第64話
「消え……っ!?」
目の前にいたはずのケイの姿が消え、ファウストは慌てた。
しかし、すぐに冷静さを取り戻し、ケイの気配を探りにかかる。
「くっ!?」
消えて見えるのは、目で追おうと思っているからだ。
獣人の優れた能力を使えば、きっと探知できる。
そして分かったのは匂い。
高速に動こうとも匂いは消せない。
それを察知したファウストは、背後に回っていたケイに反応する。
“ドガッ!!”
「獣人は鼻が良いから羨ましい……」
武器を槍から盾に変え、ケイの右拳を防いだ。
しかし、ケイは防がれたことをなんてことないように呟く。
むしろ、防いだファウストを感心しているくらいだ。
速度を上げた瞬間にファウストが慌てたのはケイも見ていた。
それをすぐに消し、冷静になれたのはいい判断だ。
王族だから、訓練はしていても突発的なことに弱いのではないかと思っていたのだが、どうやらただのボンボンではなかったようだ。
「なっ!? た、盾が……」
ケイの拳を防ぐために持ったファウストの盾が、軋むような音を立てていたと思ったら、ヒビが入っていた。
こんな攻撃が自分に迫っていたと思うと、これまで楽しいと思っていた感情が一気に吹き飛び、ファウストの全身には冷たい汗が噴き出してきた。
「くっ!!」
線の細い体から、どうしてそんな威力が出せるんだと疑問に思いながらも、このまま接近戦に持ち込まれては、あっという間に盾が壊される。
ならば、離れて弓による遠距離攻撃で戦うしかないと判断したファウストは、空いている手に剣を持ってケイへ横に斬りつける。
その攻撃を、予想通りケイが下がって躱したのを見て、ファウストも全力で距離を取る。
「……これでどうだ!」
距離を取れば、いくらケイの速度が早くても鼻を使って捕えられるはず。
十分距離を取ったファウストは、弓に矢をつがえ、ケイに向かって連射していった。
「………………」
高速で矢が迫る中、ケイは無言の笑顔で腰に手をやる。
“パパパパ……ン!!”
「なっ!?」
ホルスターから銃を抜いたと思ったら、ケイは引き金を引いて連射した。
銃から発射された弾は、ケイに向かって来る矢に当たり消し飛ばす。
あまりにもあっさりと自分の攻撃を防がれ、ファウストは目を見開いた。
ケイの手にあるのは見たこともない武器。
先程の様子から、何かを発射することで敵に攻撃する武器であるということは分かる。
「遠距離もダメか……」
近接戦闘ではただの拳が凶器、離れればあの武器で仕留める。
どちらで戦っても勝ち目が薄い。
「ならば……」
最後に頼るのは、自分にとって一番得意な武器しかない。
父や兄はどんな武器でも強いが、ファウストにとっては槍。
さっきの刺突特化の槍ではなく、棒の先に片刃の短刀を付けたような自分の愛槍を手に、ファウストはケイを殺す気で掛かることにした。
「……良い気合いですね」
槍を構え、これまで以上に力を込めた目つきに変わったファウストに、ケイも真剣に応えることにした。
左手に銃を持った状態で戦闘態勢に入り、ファウストと向かいあう。
「ハッ!!」
僅かな膠着状態から、先に動いたのはケイ。
全力のファウストがどれほどのものか、試してみたくなったからかもしれない。
何のフェイントもなく、ただ真っすぐに突き進む。
「ツェイヤ!!」
「っ!?」
ケイの接近に対し、無駄な力が抜けた見本のような突きがファウストから放たれた。
しかし、ケイには当たらない。
見切っているかのように攻撃をダッキングして躱すと共に、ケイは速度を落とさずファウストの懐に入り込もうとする。
「ハッ!!」
あと一歩でケイの拳が届く距離といったところで、ファウストは槍を回転させ、柄の部分でケイの顎を目掛けて振り上げる。
“パンッ!!”
「っ!?」
ケイはそれを躱さない。
下から上がってくる槍の柄に対し、ケイは銃弾を放つ。
その銃弾が柄に当たったことで槍の軌道がずれ、ケイの顔面ギリギリ横を通り過ぎた。
「ちょっと痛いですよ……」
懐に入り込んだケイは、一言謝った上でファウストの横っ腹目掛けてボディーブローを放った。
「フグッ!!」
ケイの一言で、腹への攻撃を受ける覚悟を一瞬でしたファウストだったが、威力がとんでもなかった。
歯を食いしばって耐え、せめて一撃でも反撃しようと思っていたのだが、アバラを軽く2、3本へし折られ、悶絶することしかできなかった。
「がはっ!!」
みっともなくも胃の中の物を吐き出し、ファウストは腹を抑える。
槍を支えにして膝をつかないのは、せめてもの意地だ。
「……続けますか?」
「い、いや……、参りました」
まともな状態でもきついのに、腹をやられた今では、ケイの速度に付いて行けない。
続けてもなぶり殺しにされるだけだ。
勝敗は降参させるか気絶した方が負け。
降参しなければ負けないかもしれないが、ケイとは格が違う。
部下たちの前で無様だが、ファウストは潔く負けを認めることにした。
その降参の言葉を聞いて、ケイは持っていた銃をホルスターに戻した。
「アバラ折れましたよね? 治すのでそのままでいてください」
「すいま……せ…………ん」
殴った時の感触が残っているので分かる。
確実にアバラは折れたはずだ。
相手は一国の王子だ。
決闘だったとは言ってもやり過ぎたかもしれないと思い、ケイは早々に治療に当たろうとした。
どうやら張っていた気が緩み、痛みが一気に押し寄せてきたらしく、ファウストは感謝を述べると、槍を支えにして立ったまま気を失った。
「お見事です。若!」
不安定な状態で立っているファウストを、審判役だった巨体の熊耳おっさんが倒れないように抱き留めた。
やられても倒れない姿に
後で聞いた話だが、熊耳おっさんはファウストのお目付け役らしく、立派になった姿が嬉しかったらしい。
ケイも気を失っても倒れない姿は見事だと思ったが、それがなかったら、巨体のおっさんが泣いている姿に引いていたところだろう。
◆◆◆◆◆
「あ~……、また負けた!」
東の海岸で、カルロスは大の字に寝転がる。
そして、ファウストとの手合わせに負けたことに悔しがる。
「これで2勝1敗ですね?」
さっきまで持っていた木刀を消し、ファウストは横になっているカルロスに手を伸ばす。
「次は負けません!」
笑顔で出されたファウストの手を掴み、カルロスは立ち上がる。
負けたばかりだというのに、しっかりと再戦を申し込むあたりはちゃっかりしている。
カルロス自身負けず嫌いだから仕方がない。
「またやりましょう!」
「はい!」
次男同士だからだろうか、ファウストはカルロスと仲が良くなった。
勝敗の通り、ファウストの方が実力は僅かに上といったところだ。
年齢的にはファウストの方が1つ上。
その分、大人の対応をしていて、カルロスの申し込みにも無碍に断るようなことはしない。
「おい、カルロス! ファウスト殿は王国の王子殿だぞ。あまり迷惑はかけるな」
「はは、大丈夫ですよ。レイナルド殿」
しつこく付きまとっているようなカルロスに対して、レイナルドが注意をする。
しかし、ファウストは大人の対応で返す。
「そもそも勝ちたいなら、常に距離を取って魔法で戦うのが一番だろ?」
色々な武器を使い、どの距離でも戦えるファウストだが、レイナルドが言うように魔法が得意なケイ、レイナルド、カルロスが戦うのなら遠距離戦に持ち込むのが一番勝ちやすい。
カルロスの1勝も、遠距離戦に持ち込んだことによる勝利だ。
「やだよ、何かそれで勝ってもスッキリしない」
折角、レイナルドが忠告をしているのだが、カルロスは聞き入れない。
父や兄と違い、母の美花から教わっている剣技で戦うのが1番好きなカルロスは、魔法で勝つより刀での勝利が好きなのだ。
しかし、剣技は互角。
カルロスが魔闘術による身体強化をしても、素の身体能力で戦うファウストの方が力も速度も僅かに勝っており、その差でジワジワと追い込まれて負けている。
「若!」
「ん?」
3人が話している所へ、熊の獣人で巨体のアルトゥロが海岸に下りてきた。
「ケイ殿より食料の提供をしていただきました」
そう言って、手に持つ袋をファウストに見せる。
その中には米が大量に入っている。
「そいつはありがたいな。わざわざ回復して頂いた上に食事をごちそうになったりと、ケイ殿に礼を言わなくては……」
ケイとファウストが戦ったのは昨日のこと。
手足の欠損と言ったような大怪我はともかく、骨をくっ付ける程度の回復魔法は、ケイにとってはたいしたことない。
魔力が多いケイだからこそできることで、本来は数日かかる所だ。
回復魔法自体が魔力を食うため、魔力が少ない獣人では、ここまでできる人間はまずいない。
獣人が骨折をした場合、固定して骨が付くのを待つしかない。
自己治癒力が人族よりも高い獣人は、大人しくしていれば数日あればあっという間に回復する。
しかし、1日の内に治してしまったケイに、獣人は驚いていた。
そして、目を覚ましたファウストに、東にも海岸があり、その近くに村があることを告げ、船ごとそちらに回ってもらった。
ファウストとアルトゥロを含め、総勢50人ほどの人間が帆船に乗っていた。
攻め込むにしては思ったより人数は少なかった。
まあ、彼らは無人島だと思っていたのだから、調査にはこれだけいれば十分だったのかもしれない。
村の方に回ってもらったのは、船員に食事を振舞う為だ。
「何もない村だから、せめて食事くらい振舞わせてほしい」
そう言って、ケイはファウストたちに食事を振舞った。
ケイが作るので日向食(和食)中心の食事になってしまったが、船員たちには珍しさもあってか、かなり好評だった。
彼らは食料に困っているということはなかったが、料理のバリエーションが少ないらしい。
「ケイ殿! うちの料理人にいくつかレシピを教えていただけますか?」
食事の後、結構な数の船員たちからこの言葉を聞いた。
もしかして、獣人大陸からこの島まではかなりの距離があるのだろうか。
「直線にすれば1週間で着く距離なのですが、この島に近付くには勢いの速い海流が邪魔をして、かなり遠回りしなければならないもので……」
なんでも、その海流は漁師にとっては危険な海流として知られており、年に何隻もの船が転覆して行方不明者を生み出しているらしい。
それと同じ海流が人族側にもあるそうだ。
つまり、危険な海流に挟まれた場所にこの島が存在していて、火山の噴火でもなければ気付かなかった場所のようだ。
「もう行ってしまうのですか?」
食料の餞別に感謝をケイに告げ、ファウストらは国に戻ることになった。
戻って、父である国王にこの島のことを早々に告げるためだ。
それを知ってか、カルロスが残念そうに言う。
父と兄以外で、自分と同等に戦える実力の持ち主のファウストとの別れが残念なのかもしれない。
「恐らくまた来ることになります。その時にまた手合わせしましょう」
「本当ですか? その時を楽しみにしています!」
国として認めてもらうのだから、恐らくは王との謁見をしなくてはならなくなる。
なので、ケイも代表として島から出なければならなくなるだろう。
その時迎えに来るのは、ファウストなのが濃厚だ。
カルロスはその時にでも手合わせしようと握手を交わし、ファウストを見送ったのだった。
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