第238話 久しぶりに動画配信主が取材しに来た。
「――さて、冗談はさておいて――」
「冗談だったのか……」
思わず溜息が出る。
「そろそろ開店の時間ではないのか?」
店内の壁掛けの時計を見る。
時刻は、午前8時半を過ぎている。
「9時からの開店なので、まだ時間はありますね」:
俺は、そう言葉を返すが――、
「ふむ。駐車場に客が来ているようだから、そろそろ開店かと思ったんだが……」
「客?」
駐車場へと視線を向ける。
すると、向かい側の駐車場に何時の間にか、一台の車が停まっていた。
バックヤードで色々としていたから気が付かなかった。
外にいるナイルさんの方を見ると、どうやらナイルさんも客だと思っていたようで、首を左右に振ってくる。
仕方ない。
まだ営業時間では無いという事を伝えにいくとしよう。
店内から出て車に近づく。
すると車から20代の髪の毛を茶髪に染めたちゃらい男が出てくる。
そして、もう一人は、肩まで髪を伸ばした女性。
髪もピンクに染めている。
そのことから一般人ではないと直感した。
「あんたが、ここの店の関係者か?」
いきなり高圧的に話しかけてくる男。
「うわー、おっさんじゃん。ここの店主って女性じゃなかったの?」
「おい、円、失礼じゃね?」
「卓也こそ失礼じゃん」
どうして、いきなり俺は、こんなにいきなり上から目線で話しかけられているのか。
とりあえず俺は一度、咳をしてから心を落ち着かせて――、
「月山雑貨店の店主、月山五郎です。店の営業時間は午前9時から午後9時までですので、それまで待って頂けますか?」
そう話しかける。
正直、辺境伯や国王陛下を前で、話している事と比べたら、どうということはない。
向こうは物理的にクビが飛ぶからな。
「――お、おう……。円、この、おっさん……、すごい威圧感なんだが?」
「う、うん……」
「それでは、お待ちして頂けるという事で宜しいでしょうか?」
俺は努めてニコリと笑みを浮かべる。
すると卓也と呼ばれていた男が何度も頷く。
女性の方も納得してくれたようで頷き――、
「おじちゃん! ご飯だって!」
「わんっ!」
俺と髪を染めた二人組が話していたところで、母屋から俺を迎えに来たであろう桜が、フーちゃんを頭の上に乗せて近づいてくる。
「おおっ! あれが伝説の狗神さま!」
「すごいよ! 卓也! あれが! 伝説の動画神ふーちゃんだよ!」
なるほど……理解した。
最近、動画主が店に来なくなって下火になったかと思いきや、それがまだ続いていたってことか。
つまり、この二人は動画主。
「おじちゃん? この人達誰なの?」
「フーちゃんを動画で撮りたい人らしい?」
俺は横目で20代の男女を見る。
すると俺に視線を向けられたことに気が付いた男女が勢いよく頭を前後に動かす。
「ほっほっほっ」
そんな時、田口村長が店の中から出てくると、軽トラックから段ボールを降ろしていく。
「フーちゃんは、儂の家族も同然。無料で取材は困るのう」
そんなことを言いながら、村長が段ボールの蓋を開ける。
中に入っていたのは大量の栗。
「さて、困ったのう。店は開店前、つまりお布施ができない。ただ、ここには大量の栗が入っている段ボールがある。今なら、安くしておくぞい?」
村長の言葉に全員が無言になる。
さすがの俺も開いた口がふさがらないが――、
「どうじゃ? 桜ちゃんにフーちゃん」
「全部、買ってくれるなら、フーちゃんだけなら動画とってもいいの!」
アイコンタクトをしたかのように桜が手を上げる。
「ほっほっほっ、つまり、そういうことじゃ。今なら一箱、激安で販売するぞ?」
田口村長の提案に、動画を取りに来たであろう男女が顔を合わせて財布の中身を確認し――、
「ち、ちなみに、おいくらで、撮影を?」
「このくらいじゃな」
段ボール一箱10キロある栗を3万円で田口村長は提案していた。
それを見た二人は、俺の方を見てくるが――、
「国産なら10キロの栗だと5万円以上はしますから、かなり激安だと思いますよ。しかも、大きさも大きいですから」
「……どうする? 円」
「動画神フーちゃんを撮るためよ、収益化には、先行投資も必要よ」
「――くっ……。買わせて頂きます」
「まいど!」
村長が、万札を受け取ると段ボール箱を男に渡す。
そして――、10分ほど、フーちゃんの撮影会をしたあと、二人の男女は満足そうに帰っていった。
車が去っていくのを見送ったあと、
「すまんかったな、五郎」
「いえ。気にしないでください。それよりも、よく、あんな機転を」
「何――、元々は五郎にお注分けする予定の栗だったからの。それに、まだある」
たしかに田口村長が乗って来た軽トラックには、同じような段ボールが、あと2つ乗っていた。
「桜もフーちゃんも疲れただろ?」
「ううん。桜は、大丈夫なの! フーちゃんも!」
「そっか」
「それじゃ飯にするか。村長も一緒にどうですか?」
「そうじゃな。馳走になるとするかの」
「今日は、おじいちゃんも、一緒にご飯なの!?」
「ほっほっほっ」
「ナイルさんもメディーナさんもご飯にしましょう。時間がありませんから急いでください」
「分かりました」
「はい」
店のシャッターを閉めて、すぐにみんなで母屋に戻る。
そして、皆で朝食を食べたあと、すぐに店前の駐車場へ戻った。
時計を確認すると時刻は、8時50分過ぎ。
急いで食べたわりには時間がない。
「ナイルさん、シャッターを」
俺から鍵を受け取ったナイルさんは店のシャッターを開けたあと開店の準備を開始する。
それと共に、軽トラックが入ってくる。
「おっさん! おはー!」
「おはよう」
「おはようございます。月山さん、それにナイルさん」
「おはようございます、根室さん」
シャッターを開け終わったナイルさんに、俺に挨拶したあと、態々近づいて挨拶をする根室さん。
「それでは、根室さんも仕事の用意をお願いします」
「はい。お任せください。それでは、お義父さん、ここまで連れてきてもらってありがとうございます」
「気にするな。――では、またのう、五郎」
「正文さんもお気をつけて」
軽く挨拶を交わしただけで、根室正文さんは軽トラックを運転し駐車場を出て去っていく。
そして残されたのは和美ちゃんと、俺と、メディーナさんだけ。
ナイルさんは、店内で開店の準備をしている。
「メディーナさん。ナイルさんの指示で動いてください」
「はっ!」
だから敬礼はやめてほしい。
「和美ちゃんは、母屋に行こうか」
「うち一人で行けるから!」
「そっか」
和美ちゃんは、俺から離れると母屋の方へと駆けていく。
そして、すぐに店が開店する。
それでも、結城村に住む住民が時々、買い物に来てくれるようになってきた。
それから、しばらくして――、駐車場に土砂を積載して運ぶような大型のトラックが入ってきた。
結城村では、殆ど見ないダンプカー。
そして、ダンプカーから降りて来たのは目黒さん。
「五郎! 待たせたなっ!」
「またデカい車を……」
「気にするでない。このくらいしか、融通が利かんかったからな。それに、この方がいい」
「この方がいい?」
「こちらの話だ。それよりも、お主のところで働いている異世界人に箱を運んでもらえるように頼んでもらえるか?」
「分かりました」
俺は、すぐにナイルさんに頼む。
するとナイルさんは、大型のダンプカーを見て、少し驚いたあと、木箱をメディーナさんと一緒に運び始めた。
そんな様子を根室恵美さんは見ていたけど、いまは話す訳にもいかない。
そして全部運び終わったあと、何事もないように目黒さんは10トンダンプカーを運転し出て行った。
一体、どこに持っていくのやら。
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