第268話 ルイーズ王女殿下の訪問(5)

迎賓館の駐車場に車を停めたあと、荷下ろしを手伝った。

車に戻ってきてエンジンをかけたところで――、


「ツキヤマ様」


 名前を呼ばれた。

 運転席に座りながら視線を上げれば、そこにはエメラスさんが立っていた。


「エメラス様、どうかしましたか?」


 俺の言葉に、少し気まずそうな表情をしていたエメラスさんが口を開く。


「ツキヤマ様。このたびは無理難題を聞いて頂き、ありがたく思っています」

「そうですか。自分も、ルイーズ王女殿下と色々と話す機会が得られましたので、助かりました」

「そうですか。また、気分転換をお願いすることがあると思いますが……」

「チョコの件ですか?」

「こほん、こほん! そ、そうですわね。お願いできればと……」

「分かりました。エメラスさんは、チョコを口にされたのですか?」

「ええ。とても美味しく感じました。王都でも、流通が少ないチョコを、店頭に置かれている事に驚きましたが、さすがは異世界だと思いました」

「そうですか……」


 食べもので異世界を実感してくれるとは思わなかった。

 そこで、ふと俺は思ったことを聞くことにする。


「エメラス様は、ルイーズ王女殿下のように恋人とか、婚約者とか……いるんですか?」


 俺の言葉に眉間に皺を寄せて不審な人物を見るような半眼な瞳で見てくるエメラスさん。


「ツキヤマ様に何か関係でもあるのですか? それに答える義務などはあるのですか?」

「いえ。とくに答えなくてもいいです。エルム王国の貴族の方は、みんな婚約しているのかと思っただけなので。深い意味はないです」

「深い意味はないのですか……」

「はい。深い意味はないです。そもそも、エメラス様は、ルイーズ王女殿下の護衛で来られているのですよね?」

「ええ。そうね」

「自分は、今はルイーズ王女殿下と婚約中ですが、将来的には結婚する可能性があるということは、ご存知ですよね?」

「理解はしているわ」

「それなら護衛に付いているという事は、当分、こちらの世界に居座るということですよね?」

「居座るって……、言い方に棘があるように感じるのは気のせいかしら?」

「気のせいです」


 それにしても数日前に怯えていた様子が嘘のように平然としているな。

 まぁ、聞いたらいけない事だと何となく分かるから聞かないようにするが。


「それよりもエメラス様。自分は、エメラス様が、此方の世界に当分の間、居る可能があると判断したため、婚約者がいるかどうか気になりました。長期間、こちらの世界に、居るとなると婚約者がいたら迷惑が掛かりますから、自分から辺境伯様へ報告しても良かったのですが……」

「それって、私にルイーズ様の護衛を止めさせようとしているのかしら?」

「いえ。そうではなく護衛という仕事でエメラス様にご迷惑をかけるかも知れないと考えただけです」

「貴方には関係の無い事だと思いますわ」

「そうですね。越権行為でした。ただ、何かあれば言ってください。微力ながら、お力になれると思いますので」

「……そうね。その時はお願いするわ。それと――」

「何でしょうか?」

「一日に一回は、月山雑貨店に行きたいと思っているのですが?」

「それはチョコですか?」

「え、ええ……。悪いかしら?」

「いえ。別に、悪いとは思いませんが――」

「それならいいのね?」

「いえ」

「どうして?」


毎日、足になると面倒だからとは言えない。


「毎日、品揃えが変わるわけではないので」

「そうなの?」

「そうです。むしろ毎日、品揃えが変わるような店の方が問題だと思います」

「それは残念ね。それなら3日に一回とか?」

「いえいえ。半年とか数年に一回の割合ですね」

「そんなに長いの!?」

「ええ。まあ……」

「…………ということは、こちらの異世界はチョコの種類は多いけど、新しい菓子が出ることは稀ということなの?」

「そうではありませんが……。店に置く商品は定番というのがあるので……」

「つまり色々と種類があるってことなのかしら?」

「まぁ、そうですね」

「それなら毎日、新しいチョコや菓子を持ってきてもらう事は出来るのかしら!?」


 おいおい、そんな面倒なこと、出来る訳がない。

 そうか……、これが貴族風の我儘という奴か。

 護衛とは言え、中身は侯爵家の令嬢。

 我儘っぷりは健在ということか。

 まぁ、チョコ菓子関係は腐らないからな。

 まとめていろんな種類を仕入れてエメラスさんに渡すのがベストな対応だろう。


「お約束はできかねますが、出来るだけ希望に沿った対応を出来ればと思っています」

「本当に!?」

「はい。ただ、無理なことなので、その時は、ご理解ください」

「ええ。分かったわ。こちらとしても無理難題を押し付けていると思っているもの。でも領主様だから大丈夫よね?」


 こいつ……、結局、俺が領主だから何でも出来ると思っているのか。

 まぁ、本当に領主ならある程度は裁量が利くかも知れないが、俺は一般人だからな。

 それでも領主のフリをしているから、ある程度は融通は効かせる必要はあるだろう。


「善処します」


 とりあえず、俺は、頑張るという旨だけを伝える。


「期待しているわね」


 そう言うと、エメラスさんは館へと戻っていった。

 そんな彼女の後ろ姿を見送ったあと、俺は車を発進させた。



 

 店に戻ったあとは、すでに引継ぎの時間まで、あと少しに差し迫っていたこともあり、根室さんから仕事を引き継ぐ。

 根室さんの退勤まで、彼女にレジを任せている間に、俺は品出しをしているナイルさんに近づく。

 

「ゴロウ様ッ」


 先に、ナイルさんが話しかけてきた。

 何と言うか、いつもの落ち着いた様子のナイルさんとは違って少し慌てているような雰囲気を醸し出しているような。


「ナイルさん。バックヤードから商品を移動するので手伝ってもらえますか?」


 根室さんが詰めているレジまでの距離はあるが、流石に店内で、利用客が居ない状態で男二人で会話をしていると目立つ。

なにせ根室さんの目もある。


「わかりました。ゴロウ様」


 ジュースの入ったペットボトルを棚に並べていたナイルさんは立ち上がる。

 俺とナイルさんはバックヤードに移動する。


「ナイルさん、何かありましたか? まぁ、何かあったというか……、エメラス侯爵令嬢の対応を急遽、お願いした事はあれですけど……」

「いえ。エメラス様に関しては特に問題はありません。ただ――、恵美さんに誤解を与えてしまったというか……、少し当たりが――」


 なるほど。

 まぁ、何となく気が付いてはいたが……。

 そう――、根室恵美さんが、ナイルさんに好意を抱いていることを。

 そして何度か根室さんの事を気にかけているナイルさんのことを思うと。

 これは両想いではないのか? と――。


 まぁ、それを俺が口にするのは――、どうなのか? と、思うが……。

 何せ根室さんは地球人であり、ナイルさんは異世界人。

 ナイルさんの場合は、戸籍問題もあるし、色々とな……。

 だから、俺から二人の橋渡しをすることはできない。


「まぁ、何か行き違いがあった場合は、相手と話し合うのが良いと聞くので、もうすぐ根室さんの就業時間が終わるので、自宅まで送っていく際に話してみたらどうですか?」

「そうですね、わかりました。――では、ゴロウ様! 根室さんの帰宅を警護する護衛に付きます!」


根室母娘を自宅まで警護する任務を受けたナイルさんは、根室家の家の方角へと向けて歩いていく。

そんな後ろ姿を見ながら俺は思う。


「ナイルさんに車の免許を取らせるのもありかも知れないな」


 何せリーシャですら車の免許を取得しているのなら、ナイルさんにも車の免許はとらせるのもありかも知れない。




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