第254話 ガソリンスタンドの建築の話(4)

「もちろんです。藤和さんからも、その辺に関しては重々忠告されていますから」

「藤和?」

「うむ。月山雑貨店に商品を卸している業者になる」

「ふむ……」


 村長から話を聞いた中村さんが顎に手を当てて考える素振りをする。

 そして――、『ああっ』と、言う何か閃いたような表情をしたあと――、


「藤和(とうわ) 一(はじめ)の――、株式会社藤和の子倅か? ――と、なると、五郎は、今は株式会社藤和と取引をしておるのか?」

「いえ」


 俺は中村さんの言葉に首を振った後――、


「実は、俺が取引きをしているのは、問屋の藤和です」

「問屋の藤和?」

「株式会社 藤和ではないのか?」


 不思議そうな表情をする中村さん。


「株式会社 藤和の躍進は、お前の父親である月山隆二が取引きをしていたからだろう? どうして取引をしてない? 向こうから話をもってきてもいいくらいだろう?」


 俺の親父である『月山隆二』が、何をしていたのかを俺は知らない。

 だが、中村さんが確信を持って語るのなら、俺の親父は藤和一成さんの父親と何かしらの事業に取り組んでいたはずだ。

 何故なら、中村さんが株式会社 藤和の躍進は、俺の父親が関与していたと言い切ったのだから。

 そして株式会社 藤和は、今では一部上場企業の秋田市を根城にする東北でも最大の卸問屋。

 

「じつは、店を始めるにあたって親父の日記を見て、取引業者に――、株式会社 藤和に、取引きの電話をしたんですが……、断られてしまって――」

「はあ? あの馬鹿は――、一(はじめ)は、何をしておるのだ! 隆二が、持ってきた薬で息子が助かったというのに!」

「待ってください」

「なんじゃ!」

「違うんです」

「何が違う?」

「今の株式会社 藤和は――、藤和には……、親父が取引きしていた藤和一さんはいません」

「いない? 代替わりの手紙はきておらんぞ?」

「――ですから……」


 ここから先は、藤和一成さんのプライベートにも踏み込む行為だ。

 そのことを安易に言っていいものか……。


「中村、落ち着け」

「田口! お前だって! 元々は、結城村の人間だった藤和一のことについては思うところはあるだろう!」

「だから、藤和一は、すでに他界しておる」

「――なっ!? あ、あの……『はじめ』がか……?」

「ああ。お前とは、旧知の仲であったから、儂は知らせんかった」

「だが――、それでも! 月山家と取引を断るなぞ……」

「それも――」


 途中まで、村長が言いかけたところで、俺へと目配せしてくる。

 仕方ない。

 ここは、キチンと事情を説明した方がいい。

 下手に誤解されると拗れる。

 そう――、俺は判断し――、


「中村さん。藤和一さんは、認知症を患い、それで副社長の飯塚幸三に、会社の権利を奪われました。それにより、息子さんの藤和一成さんは、会社を相続することが出来ずに、自分で一から会社を興しています」


 その俺の説明に、中村さんが、『ガンっ!』と、テーブルを叩いた。


「飯塚だと……? あの経済産業省で、賄賂で懲戒解雇になった男だと? あれが? あれが?」

「知っているんですか?」

「知っているも何も、飯塚幸三は、元々は経済産業省の天下りで他所の会社で問題を起こし路頭に迷ったところを藤和一が拾ってやったのだ」

「何故、拾うような真似を?」


 俺は不思議に思った。

 

「わからん。儂は反対した。だが、会社が大きくなり軌道に乗ったのを外から見ていたら、何も問題ないと思っておった。だが――」


 中村さんが深く行きを吸うようにして言葉を区切る。


「そうか……。はじめは逝ったか……」

「中村――」

「言うな、田口。分かっている。人は何時かは誰でも死ぬ。だからこそ、今、できる最善を尽くすことしかできない。そうだろう?」

「そうだな。中村」

「五郎」

「何でしょうか?」

「それで、今、取引きをしているのは藤和一の息子ということだな?」

「そうです」

「なるほど。落ち着くところに落ち着いたという訳か」

「あの……」

「何だ?」

「藤和さんは、元々は、この結城村の出身なんですか?」

「そうだ。田口家、月山家、藤和家、中村家、踝家、目黒家の6つが、この結城村を興した6家という事になっておる」


 そんな話は、初めて聞いた。


「しかし、まぁ――、田口、あれだな? 過疎化で結城村が危機に陥っている時に、また村を興した家が全て集まるというのも何かの因果なのかも知れんな」

「かもしれんの……」

「あの、それで話は戻しましたが、土地の購入に関してですが――」

「ああ、そうだったな。田口、結城村内を含めた周辺の土地の取得状況はどうなっているのだ?」


 雰囲気がしんみりしたところで、俺は話題を変えるように、土地の売買についての話を振る。

 幸い、中村さんが乗ってくれた。


「かなり外資系が食い込んでいる。それに他国からも――」


 田口村長が、海外が買い占めている土地付近を赤ペンで囲っていく。


「それと、このへんが最近では日本国内から購入している連中が持つ土地になるな」


 続けてペンで囲われていく土地。

 

「かなり広いですね」


 田口村長が赤ペンで購入されたと囲った土地は結城村の村内だけで3割近く。

 さらに周辺の山々、雑木林を含めると4割を超える。

 しかも、その購入した業者の9割が外資系。


「ああ。後継者不足に、山の管理・維持などは死活問題だからの。だからこそ、金鉱山の話が出回る前に、全ての結城村で――、秘密裏に買い占めなければならない。そうしなければ、外資系が絡んできたら自然が破壊される可能性があるからの」

「間違いない。アイツらは利益の為なら手段を選ばんからな」


 田口村長の言葉に同意を示すかのように頷く中村さん。


「五郎」

「はい」

「今、予算は、どのくらいあるんだ?」

「300億円ほどあります」

「……」


 無言で絶句する中村さん。

 そして、その目は田口村長へと向けられる。


「田口、それだけの金をどこから調達した?」

「すでに菱王マテリアルには、一度、金を目黒経由で売っておる」

「なるほど……。どうりで、五郎が確信を持って話したはずだ。だが――、これで少しは希望が出てきたな。外資系企業にとって日本の土地は安いから先行投資という意味合いも込めて購入するという流れだからな。利益が出るのなら、金さえ積めば土地は手放す。300億円もあるのなら、全てを買い戻してもお釣りはくるはずだ。とくに、こんな過疎地の何もない土地だと――、奴らは思って居るからな」

「そうですね」


 中村さんの言葉に俺は頷く。

 実際、結城村付近の土地は、非常に安い。

 1キロ四方の小さな山なら1万円から2万円ほど。

 何せ、山林は維持費が一番かかるからだ。

 さらに言えば。結城村の中でも、数千坪の土地が100万円程度と非常に安い。

 以前の俺なら大金だと思って手が出なかった。

 でも――、今なら――、覚悟をした今なら――、


「全て買いましょう。そして結城村を発展させましょう。過疎村だと――、そう言われないように――」

「そうだな。中々に面白い。そうだろう? 田口」

「そうじゃな。この老骨に鞭打って働くのも悪くはない。中村、お前の人脈を使って外資系にコンタクトは?」

「任せておけ。こう見えても昔は石油取引をしていたからな。担当者は代わっておると思うが、交渉の場に引き摺り出す程度のことはしてみよう。だが――、最後にモノを言うのは金とタイミングだ。そこは――」

「俺では、まだ無理です。ですが、うちには異世界人との交渉事にも長けている男がいますので」

「なるほど……。なら任せるとしよう」


 中村さんは納得するように頷いた。

 


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