第271話 婚約指輪を作ろう

 しばらくすると、いい匂いがしてくる。


「桜、昼食の用意でも手伝うか」

「うん!」

「雪音さん。今日の、お昼は何ですか?」

「今日は、焼きそばにしようかと――」


 そう返事が返ってくる。

 

「桜、お皿を6皿と箸の用意だな」

「はーい」


 戸棚から、お皿を出す。

 桜は、戸棚の引き出しから箸を掴むと、俺と桜は、台所のテーブルの上にお皿と箸を並べていく。


「桜、ナイルさんを呼んでくるから、雪音さんを手伝っていてくれるか?」

「ナイルさんを? フーちゃんと一緒にいるから、フーちゃんを呼べば、きっと一緒にくるの!」

「呼べばくるって……」

「任せるの!」


 桜が居間を抜けて縁側に移動する。

 そして――、


「フーちゃんっ! ご飯なのーっ!」


 桜が、叫ぶ。

 女の子特有の声で――、声が高いこともあり、耳がキーンとする。

 すると――、


「わんっ! わんっ!」


 10秒も経たずに、フーちゃんの声が聞こえてくる。

それと同時に、庭の垣根に吹き飛んでくるナイルさん。

バキバキッと言う音と共に垣根に突っ込み、さらに地面の上を転げて、庭の柿木にぶつかりナイルさんは動きを止めた。


「わんっ! はっ、はっ、はっ――」


 フーちゃんが縁側から上がってくる。

 俺は、すかさずフーちゃんを抱き上げる。

 さっきまで河原に行って、ナイルさんと遊んでいたばかりか、庭を走ってきたのだから、間違いなく足の裏は汚れている。

 そんな汚れている状態で畳の上を歩いたら大変なことになる。

 俺は、フーちゃんを抱き上げたまま玄関まで行き、玄関に置かれている湿ったタオルを片手にフーちゃんの足の裏を拭いていく。


「よし、これでいいな」


 フーちゃんを床の上に下ろしたあと、俺は靴を履いて柿の木へと向かう。

 そこには、体中が傷だらけのナイルさんが意識を失ったまま倒れていた。


「ナイルさん、ナイルさん」

「ううっ……」

「大丈夫ですか? ナイルさん」


 修練だとしても、垣根に突っ込んだりするのは駄目だと思う。

 修行方法は、きちんと考えてもらわないとな。


 何度かナイルさんの体を揺らす。


「ハッ! こ、ここは!?」

「母屋です。ナイルさん、垣根を破壊するような形の修練は良くないとおもいますよ?」

「……フーちゃん様……」

「フーちゃんが何かしたんです?」


 ふいと顔を逸らすフーちゃん。

 

「ナイルさん。駄目ですよ? 犬のせいにしたら」

「……申し訳ありません」

「分かってくれたのならいいです。それよりも昼食です」

「分かりました。すぐに着替えてきます。あとお風呂をお借りします」

「はい」


 玄関の方へと走って向かうナイルさん。

 それにしても吹き飛ぶ修練までするなんて、ずいぶんと本格的な修行なんだな。

 ナイルさんが風呂に入っている間に、昼食のご飯である焼きそばが乗った大皿を客間のテーブルの上に俺が運ぶ。

 10人前はあろうかという量。

 そして人数分の皿の箸は、雪音さんと桜が運び――、しばらくすると風呂から出たナイルさんが客間に姿を見せた。


 田口村長は、すでにナイルさんについては承知済みなので、特に問題はない。


「妙子さん。こちらが異世界から、俺の護衛の為に来ているナイルさんになります。ナイルさん、こちらが雪音さんの祖母の田口妙子さんです」


 とりあえず、ナイルさんと妙子さんは初見という事もあり、俺が橋渡しという意味も含めて紹介する。


「まぁ、そうなのね。私が、雪音の祖母の田口妙子と言います」

「ナイルです。ルイズ辺境伯領の騎士をしております。まだ若輩の身ですが、この身に変えましても何かあった際には、ゴロウ様とユキネ様をお守りする所存です」


 どうやら、とくに問題はないようだ。

 

「冷めたら、焼きそばは不味くなりますから、先に食べてしまいましょう」


 雪音さんの、そんな言葉に、昼食の焼きそばを大皿から取り食べ始める。

 そしてフーちゃんは、ローストポークを食べている。

 食事を摂り終えたあとは、特にすることは無いと、田口祖父母は帰ってしまった。

 結果的に、ナイルさんと妙子さんは顔合わせをしただけ。


「秋は収穫で忙しいですからね」


 そう雪音さんは語っていた。

 どうやら、栗などの季節モノの収穫で忙しいらしい。

 そんな中、集まってくれた田口祖父母には感謝しかない。

 田口祖父母が帰ったあとは、店を臨時休業したこともあり、やる事が勉強くらいしかなかった為、俺は居間で勉強に明け暮れていた。


「はーあ」

「どうした? 桜?」


 居間の畳の上で、寝そべりながらフーちゃんを吸っていた桜が顔を上げると――、


「おじちゃん」

「どうした?」

「ゲームやるの!」

「ゲームか……。たまには、やるか!」

「うん!」


 桜の部屋に到着したあとは、二人で対戦ゲームをして何とか引き分けにした。久しぶりにゲーマーとしての本当を発揮してしまった。

 

「おじちゃん、強いの!」

「ふっ。ネコリートファイター2は、奥の深いゲームで面白いだろ?」

「うん!」


 ネコリートファイター2は、俺が高校生の時に流行った格闘ゲームだ。

 猫を操作し世界中の猫と死闘を繰り広げていく。

 そんな設定のゲーム。

 今考えるとよくわからんな。

 ゲームを桜と一通り遊び終えたあと、桜は満足したのか、フーちゃんを枕にしてお昼寝タイムに突入。

 俺はやることが無くなったので居間に戻り、ネットを開くと幾つかメールが届いていた。

 メールの内容は、大した内容では無かった。

 主に営業メール。

 営業と言っても商品が何%OFFとか言ったモノだから、本当に大したモノではないが――、


「こ、これは……」


 俺は一つのメールを見て動きを止める。

 そのメールには、デートの為に、海の見えるホテルのレストランなんてどうですか? という謳い文句と共に画像が貼られたモノ。


「そういえば……」


 そこで俺は気が付くと言うか思い出す。

雪音さんとは、桜と一緒に3人でお出かけをした事はあったが、ロマンチックな誘いをした事が無かったことに。

それと同時に、結婚をするのならプロポーズも必要だという事にも、俺は気が付く。

リーシャやルイーズ王女殿下よりも早く結婚する必要があるのだから躊躇している余裕なんてない。


「うーむ」

「何を唸っているのですか? 五郎さん」


 気が付けば買い物かごを両手で持った雪音さんが目の前に立っていた。


「――いや、何でも……」


 思わず、何でもないと言葉を返すが――、雪音さんの目は、しっかりのデスクトップモニターの画面を見ていた。


「五郎さん」

「はい」

「デートプランですか? でもホテルを借りるって事はお泊りですか?」

「……」


 まだ何も決めてないから無言になってしまう。

 それを雪音さんがどう思ったのかは知らないが――、


「お店をしていますから、そんなに臨時休業ばかりしていると利用客が離れますから、お泊りなデートは控えた方がいいと思います。それに無理してデートをする必要はないですよ? 五郎さん」

「そうですか?」

「はい」


 コクリと頷く雪音さん。


「そうですか」


 それなら無理してまでデートプランを考えなくもいいか。 

 でもな……。


「そうだ! 雪音さん」

「何でしょうか?」

「今日は、秋田市の方へと足を運んでみませんか?」

「秋田市ですか?」

「はい。ちょっと行きたい所がありまして――」

「今日は臨時休業ですから、分かりました。洗濯物を干してきますので、待っていてくださいね」

 

 居間を通って縁側から降りた雪音さんが洗濯物を干している間、俺は婚約指輪を取り扱っている店を探すことにする。






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