第288話 幕間③ 藤和一成

 ――興業銀行の一角のブース内。




 私の名前は、藤和一成と言う。

 現在は卸問屋【藤和】を経営しており、少し前までは倒産間近であった会社を何とか立て直す事に成功した。


 今日は、取引をして利用している銀行からの呼び出しがあった事もあり、顔を出していた。

 一応、口座には300万円以上の運転資金があり、借金もない状態なので特に問題はないはずだが――。

 そう疑問を抱いていたが、取引主要で利用している銀行の担当員から話がしたいと連絡があれば、来ないという選択肢は取れなかった。

 それに新しい銀行で法人口座を作るにも、やはり信用面などを含めて取引銀行を安易に変える事は今後のことを踏まえて良くはない。

 

「……」


 私は無言のまま考える。

 

 東北でも5指に入る大企業とも言える父が経営していた株式会社 藤和。

 その大企業が私の会社の敷地を狙い工作から営業妨害紛いのことをしてきた。

 用地買収の為に――。

 一時期は、相手の策略に嵌り倒産しかけていたが――、月山雑貨店という過疎地帯で営業を行う中規模スーパーの商品を全て私の会社で受け持つことが出来たことで、何とか倒産の危機を乗り切ることが出来た。


 その大事な顧客が、今日は新規オープンを行うというのに、私が車が利用している興行銀行からの一方的な連絡で、用事が出来てしまい伺えなくなってしまった。

 非常に残念でならない。

 現場に居れば商品仕入れなどを的確に行えたかも知れないというのに。

 腹立たしいこと、この上ない。

 さらに興業銀行から連絡をしてきたというのに、ブースに通されてから30分以上待たされている。

 こちらは商機を逸した可能性があるというのに、誠に遺憾の極みであった。

 出されたお茶に口をつけて、時計を確認する。

 すでに銀行に到着し部屋に通されてから40分を経過していた。

 商談では1分1秒を競い合うご時世だというのに、ずいぶんと待たせてくれるものだ。

 しばらくすると、靴音が聞こえてくる。

 その足音は近づいてくる。

 ようやく来たかと思ったところで――、


「どうも長らくお待たせしてすいません」


 ブースに入ってきたのは、クリアファイルを手に挨拶をしてきた男。

 

「いえいえ、こちらこそ富山さんもお忙しいのではないですか?」

「とんでもありません。精力的に活動をしておられる藤和様と比べましたら天と地の差です」


 その言い回しに私は気を引き締める。

 私の直感に間違いがないのなら――、目の前の男……、どうやら、こちらの動きを察しているように見える。


「銀行口座の履歴でも確認されましたか?」


 そう――、興業銀行の法人口座の動きを――、取引履歴を見るなら多少の予測はつく。

 ただ――。


「……」


 私の問いかけに無言の笑みを浮かべたまま此方を真っ直ぐに見てくる。

 その様子から銀行口座では無いということは分かった。

 

 ――となると……。


「ところで、今回はどんな要件で連絡をくれたのでしょうか? すぐに会いたいという事でしたが――」

「いえ、少し気になった点がありましてね」


 富山がクリアファイルから資料を取り出す。

 そこには、法人口座である問屋の藤和の口座履歴が書かれている。


「気になること?」

「はい。最近ですが、突然――、大きな金額を入金されていますよね?」

「それが何か?」

「たしか藤和さんは、いまは取引をしているお店は一店舗も無いはずですが――、仕入れた商品をどこに売っているのか? と、気になりまして」

「なるほど」

「はい。藤和さんの会社が健全な運営が出来る状況かどうかを取引店舗の名前を教えて頂き、こちらの方で精査させて頂きたいんです」


 そう言いつつ笑みを私に向けてくる。


「なるほど――、ただ失礼ですが私が取引をしている店舗の調べはもうついているのでは?」

「――っ! そ、そんなことは……」


 話を振ってきて、尚且つ確信を持つような言い回しをしてくる相手は必ずと言っていいほど綻びが見えるものだ。


「申し訳ありませんが、大事な取引先の名前を第三者の方に教えるのは我が社のコンプライアンスに反しますので――」

「そ、そういう訳で言ったわけではないんです。ただ――、イチ問屋の規模だと大変かと思い少しでも負担を軽減出来ればと思いまして――」

「そういうことは必要ありません」

「――そ! それでは! 融資などは……」

「必要ありません。会社の健全化を目指すのでしたら目的の無い融資を受けるのは逆効果ですから」

「……わかりました……」


 しばらく話をしてのらりくらりと話題を回避しつつ、私は腕時計を確認する。

 時刻は午後3時を過ぎていた。


「富山様、申し訳ありませんが――、そろそろ商談の相手を待たせておりますので、これで――」


 必死に融資をしますと――、調べがついているはずなのに私の言葉から言質が取りたいからなのか取引企業名を聞いてくる富山さんの話を切って椅子から立ち上がる。


 そして、そのまま興業銀行を後にし――、自社に着く。




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