第195話 桜へのプレゼント(1)

「おじちゃん、おじちゃん!」


 画期的なアイディアを思いつき、どう料理をしようかと考えていると居間の方から声が。


「ん? どうした桜」

「見て! あれ!」

「ステッキか?」

「うん!」


 テレビには、アニメ内で魔法少女が使っているステッキが『絶賛販売中!』というロゴがつき宣伝されている。

 そして桜は期待の眼差しで俺を見上げてきている。

 俺には分かる。

 これは、魔法少女のステッキが欲しいという遠回しの合図だと言う事が。

 こう見えても、最近の俺は女性の心情には敏感に察することが出来るようになったのだ。


「そうだな。桜は、お店の手伝いをしてくれているから、今度、買いにいくか」

「本当に!? 桜ね! でも、高いから……」


 不安げな表情。


「高いって……」

 

 桜からしたら高いかも知れないが、それは子供の価値観からしたらという理由だと、俺は瞬時に察する。

 俺は桜の頭を撫でる。


「ふっ、男に二言はない」

「本当に良いの?」


 キラキラと瞳を輝かせて上目遣いで俺を見てくる桜。

 

「本当だ。桜や和美ちゃんも最近は御店の手伝いをしてくれているからな」


 実際、かなりの売り上げが出ているし、何より子供のおもちゃだ。

 そこまで高いモノでもないだろう。

 まぁ、いくらくらいなのか値段を確認しておくか。

 すでにテレビは、魔法少女の販促番組は終わっていたので、パソコンを起動しネットに接続する。

 そして『魔法少女さくら☆マジック』というタイトルで検索しステッキを確認していく。


「何々……。最新の技術を使い精巧に作られた杖と……、材質は業界最高峰のカーボンを使用? アニメの魔法少女が使う杖を忠実に再現? 杖のボタンを押すと魔法陣が空中に描かれる? さらに効果音まで!?」


 何だか、やたらとクオリティの高い動画までアップされているぞ?

 値段は……4万8000円……だと!?


「子供のおもちゃの価格じゃない……」


 思わず小さく呟く。

 しかし、桜と約束してしまった。

 男に二言はないと!

 だが! 

 せいぜい1980円くらいだと思っていた。


「桜」

「どうしたの?」

「魔法少女の杖って――」


 そこまで言って桜は俺を期待の眼差しで見て来ている。

 これは、やっぱりなかったと言う事にはできない。

 仕方ない……、俺の小遣いから出そう……。

 さすがにDIYで何とかできるレベルを超えているからな……。

 魔法少女の杖を取り扱っている店舗の位置をプリントアウトし、ポケットに入れる。

 

「さて、桜」

「何?」

「ちょっと異世界に行ってくるから、雪音さんに俺が出かけたことを伝えておいてくれるか? いま、フーちゃんをお風呂に入れているから」

「うん! いってらっしゃい」


 母屋を出たあとは、店舗を通って異世界へ。

 シャッターを開けて店の外へ出ると10人くらいの見知った兵士が店の前を警護していた。


「これは五郎様。本日は、何かありましたか?」

「ナイルさんは、居ますか?」

「隊長は、ノーマン様のお屋敷に出向いております」

「何かあったんですか?」

「いえ、とくにはありません。本日のご用件は、ノーマン様とお会いすると言う事で宜しいのでしょうか?」

「そうですね。お願いできますか?」

「分かりました。すぐに馬車を用意致します」


 しばらくして、馬車が店の前に到着する。

 俺は、その馬車に乗り辺境伯邸へ向かう。

 乗っている最中は暇なので馬車の中から町を眺める。


「いつもよりも人通りが多い?」


 何度か通った道と言う事もあり、通りを見た限りでは人の流れが多い気がしたが、いつもは一緒に馬車に乗ってくれているナイルさんがいないので、聞くこともできない。

 そうこうしていると辺境伯邸が見えてくる。

 辺境伯邸の門から敷地に入ると、至るところに馬車が停まっている光景が目につく。


「お祭りってわけではないよな?」


 正直、異世界の行事については全く知らない事を今さら痛感する。

 俺が乗車している馬車は辺境伯邸の入り口に到着し、外へと出ると数人のメイド服を着た女性が頭を下げてきた。

 そして、俺を見た瞬間、怪訝そうな表情を見せたが、すぐに取り繕う。


「どちらの家名の方でしょうか?」

「五郎と言います。辺境伯へ取次をお願いできますか?」

「ゴロウ家ですか?」


 20代後半の女性が首を傾げたあと、周囲の女性を見渡していたが、誰もが頭を振っていた。


「失礼ですが、どちらの……」

「こちらは、ノーマン様の血縁の方だ。すぐに取り次ぐように」


 俺とメイドとの話が噛み合っていなかったところで、御者席から降りてきた兵士が、メイドへ命令をすると、メイドの全員が目を見開いたあと、俺に話しかけてきた女性が辺境伯邸の中へと駆けていった。


「ゴロウ様、申し訳ありません。本日は、ルイズ辺境伯領内の貴族の会合がありまして……」

「会合ですか?」

「はい。秋の収穫祭の前後で、厳冬に備えて対策を取る為に会合をするのです」

「なるほど……」


 つまり、寒さで飢え死にが出ないように事前に領主同士での話し合いをすると言うことか……。

 そう言えば、俺が読んだ本の中に厳冬に備えて貴族は他領との交流をしたと書かれていた内容があったな。


「ゴロウ様。お待たせしました。すぐにノーマン様がお会いしたいとのことです」

 

 息を切らせて戻ってきたメイドが頭を下げてくる。


「分かりました。それでは、案内をしてもらえますか?」

「はい」


 女性に案内され通された部屋は、いつも辺境伯と対談をする場所。

 室内には、辺境伯だけでなく、アロイスさんも居た。


「ゴロウ様、お久しぶりです」

「アロイスさんも、お元気そうで」

「ゴロウ。立っていてはあれだ。座ったらどうだ?」


 辺境伯の勧めに俺はソファーに座る。


「――で、何かあったのかの?」

「実は、ノーマン辺境伯様にお願いがありまして、伺いました」

「お願い?」

「はい。じつは、金山を作っていただけないかと思いまして」

「ふむ。詳しく話を聞かせてもらってもよいかの?」


 結城村で起きていることと、今後のことを掻い摘んでノーマン辺境伯へ説明していく。

 その間、頷く辺境伯。


「なるほど、つまり金の売買が厳しくなったから新たなる財源が必要になったと……そういうことかの?」

「平たく言えばそうなります」

「ふむ……」


 辺境伯があごひげを触りながら思案するような素振りを見せると、身を乗り出してくる。


「ゴロウ」

「何でしょうか?」

「一度、店を開いてみる気はないかの?」

「店って……、王宮からは許可は下りてはいないですよね?」

「大々的にという意味合いではない。いま、辺境伯領に集まっている特権階級の人間だけに開いてみるという意味合いだ。それならば、一応は王宮もある程度は許可を出しておるし問題はないはずだ」

「……大丈夫ですか?」

「うむ。さすがに塩に関しては量が量だけに王宮からの許可が降りなければ通商条約を考えると放出はできんからの。だが、店に置いてあるものならば問題はないはずじゃ」

「つまり、その代わりに金山を作って頂けると?」

「何事も対価と言うのは必要じゃろう?」

「……ですが、王宮としては珍しい品物が市中に回るのは不味いと思いますが……」

「ふむ。ある程度は、勉強をしているようで結構じゃな」

「もしかしてノーマン辺境伯様……、自分のことを試しましたか?」

「そうじゃな。今後、王宮と取引が出てきたときに目先の利益にかまけて問題が起きたら困るからのう。実際、そうやって失敗してきた者を多くみてきている」


 俺は、ノーマン辺境伯の、その言葉に心の中で溜息をつく。

 普段とは違った様子に少し違和感を覚えて答えていたが、どうやら正解だったようだ。






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