第272話 婚約指輪を作ろう(1)

 雪音さんが用意を終える間に、お昼寝中の桜の部屋に行くと、グッスリとお眠中な様子。

俺は起すことを断念し、桜をお姫様抱っこしたあと、車まで運びチャイルドシートに乗せた。

 そして、桜に枕にされていたフーちゃんと言えば、桜を抱き上げたときに、俺の体を登ってくると俺の肩に乗っていた。

 思ったよりも、バランス感覚が優れているのか、俺の服に爪を刺していてまったく降りようという素振りが見えない。

 

「フーちゃんも、秋田市に来たいのか?」

「わんっ!」


 どうやら、フーちゃんも一緒にお出かけしたいらしい」


 そうこうしている内に、


「ゴロウ様、どちらかに行かれるのですか?」


 ――と、ナイルさんが話しかけてきた。


「これから秋田市に行きますけど、ナイルさんも来ますか?」

「はい。私は、ゴロウ様の護衛ですので――」

「分かりました。それじゃナイルさんは、後部座席に座っていてください」


 俺はフーちゃんを手渡ししながらナイルさんに指示する。


「了解しました」


 そのまま、俺は雪音さんの洗濯干しを手伝いに中庭へと向かう。


「雪音さん。手伝います」

「――え? あ、はい……」


 洗濯物を広げて俺は干していく。

 一人暮らしが長かった俺は、洗濯物の干し方を、すでにマスターしている。


「雪音さん。洗濯物は、俺が干しておくので、用意しちゃてください」

「あ、はい……」

「それとナイルさんは護衛で、桜は起きなかったので寝かせたままチャイルドシートに乗せてあります」

「分かりました。フーちゃんも一緒ですよね?」

「ナイルさんに任せてあります」

「――なら安心ですね。それでしたら、私も用意してきますね」


 雪音さんが縁側から家の中に入っていき――、俺は洗濯物を雪音さんから引き継ぎ干していく。


「洗濯物を入れないといけないから、午後6時までには帰らないといけないな」


 そうすると秋田市内に入れるのは2時間が限度ってところか」


 大体の時間的な目安をつけたところで、洗濯物が干し終わると同時に雪音さんが姿を見せる。

 淡い青色のブラウスに濃い目の青いパンツ。

 俗にいう若奥様風な恰好を雪音さんはしていた。

 化粧も、薄っすらとしているだけで、清楚感強めだ。


「五郎さん、お待たせしました」

「こちらも丁度、洗濯物を干し終わったので行きましょうか」

「はい」


 軽く戸締りをしようとしたところで――、


「ゴロウ様」

「うお!?」


 唐突に姿を現したナイルさん。


「――ど、どうかしましたか?」


 ビックリした。


「ご自宅が無防備になってしまいますので、私が、ご自宅の警護をする事になりました」

「なりました?」

「――いえ。することにしましたので、ゴロウ様たちは、秋田市という場所に行ってきてください」


 何と言うか微妙な言い回しに俺は首を傾げるが、確かにナイルさんの言う通り、膨大な現金は異世界に移動したが、まだ1億円近い現金はタンス預金として置いたまま。

 そんな状況で家に誰も居なくなるというのは宜しくないか。


「分かりました。よろしくお願いします」

「お任せください」


 戸締りをする必要が無くなった事もあり、洗濯物が乾いたら取り入れるようにナイルさんに頼んだあと、俺と雪音さんは車に向かう。

 車の中には桜が寝たままで――、フーちゃんと言えば、俺の愛車であるワゴンRの天井で爪とぎをしていた。


「うおおおおおい! フーちゃん!?」

「わんっ!」


 元気よく返事をしてくるフーちゃん。

 すると、さらに勢いよくガリガリガリガリと、車の天井で爪とぎを始める。

 それを見た俺は、慌てて、急いでフーちゃんを抱き上げる。

 そして、車の天井を見れば、天井は傷だらけになっていた。

 

「フーちゃん……」

「くぅーん」

「今日の夕飯は90%オフのドックフードな」

「ガルルルルッルル」

「まったく――、あとで塗装しないとな……」


 思わず溜息が出た。

 

「五郎さん、どうかしましたか?」

「見てください。これを――」


 俺はフーちゃんが残した爪痕を雪音さんに見せる。 


「あらあら、きちんと爪切りしているのに、フーちゃんったら」

「雪音さん」

「はい?」

「今日のフーちゃんの夕飯は、90%OFFのドックフードに決まりました」

「それって根室さんに上げるのでは……」

「それはそうですけど……」

「フーちゃんが、車を傷つけたのは何か理由があるかも知れませんよ?」

「そうですか?」

「もしかしたら私と五郎さんが仲良くしているから嫉妬からとか――」

「それはないでしょう。だって犬ですよ、犬」

「ガッルルルルルッル」

「怒っていますよ? フーちゃん。もしかしたら人の言葉が分かるかも知れないですよ?」

「そんなことは無いと思いますけど……」


 フーちゃんは、所詮は犬であり、それ以上でも、それ以下でもない。

 つまりフーちゃんは犬。

 犬が嫉妬心から、車を傷つけるという可能性はない。

 おそらく車の天井をガリガリ削っていたのは、地面を掘ろうとするような感じだと、俺は予測する。


「五郎さん。とりあえず秋田市に向かいませんか? ここで話をしていても時間だけが過ぎてしまいますし」

「そうですね」


 俺は、後部座席にフーちゃんを乗せる。

 そのあと雪音さんは助手席に、俺は運転席へと座り、エンジンをかけたあと、車を走らせ始めた。



 

 結城村を出て、国道へと切り替えたあとは、まっすぐに国道を北上していく。

 しばらく国道165号線を北上したあと、交差した国道214号線を左折する。

 山の中を走り続けたあと、国道285号線へと車線変更し――、


「――ん……、ふぁーあ。あれ? 車の中なの?」


 1時間以上、走ったところで、姪っ子の桜がお昼寝から目を覚ましたようだ。


「桜ちゃん、おはよ」

「おはようなの。雪音お姉ちゃん。どうして車の中なの?」

「それはね、秋田市に向かっているのよ?」

「秋田市!? それゆけ、コンビニで出てくる攻略場所の一つなの!」

「そ、そうなの? それで、いまは秋田市に向かっているのよ?」

「そうなの? 秋田市で何をするの?」

「さあ? 五郎さん、何をするんですか?」


 そういえば、秋田市に行く目的を話していなかったな。


「今日は、宝飾店に行きます」

「宝飾店……なの?」

「ああ。ちょっとな……」


 流石に婚約指輪を見にきたとは言えない。

 そもそも雪音さんの指のサイズも分からないからな。


「五郎さん、今日は宝飾店に行くつもりだったのですか?」

「ええ。まあ――」

「ワンっ! ワンッ!」


 雪音さんが、不思議そうな表情で――、俺に問いかけてきようとしたところで、フーちゃんが、尻尾をこれでもかと振って何度も吠えてくる。


「あら、フーちゃんも宝飾店に興味があるみたいですよ? 五郎さん」

「犬に宝石……、猫に小判かな?」


 思わず自分で言っていて自分自身に突っ込みを入れていた。

 俺は追及を躱す為に、速攻で秋田駅前に車を走らせる。

 目的地は、秋田駅西口。

 秋田駅西口には、宝飾店が何店舗か固まっている。

 秋田駅の地下を通り、東口側から西口側に移動したあとは、駅近くの有料駐車場に車を停める。

 エンジンを切ったところで、ワゴンRのトランクを開けて、この前、ホームセンターに行った時に、暖房器具と一緒に購入した犬用のキャリーケースを取り出す。


「わんっ!?」

「フーちゃん。すまないな」


 俺は、フーちゃんを犬のキャリーケースに入れたあと、秋田駅近くのペットホテルに預ける。


「ガルルルル! ガルルルル!」


 預けられるときに、フーちゃんは激おこな感じだったが、さすがに宝飾店にフーちゃんを連れていくわけにはいかないのだ。

 


 


 

 


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