あの子は学校に来なくなった
真樹
第1話
あの子がいなくなった。
「千代田ーーは、また欠席か?」
教壇の上で、出席簿を開いた先生が出欠をとる。
あの子の名前を呼んで、困り顔で頭をかいた。
「これで三日欠席か。何か、事情を知っている人はいるか?」
ざわざわとした話し声が教室のそこかしこで湧き上がる。
誰も手を挙げない。
わたしは、机の下、膝の上に置いた手を挙げかけて、ぎゅっと握りしめる。
「もし知っている人がいたら、あとででもいいから教えてほしい」
先生はそう言って、次の名前を読み上げた。
出欠を取り終わり、軽い連絡があって、ホームルームが終わる。
一時間目は音楽だったので、教科書をもって教室を出た。
「三鷹」
そこで、先生に後ろから声をかけられた。
わたしは恐怖を隠しながら、すっと振り返る。
「お前、千代田と仲が良かっただろう。何か知らないか?」
「いいえ、特に何も」
「連絡とりあったりしてないのか?」
「してましたけど、ここ最近、メッセージ送っても反応ないんです」
本当だ。
何度か、彼女のスマホにメッセージを送ってみた。
でも、既読すらつかない。
「そうか。家にかけても誰も出ないんだよなぁ……。ま、連絡ついたら教えてくれ」
わかりました、と答えて音楽室に向かう。
わたしは先週の金曜日、彼女と喧嘩した。
始まりは、くだらない些細なことだった。
千代田の家に遊びに行って、その日終わったテストのこととか、いろいろ喋ったりお菓子食べたりして遊んでいた。
そのとき、わたしがトイレに行っていた間に、千代田が二人で食べていたお菓子を、食べきってしまっていた。
別にどうでもいいかもしれないんだけど、でもいつもそうだった。
日々積もっていった不満を、テストの出来が悪くいまいち機嫌がよくなかったのも相まって、ついぶちまけてしまった。
あとは売り言葉に買い言葉で、結構ひどいことも言った。
土日を挟んで、今週の月曜から、千代田は学校に来なくなった。
だから、学校に来なくなったのは、多分わたしのせいだ。
***
鬱々とした気分で授業をこなし、学校を出る。
仲直りしなければ。でも連絡もつかない。
直接家に行くのは、ちょっと勇気が足りない。
ぐるぐる考えながら家の近くまで来ると、自宅の玄関前に人が立っているのが見えた。
花柄の派手なシャツに、白いショートパンツ。
艶のあるロングヘア―。
手には大きな黒い紙袋を持っている。
それは、私服の千代田だった。
認識した瞬間、足が勝手に止まる。
「千代田……」
意を決して、声を出す。
千代田がこちらに気づいた。
彼女はこちらを振り返ると、片手をあげた。
「三鷹ー! ひっさしぶり!」
手を振りながら、こちらに駆け寄ってくる。
あれ? と心の中で首を傾げた。
想像してたテンションと違う。
なんかこう、もっと神妙な感じだと思っていた。
「千代田、わたし……」
「あ、ごめんね連絡できなくて! スマホの充電器、忘れてっちゃってさー。もう、慌てて準備したから」
「は?」
スマホの充電器を忘れてた?
充電できなかったから、連絡できなかったということか。
わたしのことを、避けていたわけじゃなかった?
「準備って、どこかに行ってたの?」
「うん、ハワイ行ってた!」
ハワイ。
脈絡のない言葉が出てきて、理解が追い付かない。
「いやね、お母さんがくじ引きで当てちゃってさー、ハワイ旅行! でもお父さんの仕事のこと考えたら、すぐ行くしかないってなってー。それですぐ行っちゃった! オフシーズンだったからホテルも飛行機も空いててー」
わたしと喧嘩したのが金曜日。その日はテストの最終日で早く学校が終わったので、昼頃から千代田の家で遊んでいた。
そして午後二時くらいに、喧嘩してわたしが帰る。
その三十分後くらいに、千代田のお母さんが大慌てで帰ってきて、ハワイ旅行当選を伝えた。
その翌日には、ハワイに出発してしまったのだとか。
「めっちゃ買い物したりおいしいごはん食べたりして、すっごい楽しかった! あ、お母さんのスマホで写真撮ったから、あとで三鷹にも見せるね!」
この子がいなくなったのは、わたしとの喧嘩が原因なのではなく。
ただのハワイ旅行だった。
衝撃の事実に、頭がついていかない。
「……わたし、喧嘩したから、学校休んでるんだと」
「え? 喧嘩なんてしたっけ」
この子の無神経なところがうらやましくもあり、時々殴りたくなる。
私の悶々とした休日を返してほしい。
もう一回喧嘩しちゃおうかな?
真剣に検討していたとき、千代田が手に持っていた紙袋から箱を取り出した。
「なんてね、うそうそ。ごめんね、お菓子食べちゃって。だから、これ、お土産」
差し出されたのは、箱入りのチョコレート。
「一緒に食べよ? 三鷹」
「……まぁ、いいけど」
不機嫌ぶって答えてみたけど、心の中ではほっとしていた。
よかった。この子が学校に来なくなった理由が、わたしとの喧嘩じゃなくて。
「これ、何個入り? はじめから均等に分けとこうよ」
そう提案すると、千代田は苦笑いした。
「……うち、三鷹のそういうこと好きだよ」
二人でわたしの家に入る。
お菓子を食べて、おしゃべりをする。
でも、今度は喧嘩しないようにしょう。
また、ハワイに行かれても困るから。
あの子は学校に来なくなった 真樹 @masaki1209
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