第269話 家族会議(1)
店に戻り、レジ前でガランとなった店の中を見渡したあと、ノートパソコンを起動する。
「やる事もないから、勉強でもするか……」
勉強する内容は、紀元前4000年から紀元前1000年付近の歴史。
どういったモノが、貴重品として取り扱われていて、何が無価値なモノとして見向きもされていなかったのか。
それらは異世界との交易に置いて大きなアドバンテージになる。
「ダイヤモンドか……」
15世紀まで、宝石として認識されていなかったモノの一つを発見する。
「これは、高く売れるのか……。金だけだと、色々と問題になりそうだからな。今後のことを考えるとダイヤモンドを大量に輸入して加工して販売するのもありだよな……。問題は、異世界には魔法があるってことだけど……、そのへんは調査が必要だよな……。お――、紙とか高く売れそうだな」
ふむ……。
よくよく考えると塩や胡椒だけでなく、日本というか現代の地球では日常品として100円均一で安く売られているのも高級品として売れるかも知れない。
「よし! とりあえずエルム王国側からは、出店の許可を貰っているんだし、異世界で物品の販売でもしてみるとするか」
俺は携帯電話を取り、藤和さんに連絡を取った。
――翌日、お昼を過ぎた頃。
「藤和さん、お待ちしていました」
「これは月山様。昨日の夜に急ぎの話があるという事でしたが、どうかされたのですか?」
「まぁ、とりあえず座ってください」
「失礼します」
雪音さんが温かいお茶の入った湯飲みの二つ置くと部屋から出ていく。
絶妙な間だ。
「それで月山様、お話というのは? 土地の売買についての話でしょうか?」
「――いえ。じつは、異世界側に店舗を開店させたいと思っています」
「それは伺っておりますが、まだ新しい店の建設着工が出来ていない以上、難しいのでは?」
「そうではなくて、異世界側の建物を借りて、商売を始めたいと思っています」
「ほう……」
藤和さんが感心したような表情をする。
「それは誰かのアドバイスか何かで?」
「いえ。ただ、異世界側で土台を作っていく上で名前を売っておくことは重要だと思いましたので」
「つまり、それは月山様がご自身で考えられたと」
俺は頷く。
藤和さんは、そんな俺を見て少し視線を逸らしたかと思えば――、
「それは、とても良い案だと思います。ただ、そうなると既存の店舗にも迷惑をかける事になります。それは、以前にも――」
「はい。以前にも忠告は藤和さんから受けています」
「ですから――、業務用スーパーみたいな形態を取ろうと思っています」
「……つまり、末端は切り捨てるということですか?」
「末端で商品を作る製造業が存在しているからこそ、下級階層の方々が賃金を得ることができます。それによって困窮世代を救うことになります。末端の資源調達などは、主にスキルや年齢を必要としないモノです。取り扱う商品によっては、その方々の仕事を奪う事になりかねません。それは治安の悪化や、国からの商業取引に関してマイナスになる可能性がありますし、何より同業他社からの不安材料になりかねません。それは、月山様もご理解されていると思いますが?」
「分かっています。だから、異世界では流通していない商品を商人相手に販売する方向でと思っています」
俺の提案に、藤和さんがしばらく沈黙したあと――、
「月山様、そのアイデアは月山様のアイデアなのでしょうか?」
「いえ。ネットで紀元前の人達と取引をする場合は、どうすればいいのか? と、言う考察サイトがあったので、そこから知恵を拝借しました」
「なるほど……。そういうサイトもあるのですか? 少し見せてもらっても?」
ノートパソコンを居間から持ってきてサイトに繋ぐ。
「ほう。なるほど……。色々と考察されている方がいるのですね。これはこれは、中々に興味深いですね。異世界系小説ですか……。ふむふむ……」
「藤和さん?」
「なるほどなるほど……」
「藤和さん?」
「はっ! そ、そうでした……」
コホンと大きめの咳をすると、取り繕うように襟を正す藤和さん。
「そうですね。よくよく考えてみると、今の状況を遊ばせておくのも良くはありませんからね。そうしますと、異世界の市場調査が必要になってきますね。一度、ノーマン辺境伯様に相談するのもありかも知れません」
「たしかに……」
「ですが、異世界の建物を借りて営業というのは悪くない案だとは思います。権利を遊ばせておくのも、もったいないですからね。それにしても――」
「はい?」
「月山様、何か心境変化でもありましたか? 以前は、もっと待ちの姿勢だったと思っておりましたが……」
「そうですね。じつは、辺境伯領を継ごうと思っていまして――」
俺の言葉に一瞬、驚いた表情を見せた藤和さん。
「そうだったのですか……。それは、おめでとうございますと言っていいのか……。ノーマン辺境伯様には、そのことは、相談されたのですか?」
「まだですね」
「それでしたら、まずは辺境伯領を継ぐ話を、辺境伯様に伝えることから始めた方がよろしいかと。まずは、許可を得てから行動しませんと全てが無駄になりますから」
「ですよね……。それでは、辺境伯に確認してきます」
「それがいいですね。辺境伯様の許可が取れましたら、また連絡をください。それと、話は代わりますが、昨日はどうでしたか?」
「昨日とは?」
「ですから、月山雑貨店にエメラス侯爵令嬢とルイーズ王女殿下が訪問されていたのですよね? でしたら、何かリアクションがあったのでは? とくにエメラス侯爵令嬢などは何かやらかしそうですが……」
「やらかしそうって……。あ! そういえば、少し前に、鎧とか服がボロボロになったエメラスさんが部屋の中で転がっているのを見た事があります」
「どういうことかよくわかりませんが、理由は聞いたのですか?」
「いえ。まったく――、聞いたら殺されそうな気がしたので。あとはトラウマがあるようで聞いたら不味いかなあと」
「そうですか。出来れば原因を特定した方が良かったと思いますが、危険を冒してまで真相究明するのもあれですからね」
「ですよね」
俺はコクリと頷く。
「それでは、一度、ノーマン辺境伯様へ爵位を受け継ぐことに関して聞いてみてください」
「分かりました」
藤和さんが帰ったあと――、部屋に入ってきた雪音さんは湯飲みをお盆に乗せたあと、少し困ったような表情を向けてきた。
「五郎さん、少し話が聞こえましたけど、辺境伯の爵位を継ぐ事にしたのですか?」
「そうですね。今後のことを考えると、それがベストだと思ったんですが、そのことに関して家族会議をしたいと思っているんですが……」
さすがに辺境伯の爵位を受け継ぐとなると、色々と今後の事について話し合う必要が出てくるし、何よりも雪音さんや姪っ子の桜にも直接関係してくることだ。
「そうですね。それでは――」
「はい。とりあえず、雪音さん、桜、あとは田口祖父母と今後のことについて話し合いをしたいと思います」
「……」
俺の言葉に無言になる雪音さん。
「どうかしましたか?」
「いえ。五郎さんが、家族と言ってくれましたので――」
「当たり前じゃないですか。雪音さんとは、結婚を前提としたお付き合いをしているんですから」
「そういうことではなくて――」
「え?」
「いえ。何でもありません。それでは、和美ちゃんに異世界の事を知られてはマズイですから、明日あたり臨時休業して話合いの場を設けた方がいいですね」
そう、雪音さんは提案してきた。
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