第63話
「そう言えば、こちらが勝った場合どうなるのですか?」
勝負方法は決まって後は戦うだけだが、こちらは負けたら属国になるとして、勝った場合に何もなしでは戦う意味がない。
まさか属国にしないのが、こちらへの報酬だとでも言うのだろうか。
たしかに、攻め込まれるようなことになれば今日の内に潰されるかもしれない下の立場だが、それだけを理由に戦うのはなんかちょっと納得いかない。
他に何かこの戦いにメリットが欲しい。
まぁ、何か付けられるならラッキーぐらいのつもりで、ケイはファウストに話しかけてみた。
「何でも! ……と言いたいところですが、私に与えられた権限には限界があります」
「……ですね」
最初の言葉を聞いた時は驚いたが、やはりそこまで甘くないようだ。
ファウストも王命で来たのだし、たいしたものを得られるとは思わなかった。
そもそも、ケイたちは特に困っていることはないため、何か欲しいかと言われても何もないのが本音だ。
「しかしながら、国に帰還した際に王に伺い、そちらの要求を伝えることは約束いたしましょう」
「……王に伝える?」
つまり、無理な要求は王にまで行ってしまうということになる。
その王の気性次第で、余計な要求をすると腹を立てて、今度こそ攻め込んでくるみたいなこともあるかもしれないということなのだろうか。
「今回勝っても要求内容次第でまた戦えとか言うのですか?」
「いえ、そのようなことがないように約束いたします」
攻め込まれるのは流石に勘弁願いたい。
ケイとしては、このままこの島でみんなとのんびり平和に過ごして行ければ良い。
そのため聞いておいたのだが、ファウストが自信ありげに返答をしてきた。
「失礼ですが、あなたにそれが約束できるのでしょうか?」
部隊の隊長程度がそんなことが可能なのかと、ケイは疑問に思う。
こちらとしては、やっぱり無理でしたでは話にならない。
そう言えるきちんとした説明が欲しい所だ。
「大丈夫です。今更で失礼ですが、正確に名乗りますと、私のフルネームはファウスト・デ・カンタルボスと申します」
「…………ということは?」
「国王の次男です」
「……なるほど」
それが本当だというのであれば、本当に今回だけで済みそうだ。
次男とはいえ、王国の人間が約束したことを反故にすることはないはず。
「ちょっと待っていてください」
安心してこちらの要求が言えると思ったケイは、ルイスたちと何を要求するか話し合いにいった。
「どうする? 何か吹っ掛けようぜ」
ケイは、ルイス、イバン、レイナルド、カルロスの4人と輪になって話し始めた。
折角安心して何か要求できるのなら、ちょっとくらい高めの要求をしたいところだ。
「いきなり来て不可避の決闘。確かにふっかけたいね」
「だね!」
似た者親子というか、レイナルドとカルロスも同じ意見のようだ。
ただ、ケイもだが、特に要求するような物が思いつかない。
「……何かないかな?」
ルイスとイバンは、元々は自国なのだから何かあるのではないか。
そう思って、ケイが2人に目を向ける。
「では、ここを国と認めてもらうのはどうでしょうか?」
「……えっ?」
ルイスの言葉に、ケイは理解が追い付かないでいた。
国も何も、村と呼ぶのもためらわれるほどの小人数しかこの島には住んでいない。
それがいきなり国になるなんて、ケイは考えたこともなかった。
「それ、メリットあるかな?」
ルイスの提案に、レイナルドが首を傾げる。
国と認められた所で、カンタルボス王国とは同等になる訳ではない。
なので、その提案の意味が分からない。
「恐らく、この島は獣人族大陸と人族大陸の中間にあると思われます」
「うん」
ケイや美花が人族側から、ルイスたちが獣人族側から流れ着いたところを考えると、その可能性は考えられるし納得できる。
元奴隷の魔人族であるシリアコ以後にも、何度も水死体が流れ着いた。
きちんと火葬して墓地に葬っているが、西と東の海岸に流れ着く人間の割合からいうと、獣人の方が多い気がする。
そのことから、細かく言えば獣人大陸寄りだろう。
「噴火は人族側も気付いてるはずです」
「なるほど……」
ルイスのその説明で、ケイはなんとなく言いたいことが分かった。
「……人族のどこかの国が、今回同様に来るかもしれないということか?」
「その通りです」
今回は獣人の国の人間が先にきただけで、場合によっては人族側の人間が来ていたという可能性もある。
そう考えると、ケイは軽く背筋が冷えた。
ファウストたち獣人側は、こちらが丁寧に対応すれば話し合うことはできる。
しかし、人族側はケイの姿を見た瞬間、問答無用で捕獲してきそうだ。
ケイの中のアンヘルの記憶が、欲にくらんだ人間に追いかけられた過去を思い出させる。
「国と認められた後、カンタルボスとだけでも同盟を組めば、人族側からのちょっかいは退けられるかと……」
「……それはいいかもな」
カンタルボスの王も、ここを人族に手に入れられると面倒なことになるという思いがあってのことかもしれない。
人族側は、獣人族や魔人族とよく揉めている。
人族大陸に近い獣人族の国は、数が多い人族の相手にどこの国も手を焼いている。
なので、ここの島を獣人大陸に攻め込む拠点にされたくない。
それなら、同盟の提案は受け入れてもらえるかもしれない。
「要求はそれで行こう!」
国として認めてもらう。
戦いで勝って、国として承認された後同盟を結ぶ。
それをファウストへ求めると、
「いいですよ!」
かなりあっさり要求が通った。
簡単すぎるので、もしかしたら、ファウストはそれでもいいと思っていたのかもしれない。
ケイたちとしては要求が通るなら文句はない。
「じゃあ、始めましょうか?」
ファウストに促され、ケイは勝負を始めるために前へと進む。
ケイの隣にはルイスが付き、ファウストの隣には熊耳で2mくらいの身長をした腕が丸太のような太さのおっさんが付いている。
「審判は平等をきすために1人ずつ。相手を気絶または降参させた方の勝ち。武器は自由。私とケイ殿の1対1の対決で宜しいですか?」
「はい!」
島の代表はケイ、カンタルボス王国側の代表はファウスト。
そして、ルイスと巨体の熊耳おっさんが審判役だ。
ケイとファウストが、お互いある程度離れた位置に立ち、戦闘開始の合図を待った。
「「始め!!」」
2人の審判が同時に手を振り下ろし、ケイとファウストの戦闘が開始された。
「私の主観では、虎人族は攻守、それにパワーとスピードのバランスが良いタイプです」
「へ~」
試合の開始前、ルイスにファウストのことで何か知らないかと尋ねたら、色々と教えてくれた。
この島で10年以上過ごしているため、ルイスも彼のことはよく分からないそうだ。
しかし、彼の父である王のレジェスのことは、少し知っているとのことだった。
遠くから兵相手の訓練をしているのを見ただけらしいが、少しでも情報はあった方が良い。
親子で同じだとは思えないが、役には立つだろう。
「特に彼は王族なので英才教育を受けているはずです。何の武器で戦って来るかわからないですが、どんな武器でも一流だと思っていた方が良いですね」
「分かった」
王家の人間は上に立つ者の義務として幼少の頃から戦いの教育を受けているらしい。
特に獣人は強いことが重要なので、色々な武器を訓練しているそうだ。
「……で? どうすればいい?」
聞いた感じだけだと、まだファウストの戦い方は分からない。
だが、相手もケイの戦闘スタイルは分からないはずなのだから、始まって見定めるしかない。
答えを期待したわけではないが、ルイスが大丈夫だというから何か考えがあるのかと思い、ケイは尋ねた。
「いつも通り魔力でねじ伏せれば大丈夫です!」
「そ、そうか……」
ルイスは頭を使うタイプだと思っていたのだが、帰って来たのは脳筋な答えだった。
そんなことで大丈夫なのかと言いたくなるのを抑え、ケイは頷くしかなかった。
「おわっ!?」
そして始まったファウストとの戦いだったが、開始早々ケイは慌てた。
同じ獣人のルイスのイメージが強かったからか、出足が遅れた。
相手に自分のスタイルを掴まれる前に、攻撃を加えようとお互い思っていたようだ。
だが、ファウストの動きがケイの予想を上回った。
その速度に僅かに遅れたせいで、ケイは意識を攻撃の回避に変えた。
ファウストの手には片刃の剣、峰の部分でケイの胴部分を薙いできた。
それをケイは、ギリギリの所でバックステップして躱す。
先程までケイがいた場所を、ファウストの剣が風切り音と共に通り抜けた。
「っ!?」
攻撃を躱されたファウストの方は、驚いたような表情をした。
その一撃で終わらせるつもりだったのか、少し大振りだったため、ファウストも下がって距離を取る。
「……躱されるとは思いませんでした」
「こっちも驚きましたよ。想像より速くて……」
ファウストは少し嬉しそうに話しかけてきた。
ケイもちょっと焦ったのを見られ、若干照れながら話しかけた。
「久しぶりに楽しめそうで嬉しいですよ」
「そうです……か?」
話している最中だったが、ケイはいつの間にかファウストの武器が変わっていたことに気付いた。
さっきは剣だったはずなのに、それがなくなって弓になっていた。
しかも、ケイの話が終わる前には矢をつがえて引ききっていた。
「……っと!?」
放たれた矢は、ケイの足目掛けて飛んで来る。
それをケイは左に飛んで躱す。
「っ!? っと!? っと!?」
最初の矢を躱したところへ、ファウストは次の矢を放ってくる。
それが繰り返され、ケイは右へ左へと動かされる。
「わっ!?」
ケイの意識を下に移させるのが狙いだったらしく、次にファウストは弓から槍に武器を変えてケイの右腕に突きを放ってきた。
それをケイは体を捻って躱し、ファウストの左へ回る。
ファウストの槍は、鉛筆のような刺突がメインの攻撃的形態。
回れば刺されることはない。
「スゴイ! これにも反応しますか……」
完全に自分の土俵に持って行ったように思えたのだが、ケイに大怪我を負わせないようにしているとは言っても、避けられるような攻撃をしているつもりはない。
初見の相手は、自分の攻撃のバリエーションに面食らっているうちに勝負に負けるのが常なのだが、ケイにはまだ余裕が感じられる。
弓から槍に変わったのを見て躱し、この槍の形状から横へ横へと回られれば、致命傷を与えられる刺突ではなく打撃として使うしかなくなる。
打撃なら、数発食らったくらいでは致命傷にならないと、ちゃんと分かっている動きだ。
そのことに、ファウストは驚きながらも楽しくなってくる。
父や兄以外で、ここまでの対応をすんなりこなすケイの実力に、自分以上の強者が持つ様な匂いを感じ取ったからだ。
獣人とは、強者に挑むことが楽しい人種なのかもしれない。
『サ〇ヤ人か!?』
“ヒュン!!”
「っ!?」
攻撃を躱されながらも笑みを浮かべるファウストに、ケイは内心ツッコミを入れていた。
そして、そろそろ攻撃を開始しようと思ったのだが、またもファウストの武器が変わっており中止する。
今度はまた剣に変わっており、袈裟斬りを放ってきた。
だが、ケイは慌てることなく躱し、距離を取る。
「面白い戦い方ですね」
「……そうですか?」
距離を取ったケイが明るく言う。
武器をコロコロ変える戦闘スタイル。
それがファウストの戦い方。
そして、それをどうやっているかも分かった。
逆にファウストは、この短期間ではまだ自分の戦闘スタイルの全貌を掴まれていないと思っており、ケイの笑みの意味を理解していなかった。
「そろそろ終わらせますね?」
「……できるならどうぞ!」
そういうと、ケイは戦闘開始時から使っている魔闘術の魔力量を上げた。
ここまでが全力でなかったというのは自分も同じだが、ケイの周囲の空気が重くなったように感じたファウストは、知らぬ間に流れてきた汗を背中に掻きながら返答する。
「では……」
一言呟くと、ケイは姿を消した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます