第430話 大寒波襲来(11)

 部屋の中は、応接間とは名ばかりの質素たるモノであった。

 壁も天井も石組みで作られていて、足元には赤い絨毯が敷かれていて、腰まで高さのあるテーブルの4脚の木製の椅子が置かれているだけ。


「質実剛健か……」

 

 テーブルに手を置けば、思ったよりもシッカリと作られているのが分かる。

 何と言うか飾り気はないが、頑丈というか。

 あと部屋に置かれているのは部屋の隅に置かれているソファーのみ。

 ソファーの長さは2メートルほどあり、皮製だというのは手を触れれば分かった。

 俺は、ナイルさんかターナさんが起こしに来るまで寝ることにして、ソファーに横になった。




「ゴロウ様」


 そう声が聞こえてきたところで、何度か体が揺さぶられているのを感じとり瞼を開ける。

 すると、目の前にはナイルさんの顔がドアップで映った。


「ナイルさん?」

「申し訳ありません。ご快眠時だと言うのに」

「気にしないでください」


 俺は欠伸をしながらソファーから体を起こし、座りなおす。

 部屋の中には、ナイルさん以外の姿は見えない。


「俺、結構、寝ていましたか?」

「3時間ほどです。ターナより、ゴロウ様が熟睡していると話を伺っていましたので、少し時間を取らせて頂きました」

「そうですか……。仕事は、はかどりましたか?」

「はい。ここ3週間ほど溜まっていた仕事は全て終わらせることが出来ました。不幸中の幸いというのでしょうか? ゴロウ様の世界のことわざでは……」


それを言うのなら一石二鳥という諺の方が近いとは思ったが、いちいち訂正する必要もないと思い――、


「それはよかったです」


 とりあえず流しておく。


「それでは魔力は回復しましたか?」

「はい。すでにメディーナも店前で待機していると兵士から話が来ています」

「そうですか。それでは帰るとしますか」

「はい」


 ソファーから立ちあがりナイルさんの後を追うようにして部屋から出る。

 ナイルさんに続いて部屋から出ると、ターナさんと視線が合う。

 すると意を決したような表情をすると、


「ゴロウ様!」


 いきなり俺に話しかけてきた。


「どうかしましたか?」

「副隊長を、異世界に連れていくのは止めてください」


 唐突に、ターナさんがそんなことを口にしてくる。

 俺は思わずナイルさんの方を見る。

 ナイルさんは困ったような表情をすると――、「ターナ。異世界で、ゴロウ様をお守りするように命令をしたのはノーマン様ですよ? その意味は、ターナ、貴女も理解しているはずですが?」と、語りかける。


「それは……」

「そもそも、ゴロウ様は将来、ルイズ辺境伯領の領主となられる御方。その身を守ることは騎士団の務めです」

「――で、ですが! 副隊長が異世界に赴いた際に何日も――、何週間も留守にするのは騎士団にとって損失です! 現に副隊長が居なかった時間の書類が溜まっていたではありませんか! それに治安の問題も!」

「それに関してはターナ、貴女に一任しているはずです。私がいない間の首都ブランデンの騎士団の維持や治安に関しては、補佐官の役割です」

「――で、ですが……」

「話はここまでです。それよりも、ゴロウ様に害を成すか分かりませんが、妙な行動をとっている傭兵たちの対応をまずは先決に対応しなさい。何かあってからでは、ノーマン様からの御怒りを買いますからね。分かりましたか? ターナ」

「――ッ!」


 完全に言い負かされたターナさんは、何故か俺の方をキッ! と、見てくる。

 俺は何もしてないというのに、とんだとばっちりもいいところだ。

 まぁ、彼女の言っていることも間違ってはないのだろう。

 何せ、書類が溜まっていたというのなら、そういう事なのだから。

 それにしても、随分と感情的になってまでナイルさんを引き留めようとするよな……。


「ターナさんって」

「はい?」


 ナイルさんが、俺が口を出すとは思っていなかったのか、少し驚いた表情で俺を見てくる。

 

「もしかしてナイルさんが好きだから、異世界に行ってほしくないとか……、離れたくないとか……」


 思わず思ったことが口から滑り落ちる。

 余計なことを――、ただの妄想を口にしてしまったと――、そこで気が付いたところで、ターナさんを顔が見えた。

 その顔は耳まで真っ赤に染まっていて――、


「……ふ、副隊長の!」


 続けて何か呟いていたターナさんであったが最後まで聞き取ることもできなかった。

 彼女は走り去ってしまったから。

 通路を走っていく彼女は、ディアルーナさんが見つかって戻ってきた兵士の人達にぶつからないように器用に通路を走っていき、曲がり角を曲がって姿を消した。


「……ゴロウ様」

「すいません。つい何となく――」

「いえ。気にしないでください。兵士となったのですから私情を挟むなど間違っていますから」

「――そ、そうですか……。それにしても、ナイルさんは、ほとんど動揺していないんですね」


 あの態度から、十中八九、ターナさんがナイルさんに好意を抱いているのは確定だ。


「職務は職務ですから。兵士同士の恋愛は禁止されていますし」

「なるほど……」


 つまり、そういう男女の行為についてはナイルさんは俯瞰的な立場で考えているということか。


 



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る