第194話 フーちゃん、一攫千金物語(3)
俺は頷く。
「月山様の危惧されている通りリスクはありますが、今後のことを考えますと、金山という案は避けては通れないことです。理由はご存知かと思いますが」
「金の売買について、メリットよりもデメリットが大きくなってきているという事ですよね?」
「はい。その点を踏まえますと、金鉱を人工的に作り、そこへ人が流れる道筋を作り、お金を結城村に落す。これは避けては通れない道です。ただ、その道筋に関しましては、偶然ではなく場を整えた上で必然として流れを作り出すことが必要になるわけです」
そこで藤和さんは、麦茶の入ったコップで喉を潤し――、
「経済の流れを自分達で作り、それを制御することが、今後求められる課題になります」
「それは……」
俺は言葉を濁す。
俺は経済学を習った訳ではないので、どこまでビジョンを組み立てていいのか分からないが――、少なくとも金を日本円へ変えるのも限界が近づいてきている事は事実。
そして、異世界に大量の物資を売りさばく為には隠れ蓑としての人口増は絶対に必要なことで。
「そうですね……」
「――では月山様、頼みたいことがあるのですが……」
「何でしょうか?」
「辺境伯との会見を――、アポイントを取っておいていただけますでしょうか?」
「分かりました」
「理由はお聞きしないので?」
「金脈に関しての話をしたいと言う事ですよね?」
「そうですが――」
思案するような表情をしたあと、藤和さんが立ち上がる。
「それでは月山様。テレビ局の方には、私の方から連絡をして対応しておきますので――、月山様は辺境伯との話し合いの場が何時になるか電話で教えてもらえますか?」
俺は頷く。
「それでは、今日にでも行ってきます」
「なるべく急ぎでお願いします。マスコミが、こちらの関心をもっている状況で、相手に非があるなら、それを利用するのが、一番効率がいいので――」
藤和さんを玄関まで見送ったあと、田口村長へ藤和さんが向かう旨を伝えたあと電話を切ったところで玄関の戸が開く。
「ただいま!」
元気よく玄関から入ってくる和美ちゃんと桜。
「おかえり。あれ? フーちゃんは?」
「お店の前で番犬しているの!」
「そうなのか?」
「うん! 雪音お姉ちゃんが、招き犬って言っていたけど……」
「強ち間違ってないな。――で雪音さんは、お店の方に?」
途中から席を立って雪音さんは外出していったが――。
「うん! 動画作っている人達の対応をしているの!」
「そっか。二人も、応対していたんだろ?」
「おっさんにも、うちの接客を見せてあげたかった」
「接客って……和美ちゃんは、どこでそんな言葉を……」
「お母さんから!」
「そっか」
「私も頑張ったの! トマト30キロ売ったの!」
「そ、そっか……」
トマト30キロって、かなりの量だと思うんだが……、村長はかなりの冷えトマトを作っていたんだな。
まぁいいけど……。
それにしても恵美さんは、普段は和美ちゃんとどういう会話をしているのか、とても気になる。
「と、とりあえず二人ともアイスクリームが冷凍庫に入っているから食べて休んでなさい」
二人とも「はーい」と元気よく返事して台所に向かっていく。
「さて――」
とりあえず店に行くとするか。
藤和さんと会話している間に、店がどうなっているのか気になるし。
恵美さんと雪音さんが店番をしているのなら問題ないと思うが。
靴を履いて店の前に到着すると、丁度、駐車場から車が続々と出ていくところで……。
「あ、五郎さん」
「雪音さん。今日の撮影会というか、生主さん達の対応は終わりですか?」
「はい。祖父が持ってきた野菜や果物が全て売れてしまったので、今日のフーちゃんのサービスは終わりました」
「すいません。時間が掛かってしまって」
「いえ。大事な話だと言う事は分かっていますので……、それに家族は支え合うものでしょう?」
「そうですね」
「それよりも、今日はすごいですよ? トマトが40キロ。その他野菜が30キロほど。果物も50キロほど売れました。フーちゃん効果ですね」
「それは、すごいですね」
僅か半日で、それだけの量が売れるなんて驚き以外の何物でない。
「雪音さん。藤和さんと話したところ、早めに辺境伯との話し合いの場を作ることになりましたので、今日、異世界に行ってきます」
夕食時は、いつものように俺と雪音さん、桜の3人で食卓を囲う。
「五郎さん。今日は、嬉しい事があったんですよ?」
雪音さんが作ってくれたお味噌汁を啜っていた所で、『思い出しました!』と、言った様子で話しかけてくる。
「何かあったんですか?」
「はい! 今日は、なんと! 月山雑貨店が開店して初めての黒字になりました!」
「おおっ!」
月山雑貨店が開店し、2カ月以上が経過し、ようやく黒字。
雪音さんが曰く、人件費と光熱費を差し引くと本当に微々たる黒字にようだけど黒字は黒字。
ちなみに野菜関係の売り上げの20%は、店の売上として田口村長から貰っているので、それが黒字化の原因で長期的に見れば安定したとは到底言えない。
「ただ一時的な売り上げによる黒字ですので、長い目で見ると早めに何とかした方がいいと思います。それと、結城村の住人の方も何人か買い物に来てくれるようになりました」
「そうですか。それは、良い前兆ですね」
俺は頷きながら言葉を返す。
「あのね、おじちゃん」
「――ん? 桜、どうした?」
「えっとね! テレビ見てもいい?」
「ご飯を食べ終わったらいいぞ」
「うん!」
桜が笑みを浮かべて、ササッとご飯を食べ終えると居間に行きテレビを点けてチャンネルを合わせていた。
「桜も見たいテレビがあるんだな」
「それはありますよ」
「そうだな」
桜が見ているのは魔法少女物らしい。
実際に魔力の存在を知らなかった時は何とも思わなかったが、いまは異世界や魔力や魔法というのが存在しているのを知っている身としては、些か魔法少女物に関して思う所はある。
「そういえば、五郎さんは魔法を使えないのですよね?」
「そうですね。自分は、魔力はあるらしいですが、魔法を使う為には若い内に鍛える必要があるらしく、俺は使う事はできないと辺境伯から言われました」
「それって、桜ちゃんは魔法が使えるということですか?」
「まぁ、そうらしいですね」
俺は、お茶を口にしながら雪音さんの言葉に頷く。
「私でも魔法が使えたりするのでしょうか?」
「やっぱり雪音さんも、魔法少女系には興味あったりしますか?」
「それは、一応……五郎さんも何か魔法が使えたらって思うことありますよね?」
「そうですね。とりあえず自動的に畑を耕してくれる魔法とかあったら副業で稼げそうですが……」
「ふふっ……」
「何かおかしい事でも言いましたか?」
「――いえ。五郎さんは、そういう方だと思って安心しました。辺境伯様は、魔法で金を生成したりできる方だと伺っていましたから、そういう能力があればと五郎さんも思ってもおかしくないかなと……」
「そういうのは、あまり――。それに、金を魔法で作っても売るのが大変ですから」
「それも、そうですね」
桜が魔法少女のアニメを見ているのを横目に俺と雪音さんが話をしていると着信音が鳴る。
「五郎さん。藤和さんからお電話です」
「藤和さんから?」
「はい」
雪音さんが頷く。
「はい。五郎です」
「夜分遅くに失礼致します。月山様、ご報告があり連絡させて頂きました」
「報告ですか?」
「はい。テレビ局との話し合いの日時が決まりましたので、それで――」
「あれ? 今日、話し合ったばかりでは?」
「テレビ局側からしても、数字が取れる番組を考えているのでしょう。知り合いを通じて確認したところ、向こうも二つ返事で時間を取ってくださいました」
相変わらず、仕事が早い。
「それで、何時頃になりますか?」
「宮城ローカルテレビ局からは、早ければ早いだけいいとの事でしたので明後日の午後3時からと言う事でアポイントを取りましたが、それで月山様の方は大丈夫でしょうか?」
「そうですね。とくに予定はありませんから」
これが一般的な社会人とかなら、色々と弊害は出ていたはずだが、いまの俺は自営業だから、店番に関しては雪音さんと根室さんに任せておけば大丈夫。
「分かりました。それでは、そのような形で先方に伝えておきます。それと月山様」
「何でしょうか?」
「一応、異世界での商品販売については、向こうは一定の許可は出していると認識しておりますが……」
「一応、そう言う事になっていますが、きちんと王宮側からの許可が下りない限りは――」
「そうですね。わかりました。――では、辺境伯様にはなるべく早いお越しを促して貰えますか?」
「……分かりました」
電話を切ったあと、俺は軽く溜息をつく。
「五郎さん、どうかしましたか?」
「藤和さんから、宮城ローカルテレビ局との打ち合わせの曜日が決まったと連絡があったので、明日からは少し忙しくなると思います」
「そうですか。わかりました。店番は、任せてください!」
「お願いします」
「わんっ!」
気が付けば、何時の間にか雪音さんの足元で白い尻尾を振っているフーちゃんが座りこんで吠えていた。
「お前には言っていないからな」
「くぅーん」
「仕方ないな。じゃ、今日は俺が風呂に入れて洗ってやるから、それで機嫌を直してくれ」
「ガルルルルル!」
毛を逆立てて臨戦態勢になるフーちゃん。
どうして、俺が風呂に入れようとすると、嫌がるのか意味が分からん。
犬の癖に雪音さんや桜と一緒に風呂に入ろうとするあたり、ある疑問が最近、俺の中で浮かんできていた。
もしかして、フーちゃんは……、俺の事が嫌いなのか? という点だ。
しかし、フーちゃんに嫌われるような事をした覚えが一切ない!
まったく……。
「とりあえず、ほらいくぞ」
「きゅーん、きゅーん」
「おい! 廊下の床板に爪を立てるんじゃない!」
仔犬とは思えないほどの爪で、床板に爪を刺し意地でも動こうとしないフーちゃん。
「五郎さん。私がフーちゃんをお風呂に入れてきますから」
「わんっ!」
途端に尻尾を振って雪音さんに近づいていくフーちゃんを見る。
「雪音さん。フーちゃんを甘やかしすぎだと思います」
「でも、無理にお風呂に入れて嫌いになったら困りますよね?」
「それはそうですけど……」
それにしても、最近のフーちゃんは俺が購入してきたドックフードも食べない。
おかげで、もう少しで消費期限が切れそうだ。
ドックフードを磨り潰してドックフードハンバーグを作ってもいいかも知れないな。
新触感! 五郎スペシャル! ドックフードハンバーグ! 中々、良い響きだ。
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