第311話 山狩り(4)
200人の兵士が一度に持ち運んできた熊、イノシシ、鹿などの死体の山。
それらが駐車場に積まれたのを見た俺は一瞬で決心した。
「これは、解体無理ですね」
もう即断即決。
無理なモノは無理。
時間的な意味合いで。
俺の呟きを聞いていたナイルさんは――、
「そうですか? 時間があれば――」
「いえ。時間とか、そういうレベルではなくて――。正直、これだけ解体していたら従業員が出社してきてしまいますから」
流石に連続して店を休業させるのは、問題だろう。
これはもう――、
「ナイルさん」
「はい」
「この動物の死体を全部、異世界で処理してもらう訳にはいかないですか?」
「――なっ!?」
「「「「「「「「「「――え?」」」」」」」」」」
俺の提案に、ナイルさんだけでなく兵士の人達も驚いた声をあげる。
まぁ、たしかに、これだけの動物の処分をするのは骨だろう。
しかも、全て異世界に丸投げときたもんだ。
そりゃ「え?」の驚きの一言も出るだろう。
だが、解体したあとの肉の流通とか、毛皮の処分とか諸々を考えると、異世界で処分してもらった方がメリットは大きいんだよな。
「ご、ゴロウ様……」
「どうかしましたか? ナイルさん」
「ほ、ほんとうに、これだけの獲物を全て我々に処分しろと?」
「できませんか?」
「――い、いえ。これは、ゴロウ様の領地の資産です。それを、将来、ルイズ辺境伯領になられるとしても、これだけのモノを提供してもいいのですか?」
「あ……」
そういうことか。
つまり、ノーマン辺境伯に、俺の領地で獲れた獲物をそのまま引き渡してもいいのか? と、いうことか。
「いやいや――」
流石にそれはノーマン辺境伯に失礼だろう。
「ルイズ辺境伯領の――、今日、遠征に来られた兵士達で分けてください」
俺の発言に場がざわつく。
「それは本当ですか?」
真剣な表情でナイルさんが聞いてくる。
ここは適当に誤魔化して持ってもらうしかない。
というか、それ以外に、何ともならない。
「本当です。騎士団の皆さんで分けてください。なので、解体はせずに、そのまま異世界に持っていってもらえますか? かなり面倒だと思いますが……」
俺が遠回しに早く持っていってくれと伝えると、ナイルさんが眉間に皺を寄せて何かを考えている。
やはり面倒事を押し付けられるのは困るか……。
そう考えていると、一人の兵士がナイルさんに近寄ると――、
「副隊長」
「どうした?」
「何を悩んでいるのですか? 魔物ではない動物の毛皮と肉ですよ? しかも、これだけの量。断る必要性は無いと思います。ゴロウ様は、我々のことを思って、褒美を出してくれると言ってくれているのです」
「ううむ……」
兵士とナイルさんの話を俺は首を傾げて聞く。
褒美? 肉? 毛皮? 一体、何の会話をしているんだと。
「ナイルさん、お願いできますか?」
とりあえず断られる前に、俺は、ナイルさんに問う。
「――ッ!? わ、分かりました……。ですが、あとから返せと言われても――」
「言いませんから」
「分かりました」
一度、頷いたナイルさんは兵士達の方を振り向く。
「お前たち! ゴロウ様が、通常の褒美だけでなく、大量の肉と毛皮なども下賜されるとのことだ! これらはルイズ辺境伯領騎士団で、均等に分けるとする! ゴロウ様に感謝するように!」
「「「「オオオオオオオオ!」」」」
何故かテンションが爆上げな兵士達。
「ゴロウ様」
「何でしょうか?」
「この度は、狩猟で手に入れた肉と毛皮を理由をつけて兵士達に提供して頂いたことを心から感謝致します」
「……」
思わず無言になる俺。
つまり、肉と毛皮は、紀元前時代の人達にとっては、ご褒美だということか……。
知らず知らずの内に、俺は、それを譲渡すると言っていたのか。
「ゴホンッ」
一度、咳をしたあと――、
「ナイルさん。これは、頑張ってくれた人へのご褒美みたいなものです。下賜した動物の死体についての使い道については、ナイルさんに一任しますのでいいですか?」
「わかっております! あとは、このナイルにお任せを」
「そうですか」
「お前達! ゴロウ様から正式に譲渡されたぞ! ありがたく思うように!」
俺との会話を終えたナイルさんは兵士達の方を振り向くと、そう弁舌した。
それからは、熊や鹿やイノシシを店内に運んでいく。
そして表のシャッターを閉めたあとは、バックヤード側から異世界側へと兵士を連れていき、その兵士達が嬉々とした表情で動物の死体を異世界の路地へと積んでいく。
積まれた動物の死体は、その場で、他の遠征してこなかった兵士達が担ぎ解体を始める。
「皆さん、手慣れていますね」
「はい。今回、解体を担当しているのは、遠征にあぶれた連中ですから。彼らも肉や毛皮を分けて貰えるという事になりましたから、頑張っています」
「そうですか」
俺はナイルさんの言葉に頷いたあと、やはり紀元前の世界と日本ではまったく常識が異なるんだなと心に刻み込んだ。
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