第286話 幕間① 藤和一成

 私の名前は、藤和一成と言う。

 父親は、卸問屋【株式会社 藤和】を一代で大会社まで育てた敏腕社長として県内では知られていた。

 そして、私は父親の会社を継ぐ為に、アメリカの大学で経済学を学んでいた。


 大学を卒業し、【株式会社 藤和】に就職。

 そして、海外展開を見て販促路を確保するためにアメリカに数年間、妻と一緒に出張していた。

 

 数年間の努力の甲斐もあり――、販促路もある程度、地固め出来たところで報告の為に日本に帰国した所で、驚くべきことが発覚した。

 なんと、父親が呆けたのを良い事に、天下りで専務として入社してきた飯塚幸三が【株式会社 藤和】を乗っ取っていたのだった。


 父親は、老人ホームに押し込められており、会話も出来ない状態。

 違法性を指摘しようにも本人からの証言が取れない以上、相手方に書類が揃っている事もあり、勝つことは難しかった。


 それに、裁判になれば【株式会社 藤和】の名前に傷がつく。

 さすがに父親が築き上げた会社を訴えることは出来ず、どうすることもできなかった。


 ――ただ、自分自身の名義になっていた土地と倉庫がある事が、あとから判明した。

 

 すぐに、父親の代から続く藤和の名前を絶やさないように卸問屋を開いた。

 だが――、【株式会社 藤和】の元・社長である飯塚幸三は、本社の近くの広大な土地と倉庫が私の名義だったことを知らず利用していた。


 そして、飯塚幸三は私に立ち退きを要求してきた。

 それは大会社である【株式会社 藤和】には、広大な倉庫が必要だからという理由と、いままで【株式会社 藤和】が利用していたのだから、所有権と使用権は会社側にあるという理由であった。


 だが、その理屈はおかしいことは明らかであり、弁護士を入れ話し合いの結果、【株式会社 藤和】は、手を引くことになる。


 だが、飯塚幸三は自身の身勝手な考えを理解するまでもなく、報復行動に出てきた。

 大企業たる【株式会社 藤和】からの圧力で、父の代からのお得意さんであった商店や店からの取引が出来なくなったばかりか仕入れも厳しい状況に晒されたのだ。

 そして、極めつけは父親の代からの付き合いのあったチェーン店から大量の塩の発注があったこと。

 その量は3つある倉庫の内、8割が埋まるほどの塩。

 量としては100トン。

 金額としては700万円ほどであった。

 すぐに発注を受けた塩を納めるために電話をしたところ、先方からは【株式会社 藤和】と間違えたと回答があり、仕入れた塩が全て不良在庫となってしまい、支払いが出来ずに一度目の不渡りを出してしまった。


 既存のスーパーや小売業者などにも当たってみたが【株式会社 藤和】からの圧力で商談が上手くいくはずもなく、多額の負債を抱えてしまい――、藁にも縋る思いでインターネット上に、どこへでも配達に行きますと書いた。


 ――だが、上手くいくとは思わない。


 世の中は、そんなにやさしくはないのだから。


 しばらくしたある日、事務員をしている妻の穂香(ほのか)と、まだ5歳になったばかりの娘の今後の身の振り方を考えていたところで、娘と同じ年頃の子供を連れた男性が訪ねてきた。


 男性の名前は、月山五郎。

 父親である藤和 一(はじめ)と取引をしていたらしい。

 

 どういう契約をしていたかは、私は知らなかったが結城村の月山雑貨店と聞いて、ふと思い出したことがあった。


 父親の会社である【株式会社 藤和】が躍進した切っ掛けの時期は、結城村の店舗と契約してからだという事を。

 理由は分からない。

 ただ、結城村の月山雑貨店と契約をしてから小売店に過ぎなかった【株式会社 藤和】は大躍進を続け大企業になったのだ。


 殆ど眉唾物だと思いながらも、話を聞いていると――、どうやら店を0から始めるらしく、どこの問屋も入っていないらしい。

 手つかずの新店舗。

 過疎地であっても初回の仕入れだけでも数十万単位の取引になる。

 それだけあれば、当面は凌げる。

 

 出来れば売掛ではなく、現金払いが良かった。

 そこはかとなく探りを入れてみたところ、支払いは現金で行って頂けるという事で、これ以上ない上顧客と言えた。

 

 相手に、こちらの心情が伝わらないように必死に笑みを抑えながら話を進めていく。

 どうやら、店舗の大きさは思っていたよりもずっと大きいようで、下手をすると中規模のスーパーほどの大きさがあるようであった。


 それならばと顧客に店舗を見せてもらうように頼む。

 

 ――そして……、長い道のりのあとに到着した店舗は、私が思っていた店よりもずっと大きく初回の商品仕入れだけでも、かなりの額が期待できた。


 ただ、継続した取引は難しいとも思えた。

 何故なら人口300人ほどの村なのだから、そこまでの取引は期待できない。

 

 だが――、その期待は良い意味で裏切られることになる。


「プロの立場から見て、何か改善提案とかあれば遠慮なく言っていただけますか?」


 改善も何も店の体も為していないのだから、何とも言えない。

 それに、予算もはっきりしないのだから……。


「――いえ、改善提案というよりかは予算的にどうなのか……、と、思いまして――」

「なるほど……。そうですね、予算的には200万円くらいを考えています」


 思わず、提示された額に、麦茶を吹き出しそうになる。

 現金200万円を一括で支払う?

 普通に考えてありえない。

 

 ――だが、財政的に窮地に立たされている私としては喉から手が出るほど欲しい。


 麦茶が入っているガラスのコップを持っている手が震える。

 必死に表情を平静に保ちながら口を開く。


「に、200万円ですか!?」


 声が震えた。

 やはり抑制するのは難しい。


「はい。即金で200万円です」


 こちらの反応を特に気にする様子も見せずクライアントは、即金でと答えてきた。

 これは嬉しい誤算。

 

「なるほど、なるほど」


 何度も頷きながら、「落ち着け」と自分自身に言い聞かせる。


「それと……」


 クライアントである月山五郎様が、何か悩みのある素振りを見せる。

 これはいけない。

 直観的に、ここはクライアントに対して誠実に対応する姿勢を見せるべき。


「何か要望があれば、すぐに対応させていただきます!」


 私の言葉に、クライアントは迷った素振りを見せたあと。


「じつは塩が欲しいのです」

「塩ですか? 調味料と言う事でしょうか?」


 我が社には塩が100トンほどありますよ! と、思わず口にしたくなったが――、100トンもの塩を、欲しがるのは全国チェーン展開している店くらいなものだろう。

 せいぜい10キロもいけばいいほうか。


 ある程度、当たりを付けたところで。


「当社と致しましては塩の在庫は特にあります。それで量としては如何ほど――」


 やはり塩は、処分しておきたい。

 咄嗟に、在庫を特に! と言ってしまった。

 私としたことが……。

 せいぜい10キロも仕入れてくれればいいくらいだろうに。


「はい。10トンほど塩が欲しいのです。ご用意できますか?」


 クライアントの10トンと言う言葉に、一瞬――、自分の耳を疑った。

 やはり数年、アメリカに住んでいたのでイントネーションの聞き取りを間違えたのかもしれない。


「じゅ、10トンでございますか?」


 そんな馬鹿な――、と、思いつつ念のために確認する。

 本当に10トンを購入して頂ければありがたいと願いつつ。

 

「はい。とりあえず10トン欲しいのですが……、ご用意できますでしょうか? その分は200万円とは別に100万円を即金で用意しております」


 そのクライアントの言葉に、もはや取り繕う事も出来るはずもなく、唾を思わず飲み込んでしまう。

 しかも毎月10トンの塩が欲しい。

 全て即金で支払うと言われてしまえば、何のためにそんなに塩を使うのですか? と、言う無粋な質問をすることもできなかった。

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