第289話 幕間④ 藤和一成side

 私の名前は、藤和一成と言う。

 現在は卸問屋【藤和】を経営しており、少し前までは倒産間近であった会社を何とか立て直す事に成功した。

 それも月山五郎という人物が開店予定の中規模スーパーの取引を独占出来たからに他ならない。

 通常は、問屋が関与するのは商品の一部であり、大抵のスーパーの納品には多くの取引企業業者が関わる。

 豆腐なら豆腐。

 モヤシならモヤシと一品ごとに業者が契約を行う事もある。

 その為、企業が利益を出す為には何十、何百もの小売り業者――、つまりスーパーと契約を結ぶことが必要とされている。


 以前、多くの多種多様なコンビニが存在した時には、それなりに企業もコンビニに商品を卸し利益を上げることが出来たが、現在のコンビニ本店から直接商品を卸す形態では、まず本店に営業をかける必要がある為、どうしても資本金が多い問屋や企業が有利となる。

 その点から鑑みて、月山雑貨店と独占取引契約を結べたのは非常に大きい。


 順調に売り上げが伸びるのなら、一店舗だけで百店舗以上の取引売上が見込めるからであった。

 月山雑貨店が営業を開始してから初日と、開店感謝セールをしていた間の売り上げは非常に良かった。

 何せ半額セールをしていたのだから。

 全品半額セールなぞ地方の競争が殆ど存在しないスーパーではありえない。

 それを行った月山雑貨店の売り上げは私的には非常に黒字であったが、月山雑貨店としては、相当な赤字であった事が納品をした帳簿からも明らかで――、私は月山雑貨店が潰れてしまうのでは? と、内心恐々していた。


 それでも独占取引をしている手前、もしかしたら赤字で支払い能力がない可能性がある店舗だとしても商品を用意しておかない訳にはいかない。

 商品が無いと言えば信用に関わるからだ。


 私は、商品を用意した後――、妻の穂香には言わなかったが月山五郎という人物から「店を閉めます!」 と、言う連絡が来ないことを祈っていた。


 連絡が時には、心臓が止まりかけたが彼からの電話は売れた商品の補充の連絡。

 私は賭けに勝った。

 それと同時に、私は疑問に思った。

 否――、薄々と感じていた。

 彼は、一個人としては不可解な部分が多すぎる。

 店舗を開店させる為の資金、業者への手当、そして数百万もの商品発注を全て現金で行っている。

 それでも、私には選択肢が無かった事から敢えて見ない振りをしていたが……、それでも会社を経営している以上、彼の資産はどれだけあるのか? を、調べない訳にはいかなかった。

 

 そして調べた結果――、彼は派遣社員として働いていたという事実が判明した。

 土地家屋など相続をしてはいるが、評価価格は非常に低く二束三文の値打ちもない。

 以前に、月山五郎という人物が住んでいたというアパートも月3万円ほどの安いアパートで――、到底! 一千万円以上のお金を短期間に消費できる財力があるとは思えなかった。

 

 ――だが!


 実際は、私は彼と取引を行っており、渡された現金も全て本物。

 調べれば調べるほど月山五郎という人物が分からなくなる。

 元々は、プロのレーサーだったという事だから、資金を出すクライアントが居るのでは? と疑った時期もあったが、調べても彼が接触している様子はまったくない。


 一体、彼の資金の出処は、どこからなのか? 

 少なくないお金を払い探偵を雇ったりしたが、結局は分からず仕舞いであった。


 それに何より、まったく客が来なくても動じずに、パートも雇う考え。

 まったく! 理解が出来ない!

 

 私は、もしかしたら月山五郎という人物を見誤っていたのではないだろうか? と、考え始めていた。

 私が想像していたよりも遥かに大物で――、全ての情報を隠蔽するほどの力があるのでは? と、突拍子もない事を考え始めた所で……


 雪音という人物からコンタクトがあった。

 そして、赴いた先で私は異世界と繋がっているという話を聞き――、交渉をお願いしたいと頼まれたのであった。


 一瞬、何のことか全く理解は出来なかった。

 だが、月山五郎という人物の目は嘘をついているようには見えない。

 すぐに彼は、私を異世界へ案内してくれた。

 そこで、ようやく私は納得した。

 

 大量の塩の取引。

 そして、見せられた金の宝飾品や装飾品の数々。

 それらが、月山五郎という人物の資金の元だということを。


 ――それと同時に震えた。


 異世界との取引。

 それは、どれだけの利益を生むことが出来るのか! と言う事を。

 だから、私は頼まれた交渉を引き受けることにした。

 異世界との取引。

 それにより得られる膨大な消費者。

 それは、月山雑貨店の独占取引と比べ物にならない程の利益を齎すことは、すぐに分かった。


 出来れば辺境伯。

 いや――、王族とパイプを持ち王族専用の特権商人の地位を持つ事が出来るのなら、父の会社を奪い返す事も夢ではない。

 そのためには、私が有用な男だとノーマン辺境伯に見せる必要がある。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る