第312話 店内の掃除
「それで、ゴロウ様」
「はい?」
「お店の方ですが、掃除が必要ですね」
「そうですね……」
そう言葉を返した瞬間、俺は眩暈と共に倒れかける。
「ゴロウ様!?」
寸でのところで、煉瓦作りの路地の上に倒れる前にナイルさんが俺の腕を掴んでくれて頭から倒れるのを防いでくれた。
「――だ……ぶ……すか? ゴ……ま……」
ナイルさんが声をかけてきてくれているが、急速に意識が薄れていく。
それにより声を上手く聞き取ることができないし、四肢にも力が入らない。
先ほどまで何ともなかったのに、何が起きたのか……。
そう思っていると、唐突に意識がハッキリとする。
それと共に、口には冷たい瓶の感触が伝わってくる。
「――ロウ様。ゴロウ様! 大丈夫ですか?」
「ナイルさん? ケホッ、ケホッ」
急に息したからなのか、気管が変な動きをしたのか、俺は何度か生理的な咳を繰り返す。
そして何度か咳をしたあとに回りを見渡す。
すると兵士達が、俺の方を心配そうな表情で見て来ていた。
「どうやら、無事のようですね」
「ゴホッ、ゴホッ――。い、一体、何が……」
「申し訳ありません。気が付くのが遅れました」
ナイルさんが頭を下げてくる。
その表情には後悔の念がありありと浮かんでいた。
「気が付くのが遅れた?」
「はい。ゴロウ様は、魔力の枯渇により死にかけていました」
「魔力の枯渇で?」
「はい」
「先ほどまでは何ともなかったのに?」
「はい。どうやら、異世界人であるゴロウ様の肉体が、即死を防いでくれていたようです」
「つまり、別々の世界の血を引いていなかったら即死していたと?」
「そうなります」
――怖っ。
今度から、大量の人員を輸送する時には気を付けよう。
「――だが、俺としては、そこまでは魔力を消費した感じはしなかったんだが……」
「どうやら、異世界から持ち込んだ獲物についていた生物に寄生していたモノを無毒化、無効化したことで莫大な魔力を消費したようです」
「あー」
その説明に、何となく俺は心あたりがあった。
熊やイノシシ、鹿などと言ったジビエ系には、高い確率で膨大な量の微生物や寄生虫が寄生している。
つまり、それらの寄生虫や虫などを異世界側に持ち出すときに、俺の魔力が削られまくったと――。
まぁ、たしかに野生の獣は風呂とかに入らないからな。
人間が店の入り口を通る時よりも魔力を消費するのは納得だ。
「何となく分かりました」
「ノーマン様から、念のために魔力回復薬を渡されていましたが、服用させることが間に合い良かったです。下手をしたら、クビが飛んでいました」
「それって騎士団をクビとかじゃなくて物理的に首が飛ぶパターンですよね?」
「はい」
俺はナイルさんから魔力回復薬を受け取る。
そして2本目を口にした。
それにより、何となく体が軽くなった気がする。
「何となく体調が良くなった気がします」
「それは良かったです。とりあえず、ゴロウ様」
「はい?」
「今日は、仕事をせずにゆっくりされていた方がよろしいかと」
「そうですね……」
「はい。命を繋ぎ止めるために異世界側の肉体にもかなりの負荷が掛かったと思いますから」
「そう言われると、休む他ないですよね」
俺の言葉に頷いたナイルさんは、メディーナさんを呼ぶ。
「はい。副隊長」
「メディーナ。私は、今日は異世界から持ち込まれた獲物の解体と分配の指示の為に、ルイズ辺境伯領に残る。お前は、ゴロウ様の手助けと護衛をするために異世界へ赴くように。いいな?」
「はっ! それでは、ゴロウ様」
「そうですね」
意識を失っていた時間が、どれだけか分からない以上、早めに日本に戻った方がいいだろう。
少なくとも店の開店の数十分前に戻らないと根室さんが出社してきてしまう。
「――では、ナイルさん。よろしくお願いします」
「お任せください。メディーナ、しっかりと護衛をするようにな」
「分かっております」
メディーナさんと共に店内に戻ったあとはシャッターを閉めてからバックヤードを通り地球に戻る。
バックヤードから出た時には、すでに日は登り切っていた。
ズボンからスマートフォンを取り出すと時刻は、午前8時過ぎ。
思っていたよりも時間が掛かってしまった。
「メディーナさん。まずは店の清掃をしましょう」
「はい。――ですが、清掃に関しては私にお任せください。新兵訓練の時に掃除は経験していますから」
「分かりました」
二人で店先へ回り込んだあと、シャッターを開ける。
するとムアッと獣の匂いというか何とも言えない匂いが鼻孔を突き抜ける。
「こ、これは……。換気をしないと! メディーナさん、母屋から扇風機を持ってきてください。3台あると思うので全部!」
「分かりました!」
俺は、獣臭い店内に入り、エアコンを冷房に設定した上で風力を全開にする。
そしてバックヤードからモップと業務用絞り器を持ってきたあと、外で絞り器に水を入れたあとセラミックタイルを必死で磨く。
「持ってきました!」
掃除を開始して、すぐにメディーナさんが扇風機を持って入口から店内に入ってくる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます