第239話 菱王マテリアル採掘
「あれって、どこに持っていくつもりなんですかね」
「――ん? それは、目黒が向かった行先かの?」
「村長、何時の間に!?」
「儂も、そろそろ帰ろうと思っておったのじゃ。金も売りにいかんといけんからの」
「そうだったんですか」
「うむ」
「それよりも目黒さんって何処に?」
「ああ。菱王マテリアル採掘って知っておるか?」
「それって日本有数の財閥ですよね?」
俺は思わず頷く。
俺が千葉で働いていた住原財閥と肩を並べるほどの大企業。
まさか、そんな大企業と目黒さんに繋がりがあったとは――。
「あやつは戦後、菱王マテリアル採掘で働いておったからの。この結城村も、石炭を産出していた事には、菱王マテリアル採掘があったんじゃよ」
初めて聞くことに俺は驚く。
俺が結城村に居た時には、石炭採掘所があったなんて知らなかったから。
「初めて聞きますね」
「五郎が生まれるずっと前に、鉱山は閉鎖したからの」
「閉鎖ですか?」
「うむ」
村長は、少し遠くを見るような目で語る。
「鉱山で事故が起きたんじゃ。幸い死者が出ることは無かったが、菱王マテリアル採掘は、何が理由かは分からぬが、石炭採掘を断念。もしかしたら当時、海外から安価で輸入されてくる石炭に国内市場を席巻される前に手を引いたかも知れんな」
「そんな事があったんですか」
「うむ。――で、結城村は採掘所が閉鎖したあと、職場が無くなり人が出ていったのだ。夕張市のようにな」
「なるほど……」
「それが、五郎が生まれる少し前のことじゃな」
村長は、そう俺に説明してくると、軽トラックに乗り込む。
「まぁ、いまは、どうかは知らんが、鉱山採掘跡で神隠しが起きるという噂もあったからの。その辺の真偽は定かではないが、あまり近寄らんことだ」
村長が、少し真面目な表情をして「よいな?」と、忠告してくる。
その表情から、俺も察する。
神隠しが本当に起きているのかどうかは知らない。
だけど、関わってはいけないことだと。
「――と、いうことで目黒は、あれだけの金を菱王マテリアル採掘に売りに行ったと見て居る」
「そうですか……。それでしたら、残りも持って行ってもらった方が……」
「ふむ。よいのか?」
「はい。正直、一人で9箱も質屋に持っていくなんてゾッとしないので」
「ふむ……」
俺の言葉に田口村長は、少し考えた後、携帯電話を取り出す。
すると――、
「儂だ。田口だ。目黒、五郎が他の金も処分して欲しいと言っておるのだが――、うむ、うむ。そうじゃ、どうか? そうか……、では、まっておるからの。五郎」
「はい」
「目黒が、量が量だけに多少、手数料がかかってしまうが良いか? と、聞いてきておるが良いかの?」
「もちろんです」
全部で700億円以上の金だ。
多少どこか半分手数料が取られても、俺としては問題ない
国税庁や税務署に目をつけられるくらいなら――、国に目をつけられるくらいなら安いくらいだ。
「いいようだ。どうだ? 目黒。うむ、分かった」
「どうですか?」
「うむ。目黒が、全部引き取るようじゃな」
「そうですか……」
俺は思わず脱力する。
これで金の処分については何とかなるという目星がついたからだ。
今度から、辺境伯には、莫大な金の処分は大変だから色を付けないで欲しいと、それとなく遠回しに言っておこう。
それからしばらくして目黒さんが戻ってくる。
そして、村長の軽トラに積まれていた金の入った木箱、そして――、店のバックヤード側に置かれていた木箱を全て回収して去っていった。
もちろんトラックに載せる時には、ナイルさんや、メディーナさんの力を借りたのは言うまでもない。
10トンダンプカーが去っていったあと、
「何だか疲れましたね」
「そうか?」
村長が、さも当たり前のように言葉を返してくる。
俺のような小市民が何百億という金を見せられたら疲れるのだが、村長は大して気にはしていないようだ。
「最近、俺、思うんですよね」
「ふむ」
「俺って、まだまだだって……」
「それが分かるだけ成長しておるということだ」
そう言うと、田口村長は軽トラックを運転し帰っていった。
「――さて」
金の売買については、目黒さんに任せることは出来た。
だけど、その事について早めに藤和さんに説明しておかないと、向こうもトラックを手配してしまう可能性もある。
すぐに店の子機を取りにいき、子機を持ったまま外に出たあと、俺は藤和さんに電話する。
「藤和さん。おはようございます」
「おはようございます、月山様。どうかなさいましたか?」
「実は、金のことですが――」
「……それは目黒さんが関わって来ている事ですか?」
「知っているんですか?」
「はい。あれだけの金ですから。それに、五郎様は経済紙を確認される事は少ないと思いますが、菱王マテリアル採掘は、最近は金の採掘量が増えていると報告が上がっています」
「もしかして……藤和さんは、かなり前から、目黒さんが菱王マテリアル採掘と繋がりがあるとご存知で?」
「もちろんです。月山様が、異世界から持参してきている金の量は膨大です。その大半を、何の痕跡も残さずに処理できなんて普通は不可能ですから。調べるのは普通かと」
「そうだったんですか」
「ただ、菱王マテリアル採掘が、今回の金を、どう取り扱いは分かりませんが、金の採掘――金脈を掘り当てたと発表する可能性はありますね」
「それって……」
「あくまでも可能性です。ただ、結城村の人工的な金脈は知りようが無いと思いますので、問題は無いと思います。あくまでも菱王マテリアル採掘の金の採掘量が一時的に増えたこと――、それと株価が上昇したことくらいでしょう。あとは、金の価格ですが9トン程度、採掘量が増えた程度では、金の物価価格上昇には影響はありませんから、そこまで国も注視はしないでしょうね。何せ、税金は菱王マテリアル採掘が払うのですから」
「あ――、それで……」
「手数料がかかると言われましたか?」
「はい」
「おそらく税金に関してでしょう。それでも菱王マテリアルとしては、金を溶かすだけで、高純度の金を安価で手に入れることが出来るのですから、文句はないはずです」
「出所とかは――」
「それに関しては、目黒さん次第となりますね」
そこだけは、藤和さんも見当はついてないのか?
「ただ、今まで、目黒さんが対応した金取引で何か結城村で変わったことはありますか?」
「いえ、とくには――」
「なら、問題ないと思いますよ。それではリーシャの方に関しては、彼女は残念がるでしょうが、下手に質屋巡りするよりも安全ですので、目黒さんにお任せしましょう。餅は餅屋にと言いますからね」
「そうですね、何から何まですいません」
「いえいえ。そんなに気にせずに。それに月山様も、私が最初に出会った頃よりも、ずっと成長なさっていますから、無理をしないでください。これからが正念場ですから」
「分かりました」
「――では、私は、このへんで」
電話が切れる。
そこで俺は溜息をつく。
これで、お金の心配は無くなった。
だが――、また結城村には、いくつか謎が出来てしまった。
それは目黒さんがスゴイ方だということ。
それと藤和さんが目黒さんについて調べていたということ。
「おれって、何の知らなかったんだな……」
子供の頃から20年近く暮らしていた田舎だったはずなのに、俺は村の歴史すら知らなかった事に落ち込む。
それと同時に、もっと勉強しないと! と、自身に活を入れる。
目黒さんが言っていた。
俺には、もう守る家族――、守らないといけない家族がいると。
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