手、もしくは両手で魔法の指輪を使っても、探知して対処するしかない。

 それだけのことだ。


「二刀流みたいなこと?」


「そうだな。そう思えばちょっとは楽かもな」


 ケイのアドバイスに、カルロスはなんとなく思いついたことを聞いた。

 所詮指輪を両手に着けようと、更に言うなら何個付けようと、出した武器を使うのは2本の手。

 カルロスが言うように、2つの武器を使うのだと考えればいいかもしれない。


「今日はこれくらいにして、食材確保に行くぞ」


「見栄はって食料提供なんかするからだよ!」


 国に戻るファウストたちに食料提供したが、噴火で食料の備蓄は多くなかった。

 なのに提供してしまったので、備蓄分はもうない。

 また噴火が起きるようなことがない限り問題ないが、やはり余裕があった方がみんな安心できるはず。

 そのためにも、野草や魔物の肉を手に入れなければならない。


「ファウスト殿はまた来るのが濃厚だ。その時にも食事くらい出さないとな」


 国として認められて同盟を結ぶにしても、少人数のこちらがどうしたって下になり、王への謁見をしなければならなくなるだろう。

 その時は、ケイと美花が代表で行くことになっている。

 数十年ぶりに島から出て行かなければならないため、残していくみんなに不安を与えたくない。

 なので、今のうちにできる限り食料を確保しておきたい。

 そう思っ、ケイはカルロスを連れて釣りに向かった。


 その2日後、以前と同じ船が獣人大陸のある西の方角から近付いてくるのが見えたのだった。


「お久しぶりです。ケイ殿」


「無事のご到着何よりです」


 少し沖に帆船を停泊させ、小舟に乗って東の海岸にたどり着いたファウストは、出迎えたケイと挨拶と握手を交わす。

 その背後には、以前と同様に熊の獣人のアルトゥロが控えている。

 

「長い船旅でお疲れでしょう? 休息を取れる場所を用意しましたので、そちらでお寛ぎ下さい」


「ありがとうございます」


 前回の時、突然のことだったとは言っても、客人を泊めるような場所を用意していなかった。

 さすがに一国の王子を野宿させるわけにはいかないため、ファウストにはケイの家の空いている部屋で休んでもらった。

 まだ同盟を結んでいないので、警護のためにアルトゥロの部屋も隣に用意しなければならなかった。

 これからのことを考えると、カンタルボス王国から要人を招く機会が増えるだろう。

 その時のために、ちゃんと招き入れる施設を用意することにした。


「これは……大きな邸ですね?」


「物作りは好きなもので……」


 村の東側にひと際大きな建物が建っている。

 その前に立ち、ファウストは驚いた表情をしている。

 それもそのはず、前回来た時にはこのような建物は存在していなかった。

 なのに、2週間ちょっとの間に、これほどのものを造り上げるとは思わなかったからだ。

 若干呆れているようにも見えたため、ケイは照れくさそうに呟いた。


「こちらをお好きにお使いください」


 中には家具も作って入れてある。

 豪華な感じはしないかもしれないが、シンプルで寛げるようにはできていると思う。

 ケイは玄関の扉を開けて、ファウストを招き入れつつ軽くお辞儀をした。


「いい施設ですけど、宜しいのですか?」


「えぇ、兵の方々も入れるように作ってありますので……」 


 前回の時、ファウストと護衛のアルトゥロはケイの家で休めたが、ファウストの多くの部下はテントを張って寝るしかなかった。

 食事は満足させることができたとは思うが、彼らには何の歓待もできなかった。

 この東側の島にいれば魔物が来るようなことが起きるとは思わないが、もしもの時には部下が側にいた方が良いだろう。

 そう思って、兵の人たちも寝泊まりできる場所も作っておいた。


「食事の方ですが、我々と一緒で申し訳ないのですが、前回同様食堂をお使いください」


 村には幾つかの住宅が造られている。

 もちろんケイが造ったので、ちゃんと一軒一軒調理場もあるのだが、みんな家で料理を作って食べるようなことをあまりしていない。

 というのも、この島で一番料理が上手いのがケイで、みんなケイに作ってもらいたいのだ。

 そのことを相談されたケイは、ならばと、食堂をみんなの家から近い場所に建てた。

 雨が降っても毎日来れるように、ちゃんと雨風凌げる通路まで作った。

 王国の人間を招く施設を造ったが、この島でできる歓迎と言えば、島の食材で作った料理を振舞うことしかできない。

 そのため、彼らにも食堂で食べてもらおうと思ったのだが、身分の差があることを忘れていた。

 前回はともかく、もしかしたら今回は別にした方が良いのではないかと思い、ケイはファウストに尋ねた。


「分かりました。まぁ、王国内でもないので、そういった細かいことは気にしません」


「そう言っていただけるとありがたいです」


 聞いてみると、ファウスト自身もここの食事を気に入ったらしく、堅苦しいことはなしにして、みんなで美味しい料理を楽しく食べたいのだそうだ。

 どうやら気にする必要はなかったようだ。


 その後、施設内を一通り案内し、ファウストたちには今日の所は休んでもらい、翌日に一応村長宅であるケイの家で話し合いを行うことになった。


「父である国王に、この島と皆さんのことを伝えたのですが……」


「何か不都合なことでも?」


 翌日にファウストを招き、話し合いが始まったのだが、開始早々ファウストは表情を少し曇らせながら言い淀んだ。

 その様子を見て、いくら何でも20人程度の人間が住む島を国と認めるという約束は、無理があったのではとケイは思い始めた。

 一国の王子が約束したと言っても、ここの20人を消してしまえば無かったことにできる。

 さすがにそうなるくらいなら、こちらから約束をやめても全然構わない。

 取りあえず、ファウストの話の続きに耳を傾けることにした。


「いえ、ここを国として認めるということ自体は問題ないです」


「そうですか……」


 そもそも、ここの島が敵対しそうな人族に支配されたら面倒なことになると考えたため、ファウストが派遣されたのだ。

 王国としたら、金をかけて島を開拓するよりも、このままケイたちに自由にさせて、自分たちの下に付けておくのが手っ取り早い。

 発展したなら、尚のこと好都合だ。

 国と認めるだけで良いなら大したことではない。

 王国に呼び寄せて、調印すればいいだけのことだからだ。

 ファウストもそのことを説明したうえで報告したのだが、その後が問題だった。


「父がケイ殿のことが気になる様でして……」


「……えっ?」


 はっきり言って、獣人の王になんて会ったことなんて当然ない。

 それなのに、何か気に障るような事でもしたのだろうか。

 もしかして、気に入らないから潰してしまおうかとでも思っているのではないだろうか。

 そんな嫌な想像が浮かんできて、ケイは顔を青くするしかなかった。


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